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はねうさぎ

作者: 文月詩歌

「さあさあさあ、今宵は久しぶりのラジオ放送「音楽時間」の時間だ」

 令和五年一月七日は日曜日、午後八時を少し回った頃、PCのスピーカーからラジオパーソナリティー、ラパン・アジルの陽気な声が聞こえて来た。

 臼杵薄ウスキ・ウスキがいつものようにPCの電源を入れてブラウザを立ち上げると、「あなたへのおすすめ動画」に「インターネットラジオ【音楽時間】」が表示されていたので、執筆作業の合間にというか作業のBGMに聴いてみようと思ったのだった。

 ウスキにとって、ラジオはさほど馴染みがあるものではなかった。せいぜい災害時に役に立つものという認識だ。

「それでは最初のリクエスト、RNラジオネーム恋するうさぎちゃんさんで――」

 番組名を横文字にしたタイトルの歌がリクエストされ、次から次へ、リクエストされた歌が流されていき、曲と曲の合間にパーソナリティが雑談を挟んでいく。

 ――パーソナリティーって、ライバーってことだよな。

 リスナーが番組にお便りを送って、それをパーソナリティーが読み上げるというのが、古式ゆかしき音楽ラジオ番組のやり方らしい。

 リスナーがチャット欄に打ったコメントを見て、ライバーが曲を選らんで放送すれば手間じゃないよなと、若いウスキは思う。

 筆が乗らないので、ウスキは先ほどからずっとラジオに、歌に、聞き入っていた。

 流れて来る歌はどれもこれもウスキにとって馴染みのないものだったが、それが逆に彼の興味を引いていた。

「インターネット老人会かよ」

 ウスキの口から思わず零れた。やり方も古ければ、内容も古いと。

「いやぁ、復活できてよかった」

 陽気なパーソナリティの声が心の底から嬉しそうに響いた。

 ――そういや聞いたことの無い番組だな。

 数年振り、それどこらか十年単位で復活した番組なのかもしれないと、ウスキは思った。

「それでは最後のリクエスト、RNこいするうさぎちゃんさんで、童謡「うさぎ」です。どうぞお聴きください」

「インターネット老人会にもほどがある」

 ラジオ番組の歌に、童謡をリクエストすることがあるのか。加えて、それを採用することもあるのかと、ウスキは感心した。著作権フリーだから、経費圧縮かな?

 

「うさぎ」

「うさぎ」

「なにみて」

「はねる」

「じゅうごや」

「おつきさま」

「みて」

「はねる」


「それでは最後のリクエスト、……ザ、ザーッRNラビットネーム

「ん?」

 最後のリクエストは終わったはずだが? と、ウスキは首を捻る。

 ――ラビットネームと言ったか?

「……ザッザザ……「「来い」するうさぎちゃん」さんで、……動揺……」

「【うさぎ】です。では、どうぞお……ザ―ッ、ザーッ、危機くだザーザーザーザー……」

 ノイズ交じりのパーソナリティーの声がやがてノイズに搔き消されると、終にラジオから漏れる音が不快な雑音そのものとなった。

 

「うさぎ」

「うさぎ」

「なにみて」

「はねる」

「じゅうごや」

「おつきさま」

「みて」

「はねる」

「うさぎうさぎなにみてはねるじゅうごやおつきさまみてはねる」

「――うさぎ」

「うさぎ――」

「なにみて――」

「――はねる」

「じゅうごや――」

「――おつきさま」

「みて――」

「――はねる」

「うさぎ――」

「うさぎ――」

「なにみて――」

 …………。

 ……。

 モニターに映るのが砂嵐になっても、ウスキは目が離せなかった。

 モニターが暗転し、ウスキの顔が映り込む。

 童謡【うさぎ】の歌詞らしきものが、ウスキの口をつく。

「兎――」

「兎――」

「何見て――」

「――刎ねる?」

獣小屋じゅうごや

「尾付きおつきさま

「見て」

「刎ねる?」

「何を刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? 刎ねる? ねる? ねる? 刎ねるねる?」

 黒いモニターに映る、自身の赤い眼と眼があった。

 数舜見つめあった後、ウスキは同胞からはらの歌声を耳にした。

 

 ――兎兎何見て刎ねる?獣小屋尾付き様見て刎ねる?


 モニターから目を離し、窓から外に目をやる。

 満月が煌々と輝いていた。

 月を見ているウスキの胸に去来する思い。

「我らが祖は、我が身を差し出した」

「我らが祖は、我が身を焼いた」

 ――しかるに、

 ウスキは、遠い祖先の怒りに我が身を焦がす。

「何故に我らは、宙にさらされる?」

「何故に我らは、労役を課され続ける?」

 ウスキは、全身が怒りに震えるのを覚えた。

「我らは、我が身を差し出したのだぞ」

「我らは、我が身を焼いたのだぞ」

「――我らは、我らは我らはわれらはわれらはわれらは……」

 ヒトであった身には聞こえなかったであろう同胞たちの声が、夜風に乗って、ウスキの耳に届く。

 アジる声が、檄を飛ばす声が、咆哮のように脳内に響く。

「いつまでも狩られる我らではないぞ」

「獲物はどこだ」

「牙を持たぬ我ら、得物の扱いはお手のものぞ」

「然り然り」

「貴様らが教えたのだ」

道具ものの扱いを」

「皮肉なものだな」

「さようさよう」

 ウスキは得物を手にし、

「そろそろ狩るか」

 夜の街に、はねて行った。

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