変装
仕方がないので、私はエドワード先輩、オリバー先輩、そしてフィーネの三人を連れて町に出ることにした。三人とも平民姿で町を散策する予定で来たらしく、少しこぎれいな服を持ってきていた。一応先輩たちは、いいところの坊ちゃんに見えると思う。……妙に姿勢がいいけれど、たぶん大丈夫。
逆にフィーネはいい感じで服を着こなしていた。流石はフィーネ。切り替えが完璧だ。口調も服を着替えてからは、下町風に変えている。
「ロディーは薄い茶色の髪にしたのね。ロディーはどんな髪色でも似合うね」
「ありがとう。フィーネのそういった格好も久々に見たけれどよく似合っているわ」
私はネットでピンクの髪と花を押しつぶし、その上から茶色のかつらをかぶっていた。さらにその上に帽子をかぶれば完成だ。正直ちょっと蒸れるけれど仕方がない。
「そんな風に扱って、花は大丈夫なのかい? 花弁が散ってしまったりとか」
「ええ。問題ありません。前もお話した通り、頭で咲いている限り柔軟で普通の花のように折れたりしないんです。だから帽子などを被ったぐらいでは問題ないです」
普段から花を扱っているオリバー先輩はおろおろと私の髪を見ていたが、私の頭の花はこれぐらいでとれたり折れたりはしない。
「それよりも、あの、エディー先輩? 私の髪、何か気になります?」
着替えてからずっと無言でじっと私を見ているエドワード先輩にためらいがちに声をかける。
学園でも私の後頭部の花をじっと見ていたので、人をまじまじと見る癖でもあるのかと言いたいが、彼にこんな奇行があるという情報は持っていない。
花の時はラッキーライラックを探しているのかと思ったけれど、何か言いたいことがあるのだろうか?
「……いや。変なことを聞くが、ロディーは俺と学園以外で会ったことがあるだろうか?」
「わたくしも貴族の娘ですから、お花見や茶会に呼ばれたこともございます。なので、学園以外でもお会いしたことはあるかと思いますわ」
私は貴族のご令嬢らしい口調で伝えた。
両親は私という存在を隠したりしていない。むしろ積極的に姿を見せさせるようにしている。メルクリウス家のロディーナは、花人の特徴を持つけれど、まぎれもなくメルクリウス家の娘だと。
なので学園以外でも普通の令嬢として私は過ごしている。
「いや。そうではなく、こういった変装をしている時に」
「いいえ。町中で見かけられたことがあったのなら分かりませんが、貴族のお屋敷で変装したことはございません。メルクリウス家は、わたくしを恥とは思っておりませんので」
父も母も弟も、誰一人私を恥だとは思っていない。
うるさいのはむしろ外野だ。きっと花人の特徴をできるだけ隠して置けば、もっと穏便だったかもしれない。腕にある痣は服で隠れるし、花もかつらで対応できる。そして私は隠しにくい羽を元々持っていない。
でも母も父も隠すより積極的に私という存在を見せるようにした。それが私を守ることに繋がると信じて。
「そうか。すまない。隠した方がいいということを言いたいんじゃないんだ。ただ、その髪色の方が何故だか自然な気がしてしまって……。いや、それも失礼な話だな。すまない」
茶色の髪の方が自然。
それは人族なら当たり前の感性だ。ピンク色の髪色は人族では出ない色なのだから。花人は逆にどんな色でも髪色に現れる。花が変わると髪色も変わるので不思議だが、そういうものだ。遺伝で色が決まるわけでもないらしい。
「普通に似合ってるって言えばいいじゃないですか。だって、ロディーはこの髪色でも素敵だもの。私はどんなロディーでも大好きよ?」
「……フィーネはロディーが好きすぎるのではないか? でも俺も似合っているとは思う」
「僕も似合っていると思うよ?」
フィーネが私に抱き着きほおずりをしてくるのをエドワード先輩とオリバー先輩が少し苦笑して見ていた。
