■ 旅から旅へ5 トゥモマクア
「あんた!そんな生活してたら病気になって死ぬよ!」
『バーン!!』というテーブルを叩く音と共にキュスミさんの大声が!
驚きのあまり口の中の物を吹くかと思ったよ。
勿体ないから根性で飲込んだけどね。
「今までも大丈夫だったって言ってるでしょ!」
再び『バン!バン!』とテーブルと叩く音と娘さんの怒鳴り声
キュスミさんと娘さんの親子喧嘩が始まってるっ!
さっきまであんなに嬉しそうだったのに、何が二人をそうさせた?!
この騒ぎで赤ちゃんは泣きだすし、お互い手を振り上げてて両方の夫が全力で止めてるしプチ修羅場
店内は、二人の騒動を口をあんぐり開けて見てる感じ
さっきまで、ザワザワと賑やかだったのにシーン!と静まってる。
食事をする雰囲気でもなく、とりあえず私はそっと放置されて泣く可哀相な赤ちゃんの元に行き、抱き上げてあやす事にした。
まだ、首も座ってない赤ちゃんだから気を付けてゆっくり自分の身体を揺らす。
しかし、赤ちゃんというのは保護意欲を駆り立てるなぁ。
肌は綺麗でプニプニだし、握った手は一口サイズの饅頭みたい。
顔を真っ赤にして力いっぱい泣いてたけど、抱かれて安心したのか、ただ泣き疲れただけなのか、怒鳴り声の応酬など気にせず次第に眠っていく。
・・・ゆっくりおやすみよぉ・・・
軽く背中をポフポフしながら荒らぶってる親子二人の様子を見ていると、不意に私の方を見たキュスミさんと目が合ってしまった。
「「・・・・」」
私を見て我に返ったのか一気にトーンダウンしたキュスミさんと、その様子に眉をひそめて押し黙る娘さん。
周囲の視線にも気づいたらしい二人は小さく「お騒がせしました」と言いながら俯いた。
その様子がそっくりで可笑しくなって笑ってしまった。
キュスミさんは、隣に居るテオルムさんに何か小さく囁くとテオルムさんが頷いて席をたった。
「うちの女性陣がお騒がせして申し訳ない!お詫びに酒を一杯ずつ御馳走させてもらうよ。女性には好みの飲み物を!頼んだよ店主」
店内に響く声で、大げさな手振りを交えてテオルムさんがそう告げると、今まで静かだった客達は歓喜した。
奥さんの尻に敷かれているおじさんかと思ったら、とんでもなく大人でカッコイイぞっ
これは金持ちが醸し出す威厳かっ?!
私がポーッとテオルムさんを見ていると静かに娘さんが近づいてきて赤ちゃんの様子を伺っていた。
さっきまで、大声で親子喧嘩してた勇ましい表情から一変して母親の優し気な空気を纏っている。
近くで見ると美人なのが際立つけど、切れ長の目の下にクマがあるのは隠せてない。
心なしか顔色も良くない気がする。
「タミーをお任せしちゃってごめんなさいね。私も母もすぐに頭に血が上っちゃって、こういう事はよくあるの。逢った早々、遣り合っちゃったわ」
テヘッっとでも言いそうに可愛く舌を出す。
この赤ちゃん、タミーちゃんっていうのか、見た目からは性別不詳ですね。
何となく今の状況では「男の子ですか?女の子ですか?」とは聞くに聞けない。
「私はキャラよ。主人と菓子屋をやってるの。主人が作るお菓子は絶品だから是非買いにきてね。オマケするわ」
「キホです。ご両親とは畜車で知り合って、良くしていただきました」
「母を説得しなくちゃならないから、暫くこの子をお願いしても?」
「大丈夫ですよ。でも静かにお願いしますね。気持ちよく眠ってますから」
「じゃぁ、ついでに私達が白熱しないように見張ってて頂戴」
キャラさんはそう言ってタミーちゃんを一撫ですると、元の席へと戻って行った。
「私は、貴方が体を壊さないか心配なだけなのよ」
「ママ、判ってるわ」
先程みたいに騒がない様、一呼吸おいて二人が再び話し始める。
私は、タミーちゃんが起きない様に気を使いつつ二人の話し合いを静かに見守ることにした。
でも、要約すると至極簡単な事でお互いが妥協すれば済む様な話じゃない?
キャラさんはパワフルな女性で、子供を産む前日まで旦那さんと経営してるお菓子屋さんで働き、産んだ2日後からずっとタミーちゃんの世話をしながら働いていたらしい。
それを聞いたキュスミさんが、店を休むか子供を誰かに預けるかしないと倒れるぞ!っと、憤慨。
キャラさんは、収穫時期でお客さんが増える今が書き入れ時!店を閉めてられないでしょ!客が逃げるじゃない!でも可愛いタミーを誰かに預けるなんて絶対無理!と反論したわけだ。
どう考えてもキャラさんが働きすぎだし、欲張りすぎ。
絶対無理!私は産休と育休絶対欲しい!
