打ち合わせ
「ちょっと考える時間を下さい」
貴族貴族している青年二人に、美少女一人。
彼らと一緒に情報の裏どり? ……いや、マジで無理でしょうよ。
しかし集まってしまっている三人。何もせず、孤児と遊ぶ? 遊ばせる? ……職員が心配そうにこっち見ているのが結論としか思えない。
美少女でフィーネは元孤児でここにもいたから、まだ問題はないが、残り二人はいただけない。突然こんなに貴族率が増えれば困るのは当たり前だ。
やはり連れ出してしまった方がいい。
そしてちゃんと計画を立ててから彼らは孤児院訪問をするべきだ。受け入れる方にもそれなりの準備と計画と覚悟がいる。
「ロディー、考えているところ悪いが、裏どりで下町散策に俺とオリーを連れて行くといいことがある」
「……お金に不自由しなさそうなところですか?」
公爵家はもちろんだが、オリバー先輩の実家も羽振りがいい。多分私のように小遣い稼ぎをしなくても、自由に使えるお金がありそうだ。
そのあたり、フィーネはすこし怪しいかもしれない。フィーネの商品価値が落ちるような必需品を削られたりはしないだろうが、自由に使えるお金まで渡されていない可能性はある。あくまでポセイドン伯爵家は、女の子が産まれなかった為、フィーネを政略結婚に使おうと引き取ったのだ。
「まあ、それもあるけれど、この間紫陽花の花の噂をしていただろう? 紫陽花はこの国特有の花ではなく、元は輸入されてきた花だ。そして花と言えば、オリバーの実家だ。何か知っているのではないかと確認したら、去年デゥスノミーア子爵家が購入し植えたそうだ」
「うん。間違いないよ。学園に植えられた紫陽花もだけど、変わった異国の花は、大抵僕の実家を通すんだ。気候が変わると育てるのに難しいものも多いからね」
なるほど。
確かに植物の情報ならば、オリバー先輩の実家である、デメテル伯爵家だ。これが薔薇とかよくある花ならばオリバー先輩の実家はまったく関係ない可能性もあるが、異国の珍しい花ならばデメテル伯爵領を通っている可能性が高い。
それにしても、デゥスノミーア子爵家か。
「でもデゥスノミーア子爵家は、何故か貧民が食べる豆をよく購入する。ただ外観を見栄え良くしたいだけならば、もう少し安い花だってあるだろうにそんな花を植えるということは、お金がないわけではないんだ。使用人がよく変わるという噂もあるし、折角だからその屋敷に乗り込んでみるのはどうだろう。そしてそんなとき、俺の家名が輝くのさ。友人から紫陽花の噂を聞いて一緒に見に来たと言えば、乗り込むことも可能だろう?」
乗り込むって、行動力が化け物過ぎる。
でもこの短期間に、エドワード先輩は恋敵であるはずのオリバー先輩と知り合った上で親友にまでなり、私にもぐいぐい来る。よくよく思い返せば、エドワード先輩の行動力は昔から高かった。
「でも私たちはどうするんです? 婚約者でもありませんし」
下手に男女二人ペアのような行動をすれば、婚約者と思われかねない。男女の仲を友情ととらえるか恋仲ととらえるかは相手次第だ。
エドワード先輩とフィーネをくっつけたい私としては、二人が恋仲のように動くのは悪くない。でもそこに私がいると混沌としてしまう。消去法でオリバー先輩のお相手かと思われそうだけど、それだと現状オリバー先輩が好きなフィーネは面白くないだろうし、オリバー先輩としてもいい迷惑である。
「そこでなんだが、ロディーには申し訳ないが前に言っていた人族に扮した変装をして、フィーネの傍仕え役をしてもらえないだろうか? フィーネは俺と一緒に生徒会役員として来たとして欲しい。園芸部の活動の一環として素敵な庭を見て回りたいという話が出ていて、部として訪問して見学させていただくことは可能かという架空の話を作る。本来なら部員同士の家で行う予定だったが、できれば異国の花が咲いている庭園が見たいという話が出ているという話にする」
「僕は紫陽花を最近植えた庭として子爵の家を思い出し話題にしたとするんだ」
「なるほど」
貴族はお茶会と同じぐらい、庭自慢が好きだ。
