試験期間の密会
試験期間に入り、部活動などは制限が設けられる時期が来た。
園芸部の花の水やりなど、継続して行わないと支障がでるものに関しては最低限してもいいことになっているが、試験期間中のお茶会は基本的に禁止されていた。
丁度食中毒事件があり、見直さなければいけないタイミングだったので、丁度よかったとも言える。
「……エドワード先輩、視線がうるさいです」
「なっ。ロディーナ嬢は後ろにも目があるのか?」
「花人も目の数は人族と同じで二つで後ろは見えません。ただ、ずっと後ろに立たれ続ければ、嫌でも分かります」
「最近エドワードはロディーナ嬢を見かけると必ず頭部を目で追っているよね。ラッキーライラックがそんなに見つけたいんだ」
オリバー先輩がクスクスとエドワード先輩の奇行を教えてくれる。なるほど。私が気が付かない時もエドワード先輩は私の方を見ていたらしい。どおりで、最近怪訝な目で見られることが増えたわけだ。
「遠くからでは見えないでしょうに」
「俺は目がいいから大丈夫だ。でも見つけられないんだよな」
エドワード先輩の視力はいいという情報を心のメモに追加しながら、私は小さくため息をついた。エドワード先輩は大丈夫でも、私が大丈夫ではない。しかしどれだけ言っても、きっと理解してくれないだろう。相変わらず私に普通に声をかけてくるのだから。
「……というか、エドワード先輩もオリバー先輩も試験勉強はしなくていいのですか?」
試験まで残り二日なのでいまさら感はあるけれど、でもぎりぎりまで試験勉強をしている学生は多い。かくいう私も、いつもならぎりぎりまで勉強をしていたし、正直今からでも勉強をしたい。
「いまさらじゃないか?」
「うーん。僕は少しでも勉強もしておきたいけれど、試験が終わったら園芸部は長期休暇前に全員でお茶会をしているんだ。その時に今回の事故の件と毒について話そうと思っているから、今のうちに相談をしておきたくて」
なるほど。この試験が終われば、長期休みが待っている。その前にお茶会をして園芸部は前期を締めくくるのだろう。
そして試験勉強を【いまさら】と発言するエドワード先輩は、大半の生徒を敵に回している。わかっていても言ってはいけない単語だ。まあ、それぐらいでなければ、毎回一位と二位を争ったりできないのだろう。
「わたくしもこの話し合いが終わったら勉強するのでオリバー先輩と同じですわ」
「えっ? ロディーナ嬢はいつも上位じゃないか。俺とお揃いだろう? 俺だけ仲間はずれのような言い方をしないでくれ」
「いや、仲間外れです。わたくしがテストの点を下げると、試験対策に関しての信用問題にかかわり、最終的に死活問題になりますので、エドワード先輩と違い、ぎりぎりまで勉強しますから」
とはいえ、エドワード先輩がなんの努力もせずにシレっとテストで高得点を取るわけではないことは知っている。幼いころから家庭教師が付き、日々努力しているからこその成績優秀なのだ。彼は天才というよりは努力の人である。
「……俺も何もしないわけではなく、家に帰ったら復習はするぞ?」
どうしても仲間外れは嫌らしい。口をとがらせる姿が可愛くて、私は小さく笑った。
オリバー先輩は、園芸部の部室を開けると中に案内した。先にオリバー先輩の使用人の方が使えるように窓を開け空気の入れ替えをし、お茶の準備をしてくれていた。本来ならば試験期間は使用できないが、顧問の先生からは許可をもらえている。三人とも赤点からは程遠い成績優秀者であることと、内容があまり外部に知られたくない園芸部の食中毒の件だったからだ。
そして使用できないと周知されているからこそ、誰かがここに来ることはないので話し合いの場としては丁度いい。
「とりあえず、今回のカロライナジャスミンの話は部員の中で周知徹底して、植生を知らなかったり情報があやふやなものでお茶を作ることは禁じようと思っている。でも今まで通り、レモングラスやローズマリー、カモミール、ミントティーなどは禁じる必要はないと思うんだ」
