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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
16/75

情報の読み方

「行ってらっしゃい」

「「「いってきまーす」」」

 昼食を終えた子供たちは、それぞれバッと走って職場に向かう。私に情報を売るために彼らはギリギリまで残っていたのだ。

 小さい子はまだ食べているので、私も残っている豆のスープを貰って昼食を食べる。

「エドワード先輩も食べます? 豆のスープですけど」

「俺が貰っても大丈夫か?」

「はい。今日は食材を渡してあるので、先輩が食べたところで問題ないです。私は長期休暇の間来た時は一緒に食事が貰えるように食材を渡すようにしているんです。ただ、豆のスープは小麦も満足に買えない人がお腹を膨らませる為に作るので、微妙かもしれませんが」

 孤児のご飯をとっても大丈夫かという顔をしたが、問題ない量の食糧支援をしたので問題ない。


「いや。できれば貰いたい」

「じゃあ一緒によそってきますね」

「えっ?」

 私はちゃちゃっと木製の椀に豆のスープを二人分よそい、同じく木製のスプーンを椀の中に突っ込んで席に戻る。エドワード先輩は驚いた顔のまま固まっていた。

「はい、どうぞ。今日は私が寄付したベーコンも入っているので豪華ですよ」

「あ、ああ」

 とんとエドワード先輩の前に椀を置き、私もその隣に座ると、私はエドワード先輩はひとまず置いておいて、スープを飲む。

 冷めてしまったけれど逆に飲みやすい。


「孤児の子供の食事なんて、こんなものですよ。豆か芋か、お腹を膨らませるための材料が変わるだけですね。一緒に入れる野菜は旬で変わりますが。食器も陶器なんて使えませんし、銀のスプーンも使えません」

「……食事の給仕に慣れているんだな」

「はい。初等部の頃から来ていますし、なんならお皿洗いとか掃除もできますよ」

 私が独り言のように語れば、エドワード先輩も話し、粗末なスープを飲む。ちらりと見たが、顔をしかめたりせず普通の表情を装っていた。

 公爵家の料理と比べるとかなり残念なもののはずだが、まだ食べている人や作った職員がいる前で失礼な態度はとらない気配りはしてくれるようだ。


「何故、そこまで孤児に施しをしているんだ?」

「慈悲とか博愛とか想像されたかもしれませんが、先ほども自分のためと言いましたよね? 私は将来伯爵位を継がないので、平民となります。その時に平穏に生きられるように動いているだけです。料理を自分で食べられるようにすることも、皿洗いも掃除も必要な技能です。ここで身に着けられるのならば身に着けておいた方がいいというだけの話です」

 貴族のご令嬢ならば普通はしないことだけれど、将来平民で生きると分かっているならばその為の準備はしておいて悪いことではない。

「貴族の誰かと結婚するとは考えないのか?」

「できると思います? この外見で」

 感性はすべて人族で、言語も人族だけれど、見目は間違いなく翼がない花人。結婚できるなんて端から思っていない。

 貴族として生きるのならば、殿方に好かれる砂糖菓子のような娘を目指さなければいけない。皿洗いや掃除で商品価値が下がる手荒れを作るのは言語道断だ。

 でも私はそれよりも一人で生きて行くための力が欲しい。


「……父と母は、私に爵位を継がせ、伯爵の爵位が欲しい人を婿にとも考えたようですが、私から断りました。爵位目当ての人で私の外見に嫌悪感を覚える方がもしも夫になった場合、両親や弟に危険が及ぶかもしれません。家の乗っ取りなんて昔からありますから」

