商談成立
エドワード先輩との取引に成功した私は、まずは私の持っている好意を相手に持ってもらうための方法についての情報を開示してみる。といっても、一般的な方法だ。
私もそこまで恋愛関係に強いわけではない。私が持っているのは先人がどうやって恋愛をしたかのデータのみだ。
「まず、シルフィーネ様とお近づきになるためには、シルフィーネ様に偶然を装って会う確率を増やすことが大切です。またシルフィーネ様の好きなものを知ることで話題を増やし、ここぞという時にはプレゼントをします。度が過ぎると、シルフィーネ様のご負担にもなりますのでそこは気を付けた方がよろしいかと。後は遊びに誘うのはある程度仲が深まってからがいいと思います。誘えばついては来て下さるでしょうが」
「普通の意見だな」
エドワード先輩は眉間にしわを寄せ、ぶすっとした表情でダメ出しをする。それに対して私は苦笑した。普通なのは間違いない。
でもエドワード先輩は、この普通がまずなっていない。エドワード先輩は自分から積極的におもむかなくても、勝手に相手から来てくれる生き方をしていた。だから自分から会いに行くというのがない。
用事で確実にシルフィーネ様と会うタイミングでしか、彼は会っていないことは間違いない。もちろん会えば会話をするし、普段よりも柔らかく微笑むから恋をしているのは一目瞭然だ。でもシルフィーネ様を喜ばせようという会話は一切ない。
「奇をてらうよりも、まずは堅実に動くのがよろしいかと思います。出会いで奇をてらうのは、印象付ける意味で効果的でしょうが、どちらに転ぶかわかりません。認知をしてもらわなければいけませんので、悪い手とも言い切れませんが、でもそれは出会いまでです。その後はギャップ狙いぐらいならいいですが、空気が読めないという方向性はあまりお勧めはしません。好きの反対は無関心というように、嫌いというのは一気に逆転するものを秘めてはいますが、あくまで秘めているだけなので」
最悪な印象もひっくり返ることはままあるが、これがうまく行く確率は低い。
それよりもちゃんと親密な関係性を堅実的に築いていった方がいいと思う。
「確かにロディーナ嬢の言うとおりだな。すでに俺は認知されている状態だ。奇をてらうよりもシルフィーネ嬢を楽しませた方がいいというのは分かった」
エドワード先輩は私の説明を黙って聞いた後、難しい顔は崩していないものの頷いた。
納得してもらえて、私は心の中でほっと息を吐く。エドワード先輩の性格的にないとは思うが、恋に狂いここでやはり一発逆転を狙いたいなどと言われたら困っていた。
私は一か八かの賭けは好きではない。ことを起こすなら念入りに下調べし、後悔しないようにしたい。
「ご理解が得られてよかったです。ではこちらが、シルフィーネ様の一日の大まかな動きと彼女の好きなお菓子メーカの情報です。それからこちらが好みの花と香水です。後は女性との会話を広げるために、花言葉や星座占いなども嗜んでおくとよろしいと思います」
私は紙に書き起こした一日の大まかな動きと嗜好品情報を渡しながら、会話のとっかかりに使えそうな情報を添える。
渡した紙には数枚に渡り結構みっちりと書いておいたので、エドワード先輩は少し戸惑ったような顔をしながら紙を見下ろした。
「……学校に滞在という情報だけではないんだな」
「そんなもの、この学校に通っている者ならば、誰でも知っている情報ではありませんか。外部の方に売るならいざ知らず、先輩にはなんの価値もありませんでしょう?」
一日の動きが、学校に滞在だけならば、お金の無駄だし、そんなものを売るような厚顔無恥にはなりたくない。こういう取引は信頼が大切だ。
だまされたなどの悪評が立つのは困る。
「えっ。シルフィーネ嬢は、朝から温室の花壇に行っているのか」
「はい。始業より早く行き、そこで園芸部の方と一緒に水やりをすることが多いですね」
「なるほど。そんなに花が好きなのか」
「……ですね」
普通なら学校行ったら教室直行で、そのまま授業を受け、帰るが普通だ。しかしシルフィーネ様は何と言うか活発に動かれる方だ。だから朝から動きが普通とは違う。
「ただ水やりも毎日ではございません。シルフィーネ様は仲の良い園芸部の方がいる時のみご参加されているようです」
