7)望まぬ未来
夕刻、薄暗くなった王妃の間を、アルフレッドとアレキサンダーは再訪した。執務を終えて見舞いに来た二人が見たのは、眠るローズを抱いて、穏やかな寝息を立てているロバートだった。頬骨が目立ち、顎の鋭さが増していたが、ロバートの穏やかな寝顔は、どことなくあどけない。起こす気になれず、どちらからともなく部屋を出た。
「お時間をいただけますでしょうか」
ハロルドの言葉に、二人は頷いた。人払いをした別室で、ハロルドは口を開いた。
「今朝方のようなことが続けば、命に関わります」
開口一番、ハロルドは衝撃的な言葉を告げた。
「傷を負い、震えるほどの高熱を繰り返した兵士は助かりません。ロバートの傷そのものは、今までの怪我と比べても、さほど特別酷いわけなく、軽いほうです。ただ、今回のような高熱は、私がロバートを診るようになってから、初めてです。二度三度と同じことを繰り返さないとは限らない。その場合は、お覚悟ください」
ハロルドの声は重く響いた。
「今、あれほど穏やかに眠っているというのにか」
アルフレッドが呻くように言った。
「万が一、今朝のようなことを繰り返した場合のことです。逆を言えば、熱を繰り返さなければよいのです。あくまで万が一です。万が一、今晩や明日の早朝に、今朝のような高熱を出せば、その度に、身体は弱っていきます。そのようなこともあると、お覚悟をください。」
「まだ、若い」
「ロバートは、知っています」
ハロルドの言葉に、アレキサンダーは再度衝撃を受けた。
「誰かに教わったのでしょう。今朝のようなことを繰り返したら、死ぬと教わっているが、そのとおりなのかと聞かれました。ロバートを相手に嘘はつけません」
「あの子は、そうか、そうだろな」
アルフレッドは何かをいいかけ、一人で勝手に納得してしまった。
「ローズは知っているのか」
アレキサンダーの言葉に、ハロルドは首を振った。
「わかりません。ただ、ローズ達は、救護院や産院でシスター達を手伝っていたはずです。人が死ぬのを見たことがあるでしょう。知っているのではないでしょうか」
「そうだろうな」
乳を飲むことも出来なかったソフィアを助けたのはローズだ。助からなかった赤子を見たことはあるはずだ。事実、飢えや病気で死んでしまった孤児たちのことで、ローズは涙を流していた。
「なんとか、ならないのか」
「傷の手当をしておりますし、まだ若い。あくまで万が一です。必ずそうなるわけではありません。そこは、あまり悲観される必要もないでしょう。ただ、最悪の場合がありえることは、心にお留め置きください」
ハロルドは安堵させようとしているのだろうが、今までに何度も死線を彷徨ってきたロバートだ。そう何度も、死の淵から蘇ることが出来るとは限らない。
「知っていて、お前に確認したということは、それなりの覚悟もあるということか」
アルフレッドの言葉に、ハロルドは頷いた。
「おそらくは。何を考えているかは知りませんが、自分の身に万が一のことがあった場合にどうするか、用意をしているのではありませんか」
アレキサンダーは、王太子となるために王都に来る前にロバートに約束させられたことを思い出した。
王都へと出発する日の朝だった。
「アレキサンダー様、もし私が死んだら、この屋敷の墓地の母の隣に葬ってください。王都の墓地は、私にとっては知らない人ばかりです。母と同じ墓地で、母の隣に葬っていただきたいのです」
アレキサンダーは、不吉なことを言うなとロバートに言った。話題を変えようとしたが、ロバートは引き下がらなかった。根負けして、約束させられたのだ。
母の隣は空けておいてくれと、ロバートは屋敷に残る者達に頼んでいた。男たちは、沈痛な面持ちでロバートと言葉をかわしていた。
「お前の言うとおりにはしてやる。だが、俺達の目と耳が遠くなって、歯も抜けて、足腰が立たなくなる前に戻ってきたら、別の場所まで運んでいって、埋めてやるから覚えておけ」
男たちの乱暴な承諾の返事に、ロバートがなんと返事をしたか、アレキサンダーはどうしても思い出せなかった。
あの墓地がどうなっているか、アレキサンダーは確認していない。アリアの墓の隣が、空いているということは、いつかロバートがそこに葬られるということだ。ロバートの死を意識せざるを得ないようなことを、確かめる気にはなれずにいた。
「万が一のことを考えて、あの子が行動しているのは知っているが。突きつけられると辛いものだな。私よりも若い。妹にも等しいアリアの子供だ。赤子のときから知っている。そんな子供が、また私より先になど」
アルフレッドの深い溜め息が、部屋を静かに満たした。