たぶんエドワード先輩はフィーネが好きなので、ちょっと微妙だろうけれど、フィーネはこの微妙な空気を切り替えるために分かりやすく私への好意をアピールしてくれているのだ。
「ありがとう、フィーネ。あと、エディー先輩、花人の髪色は生きていく中で変わることもあって、普通に茶色になったりすることもあるので、本当に気にしなくていいです。この色味も似合っているのなら嬉しいので」
「花が変わると言っていたけれど、髪色も変わるんだね」
「どういう仕組みかは分からないですけどね。抜け替わるわけではないので」
「植物に髪が近いのかな? 葉っぱは紅葉で色が変わることがあるし、花も一日で変わるものもあったはずだよ。それとか――」
「へぇ」
学術的に気になるのか、花について語るオリバー先輩の目がきらっと光った。
……髪の毛や花が欲しいと言い出しそうな雰囲気に私はじりっと少しだけ離れる。その空気が伝わったのだろう。オリバー先輩が誤魔化すようにへらっと笑った。
「そろそろ外に遊びに行こう」
エドワード先輩に言われ、私たちは孤児院から外へ出た。
孤児院の外には公爵家の馬車がとめてある。多分これに三人乗ってきたのだろう。今日はお忍び散策なので、このまま歩いて商店街の方へ向かった。
暑いので袖の短い服を着ている人も多いが、富豪などはあまり肌の露出をさせない。なので私が長袖を着ていてもそこまで浮くことはない。
でもやっぱり長身の男性二人に美少女が一人いる空間というのは、何かと人目を集める。
平凡一人入ったぐらいでは輝きはくすまない。
まだ若干オリバー先輩は平凡よりな気はするけれど、エドワード先輩の破壊力抜群な顔の所為で意味をなさない。むしろオリバー先輩の手が届きそうな美形感が逆に女性の注目を集めている。
「あ、あの屋台、おいしそうじゃないか?」
「先輩。あのジュース、美味しいですよ」
「この花、綺麗に咲いてるなぁ。肥料がいいのかな?」
「ロディー、一緒に食べようよ。私、色々食べたい」
……元々期待はしていなかったけれど、隠れる気は皆無だ。隠密系に全く向いていない集団である。
フィーネはエドワード先輩の手を掴み、彼をドキッとさせたかと思うと、すぐさま私の腕を掴んで露店に引っ張った。
エドワード先輩、邪魔してすみません。
そしてオリバー先輩、マイペースですね。若干気が付いてましたけど。
天然率が多いなぁと遠い目をしながら、私は昼食を確保する。
「一緒に食べなくても、お金のことは気にしなくていいぞ?」
「お金というよりは食べる量ですね」
「そうそう。お金があればいっぱい食べられると思ったけど、太るとドレスが入らないから結局は制限しないとなんだよね。まあ、孤児院にいた頃よりは食べれているけど」
ふくよかな女性は富みの証で好まれた時代もあったけれど、その所為で体を壊すこともあり、今は逆にコルセットでしめてウエストの細い女性ほど魅力的とされるようになった。
これはこれで体を壊すのだけど、どうも人族というのは突き詰めたい生き物なのか、極端へと走ってく。そして貴族の女性はその極端の最先端を行かなければいけないのだから大変だ。
「そうなのか? 女性は小食だなと思ったことはあるが」
「小食は小食ですよ」
「うんうん。コルセットを付けてると、食べたくても食べられないもの」
普段着ならまだしも、夜会用のものは拷問かと思うほど締める。あれでは食べたくでも食べられないし、最初から痩せた体形維持しておこうとも思う。
「なら、逆に二人が食べたいのを選んで俺たちが残りを食べるのでもいいぞ? なあ、オリバー」
「ああ。あまりこういう場で食べないせいでどれを選んだらいいかも分からないから、色々選んでくれると嬉しい」
天然だけど、気遣いができる人達だよね……。
先輩達の意見にフィーネが嬉しそうな顔をしているのを見て、どうにか全員が幸せになる方法はないだろうかと、私はそっとため息をついた。




