フィーネの出自
突如孤児院に現れた貴族様に騒然とする子供達と茫然とする私。
エドワード先輩と話してから二日で突然三人がここに来るなんて、まさか過ぎる。想定外だ。
「あー、綺麗な恰好の人ばっかだからわかんなかったけど、フィーネ姉ちゃんじゃん!」
「ほんとうだ。フィーネだ」
「ひょあっ」
そして私が復活するより先に子供達が状況を把握し、言ってはいけない言葉を言ってしまった。私の口からおかしな音がでる。
そんな中、むしろ困らなければいけないフィーネはにこやかに手を振った。
「久しぶり。元気にしていたかしら?」
「~~~~~~っ、シルフィーネ様?」
「あら、ロディー。四人の時は愛称で呼ぶのではなかったの?」
「ここは、四人だけではないですからというか、あの、えっと」
フィーネは何てことなさそうな顔をしているけれど、エドワード先輩とオリバー先輩の顔がぎょっとしている。
やっぱり、隣の二人に何のネタばらしをすることなく、彼女はここに来たのだ。
「オリバー先輩とエドワード先輩から、園芸部の事件について聴きましたわ。きっとオリバー先輩にとってはとても勇気のある告白だったと思います。このことをわたくしはむやみに話し、広めるつもりはございません。しかしオリバー先輩にも安心材料があった方がいいと判断し、わたくしの秘密をお教えしようと思いこちらに来ましたの」
「えっ? ロディーナ嬢が面白いことをやるからついてきたんじゃ……」
うぉい。
やっぱり、私の調査目当てか。もしくは、孤児院での活動が面白いことにあたるのか。
オリバー先輩の言葉に、まじめな表情をしていたフィーネはソロっと目をそらした。うん。分かった。その建前もあるけど、この場に来たのは私に会うためね。完全に把握した。
三人で来たのは、一人で孤児院に出かけると、ポセイドン家の人がいい顔をしないからだろう。
「フィーネ?」
「う、嘘ではないのよ? ここで孤児院の子と話す姿を見せた方が真実だと分かりやすいでしょ? それにわたくしの過去は、調べればわかることだもの。友人ならば、第三者に言われるよりも自分で話したいと思ったの。エドワード先輩、オリバー先輩。わたくしは、ポセイドン伯爵家の血筋ではございますが、庶子であり、この孤児院で育ちました」
……言ってしまったか。
確かにフィーネが言うとおり、調査をすればわかることだ。
フィーネがどうして高等部という遅めの時期に学園に入学したのか。それは彼女自身が去年まで伯爵家の血筋であることを知らなかったからだ。
「わたくしの母はポセイドン伯爵家の下働きをしておりましたが、わたくしができて解雇されました。その後母は産後の肥立ちが悪く死去し、わたくしはこの孤児院で育てられたのです。ロディーとはここで出会いました。だから家同士は関わりがないですが、親友なのです」
私はエドワード先輩とオリバー先輩を用心深く見る。
庶子というのはそれほど珍しくはない。隠しているだけでそういう人はいるだろう。でも純血主義のような貴族は庶子をことさら敵視するし、庶子の所為で問題を抱える人物も同じように庶子を嫌う。
私の感覚では二人はそんなタイプではないと思っているが、人の考えなど他人には分からないから絶対ではない。もしもの時はフィーネが必要以上に傷つかないよう、私も彼らの弱みで脅しをかけて――。
「怖い。怖いから。ロディーナ嬢。俺がこんなことでシルフィーネ嬢に何か思うわけがないだろう? だから弱みを握るとかやめてくれ。君が言うと洒落にならない」
「あっ、すみません。口にでてましたか」
口元に手をやり誤魔化すように笑えば、エドワード先輩もオリバー先輩もひきつった顔をした。ちょっと自分の中の処理が追いつかなくて、ついうっかり考えていることを垂れ流してしまったようだ。
「……生まれは自分でどうにかできることではないし、むしろ部長なのに確認を怠った所為で部員の命を脅かした僕こそ罪深いからね」
「いえ、オリバー先輩は必要以上に自罰的にならないで下さい」
自主退学を選ぼうとするような人なので、あまり極端に走らないで欲しい。
偏見を持たないならば、私も彼らの弱みを使って、脅しをかける気はない。
「でも……悔しいなぁ」
ぽつりとエドワード先輩がつぶやいた。悔しいとは何の話だろう。
「何が悔しいのですか?」
「俺の方が色々知っていると思ったのに……」
フィーネの疑問にエドワード先輩は苦笑いしながら話す。おおっ。この流れはもしや、自分がフィーネの事を一番知っていると思ったのに私の方が幼馴染で知っていたということに対して嫉妬しているという恋の駆け引きをする気なのだろうか?