階級が高い貴族程、花が咲く時期になると、他の貴族を呼んで花見をする。公爵家なんてその筆頭だが、普段はそこまでのことをしない子爵家の庭に興味があり、事前に見せてもらいたいとするのだろう。
「私はロディーを使用人のように扱うのは反対よ。だってロディーは伯爵家の娘なのよ?」
「フィーネ。でもとてもいい案だと思うわ。それに将来的に私とフィーネの関係は間違いなくそうなるわ」
フィーネは政略結婚のために伯爵家に引き取られたのだから、将来は貴族の誰かと結婚することになる。反対に私は将来は平民として、誰とも結婚せずなんとか暮らしていかなければいけない。
出会った時と立場が逆転してしまうせいで、フィーネは違和感があるだろう。
「俺も本当は貴族としてロディーを連れて行きたいけれど、たぶんロディーは相手に知られずに情報を得たいんじゃないかい?」
「その通りです」
「エディーが言うから僕も協力方法を考えたけど、そもそも何故そんなことを?」
「趣味だからですね」
不思議そうな顔をするオリバー先輩に、私はニコリと笑った。
趣味だから情報を集めている。嘘ではないけれど、本当とも言い切れない理由。……これはもしかしたら、エドワード先輩は薄々私の目的に気が付いてしまっているのかもしれない。
「趣味って……」
「趣味は人それぞれですから」
オリバー先輩はおかしなことを言う私に顔を引きつらせた。情報収集が趣味という令嬢なんて私以外では聞いたことがないのだから当たり前だ。
「俺たちの中にデゥスノミーア子爵のことを知っている人はいない。だからロディーが嫌な思いをしないように隠すには悪くないと思うんだ。古くて新しい流れに乗れない貴族は間違いなくいるから」
【古くて新しい流れに乗れない貴族】というのが、人族以外は劣っていると思い込んだ貴族という意味だと全員が正しく理解したのだろう。フィーネもオリバー先輩も、エドワード先輩の言葉に確かに仕方がないかという顔をする。
学園は王家のにらみが効きすぎていて手出しできなくても、そこから一歩出れば違う。そこまでの差別を持たない人も増えてはきているけれど、考えを変えられない人もいる。
「でも流石に、事前連絡もせずいきなり訪問するわけにはいかないだろう?」
「え、エディー先輩がまともな意見を……」
「ロディー失礼だな」
「失礼しました。ついうっかり本音が……」
私は自分の口に手を置き、軽く会釈する。でもいきなり訪問してきた人の言葉ではないと思ってしまっても仕方がないと思う。
今回も前回も、私は事前に一言も言われていないのだ。
「俺も人を見てやっているつもりだ」
「……どのあたりを見たのでしょう?」
学園でも、私が言ったことをことごとく無視し、私の教室までやってきた人だ。こんな気遣いすると思わなかった。
「ともかくだ。今日は子爵の家には行けない。よって変装して下町をただぶらぶら散策したいと思う」
「……行ってらっしゃい」
「何をいう。ロディーもだぞ? 案内がいるだろう? そして孤児院にたくさん土産を買ってこよう。お金の心配ならいらない。それはさきほど、ロディーも思っていただろう? もちろん女性にお金を出してもらおうなんて考えていないから、外出中のお金は俺が出す」
土産という言葉に、孤児院の子供たちの顔がキラキラ輝くのが見えた。ついでに職員からの、【お願い、全員孤児院から連れ出して】という圧が強い、懇願のこもった眼差しも感じてしまう。
「そして俺の変装はなっていないとは言わせない」
「口には出してなかったと思いますけど」
「やっぱり心の中では思ってるじゃないか」
思いますよ。だって四大公爵家の人ですよ? 平民に混ざれる想像がつかない。
「私もロディーと久々に遊びたいですわ。駄目かしら?」
キラキラキラ。
両手を組み、フィーネがおねだりのポーズをした。彼女のつぶらな眼差しを前に私は胸を押さえる。か、可愛い。
「駄目か?」
「……エディー先輩がやるとなんか、腹立ちますね」
わざとまねるな。
ともかく、これは逃げられそうにない。私は最悪バレてもいいと思うことにして、四人で変装して出かけることにした。