「そうだな。今回の件は毒があるかどうか知らないものを飲んだことによるものだし、昔から飲まれてて、これまで問題を引き起こさなかったものまで禁じる必要性はないな」
オリバー先輩が考えた方法に、エドワード先輩が頷く。
「その上で、少しづつ、僕が知っている毒のある花のことを伝えて行こうと思うんだ。花は綺麗だからお皿の上に飾りとして載せている人も見かける。バラやスミレなどは砂糖漬けで食べることがあるぐらいだから問題ないけれど、中には食べてはいけないものもあるからね。例えば紫陽花とか鈴蘭とか」
「食べられないものは皿の上に一緒に置くべきではないな」
「うん。そのあたりも禁止しようと思う。今までは食べた人はいなくて大丈夫だったけれど、この先もいないとは限らないし、花粉が混じってしまって中毒を起こしたら恐ろしいからね」
折角自分が育てたものであるからこそ、見栄えの良さを追求して、花などを飾る技法はあるけれど、その毒で何かあった時は恐ろしい。
まだ起きていない、今のうちに正しいことを伝えていくべきだろう。
「ロディーナ嬢はどう思う?」
「わたくしも植物の毒の件はそれがいいかと思います。お皿の上には食べられるもののみ乗せるということは大切ですわ。摘んでしまった植物は、見分けがつきにくいものもありますから」
「毒と言えば山菜やキノコを採って食べるということは園芸部はしないのか? 確かトリカブトが何かの山菜に似ているが、猛毒があると聞いたことがあるけれど」
「今のところはしていないね。そこまでの知識を持っている人が少ないから」
口にするのが自分で育てたものだけとなれば、ひとまずは安心だ。
「ただトリカブトは、園芸品としてもあるよ」
「えっ、そうなのか?」
「うん。綺麗な花が咲くからね。だからこそ、綺麗だけど口に入れてはいけないものは伝えようと思うんだ」
トリカブトは私も特に調べようとする前から毒があること聞いたことがあるからわざわざ食べる人はいないと思う。でも見栄えだけで、皿に花を飾るのが流行れば、何が起こるか分からない。園芸にそういうものがあるのならば、早めの対策が必要だろう。
「意外に、毒のある花は多いよ」
「へえ。綺麗な花には棘じゃなく、毒があるんだな」
薔薇の棘が可愛くなるぐらい、致死毒を持つ花は色々ありそうだ。
おおよそ最初のお茶会で話す内容がまとまってきたところで、園芸部の部室の扉がノックされた。
誰も来ないと思い込んでいたからこそドキリとする。先生だろうか?
「はい。どうぞ」
「失礼します」
オリバー先輩が返事をすれば、扉が開かれた。そしてその前にいた人物に、私は目を見開いた。窓ガラスから入る日の光が当たり、キラキラと金色の髪が輝いて見えた。
「エドワード先輩がこちらにいると聞いてきましたの」
紫の瞳を三日月型にし、女性として百点満点なきれいな笑みを浮かべたシルフィーネ様は部室によった理由を話して、中を見渡す。エドワード先輩、オリバー先輩、そして私を見たところで、穴が開きそうなぐらい、私をじっと見つめた。
顔は笑顔なのに、怒りの波動を感じる。
「どうしたんだい? 試験期間中は生徒会の仕事も中止だけど、何か急用かい?」
学生の領分は勉学なので、テスト期間は生徒会の仕事も中断となっている。
それなのにエドワード先輩を探していたのは何故なのか。
「いえ、エドワード先輩がオリバー先輩と、さらにロディーナ様が一緒に園芸部に移動する姿を見たと聞きまして、もしかしたらこの間教室で話していた学生の学期末テストの成績の件の調査をしているかと思いました。同学年のロディーナ様が協力しているのですから、わたくしも生徒会役員の一人として、何か皆様のお手伝いできることがあるのではないかと思い来ましたの」
貴方のお手伝いがしたいんですなんて百点満点の気遣いだ。正に理想の女性である。
でもシルフィーネ様の視線はエドワード先輩でもオリバー先輩でもなく、私に固定されている。
私はそらされることのない視線に、ぶるりと震えたのだった。