花が好きならば園芸部に入ればいいとは思うが、シルフィーネ様は園芸部に所属していない。このあたりは家庭環境の問題かなとは思うが、どちらにしろ全くの部外者が温室に勝手に入るわけにはいかず、彼女は仲のいい部員がいる時のみ参加している。
「行かない日は直行することもあれば、図書室へ行く時もあるし、生徒会室に行かれることもあります。こちらも一応書き出しておきました」
分かる範囲で私はシルフィーネ様の動きを紙に書きだしておいた。一日の動きが固定されていない為、紙が何枚にもわたっているのだ。
「どうしてロディーナ嬢がこんなことを知っているんだ?」
エドワード先輩の言葉に私は口の口角だけ上げた。
「企業秘密と言いたいですが、花人の先祖返りなのは外見だけということではないのです。花人の能力を持っているからこそできる情報収集があります。まあ今回は園芸部に在籍されている方からいただいた情報を、わたくしが裏どりしたものですけど。ああ。誰からもらったかは言えません。最初に言った通りわたくしは情報を売買することを趣味としておりますので、おいそれと情報もとを開示しては信頼に関わります」
偽情報を渡すことにならないよう裏どりはしているが、そもそもの情報は他者から貰っている。買う場合もあれば、愚痴を聞いてあげてその中でもらうこともある。
でもそれがどこのだれかを明かすのはタブーだ。私が恨まれるのは自業自得でも、それに巻き込むのは違う。
そしてそれだけでなく、花人の力があるからこそ、私は人よりもより多くの情報を得ることができた。
「裏どり……」
「間違った情報を打ったら信用問題にかかわりますから。確認くらいはしますわ」
「まさかこの学園全員の動きを知っているのか?」
ギョッとされたが、私は苦笑いして首を振った。やろうと思えばできるかもしれないが、やる気はない。
「この学園に何名在籍していると思っておられるのです? わたくしは有名な方と、気になった情報を雑多に集めているにすぎません。ああ、シルフィーネ様の情報は、いち早くエドワード先輩に売っていますわ。まだ他の方には一度も売っておりませんので、ご安心ください」
シルフィーネ様関係の情報は、最初に売るのはエドワード先輩にしようと前から決めていた。
「えっ。じゃあ、俺の情報も持ってる?」
「持ってますね。例えば、貴方が涙もろいことや、でも人前で泣くのはプライドが許さないので、空き教室で泣くなどでしょうか。そういった情報を使い、本日はこちらの空き教室で商談を持ち掛けさせていただきました」
「うわぁ……えっ。ちょっとなんか恥ずかしいんだけど」
「そうだと思いますので、これ以上は言いません。ですがわたくしが貴方に会いに来ましたのは偶然ではなく、あらかじめ予測して伺っています」
そうでなければ事細かなシルフィーネ様情報など持っていなかった。事前に予測したからこそできることだ。
そんな私の返答にエドワード先輩は頭を抱えていた。
隠していることを暴かれると言うのは、恥ずかしいだろう。でもエドワード先輩が必然的に一人になる瞬間があるの事を知っていたから、私は接触できた。
「シルフィーネ様に会いに行くのは構いませんが、あくまで偶然を装って下さい。あまりやりすぎると気持ち悪い男になりますから」
「気持ち悪い……」
「はい」
後を付けられると言うのは気分がいいものではない。だからあくまで偶然を装うのだ。相手と親密になり約束事ができるまでになるまでは、相当慎重にならないといけないと思う。
「それで、この情報の代金なんだが……」
「そうですね。まだ信頼関係が結べていませんし、一度この情報が正しいかどうかを確認なさってください。正しかったと分かれば、その時報酬をいただきたいです」
「……分かった」
「わたくしとお会いすることでおかしな噂を流されても困るでしょうから、今度からお会いしたい場合は、私の靴箱に月のマークの紙を入れて下さい。そうしたらその日のこの時間に、この場所にわたくしは来ます。無理そうでしたら、日にちと時間の書いた紙をエドワード先輩の靴箱に入れさせていただきます」
異種族混ざりの私との噂なんて流されたくないだろう。
シルフィーネ様に嫉妬させる為だとしても、『こいつだけはない』と断言できる部類の女だという自覚はある。
「では、ごきげんよう。よい知らせをお待ちしております」
私はニコリと商売用の笑みを彼に送った。