■旅から旅へ
カドリアーナ共和国とトゥモマクア国の国境にあるオックチ町
町の中心から横に長く分断する国境が名物になっていて、わざわざ国境を跨ぎに来る暇人もいるらしい。
町全体を両国で統治しているため、オックチ町に限り国境関係なく行き来出来るという治安維持制度が設けられている。
一風変わった辺境の町だ。
初日はこの町に泊まると決めてたシュリさんに勧められるまま宿を取った。
シュリさんの目的はこの宿『ドウダイ』の宿泊者限定料理、その名も『ウマウマはさみ焼き』というもの。
薄くしたパン生地と加工肉をミルフィーユみたいに何層にも重ねてウマンの葉で包んだのを焚火にぶち込んで蒸し焼きにしたものらしい。
この世界の食べ物は初めて食べた。
宿に着く前からシュリが絶賛してたので、ハードルが上がってたのかな・・・
味付けが薄く感じた。
ウマンの葉の爽やかな香りとパン生地に染み込んだお肉の油のあっさりとした甘みを帯びた感じは美味しい。
でも、もう少し塩か醤油を加えれば味に締りが出るのにと思うのは、歩き疲れて濃い味を求めてたからなのか?
と、酷評しつつもちゃんと美味しく完食したよ。8割くらいシュリさんが食べたけどね。
そして、今は私の客室でシュリさんと女子トーク中
客室はビジネスホテル並みの狭さで堅そうなベッドと小さなテーブルのみ、狭くて良いのは取付られている豆電球並みの小さな灯でも何とか周囲が見えるってことぐらいかな。
旅の人なら休むのが目的だろうし、これ位で充分なんだろう。
食後は各々の客室に入り過ごすことにした。
部屋は隣同士だし、何かあればすぐに行き来できる。
一人時間を有意義に使おうと軽く体の汚れを流した後、疲れた体と心を甘味で癒しつつ次元庫に詰めた懐中電灯と手鏡で自分の姿をじっくり見るんだー!と思っていたら、シュリさんに訪問されました・・・
さっきまでずーと一緒だったのに何の様かと思ったら道中お菓子を買ったからお茶をしようと居座られて今に至ってるよ・・・
主に喋っているのはシュリさんで、知らない事を色々聞けるからこれはこれで楽しいんだけど欲しい情報ではない。
例えば、ラキスはメチャメチャモテるんだけど、恋愛感情で近づいてくる女が嫌いで冷たい態度を取ってて、でもそれが逆効果で『冷眼のラキス様』などと陰で呼ばれ一層モテ度が上がってる。
それに気付かないラキスをシュリさんは陰でニヤニヤして見てるっと、簡単に言うとそんな感じの事が2割、イディン推し推しの話が6割、残りは食べ物と各国の説明がチョコッとかな。
でも!出来れば大陸全土の国々の事を万遍なくじっくり話して欲しい。
私が知ってるのはリペアさんからの大陸の歴史みたいな説明の中の極一部だけ。
昔の事も必要だけど、私が知りたいのは今!現在のリアルな国の特色と状況。
身分差別の有無とか治安とか、どんな制度のどんな国があるのか聞きたいんだよ。
だって、知らないで何かやらかしてしまって打ち首獄門とかなりたくないし、江戸時代みたいに「切り捨て御免」といきなり切りかかられるのは回避したい。
私は凡人としてこの世界に溶け込んで、この摩訶不思議な世界を謳歌したいんだよ。
シュリさんが持ってきた、スイカとレモンを混ぜたような酸味と甘み混ぜこぜのジュースをチビチビ飲んでいると、突然空いている方の私の手首をシュリさんが掴んだ。
「キホさんって手が綺麗ですわよね。爪も、形も艶も良くって羨ましいですわ」
「あ、ありがと・・・」
私の手を両手で包んで、サスサスと触って揉んで眺めるシュリさんに変質者かっ!と言いたくなる。
だって、女同士だけど、触り方がやらしいおっさんみたいなんだもん。
「労働してない方の手ですわね。とても恵まれた環境でお育ちになったのが伺えますわ」
「そ、そうかな・・・」
重労働はしてないですがきちんと働いてましたとも言えず、貴方もお嬢様よねとも聞けない。
私は頬ずりでもし兼ねない勢いで揉み揉みサスサスと繰り返されている手をやんわりと引き抜いて思いきり愛想笑いをした。
「ごめんなさい。記憶がなかったのでしたわね。でも、今日一日キホさんと過ごして確信しましたわ。キホさんは良いお家の方ですわよ。食事の仕草なんて育ちが顕著に滲み出てくるものですけど、少なくとも食に関して飢えた事はありませんわよ」
シュリさんは力説する。
まさにその通り!凄いよシュリさん!
