幼馴染兼親友
視線が、痛い。
キラキラ100%。完璧な可愛いご令嬢の視線が私から離れない。知っている。彼女がこの笑顔の下で怒っているからだ。
怖い。
怖いけれど、今すぐ逃げ出すのは不可能だ。
「ああ。話し合いは終わったし、今行っている調査は、まだ生徒会で取り扱うか決めていなくて、個人的にしていることだから大丈夫だ。気づかってくれてありがとう」
若干顔が固いが、エドワード先輩は私が前に話した通りに口裏を合わせてくれた。嘘が嫌いだと言っていたが、流石に好きな人に振り向いてもらうために私から情報を買い取っていたが、恋敵と仲良くなってしまったので、彼を助けるために情報屋の私に協力を求めて動いているなんて馬鹿正直には言えないだろう。
なんというか、情報が意味不明すぎて逆に嘘っぽい。どうしたらこんな状況に陥るのか。
「いいえ。とんでもないです。でも個人的な調査とはいえ、生徒会に関わることなのですからエドワード先輩一人が負担することはないと思います。わたくしはたとえ最終的に生徒会で動かないという結論にいたる可能性が高い仕事だとしてもお手伝いしたいです。試験期間なのにしなければいけないほど忙しいのですもの。人手があった方がいいのではないでしょうか?」
キリっとした勇ましい表情にも健気さが混じって、100点満点な顔だ。こんな風に可愛らしい女の子に手伝いを申し出されたら、断れなくて当たり前だし、かけらも好意を抱かない男は不能に違いない。
とはいえ、ここは断ってもらわなければ困る。何故ならば嘘の調査なのだ。
適当にでっち上げした情報を作るぐらいはできるけれど、本格的に生徒会で動かれるのは面倒だ。
「あー……」
エドワード先輩が困ったように私を見た。
……やめろ。見るな。すでにシルフィーネ様の視線が私に固定されているんだぞ。そう思うが、彼が断りにくいのは当たり前だ。むしろ自分が好きな少女の好意を無下にするとかありえてはいけない。
「シルフィーネ嬢、あまり困らせてはいけないよ? 彼は外部に他者に漏らしてはいけない情報があるから、あえて少人数で動いているんだ」
救世主オリバー先輩が、さらっと嘘ではない範囲でフォーローを入れてくれてホッとする。実際に漏らしてはいけないのは園芸部の食中毒事件の事ではあるけれど、成績など生徒の個人情報も間違いなく扱うならば慎重にいかなければいけない。
「……ごめんなさい。エドワード先輩ばかりが忙しそうでしたものでつい……。でもロディーナ様はわたくしと同じクラスですし、わたくしが協力できればエドワード先輩が出向かなくてもやり取りがスムーズだと思ったのです」
聞いているように見せかけて、意見を曲げない。
女性だから何でも言うことをきくわけではない感じがシルフィーネ様の魅力だと私は思っている。でもここでその魅力は出さないでほしかった。
「ねえ、ロディーナ様? 先輩達に囲まれるより、わたくしとの方がクラスメイトですし、やりやすいですわよね?」
言え。そう言え。言えば今なら許してやってもいい。
そんな声が聞こえてくるのは、私の妄想だろうか?
彼女の100点満点な美少女のほほえみは鉄壁だというのに……怒りの波動がにじみ出ている。
「ええっと……その……。そもそも、これ以上は調査しても仕方がないかと……思っていまして。十分調査はできたと言いますか」
「いや、まだ足りないだろ?」
エドワード先輩ぃぃぃぃ!
