表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
14/75

孤児院のボランティア

 四人だけの時は愛称を使おう問題。

 私はこの問題をフィーネにやさしく説いた。

 問題でしかないと。

 フィーネもオリバー先輩を私が愛称で呼んだら嫌だろうと。そりゃもう、例題を出し、嫉妬させるように話した結果。


「それだと、わたくしも四人でいる時は堂々とロディーナ様を愛称で呼んでもよろしいということでしょうか?」

「まあ……そうですわね」

「なら――」

 キラリと輝く瞳。それはあまりにも眩しかった。


「民主主義の弱点を実技で知ることになるなんて……」

 賛成三人、反対私一人のため、四人の時は愛称で呼び合おう議案が可決されてしまった。

 たとえその答えが間違っていたとしても、少数派意見がつぶされる民主主義め。民主主義は皆の意見を聞いているように見せかけて、正しい答えとは限らない。

 でもこの結果はフィーネの私のことを愛称で呼びたい欲を見誤った、私の責任でもある。まさかオリバー先輩を他の女が愛称で呼ぶ嫉妬心よりも呼びたい欲が大きいなんて。いや、違うか。オリバー先輩のことも堂々と愛称で呼べる権利と二つ手に入ることが嫉妬心を上回ったのだ。完全なる私の計算ミスだ。

 こうなってしまったのは情報をうまく使いこなせなかった自分が悪い。もっと彼女の嫉妬心をあおる情報を追加するべきだった。


 とはいえ、決まったことに対してブツブツと文句を言っても仕方がない。

 それに学園が長期休みに入ったので、このままうやむやになってくれないかなという淡い期待もある。……まあ学園が始まれば何度か顔を合わせるのは間違いないので期待は打ち砕かれそうではあるけれど。とはいえ、休みだ。

 憂鬱なことは一時だけでも忘れてしまおう。


「ロディーナさまぁ、えほんよんでー」

「ええ。いいわよ。絵本を聞きたい方はこちらにきてくださる?」

 私はまだしゃべるのもおぼつかないような幼い子供がいる中で、家から持ってきた絵本を見えるように開いた。子供達は私の前に座って絵本を好奇心にあふれたキラキラとした目で見つめる。

 彼らは王都の孤児院にいる子供達だ。私は慈善事業として、毎年長期休みはここにボランティアに来ていた。一般的には、貴族がする慈善事業は、孤児院にお金や物資を渡しておしまいだけれど、私は文字や計算を教えるようにしている。お金などはもちろん大切だけれど、永遠に施しだけで生きていくことは無理だ。この子達がちゃんと社会の一員として生きていけるようになることが何よりも必要ではないかと思う。知識は力になる。そう思い、初等部の頃から行ってきた。


「――こうして、豊穣の女神の娘は、一年の三分の二は母の元で、三分の一は冥府で過ごすことになったのでした」

 読み終わった瞬間、パチパチと拍手が鳴らされ、私ははっと目を見開いた。子供達も拍手をしているが、彼らのものよりも大きな手で鳴らされた音だったからだ。

「……なんでこちらにいらっしゃるのですか? エドワード先輩」

 この孤児院で一度たりとも会ったことがない人物の登場に、私は頭が痛くなった。

「それはここでロディーナ嬢がボランティアをしに来ていると聞いたからだな」

 そうですよね。

 四大公爵家が慈善事業としてお金や物資を施すことはあるけれど、代理人ではなく彼ら自身が訪問するなんてほぼない。そんなほぼないことが私が手伝っている孤児院の私がいる時間帯に起こるとなれば、偶然ではないだろうと察しがつく。


「わたくしに何か御用だったでしょうか? 手紙をしたためていただきましたらお時間も取れましたのに」

「うーん。それでもよかったんだけど、ここでボランティアをしていると聞いたら、なんとなくどんなことしてるんだろうって気になってな。貴族がする慈善事業ではあまりないだろう?」

「そうですね」

 貴族は施しはするが、選民思想が強いので、孤児に関わるなんてことはしない。下手すると、孤児のことを野良犬や野良猫と同じ程度にしか思っていない貴族もいる。

「もしも慈悲深い聖女のようだと思われたのなら違いますので。わたくしは、わたくしのためにこういった活動を行っているだけですわ」

「自分のため?」

「はい。わたくしはこの国では受け入れがたい異種族の見目をしています。ですから、できるだけ悪意を向けられないように、善行を行う必要があります。そしてもしも、わたくしが悪意を持つ者に底辺に堕とされたとしても、今善行を積んでおけば、恩を売った者が生きる為に手を貸してくれるかもしれません。その為の布石ですわ」

