仲良くなろう作戦
「間髪入れずに嫌っというのは酷いだろ?」
「……ごめんなさい、無理です」
確かに反射的に断るのはよくないかもしれないと思い、もう一度言う。ただし内容は変わらない。
「なんでだい⁉」
「逆に何故許可が下りると思われるのですか?」
私はエドワード先輩を上から下までじっくり見る。
身長も高くて顔立ちが整っており、とにかく目立つ。姿勢もよく平民っぽさがまったくない。そして顔かたちがいい上に、貴族ならばたいていがエドワード先輩の顔を知っているので、裏どり中に変な勘違いを起こされかねない。
「女性一人より、男がいた方がにらみが効くだろ? 俺がいることで安全が買えると思わないかい?」
「確かに長身のエドワード先輩が後ろに居れば威圧感は与えられますけど、隠れて調査するには目立ちすぎるんですよ」
「それで言ったらロディーナ嬢も目立つだろう? ピンク色の髪とか」
まあ目立つ外見をしているのはお互い様かもしれない。
「それは大丈夫です。変装するので」
「変装?」
「はい。髪の毛はネットをかぶって、かつらを付けます。分かりにくいよう、さらに帽子をかぶるとかつらの違和感が減ります。私の印象はこのピンクの髪と花なので、これがないだけで気が付かれないんです」
私の場合は髪に視線が行ってしまい、他者の記憶に強く残っているのも髪と花だったりする。その結果、この特徴を隠しただけで結構気が付かれない。
「なら、俺も変装する」
いや、変装しても、この高身長にこの顔は変わらない。さらににじみ出る生まれの良さ。昔から平民に混ざっている私とは違って、下手すると悪目立ちしかねない気がする。
とはいえ、ここで変装の出来栄え論争に話を持って行くと厄介なことになりかねない。
やってみなければ分からないと意固地になられると困る。だとしたら、別の方面からお断りを入れるべきだろう。
エドワード先輩がそもそもここに来た理由は、私と情報の裏どりをするためではなかったはずだ。
「あの、話は変わりますが、エドワード先輩が私に会いに来たのは、シルフィーネ様の件ですよね?」
「ああ。長期休みに入り、シルフィーネ嬢と会うのが難しいがどうしたらいいか相談しようと思ったんだ」
「いや、普通に私のように誘うか会いに行けばいいのではないでしょうか?」
むしろ私に確認しに来る前に、手紙を出して、会えるように努力すべきだ。
「もしも長期休み中に会うのが難しいのならば、文通でもいいとは思いますが」
「だが、何て送ったらいい? 突然理由なく手紙が送られてきたらびっくりするだろうし、会いに来られても困るだろう? 迷惑だなんて思われたら立ち直れない」
「その気遣い、私にも使ってもらえないでしょうか?」
このヘタレめ。
私は恋で憶病になっている男を半眼で見た。私やオリバー先輩にはぐいぐいと行くのに、フィーネが相手だと途端にヘタレるとか、変なところで繊細過ぎるのではないだろうか?
「だってロディーナ嬢は俺の情けない姿を知っているし、友人だから」
「いやいや、世の中、親しい中にも礼儀ありという言葉がありまして……いえ、もう話が脱線するので、本題に行きましょう。とにかく、長期休みは仲良くなる好機です。学生生活とは違う姿をお互い知ることができますし、同じ体験をすることで共感力が高まります。なので、とにかく何でもいいので誘ってください。話はそれからです。そして、シルフィーネ様はたとえエドワード先輩の行動を迷惑と思っても、傷つくような言葉は言いません。シルフィーネ様を甘く見ないで下さい」
迷惑だと相手が傷つくような態度で拒絶をするような馬鹿だなんて思われては困る。フィーネはたとえ相手が誰でも、不快にさせないように立ち回ることができる女性だ。
「それはつまり俺が迷惑だと?」
「傷つきましたというような顔をなさらないで下さい。えっとですね、言葉の綾です。別にシルフィーネ様はエドワード先輩を嫌ってはいませんから」
分かりやすくショックを受けたような顔をするエドワード先輩を見て私はため息をつく。彼との話は中々思った通りに行かない。
「でも何と誘えばいいだろう? 突然男から誘いの言葉が来たら困らないだろうか?」
いや、その気遣い、どうして私には向けられてないのでしょうか?
