1)早朝の異変
第四章6)と7)の間のお話です。
まだ外が薄暗い、早朝だった。
「寒い」
ロバートの声で、ローズは目を覚ました。ロバートは両腕で、自分を抱きしめるようにして震えていた。
「ロバート」
「寒い」
ロバートが、何かを訴えることは稀だ。
「ハロルドさんを呼ぶわ」
ローズの言葉に、ロバートは歯を鳴らしながら頷いた。
駆けつけたハロルドの命令で、暖炉に季節外れの火を起こし、薪が次々と炎に投じられた。汗ばむほどに部屋が暑くなっても、ロバートは布に身を包み、歯を鳴らしながら、寒いと訴え続けた。ロバートの冷えた手足とは逆に、額は熱を帯び、吐く息が熱く、震えはなかなか収まらなかった。ハロルドは厳しい顔で、弟子達に次々と指示を出した。
隣の部屋が騒がしいことに気づいたのだろう。アルフレッドが様子を見に来た。
「ロバート、気を強く持ちなさい」
アルフレッドは、ロバートの冷や汗で湿った冷たい手を握り、言葉をかけた。ロバートは、歯を鳴らしながら頷くだけで精一杯の様子だった。
「アレキサンダーを呼ぶか」
アルフレッドの言葉に、ロバートは首を振り、ハロルドが頷いた。
「ロバート、全くお前は」
強情なロバートにアルフレッドが呆れた時、ローズが何度も繰り返し頷いているのがみえた。
「わかった」
アルフレッドは、一言だけ答えると、部屋に戻った。国王としての執務があるのだ。一人息子の乳兄弟、自身の乳兄弟の一人息子のために、使ってやれる時間はわずかしか無い。
ただし、使者を送るくらいならば簡単だ。要件などいくらでもある。御前会議の翌日だ。国王と王太子が話し合わなければならないことは、実際にいくらでもある。
「強情な子だ」
アルフレッドの口から、思わず独り言が漏れた。
アルフレッドから書簡を受け取った小姓達は一礼し、かなりの早足で飛び出していった。二人一組、場合によっては三人一組での行動は、ロバートのやり方だ。決して単独では行動させない。ロバートは、刺客に何度も襲撃された経験がある。単独での行動の危険性をよく知っているからだろう。
あの小姓達と同じような年齢の頃、アレキサンダーとロバートは何をしていたのだろうか。アルフレッドは、ふと過去に思いを馳せた。アレキサンダーとロバートは王都を離れた王領で育った。アルフレッドはなんとか都合をつけて、何度か様子を見に行ったが、そう長くは滞在など出来ない。
季節の折々にアリアからは、アレキサンダーの様子を伝える手紙は受け取っていた。いずれアレキサンダーの腹心となるロバートの様子も、アリアは知らせてくれた。それでも、一緒に暮らしたわけではないのだ。知らないことも多い。
アレキサンダーとロバートは互いにとって唯一無二の関係だろう。
アルフレッドは、自室の壁にある六人の子供達が描かれた絵を眺めた。アルフレッドを含めた三人の王子たちと、王子たちの乳兄弟だった亡くなったアリアと二人の兄達は、全員が一緒に育った。各自がそれぞれの立場で、この国を一緒に支えていくのだと信じていた。
「見守ってくれていると信じているけれど。僕は兄上達を手伝う側のはずだったのに」
アルフレッドは、絵の中で微笑む子供たちに語りかけた。