 私のような者は、いつ、どこで、ここにいるこの国でも底辺だと思われている孤児より下まで転がり落ちるか分からない。その時に恩人であるか恩人でないかで、相手の行動も変わるだろう。


 そんな話をしていると、くすくすと笑い声が聞こえた。

 見れば子供たちが笑っている。

「ロディーナさま、お姫様みたい」

「へ?」

「わたくしっていってるー」

 どうやらエドワート先輩が相手だったので一人称を貴族よりにしたのが子供達には面白く感じたようだ。

「いつもは彼女はどうやってしゃべっているんだい?」

「『わたし』っていっているよ」

「ことばももっとふつーなかんじ」

「たまにおひめさまっぽいけどな」

 貴族相手にため口をきくなんて。

 怖いもの知らずな子供たちにぞっとするが、明らかに年端も行かない子供ばかりだったからだろう。エドワード先輩は嫌な顔一つせず、ふむふむと聞いていた。

 その姿にほっとすると同時に、彼のやさしさを目にして胸の中が温かくなって、私は慌てて首を振る。

 いけない、いけない。平常心、平常心。


「ロディーナはここでは言葉遣いを変えているのか?」

「はい。年齢が下がると、分かりにくい言葉もありますし、できるだけこの辺りの住民が使う言葉を使うようにしていますわ」

「ならここではそれで構わない。俺が部外者だからな」

「いや……そう申されましても」

 四大公爵家の者を前に、貴族の娘である私が下町言葉を使うとかありえない無礼である。

「ならば、使え。命令だ。ここではここの流儀に従え」

「……かしこまりました」

「ん? ここではそういう言い回しをするのか?」

「分かりました! これでいいですよね? もうっ!」

 本当にこっちの計画をめちゃくちゃにしてくれる人だ。

 でも普通の四大公爵家の人ならばこんなこと許しはしないし、孤児のことも人間として扱ったりしないだろう。

 だから彼がすごくいい人であることは間違いなくて……。


 そんなことを悶々と考えていると、廊下からにぎやかな声が聞こえてきて扉が開いた。

「ただいまー!」

「あ、ロディーナ様! こんにちは!」

「こんにちは、ロディーナ様!」

 挨拶と共に孤児院の年長組がぞろぞろと中に入ってきた。午前の労働が終り、ご飯を食べに戻ってきたのだろう。


 孤児院の子供は、八歳を境に仕事をするようになる。これは、おおよそ下町の子供が八歳から家業を手伝い始める年齢だからだ。

 そして大抵の子は、親の持つ職をそのまま引き継ぐことになるのだが、孤児だとそうはいかない。だから八歳から様々なところで仕事をし、最終的にこの孤児院を出なければならない年齢までに就職先を見つけるのだ。

 だから私は八歳になる前の彼らに、文字と簡単な計算を教える協力をしている。文字が読めれば契約書も読めるし、文字もかける。なんなら文字が綺麗なら手紙の代筆という仕事だって与えられる。

 計算ができれば賃金をちょろまかされないし、将来的に商人のところで働くこともできるからだ。また頭がいいことが分かれば、それ相応の仕事先を優先して教えてあげることもできる。

 親がいないということは、間違いなくハンデだけれど、彼らが正しく情報という武器を身に付ければ、幸せを掴むことだってできると信じている。


「こんにちは。私は今日一日いるので、休み時間が終ってしまう前にご飯が食べられるように準備をして下さい。その時にお話はちゃんと聞きますから」

 わらわらと私に話しかけようとやってくる彼らにそう声をかければ、「やばっ」と言いながら慌てて食事の準備をし始める。一応留守番組でも運んだりすることが可能な六歳と七歳の子たちが事前に準備を始めているけれど、まだ幼い彼らだけでは進みが遅い。ちなみに先ほどまで私が絵本を読んでいたのは、手伝わせると逆に邪魔になってしまう子たちだ。この子達は掃除などは見よう見まねで行うけれど食事の配膳は、六歳からだと言われている。

 私は食事の配膳が終るまで、小さな子たちのおもりだ。

 エドワード先輩は、孤児たちとそんなやり取りをしてる私を興味深そうに見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