まあ、私のご機嫌取りは必要ないからだと分かるけど、事前確認なく孤児院まで会いに来られた私としては何か釈然としない。
とはいえ、そんな不満を言っても仕方がないことだ。古今東西、恋する男が面倒なのはどこも同じだと思う。
「でしたら、オリバー先輩の園芸部の食中毒の件の情報について話しておきたいと伝えたらどうでしょう? オリバー先輩も茶会で食中毒の件は伝えたはずなので、生徒会として情報の共有をしたいとすれば問題ないかと思います。念のためオリバー先輩にご確認が必要かとも思いますが」
期末テストが終わり、長期休暇の前に園芸部全員でのお茶会は無事に開かれたとは聞いている。どのあたりまで話したかは分からないが、色々決まりを作った上で安全にハーブティーを飲もうという話はしたはずだ。
生徒会として情報の共有という話なら、エドワード先輩が直接フィーネとやり取りするのは問題ない。
「そしてそこで話を膨らまして、今度はデートに誘います」
「で、デート⁉」
エドワード先輩が引きつった声を出し、顔を真っ赤にしておろおろしている。
あまり女性に免疫がないのだろうか?
「……普通に次に会って遊ぶ約束をするだけです。なんでもいいので、フィーネが興味惹かれることを話し、一緒に外出する約束をして下さい。そしてまた遊んだ後に次の約束を取り付けるということを繰り返せば、長期休みの間に数回は確実に会えるかと思います。とにかく最初の呼び出しは仕事でいいので、会うことが先決です」
話はそれからだ。
フィーネも突然先輩に遊びに誘われるよりは、仕事でのお話での呼び出しの方が気が楽だろう。ここからはエドワード先輩の腕にかかっているが、エドワード先輩にはフィーネの好むものを伝えておいたし、ここまでお膳立てすれば、きっとやり遂げられると思う。
「なるほど。そう言えば、まだシルフィーネ嬢には伝えてなかったな」
「きっとシルフィーネ様も気になっていると思いますので、学校が始まるより前に伝えたいと言えば大丈夫かと思います」
なんといっても、園芸部はフィーネが好きなオリバー先輩も関わってくるのだ。まず間違いなく誘いに乗るだろう。
なのでそれほど気おう必要はないと思う。
「仕事の話で呼び出し、好きな話で盛り上げ、次の約束を取り付ける」
「はい、そうです。頑張って下さい」
よし。
これで私の情報収集の件からは話がそれた。
エドワード先輩はさっそくオリバー先輩に食中毒の件を話していいかの確認をしてくると言い、豆のスープをすべて食べきると帰っていった。
あまりおいしくなかっただろうに、ここでこの食べ物がどれだけ貴重で残すことがどれだけ失礼かを理解して行動してくれるエドワード先輩は、やっぱりいい人だと思う。孤児のことも人間として見ているからこそ、礼儀をかかないようにしているのだ。
他の貴族だと、普通に残しただろう。私はエドワード先輩のこういうところが好きだ。
「……できるならフィーネと幸せになってもらいたいなぁ」
自分の使った食器と一緒にエドワード先輩の食器を片付けながら私は幸せな未来を夢想した。
そしてうまく行ったと思った翌々日。
「きちゃった❤」
「つれてきちゃった❤」
「おじゃまするね」
うぉい。
孤児院でボランティアをしている途中で現れた、フィーネとエドワード先輩とオリバー先輩に私は白目を向きかけた。
まて。
私はフィーネとデートをしてこいと言ったはずだ。
いや、確かに誘い出しには成功しているわけだけど、何しているんですか、エドワード先輩!
果たして孤児院で知り合い四人が会うことはデートなのか否か。私の脳内辞書にはあいにくと答えは載っていなかった。