10)懐かしい絵
「これは懐かしいのではないか」
アルフレッドの言葉通りの絵があった。狩人のような服装のアレキサンダーとロバートが、立派な角をもつ二頭の牡鹿の剥製の傍らに立っている。
「初めて鹿を仕留めたときですね」
先に鹿を仕留めたのはロバートだった。先に産まれて、体格にも勝るロバートに、アレキサンダーはどうしても勝てなかった。アレキサンダーが鹿を仕留めたのは、ロバートが鹿を仕留めた数日後だ。自分のことのようにロバートは喜んでくれ、数日前に拗ねた自分が、アレキサンダーは恥ずかしかった。
アリアが存命の頃だ。屋敷に戻った時、アリアに褒められて本当に嬉しかった。アルフレッドに報告するからと言って、描かれたのがこの絵だ。
どの絵にも、屋敷の思い出が、アリアとの思い出があるのに、アリアの絵はなかった。
「アリアの絵はないのですか」
「一枚だけ有る」
父が出してきたのは、素描だった。明らかに素人の手になる拙い絵だ。一人の女性が赤子を二人抱いていた。
「屋敷にたどり着いた直後に、無事を知らせてきた。その手紙の中に入っていた。誰が描いたか知らないが、手紙だと嘘を書くことは容易だからと、同封してきた。アリアらしい気遣いだが、絵の出来栄えがこれだから、本当に困ったよ」
お世辞にも上手いと言えない絵だ。絵の女性がアリアなのか、赤子が本当にアレキサンダーとロバートなのか、残念ながらわからない。
「これがあるだろう」
アレキサンダーが赤子の一人を指した。赤子の肩に、何かシミのようなものが描かれていた。
「ロバートの肩には、産まれたときからこの痣がある。これがあるからこちらがロバートだとわかる」
アルフレッドの言葉に、アレキサンダーは笑った。
「今でもありますよ。薄いのに、消えないものですね」
「随分と役に立つ痣だ」
アルフレッドも笑った。
「もう少し、わかりやすい絵を送ってくれと頼んだら、画家をよこせと言われてね。時折画家を行かせるようにした。絵は本当に良かった。離れていても、お前たちの姿を見ることができた。アリアの手紙も、画家の絵も本当に楽しみにしていた。お前からの手紙は、もう少し多くても良かったと思うが」
「申し訳ありません」
心当たりがあるアレキサンダーは素直に謝罪した。アリアは、手紙を送る時、アレキサンダーにも手紙を書くようにと言った。何を書いてよいかわからなかったので、毎回悩んだ。熱心に、返事を送ったかというと、残念ながらそうではない。
「まぁ、仕方がない。男の子はそういうものだと言われたし、私自身、そうだったのだろうと思ったからね」
棚に、他に比べて不自然なまでに小さい絵があるのに、アレキサンダーは気づいた。
「これは」
「あぁ、それは」
アルフレッドが言い淀んだ。
絵には、若い女性が描かれていた。アリアに似ているが、明らかに若い少女だった。
「若い時のアリアですか」
「いや、まぁ、それは」
アルフレッドの歯切れが悪い。
「そのうちに説明しよう。ただ、その場合、その人物に許可をもらわないと、私も説明できないからね。少々待ってほしい」
「わかりました。アレクサンドラでもないですね」
絵の中にいる少女は貴族だ。女性のドレスの流行などはわからないが、装飾を抑えた装いが、少女の美しさを際立たせていた。
絵の中の少女は微笑んでおらず、それが逆に少女の美しさに凄みを持たせていた。
「随分と整った顔ですね。アリアの親族ですか」
ロバートの親族、分家には貴族が多い。特に、ライティーザの始まりの土地、西の方に集中している
「まぁ、そうだな。いずれ教えてやれると思うが、今ではない」
「わかりました」
後に、アレキサンダーは、それが誰かを知って驚愕することになる。同時に、父が誰かを教えてくれなかった理由も察した。




