孤児院での情報集め
孤児院の昼食はそれほど量がない。今日は豆のスープのみだ。それでも三食食べられるだけまだ裕福である。
困窮している家庭だと二食というのも普通だし、昔の孤児院は二食だったはずだ。
エドワード先輩は孤児と一緒の食事が初体験なのだろう。公爵家とは全く違う貧相な内容にギョッとしていた。それでも誰もが当たり前に食事をしているので、彼は特になにも言及しなかった。
「――でね、丸まる太ってきたなと思ったら、裏路地で子猫を生んだの。他の猫も太っちょな子結構いるからまさか子供がいるとは誰も思わなかったの」
「そうなのね。この情報はクッキー一枚分よ。猫というのは一年に数回妊娠と出産をすることが可能で、一回に四から八匹ほど産むわ。可哀想だと思うかもしれないけれど、飼うことができないのならばむやみに餌をあげては駄目よ?」
「私はお金ないから上げないよ。でも皆あげちゃっているからなぁ」
ぼやく彼女の前に持ってきたクッキーを置く。
「うん。それで大丈夫。アニーはまずは自分がしっかりと食べることが先決だから。ちなみに猫は今は太っている?」
「ありがと! わー。可愛いクッキー。えっとねー、猫はふつーだと思うよ。痩せても太ってもない。子猫もみんな元気」
「はいはい! 今度は俺! 俺!」
孤児から何らかの情報を貰ったら、それがどんなに些細なものでもかならずお菓子を上げるという決まりで、ずっとやっている。その為孤児たちは、昼食の時に仕入れて来た噂や出来事を私に話してくれた。
菓子代は学校で得た収入から出しているので特に誰にも断りを入れずにできる。
私が孤児から情報を買っているのをエドワード先輩はじっと見ていた。とくに会話に入ってこないけれど、何をしに来たのだろう。
まあいいかと、短い休み時間でとにかく話そうと必死な子供達から、私は順番に聞いていく。
「じゃあキース。教えてくれる?」
「俺の雇い主の奥さんなんだけどさ、最近しょっちゅうあくびしてるんだよ。おかげで従業員も陰でなまけものとか悪口言ってる」
「そうなの。キースは奥様はなまけものだと思う?」
「俺は別に思わないけど、でもあんまり働いてないのに息切れしていることも多いし、体力ないなぁとは思う」
キースは少し考えてから、自分の意見を述べた。周りに左右された意見ではなく、事実をちゃんと客観的に見た上での感想だ。
彼は相手をよく見た情報を持ってくることが多い。だからきっと、彼がそう思うぐらい奥さんは疲れやすく、あくびが出るのだろう。
「もしかしたら栄養が足りないせいで体調不良かもしれないから、倒れていないか気にかけてあげるといいと思うわ。はい、クッキー一枚」
「ありがと! でも、栄養が足りないって俺より太ってるぞ?」
「うーん。栄養が足りないというとちょっと違うわね。そうね……正確には足りない栄養があるのだと思うの。きっとその欠伸と息切れは体調不良の現れだから、気にかけてあげて、もしも倒れたりした時はすぐに大人を呼んであげるといいと思うわ」
医者でもない私から言えることはこれぐらいだ。
キースは太っているのに栄養が足りないということが納得できなかったようで首を傾げている。でも世の中にはむくみでただ水だけがいっぱい溜まってしまっていることもあるので、見目だけで判断をするのは難しい。
今言えるのは、夫人が体調不良であるということだけだ。
「えっと。とにかく、倒れたら大人を呼べばいいんだな」
「ええ。自分では無理だと思った時に、大人を頼ることは悪いことではないし、正確に何が起こったかを伝えられれば、その婦人の助けになると思うの」
「ふーん。まあ、見かけたら気にかけるようにする」
分かっていなさそうだが、コクリと頷いたので、私も頷き返す。
「じゃあ、今度私!」
「ええ。ジェリーはどんなお話をしてくださるの?」
「あのね、呪われた屋敷の噂話を聞いてきたの」
ジェリーは自分の番がくると鼻息荒く語った。
呪いというのは、よく分からないことが起こると使われる単語だ。
実際に呪いというものが存在するのかどうかは、ここより進んだ文明を持つ外国でも証明できないと聞く。結局のところあると証明するよりないと証明することの方がずっと難しいのだ。
「その屋敷では使用人がよく変わるそうなの。だけどそれだけじゃなくてね、青色の花の苗を買って庭に植えたはずなのに、翌年に咲いた花は赤紫っぽい色をしていたそうなの。だからきっとその庭には死体が埋められていて、花が血を吸ったから赤紫になったに違いないって言われているの」
「血の色なら赤じゃないのか?」
「馬鹿ね。青色の花が血を吸ったから混ざって赤紫になったってことよ」