 結婚した後に継げる者がいなければ、婿に爵位が移動する。それが家の乗っ取りだ。もちろん犯罪が発覚すれば爵位が婿に移動することはないが、バレなければ成立してしまう。

 そして私は自分の家族をそんな危険にさらしたくはない。

「無神経なことを言った。すまない」

「いいですよ。まあ、とにかくここで情報を収集したり、恩を売っておくのは私に利があるからです」

 少し落ち込み目線を下げるエドワード先輩に苦笑いして首を振る。彼は本当に平等に私を普通の人として扱っているからそういう発言が出たのだろう。

 差別意識がある人ならば、まず私が結婚するなんて頭にもないはずだ。


「なるほど。でも孤児からクッキーで買っている情報はあまり意味がないものだろう? 何のためにしているんだ?」

「これは聞いたり見たりした話を自分の中でまとめて、それを相手に伝える練習です。これができると、職場で何かを伝えたりしたい時にスムーズになりますので。ただ、孤児たちが見る世界を知ることができる機会があるというのは、私にとっても有益ですし、今日聞いた情報でも色々面白いものが混じってましたよ?」

 だから、この情報の買取は双方に利があると思う。

「猫のほっこり話や怪談話が面白いっていうことか? まあ、楽しませてはもらったし、クッキー一枚ぐらいの価値はあったかもしれないが……」

 エドワード先輩は釈然としない顔をした。

「私はそういう楽しみ方はあいにくとしていません。例えばですね、猫が子を産みやせ細らず暮らしていけるということは、食料が安定して手に入っているということです。食料が手に入らなければ、猫にあげようなんて思いませんので。ですが、デゥスノミーア子爵は安価な豆を多量に買っている。ここにはそれ相応の理由があるはずなのです」

 小麦の値が上がると豆や芋の需要が増える。でも平民が多い町中で猫が肥えるほど食料があるということは、物価が上がっているわけではない。

 だからその矛盾には何らかの理由が隠されているはずなのだ。


「なるほど」

「あとは、使用人がコロコロ変わると噂されるお屋敷も気になりますね。普通は使用人の入れ替わりなどそこで働いていない限り分からないと思うんです。でもそんな噂が流れるということは、使用人が噂を流しているか、そんな負の噂が流れるぐらい変わった屋敷の可能性があります」

「確かにどこから情報が流れたんだろうな……」

 普通は自分が働いている屋敷の話などペラペラしゃべらない。貴族の屋敷ならば特にだ。

 それなのに噂が流れているというのはどういう意味を示しているのか。

 考えられるのは、他者への忠告……。まあ、横暴な主人だったため、嫌がらせという名の仕返しという線もあるので憶測で考えるのは危険だろう。


「体調不良の奥様の件は、打算ですね。もしも本当に倒れて、それを助けられたら、彼は恩人となり就職にも有利となるでしょう。そうしたら今後も彼からその店の情報をもらうこともできると思うんです。もちろん言えないこともあるでしょうけど」

 だからどの情報も私に有益なものだった。有益なものを貰ったら返すのが当たり前なのだ。施してばかりというわけではない。

「……ロディーナ嬢はとてもやさしいんだな」

「あの、聞いていました? 私は慈悲とかそういうのでやっているわけではなく、打算だと言っているのですけれど」

 ぽつりとエドワード先輩がこぼした単語が私には眩しすぎてすぐさま否定する。私はそんなお綺麗な人物ではない。

 すべては自分のために動いている。


「まあ、そう言うことにしておいてあげよう」

「それを言う時って、たいていが納得していない時ですよね?」

「ふふふふ。友人が優しいということを俺だけが知っている優越感は最高だ」

「やっぱり納得していないどころか、間違った認識持ってるじゃないですか」

 冗談は混ざっているだろうが、全部がそういうわけではない気がする。

 私は深くため息をついた。


「それで、今度は何をするんだ? 情報の裏どりというものをするのか?」

「はい?」

 勝手に変な勘違いをされて頭が痛いと思っているところに、飛んできた質問にギクリとする。言われる前に流れが掴めてしまった。

 彼は好奇心だけで孤児院まできたのだ。だったら決まっている。

「俺もその裏どりを見学させてくれ」

「えっ、嫌ですけど」

 私は反射的にそう返事をした。

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