自分に子供が出来ても、自分の時間が欲しい!
キャラさんは疲れ切った様子なのにお店に出るって言い張るし、バイトを雇おうにも短期バイトはなかなか見つからないらしいし・・・
そして、キュラミスさんの言い分も理解できるし、単純明快。
どこからどう見ても心身共に疲れてる娘のキャラさんが心配なだけだよ。
因みに男衆は行く末を見守ってるだけで、淡々を食事をしている。
きっと、よくあることなんだ。二人とも慣れてる・・・
そして、埒があかない不毛な言い合いが続いていたけど、突然全く関係ない場所から声がかかる。
「字の読み書きが出来て、短期で働いてくれる人が居れば解決するんじゃね?」
背後、つまりは私が居た席から、レトンさんが近づいてきた。
「今は、トウコーンの収穫期で職を探している条件の良い人なんていないのよ。賃金も破格だから、辞めてまで菓子屋の短期店員なんてしてくれないわ」
キャラさんが頬杖をついてゲンナリとした表情で答える。
これは、あちこちに手を尽くしてダメだった感じ?
「トウコーンって甘味の材料でしょ?そんなに割がいいのかい?」
「わざわざ近隣の町から出稼ぎにくる程度にはね」
トウコーンって、ゴーシュ領が発展した要の物で甘味に欠かせない調味料『サトウ』の原料だと食事をしてる時にクダさんから聞いた。
今ではトゥモマクア国の貿易で欠かせない物になってるとも・・・
今は、そのトウコーンの収穫期で、あちこちの町から働きに来たり買い付けに来たりしてるから宿も空きが少ないって、でも畜車の客用に部屋の確保はしてるって自慢してたよ。
「・・・だから、目の前に居るだろ」
レトンさんの大きなゴツイ手がが私の肩に乗る。
は?ちょっと?私、考え事してて会話に付いていけてないよ。
「・・・え?」
「車内で手紙を読んでただろ。つーことは字の読み書きは出来るってことだ」
周りを見ると、キュスミさん率いる喧嘩家族一同がなぜか私を期待の目で私を見ている。
車内に入ってすぐにシュリさんから手渡されてた袋の中身を見たらお金と手紙が入ってて・・・
あああぁっ!何も考えずに、その場で開いて読んだよ!
手紙の内容は、短い間だったけど楽しかったこと、お金は自分のじゃないから遠慮なく使ってということが丁寧に書かれていた。
そ・れ・を見てたのかっ!
後ろの座席だから簡単に見えたんだろうけど、暴露する必要はないだろう?!
私が手伝うのは色々不安要素があるから最後の手段だったのに・・・チッ!
心の中で舌打ちをしてレトンさんを一睨みすると、タミーちゃんが起きないように口を開いた。
「正直にいうと、字の読み書きも計算も出来ます。でも会ったばかりで、どう見ても怪しい私を雇うのは周囲の目もありますしお勧めできません。」
急ぐ旅でもないし、別に人助けが嫌というわけじゃない。
そりゃ、学生時代はファミレスとかカラオケボックスとかでバイトしたことあるよ。
でも、でも!この世界に来たばかりの私は欠陥品。
圧倒的に常識がないんだよ。
何かやらかしてお店の名に傷を付けたらお詫びのしようもない!
だから、最後の手段に私を使って欲しいのにっ!
「読み書き計算が出来るなら最高じゃない!全然怪しくないわよ!是非働いて!」
キャラさんの表情がパァッと明るくなって、逃がすものかとばかりに私の腕を掴む
キャラさん・・・美人なのに肉食系だよ。
「でも・・・」
「仮住まいと食事は私が出そう。あと・・・」
私が決断出来ないでいると、伏兵テオルムさんが颯爽と条件の追加をして指を鳴らした。
「ゴーシュにはキシュラ大陸図書館があるぞ。存分に通える」
キシュラ大陸図書館!あるのっ?!通いたい!
「はいっ!やります!」
私はキシュラ大陸図書館に釣られ条件反射で即答してしまった。
あー!!私何やってんのっ!
・・・こういう所が『爪が甘い』って友人たちに言われてる所・・・
「パパ素敵~頼りになるぅ~」
女性二人が黄色い叫びと共に騒いでいたけど私は茫然・・・
こうして、ゴーシュに滞在することが決まった。
※・・・※・・・※
後日、テオルムさんに何故キシュラ大陸図書館を切り札にしたのかと聞いてみた。
車内で通路を挟んで隣の席だったテオルムさんには私の寝言が聞こえていたそうだ。
「うたた寝中にニヤニヤしながら名を呼ぶんだから、余程欲してるんだろうと思ったのさ」
とご満悦だった。
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