私からの協力が得られなくなるかもしれないという危機感を覚えたのか、何とかこの場を乗り切ろうとした私の言葉を彼が無にした。うん。確かにシルフィーネ様の件は全然進歩していないのだから私の協力を一方的に打ち切られるのは困るだろう。
「た、ただ。あの、オリバー先輩とのやり取り――いえ、ちょっと待って下さい。時間を下さい。すみません」
オリバー先輩が捨て犬のような顔をしていたので、私は言葉を止めた。確かに毒の件も、もうしばらくは相談に乗ってほしいだろう。だとしたら建前がいる。
うーん。うーん。うううううううん。
唸れ私の脳細胞。この危機を乗り越える建前を作るのだ。
「……ロディー」
「ひょわっ」
「もう限界」
「ま、待って。待って下さいませ」
「全然、十分、わたくしは、待ったと思うのだけど?」
私を愛称で呼んだシルフィーネ様の声は、恐ろしく低かった。可愛い女の子が出すのは正直アウトよりの声だ。いつもは小鳥がさえずるような少し控えめな甘い声なのに、香辛料が効きすぎている。
「花人の特徴が強いロディーと仲がいいと学園で浮いてしまうから、距離を置こうって言われ、どれだけ嫌だと泣いても頑として譲りませんでしたわよね。そんな申し出をしてきたのも、ロディーがわたくしを想ってだと分かるから、わたくしもロディーが全員と距離を置いているなら、我慢しようと思っていましたの。もう少ししてどさくさに紛れて距離を詰めて、仕方がないなぁってほだされてくれるまで待とうと思ってましたの」
「えっ。どさくさに紛れてそんな計画立ててたの?」
「わたくしがロディーと仲良くする所為で、周りから浮くわけではなければ、ロディーは仲良くするのは嫌ではないでしょ? むしろ嬉しいでしょう?」
嬉しい以外の選択肢はないと言わんばかりの強気発言。でも確かに嫌ではない。嬉しいかは……うーん。嬉しい反面、可愛いシルフィーネ様の交遊関係で色々巻き込まれそうで面倒でもあるので、全面的に同意はできない。でも言ったら、ガチ切れされそうだ。
「シルフィーネ嬢とロディーナ嬢は知り合いなのか?」
「えー……まあ……はい」
「幼馴染兼、親友ですわ」
「シルフィーネ様⁉」
「もうここまで暴露したのですもの。言っても言わなくても変わらないと思いません? そしてエドワード先輩もオリバー先輩も口は堅い方ですもの。お二人を信じて、わたくしは伝えたいと思いましたの」
違う、私の退路を断つためだ。
確かに信頼もしているのだろうけど、彼女がここで暴露したのは、絶対それだけではない。私を逃がさないためだと思う。
「幼馴染兼親友? ポセイドン伯爵家とメルクリウス伯爵家はそれほど仲がいいとは聞いたことがなかったけれど?」
「それは……」
エドワード先輩の疑問はもっともだ。この二つの家系はとりわけ仲がいいわけでも悪いわけでもなく、さほど関わりがない。
さてどう話すべきかと頭をひねっていると、私が何か言うより先にシルフィーネ様が口を開いた。
「家同士の付き合いで仲がいいわけではございませんから」
「シルフィーネ様!」
私が強い口調で名を呼べば、彼女はにんまりと笑って私を見た。わざとだ。
「……情報はなんでも開示すればいいというわけではございません」
「そうね。わたくし達がどこで仲良くなったかは、わたくし達だけの秘密ですものね。ごめんなさい。大事な思い出をうっかり話しかけてしまって。でもわたくしはうっかり思い出話をしてしまうぐらい寂しかったのですの。わたくし、この学園に高等部から入学したからこそ思いますの。友人が誰かによって差別をされるならそのような相手とよしみを結んでも何もいいことないなと。価値観が違いますもの」
私は初等部から学園に通っているが、シルフィーネ様は高等部からの入学だ。地位の高い人は家庭教師を雇うので中等部から通い始める人も結構いる。それでも高等部からというのは比較的珍しい。
だから余計に学園で浮いてしまわないように私に関わらないように言っておいたが、そのやり方が相当彼女を怒らせてしまったようだ。
「ロディー、わたくしは姿が同じ人よりも、同じ価値観を持つ人と共に学園生活を送りたいですわ」
「……フィーネ」
「そもそも、ロディーは頭が固すぎると思いますわ。傷つけたくないから離れるのではなく、優秀なその頭を使って人気者になって、どうしたらわたくしと楽しい学園生活を送れるかを考えてほしいですわ」
それができたら苦労はしない。異種族への差別感情はそんな簡単なものではないのだ。
そう思っても、私のことを想って怒る姿も可愛らしくて、シルフィーネ様、もといフィーネに私は苦笑を返した。