こんな嫉妬をしていると言われたら、自分のことが特別だと思う女子は沢山いるはずだ。
ここでフィーネがどういう反応をするかで先輩への好感度も見えてくる。そこまであからさまな拒絶はなくても若干引いている空気を感じた場合は、まだまだエドワード先輩との心の距離は遠いということだ。
「知っているって何をでしょうか?」
微妙な返しだ。
ここで少しでもドキッとしてくれればもしかして私のことでという気持ちがあるのだが、これは素で何のことだと聞いている。……まあ、エドワード先輩との関係は、仕事でよくしゃべる先輩というところが妥当だろうか。よくしゃべる先輩程度の距離なら、逆に自分のことを知りすぎていると感じさせると恐怖に変わる可能性もある。
エドワード先輩、これからですから、ここは抑え気味に! と私は心の中でメッセージを飛ばす。どうか私の心の声が届いで欲しい。
「ロディーがここでボランティアをしているということだ。俺が彼女の一番の友人だと思っていたのに」
「そっち!?」
私はびっくりしすぎて、反射的にツッコミを入れてしまった。いや、なんで、そっち。
「当り前ですわ。わたくしとロディーは幼馴染ですもの。ロディーがここでどれだけ子供達から慕われていて、どれだけ素晴らしいことをしてきたかは、わたくしが一番知っています。ところで、エドワード先輩がロディーと呼ぶのは少々距離が近すぎませんか?」
「いやいや。四人でいる時はお互い愛称で呼ぼうと決めたじゃないか」
「いや、待って。なんで張り合っているの?」
違う。
確かに一昨日私はフィーネが興味ある話題を話せとは言った。言ったけれど、フィーネの興味あることに私という題材を選ばないで。馬鹿なの?
いやいや、エドワード先輩が馬鹿なはずがないと思いつつも、天然の恐ろしさを身をもって感じた。
もしかして興味あるものとして、フィーネが好きなオリバー先輩も誘ったと。いやいやいや。恋敵! 恋敵だから。親友かもしれないけれど!
「確かに、そう決めましたね。ごめんなさい。今のはわたくしが悪かったです、エディー」
「フィーネ、分かってくれたならいい」
二人が愛称呼びをしている。
愛称呼びをしたイコール恋仲の進展だというのが普通の方程式なのに、どうしてだろう。全く進展している気がしない。
これ、どこまで正気でやってるのかな?
コントのようなやり取りに、うつろな目をしていると、オリバー先輩がくすりと笑い声を上げたためそちらを見た。
「幼馴染であるシルフィーネ嬢――フィーネ嬢だけでなく、僕まで突然押しかけてしまって悪いね。エドワードは俺が落ち込んでいるのを見かねて連れ出してくれたんだ。部員との話し合いはうまくいったのだけどね、やはり自分たちでハーブティーを作り飲むのは危ないのではないかという意見も出た。僕がもう少し気を付けていれば、ハーブティーに負の感情を持つこともなかったのにと思ってしまってね」
なるほど。オリバー先輩をここまで連れてきたのは、エドワード先輩のお節介の結果か。すでに起こってしまい、そのために色々しているのに、必要以上に自罰的になっていたのを見かねて気分転換に誘ったのだろう。
「……わたくしは悪いことばかりではなかったと思います。食中毒にあたった方には申し訳ないですが、命の別状はなかったのですし、よかったのではないでしょうか?」
「それは結果論だよ」
「確かに助かったのは運ですね。でもこれがなければ、危険だという認識がないままお茶会を重ね、いつか本当に誰かが命を落とす事故が起こったかもしれません。少量の毒が薬となることは先輩の方がよくご存じですよね? 今回の失敗は、不幸な事故を起こさず適切な管理に導くための薬になったのではないでしょうか? だからそこまで気に病む必要はないと思います」
皿の上に見目が綺麗だからと毒花を置くようなこともしていたそうだし、取り返しのつかない事故でなかったのならば、今回のことは教訓とすればいいと思う。
「うん。そう思うと少し肩の荷が下りたよ。ロディー嬢、ありがとう」
「いえ、それならよかったです」
「でもせっかくここまで来たのだから下町の調査も共に行かせてくれないか? 僕は君に助けてもらったお礼がしたい」
……やっぱり、調査目的で来ている!
私は、うかつに情報をばらまいたエドワード先輩をギンっと睨みつけたのだった。