6)男心女心2
そもそもロバートは、ローズ相手に夫婦喧嘩などするのかとアレキサンダーが思ったときだった。
「でも、男心とおっしゃっていただきましても、わかりません」
ローズが言った。
「そこは、察してくださいローズ様」
ローズを抱くようにしてアレクサンドラが宥めた。
「でも、ロバートは女心なんてわかりませんから。お互い様です」
ローズの言葉に父子は吹き出した。小姓達は、互いに肘で、小突きあっている。
ロバートが、女心を理解するわけがない。そもそもロバートは、自分の感情を認めようとしなかったくらい、機微に疎いところがある。二人が婚約する前、周囲は本当に気を揉んだ。
押し倒せと繰り返すエドガーは、エリックに締め上げられては悲鳴をあげていた。一番若いティモシーは早々に達観し、エリックを止めようとするフレデリックに無駄ですよと言っていた。トビアスはその全てを傍観していた。
ロバート相手に男気がないというグレースとサラが、一体ロバートに何を求めているのかというのが、アレキサンダーにはわからない。十七歳まで結婚するな、結婚するまで手を出すなと厳命したのはグレースだ。
ミリアとロイは、ロバートとローズの娘に言い寄る男は苦労するだろうと、自分達のことを重ね合わせ、随分と先のことを心配していた。
「ローズ様。女心がわかるようになったら、それはロバート兄様ではないです」
アレクサンドラが大真面目に言った。
「そうね。たしかにそうだわ。そんなロバートはとても変だわ」
ローズが納得し、大きく頷いたのがいけなかった。アルフレッドもアレキサンダーもこらえきれずに笑いだしてしまった。笑っている間に、御前会議の前から、ずっと胸につかえていた重苦しいものが、吹き飛んでいった。
御前会議では、奴隷売買に関してだけでなく、王都の治安の改善に関しても前向きな決定をすることが出来た。ロバートは怪我をしてはいるが、おそらくは最悪の状態は脱しただろう。
問題は多い。一つ一つ取り組み、解決することで、前に進んでいく。未来に進もうとしているのだ。
「それに、ローズ様にお目にかけるのであれば、今のロバート兄様でなく、日々の鍛錬で鍛え上げた、本来のロバート兄様であるべきです」
何かを決意したかのように、アレクサンドラが強く手を握りしめた。
「アレクサンドラ、どうしたの」
アレクサンドラの強い口調に、全員の視線が集まった。
「ローズ様も、ロバート兄様の逞しい腕に抱き上げられ、引き締まった足腰で支えられたほうが、安心」
「アレクサンドラ、駄目、恥ずかしいわ」
真っ赤になったローズが、アレクサンドラを黙らせようと、アレクサンドラの口元に手を伸ばした。
「ローズ様も、頬を寄せるならば、ロバート兄様の鍛えた厚い胸板のほうがよいではありませんか」
「アレクサンドラ!」
顔を真赤にして叫ぶローズをアレクサンドラが抱きしめた。
「お可愛らしいローズ様。ロバート兄様の裸は、日々の鍛錬で鍛えた均整の取れた、あの筋肉が戻ったときに、お目にかけますから」
「アレクサンドラ、駄目、恥ずかしい」
「楽しみにお待ち下さい」
「アレクサンドラ!」
看病を続けていても、元気な様子のローズとアレクサンドラに、アレキサンダーは安堵した。アルフレッドも、微笑んでいる。
アレキサンダーの目に、周囲の小姓達が目に入った。何やら落ち着かない様子だ。
「どうした」
アレキサンダーの言葉に、小姓たちが遠慮がちに口をひらいた。
「あの、アレキサンダー様。やっぱり、女の子は、逞しいほうがいいのでしょうか」
それぞれ自分の腕や胸に手を当て、服をまくって腹を見たりし、何やら考え込んでいる。男心は繊細だ。
「まぁ、あの二人は、普段のロバートが基準だろうな」
「そうですか」
小姓達の返事には元気がない。まだ若い小姓達だ。アスティングス家の精鋭と渡り合うロバートと比べては、少々いや、かなり見劣りがする。
「ロバートは、日々の鍛錬で鍛えた。さほど特別なことはしていない。まぁ、努力しろ。何も、アラン・アーライルやレオン・アーライルのようになれと、言われたわけではないのだから」
アーライル家の兄弟は別格だ。特に兄のアランは怪力だ。
「はい」
アレクサンドラはロバートに似た美人で、小姓達に人気がある。動機は何であれ、小姓たちが鍛錬に励むのは望ましいことだ。
「ローズ、君も着替えて食事をしてきなさい。ロバートが心配するだろう。アレクサンドラ、ローズのことは任せた」
「はい。しかと承りました」
落ち着いて一礼したアレクサンドラは、まだ頬を赤らめているローズを促した。
「ローズ様もお綺麗にして、ロバート兄様に惚れ直してもらいませんと」
「アレクサンドラ、あの、恥ずかしいの」
「大丈夫ですわ」
ローズのことは、アレクサンドラにまかせておけばよいだろう。
アレキサンダーは、アルフレッドを促し、執務に戻ることにした。