ジェリーは製糸工房で働いている。染色もしているので、青と赤が混ざると紫になるということを経験で知っているのだろう。
「なるほど。面白い噂だわ」
「ロディーナ様は呪いってあると思う?」
キラキラした目でたずねられ、私は少し首を傾げた。
「あるかもしれないとは思うわ。でも多分今回ジェリーが聞いた話は呪いではないわね。使用人がよく変わるほど何人もいるならば、その屋敷は貴族のお屋敷だと思うわ。だからそのうわさが耳に入ると不敬と言って酷い目に合わされるかもしれないから、今の噂はこれ以上流しては駄目よ? はい、クッキーをどうぞ」
「ありがとう。でも、どうして呪いではないと分かるの? 血を吸っているだけだから呪いじゃないってこと? 私、血を吸う花は呪いじゃないかなと思うんだけど」
血をすすっている化け物の姿の花が頭に浮かんで私は苦笑いした。
もしも本当にそんなものがあるならば、呪いと言っていいただろう。
「その花は多分血をすすって赤紫になったのではなく、植えられた土の影響で色が変わったのだと思うわ。この世界には土の種類で花の色が変わる花があるの。だから最初に植木鉢で持ってこられた花が、植え替えられたことで色が変わったのではないかしら」
時期的に少し前に紫陽花が咲いたと思うので、きっと彼女が言っている青から赤紫に変化してしまった花は紫陽花のことだろう。その色の変化を見た人が、面白半分に呪いの噂を作ったに違いない。
「「「へぇー」」」
「多分紫陽花という名前の花だとは思うけれど、この花は毒があるからお腹を空かせても食べては駄目よ?」
「花なんて食べないよー」
冗談めかして伝えれば、ジェリーは口を尖らせた。他の子も同じような反応なので、今のところ雑草でもなんでもいいから食べたくなるほど飢えているということはないようだ。
孤児院によっては、貴族から渡されたお金をピンハネして孤児のご飯代を削るなんてこともある。私はここを経営している人を信頼している。でも人によって優先順位が違うため、たとえどれだけ善良な人であっても、何かあった時は一番弱い者を犠牲にするだろう。
「あ、でも、お貴族様は花を食べる人もいるんだっけ?」
「えっ。花なんてどれだけ食べてもお腹が膨れそうにないし、俺は肉の方がいいなぁ。もしくはロディーナ様が持ってきてくれるお菓子とか」
「でも花を食べるなんてちょうちょみたいじゃない?」
「ちょうちょは花を食べるんじゃなくて、蜜を吸うんだよ」
わいわいと子供達がお互い話す。
確かに手間暇かけて花を砂糖漬けしてそれを食べるのは、とてつもない贅沢であり、常にお腹を空かせている孤児からすると理解しがたい物だろう。彼らにとっては、手間暇かけても少量しかできないものより、お腹にたまるものこそ嬉しいはずだ。
「でもお貴族様でも豆を食べるって聞いたよ」
「ロディーナ様のおうちでは出る? そっちの貴族の兄ちゃんも」
「俺の家ではないな」
そろそろ敬語というものを教えておかないといけないなと思いながら質問を聞いていたが、エドワード先輩が嫌な顔一つせず答えてくれたのでほっとする。
職場である程度の礼儀は教え込まれるが、貴族令嬢である私が彼らと親しいやり取りをするようにしているので、まだ八歳になったばかりの彼は余計に他の貴族にはちゃんとしなければいけないということがピンと来ていない。後で教えようと心のメモに加えておく。
「私の家も豆のスープはないわ。でも豆のサラダを食べることはあるわね。お貴族様でも豆を食べるというのはどこで聞いた情報かしら?」
私がすっとクッキーを出すと、ハイハイと手が上がる。どうやら何人かが聞いたことがあるらしい。
「じゃあ、ケビン。教えて頂戴?」
まだクッキーを渡していない子に私は解答権を渡す。ケビンは寡黙であまり発言が得意ではないので、緊張したようにこわばった表情をした。それでも恐る恐る口を開く。
「えっと。俺は働いている店で小麦とか豆とか配達を手伝っているんだけど、小麦より豆を買うお貴族様のお屋敷があるんで、きっとそのお貴族様は豆のスープとか飲んでるんじゃないかなって思いました」
「なるほど。ちなみにどこの貴族か分かるかしら?」
「デゥスノミーア子爵」
「ありがとう。とても重要な情報だったわ。また教えてね」
子爵だとお金が有り余っているわけではない。だから体面を整えるために、食事など外からは分からない部分を貧相にするのはあり得なくはない話だ。
私は褒めながらクッキーを渡す。ケビンは緊張した顔をしていたけれど、クッキーを受け取ると嬉しそうに表情を緩めた。
その後も私は子供達とおしゃべりをして、クッキーを配りながら昼食の時間を終えたのだった。