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砂糖菓子娘  作者: 黒湖クロコ
本編
1/75

出会い

 女の子は花のようにいい香りがして、砂糖菓子のように可愛らしい。

 それが世の男どもが思う女の子像。

「……そんなわけがあるか」

 もちろんそんな理想を詰め込んだ可愛らしい女の子もいるだろう。

 でもそんな女の子だけではない。

 そう。私のように。


「ごきげんよう。エドワード先輩」

「……なんだ、君は」

 誰もいない空き教室で静かに涙を流す黒髪の男に対して私はスカートをつまみ軽く膝を曲げて挨拶をする。挨拶は人づきあいでとても大切なもの。もっとも、普通ならば見なかったふりをするこの場面でするポーズではないだろう。

「わたくし、高等部一年のロディーナ・メルクリウス。メルクリウス伯爵家の長女でございます」

 名を名乗り、青い瞳を細める。

 私はこの人族ばかりの学校ではちょっとばかし有名だ。実際に見たことはなくても、家名ぐらいなら知っているだろう。両親は人族だが、先祖返りを起こし、かつて混ざった異種族の【花人かじん】特徴を持つ娘だ。


 髪は人が本来持つことのないピンク色をし、髪飾りのように花が咲く。腕から手にかけて、ツタのような痣があるため、少しでも気味悪がられないように長袖と手袋を常につけている。本来の花人は、背に昆虫のような羽を持つが、その特徴は受け継がなかった。だから私は空を飛ぶことができず、地を這う虫だと花人に混ざることもできず、人族の中で奇異の視線を受けながら生きている。

 そんな私は、花人なのに、決して男性から選ばれる花になることなどない。

 見目がそれほど劣るとは思わないが、砂糖菓子のように可愛らしくはなれず、どこか生理的な嫌悪をもたらす虫だ。

 だから私は、男に頼ることなく、生きるために別の武器を持たなければいけない。

「今日、貴方様の最愛が別の殿方と抱き合っていたのを目撃してしまったかと思います」

「……もう、噂になっているのか」

「いいえ。まだ噂は流れておりませんわ。得たばかりの情報ですから、精査も必要かと思いましたし、誰にもお伝えはしていません。ただ誰もいない空き教室で一人涙するのでしたら、おのずと真実に近いだろうことは分かります」


 この学園では、一人の女性を巡って二人の男性が火花を散らしていた。

 男性の一人はこのエドワード・アルテミス公爵子息。もう一人はアルフレッド・アポロン公爵子息。どちらも四大公爵家の方だ。

 愛を囁かれていた女性は、シルフィーネ・ポセイドン伯爵令嬢。二人からの寵愛を受けた彼女がどちらを選ぶのかは学園ではとても注目されていた。まあ、彼女の場合、他にもたくさんの男性から好意を向けられてはいるのだけど。


「わたくし、情報を売買するのが好きなんです」

「……変わった趣味だな」

「よく言われます。ですので、この度、当て馬になられましたエドワード先輩に情報をお売りして、勝ち馬にならないかというご相談にまいりましたの」

「は?」

 恋に破れた男であるエドワード先輩は私の言葉に、口をぽかんとあけ、間抜けな表情をした。緑の瞳にたまる涙も相まって、美形なのにかなり残念寄りだ。私はそんな彼にハンカチを差し出す。

 商談前は基本優しくするのが鉄則。ちょっとしたプレゼントで大物を釣るのは商売の常識。どんなことでも初期投資は必要だ。


「まだ負けたわけではございません。涙をお拭きになって下さい。そして少しだけ私の話に耳を貸していただけないでしょうか?」

「……負けていない? 抱き合っていたのにか?」

 ずずっと鼻をすするエドワード先輩は目線をこちらに向けた。青緑色の瞳は涙にぬれているのに、強い光がある。

 昔から泣き虫なエドワード先輩。でも負けず嫌いだから人がいない場所で泣くし、眼力が強い。


「シルフィーネ様が抱きついたのは、怪談話のある部屋で恐怖心が勝ってのことかと思われます。彼女はまだ最愛を決められてはおらず、迷われておいでです。ですので、まだエドワード先輩の恋を捨て去るには早いかと思われますわ」

 抱き着いた場所は、怪談話がある教室だ。状況は分からないがそこでの告白はまずない。考えられるのは、アルフレッド先輩かシルフィーネ様のどちらかがその話題を出し、恐怖心からちょっとした物音に驚いて抱きついたあたりだろう。それは故意的なのか偶発的なのかは分からないけれど。

 とにかくまだこの恋の決着はついていないはずだ。

「様々な情報を駆使し、恋の駆け引きをし、最終的にシルフィーネ様に選んでいただくためにわたくしから情報を買いませんか?」

 情報は高く売れるところに売るものだ。

 例えばテストの過去問。これを欲しがるのは、山を張らなければ落ちそうな人である。成績優秀者はあったらいいけれどなくても合格してしまうのでさほど必要としていない。だから売るなら、勉学が苦手な者をターゲットにする。

 例えばとある男性の行きつけの食事場所があったとして、その男性に興味のある者しか買ったりしない。だから必要とする人に売らなければ、その情報はいくら正しいものでもただのゴミだ。その情報をゴミとみるか宝とみるかは、買い手によるのだ。


「……まだ間に合うのだろうか?」

「それは分かりませんが、優先的に情報をお売りすることはできます。貴方様の恋を成就させるために、ご協力させて下さい」

「見返りはなんだ」

「情報でしょうか。情報は、エドワード先輩についてでも、アルテミス公爵家についてでも、友人関係についてでも買いますわ。どうしてもなければお金でも構いません。将来に向けて今はコツコツとお金を溜めておりますの。異種族の血が混じった私は将来一人で生きていかねばならないでしょうから」

 人族は特に異種族を嫌う。それは長年鎖国をしていたことの名残だ。

 とはいえ、鎖国をしていてもまったくやり取りがなかったかと言えばそうではなく、こうやって人知れず異種族の血が混じっていたなんてこともあるし、物のやり取りは続いていた。

 好きな人を得るために情報を買うをとなると、負の印象が強いけれど、異種族だという面だけで利益のある取引をしないほどではない。そしてエドワート先輩ならそういった、異種族の見目を持っているからという部分で判断はしないと思う。

 ただ彼の潔癖な部分がどう出るか。


「……何もせずただ愛してもらえれば、それはそれで素晴らしいことだとは思います。ですが、何かを売るならば、なんの宣伝もなく運にまかせて売れるのを待つなどということはないはずです。相手が何を望んでいるか、どのような条件にすれば似通った商品でも自分の商品を選んでもらえるか、調べて宣伝し選んでもらえるよう努力するはずです」

 私はエドワード先輩がどうしたらこの取引に納得できるか言葉を探す。

 どれだけ素晴らしい出来栄えの商品でも、欲する人がそれに気が付かなければ意味がない。だから商人は宣伝もするし、市場調査もする。商品そのものを素晴らしいものにする努力を惜しむ必要はないと思う。でもそれだけでは売れないのだ。

「彼女の好意を得るために情報を買うのは卑怯ではないと?」

「卑怯ではないと思います。それも好きになってもらうための努力の一つではないでしょうか?」

 エドワード先輩は、瞳を閉じ、眉間にしわを寄せた。

 葛藤しているようだ。好きな相手の情報を金で買い取ってもいいのかと。本当にそれは正々堂々としていると言えるのかと考えているのだろう。


 しかししばらく迷われたエドワード先輩だったが、最終的には目を開き真っ直ぐ私を見ると頷いた。

 こうして私は私は当て馬子息の恋を応援することになったのだった。

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