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11)望む未来

 アレキサンダーは長居して余計な穿鑿をされることを避けるため、王太子宮に戻った。アルフレッドは、静かな部屋でロバートの寝息を聞いていた。


 ローズは、アレクサンドラや侍女たちに、寝る支度だと連れて行かれた。アレクサンドラに頬を(つつ)かれ目を覚ましたローズが、腕から抜け出しても、ロバートは起きなかった。


 早朝、ロバートの不調に真っ先に気づいたのはローズだった。そのためだろうか。離れることを嫌がったが、アレクサンドラが上手く説得していた。


 ロバートは気持ちよさそうに眠っているが、あまりに目覚めない様子に徐々に不安が募ってくる。

「自らの死もあり得ることを、ロバートは知っています」

ハロルドの言葉が、アルフレッドの耳の中で木霊していた。


 病弱だった次兄は、長くは生きないだろう己の人生を受け入れていた。長兄のチェスターと、その乳兄弟ロバートは、戦死した。ロバートの腕は確かで、チェスターもそれなりの腕はあった。あの二人ならば、どんな戦地であってもチェスターが死ぬことなど無いと、信じていた。アルフレッドは、末っ子であり、予備でしかなかった自分が、国王となるとは、思っていなかった。


 ティタイトとの戦に旅立つ者達との前夜祭は、異様なまでに高揚した雰囲気に包まれていた。実戦で初めて指揮を執る長兄チェスターの周囲を取り囲み沸き立つ人々を、少し離れたところでアリアの長兄、今は亡きロバートが見ていた。凪いだ静かな瞳をしていた。

「ロバート兄さん」

アルフレッドは、思わず子供の頃のように呼びかけてしまった。

「アル。いつまで子供のつもりだ。人に聞かれたらどうする」

アルフレッドは、ロバートの、いつもどおりの小言と笑顔に安堵した。翌朝、二人は東へ向け、兵団を率いて出発した。


 戦の前半は良かった。勝ち戦だった。暗転したのは、ライティーザ軍が対岸へ攻め入った後だ。


 王太子であった長兄チェスターは瀕死の重症を負ったが王都に辿り着いた。助かりはしなかったが、王都で、まだ息のある間に父親である先王と会うことが出来た。今は王都の聖アリア大聖堂の墓地に眠っている。


 血は繋がらないものの、アルフレッドの、もうひとりの長兄でもあったロバートはかえらなかった。遠い、川向うのティタイトの地に、葬られているとわかったのは、ごく最近だ。


「ロバート兄さんは、帰らなかった場合のことを、きちんと用意していましたから。チェスター様は好戦的な方でいらっしゃいましたもの。引き際を見誤り、泥沼化しかねない。チェスター様が無謀な決断なさらないように、お諌めするのも乳兄弟である自分の責任だ。ただ、他の貴族もいるから、難しいだろうと、言っていました。兄さんの言ったとおりになりました。悲しいですが、悲しんでいる間はありません」


 アリアの言葉に驚いた。あの日、戦に沸き立つ前夜祭の時、ロバートは既に帰らない覚悟をしていたのだ。いつまで子供のつもりだと、いつもと同じ笑顔で言われたから気づかなかった。


 薄暗くなった部屋で眠り続けるロバートが、二度と目覚めない眠りについた次兄や、前夜祭での凪いだ瞳をしていたロバートと重なった。


「ロバート」

アルフレッドは思わず、ロバートに声をかけた。起こしてしまうとわかっていたが、黙っていることができなかった。ロバートがゆっくりと瞬き、アリアと同じ緑と榛色を混ぜた不思議な瞳が現れる。よく見ると、ロバートは、睫毛も白くなっていた。


 息子アレキサンダーと同じ年齢だと思うと、ロバートの境遇は、あまりに哀れだ。ライティーザ王国と王家は、ロバートや、ロバートの先祖たちの犠牲の上に成り立っている。双方の先祖が決断した結果だ。その影響が、遙か先の子孫に及ぶことなど、二人は予想していなかっただろう。 


「アルフレッド様」

ロバートの掠れた声に、侍女が用意していった果実水を差し出した。起き上がろうとして顔を顰めたロバートに、アルフレッドは手を貸した。


「申し訳ありません」

予想通りのロバートの言葉に、アルフレッドは苦笑した。

「そこは謝るのでなく、礼を言ってほしいね」

アルフレッドの言葉に、ロバートが微笑んだ。


「ありがとうございます」

「そう言ってくれたほうが、嬉しいね」

アルフレッドの顔からも笑みがこぼれた。


 アレキサンダーが、ロバートが痩せたと嘆いていたが、本当に痩せた。病弱だった次兄を思い出させるほど、肉がそげた首には筋が浮き出ていた。


「ロバート。お前から預かっている書類だが、私はあまり使いたいとは思っていないよ」

アルフレッドの言葉に、ロバートが静かに見つめ返してきた。

「万が一です」

ハロルドと同じように、万が一とロバートが口にしたことが、アルフレッドの胸を引っ掻いた。


「それはそうだ」

ロバートが立場上、万が一に備えるのは当然だ。だが、たとえ仮定でも、アルフレッドが避けたい、想像すらしたくない未来だった。


「アルフレッド様。私の身に何か会った場合は、あの書類を使ってください。ヴィクターとアレクサンドラを私の養子にして、一族の本家を継がせてください。一族の本家は続かなければならない。ローズのことは、ヴィクターとアレクサンドラに託しています。どうか、お約束いただいたとおりにお願いします」


「約束だ。それはわかっている」

アルフレッドの内心を知らないロバートは、冷静に自らの死を口にする。アルフレッドは、そんな会話をしたくはなかった。アルフレッドの大切な人達は、次々とアルフレッドを遺して、天の国へと旅立っていった。まだ若いロバートに、遺されるなど、想像もしたくなかった。


 ロバートは、遺されるローズの行く末を案じているのだろう。だが、ロバートが、ローズのことを思うならば、ロバートは生きるべきなのだ


「ロバート。私はお前とローズの間の子供を抱きたい。アリアの孫を抱いてみたい。私は、息子のアレキサンダーも、お前もあまり抱いてやることが出来なかった。赤子を育てるのは大変だが、可愛らしいものだ。私は楽しみにしているのだよ」

不吉な未来ばかりを口にするロバートに、アルフレッドは幸せな未来を語った。


ロバートが微笑んだ。

「エドガーに、王家の揺り籠は、子守の一族だと言われました」

「そうそう。私は子守が足りない。あまりに足りない。なにせ私自身は六人纏めて育った末の二人だからね。可愛がられてばかりだった」

「六人というのが、想像も出来ません」

「私は楽しかったが、私の父母もお前の祖父母も、楽しいどころではなかっただろうね」

アルフレッドとロバートは、声を立てて笑った。


 王太子宮の庭で、アレキサンダーとグレースの子供たち、ロバートとローズの子供たちが、元気に駆け回る未来が、もうすぐそこにまで来ているはずだ。手が届きそうになっている幸せな未来をアルフレッドは夢見ていた。


幕間のお話にお越しいただきありがとうございました。

本編にもいらしていただけましたら幸いです


誤字脱字報告、本当にありがとうございました。

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