日本で、普通の一般家庭で、しかも田舎だから近所の人から作っただ貰っただと戴き物しまくってて、残す事はあっても食べる物が無いなんて全く無かったよ。
だけど何も言えない。だって記憶が無いっていう設定だもん。
でも、シュリさんが言ってることはよく解る。
夕食時は食堂で食べたんだけど周囲の旅人とか商人の食べ方は皿を口元まで持っていって掻き込むから早い早い。
口一杯に頬張って咀嚼してるし、器やフォークスプーンの扱いも雑で音が立つし正直マナーの無さに驚いた。
たぶん貴族らしく上品な仕草のシュリさんと、のんびり味わって食べてる私は、あそこで浮いてたんじゃないかと思う。
「シュリさんが言ってることは合ってると思う。なので、各国の事を知って私のルーツを思い出したいの。あと数日、色々教えてくれると嬉しいです」
どさくさに紛れて欲しい情報の提供を煽ってみる。
だって、ラキスが冷たいとか、イウ゛ァンが優しく微笑んでくれたとか、まーーったく興味無いんだもん。
シュリさんがイウ゛ァンに惚れてて家出してまでカドリアーナ国に居座ってるというのは、今までの話ですんごくよく判った。
でも、でもでもっ興味の無い恋ばなに付き合うのは正直疲れる。
「そうですわね。キホさんは自分が何者かも判らない状況なのでしたわね。私ったら少し浮かれてたわ。ご迷惑じゃありませんでした?ごめんなさい」
シュンとしたシュリさんが神妙にな顔で頭を下げた。
シュリさんは突然イディンが居なくなって、心配と寂しい気持ちで数日過ごしてたんじゃないかな。
それはイディンの話の端々に滲み出ていたもん。
今回のシュリさんの同行はそんな気分を変える意図もあるのかも知れない。
「迷惑なんて全然ないですよっ。シュリさんとのお話楽しいですから、これからも宜しくお願いしますね」
「はいっ。もちろん微力ながら協力させて頂きますわ」
「頼りにしてます」
その後暫くしてシュリさんの会話の勢いが止まり私が欠伸をしたことで、お茶会はお開きになった。
シュリさんは女同士のお喋りに満足して自分の部屋へと戻っていった。
疲れていた私は、ベッドに座ると脱力感から速攻で眠りについてしまったのだった。
※・・・※・・・※
「なにっ#%%$”#!」
朝日が差し込む狭い部屋のベッドの上で手鏡を手に私は声にならない叫び声を上げていた。
大声に驚いて人が飛び込んできたら大変だと途中で自制できたのは良かったけど変な言葉になって舌を噛むかと思った。
気持ちを落ち着けて、もう一度手鏡に自分を映してみる。
誰?!いや・・・私なんだけど・・・判ってるけど判りたくない!
頭の根本から藤色が広がり毛先に向かって朱味を帯びて淡いオレンジ?というかフラミンゴ色へとグラデーションしているけど、全体的に霞んだ感じが否めない。
眉毛も藤色に染まり、少ないと思っていた睫毛は短いくせに髪と同じグラデーションで、今までにない存在感を醸し出してる。
その奥の瞳は藤色に藍色の刺しが入ってビー玉みたい。
髪の色を変えるって聞いたから髪の毛だけのイメージだったけど、睫毛の色まで変わるって事はアッチの毛もコッチの毛も色が変わってるんじゃないだろうかっ
昨夜、体を流したけれど、何色だったかなんて覚えてない・・・
薄暗かったし疲れてたのもあって見たはずなんだけど完全にスルーしてた。
でも、人に見せる場所でもないし・・・何色でも構わないか・・・な?
ポジティブに考えつつ手鏡を顔に近づけて顔を良く見てみる。
肌は、まあまあ日本人の黄色人種らしい肌の色で今までと大きく違いは無い。
でもでも、大きい声では言いたくないけど、永遠の悩みだったシミそばかすがゴッソリ消えてる!
美白効果が半端ないよ!
なのに左目元の泣きボクロがそのまま残ってるは体中のメラニン色素が無くなってる訳じゃない証拠だよね。
肌に弾力があって少し若返ってる気がするのは素晴らしい!
・・・髪と目の変な色で減点
・・・お肌トラブル解消で加点
よくよく考えると昨日町を歩いた時も、赤・青・茶・緑と色んな髪と目の人が闊歩してたし、肌が鱗だったり尻尾がある人も居て仮装祭りですかっ!って感じだった。
黒髪黒目、パーカーにジーンズ姿の自分がその中に混ざるのを想像してみる。
あー!違和感バリバリ目立つ!不審者だよ絶対!
二十数年間見慣れてきた姿と違うから違和感あるけど、この姿がこの世界では受け入れやすい姿なんだなぁ。
「慣れなくちゃ・・・」
見た目も変わってしまったんだし、折角だからこの世界に居る間は『私は私らしく今までの常識とか考え方に囚われる事無く』自由になりたい私になろう。
「ポジティブにいこー」
ガッツポーズで気合を入れると手鏡を次元庫に戻し、着替える事にした。
読んで頂きありがとうございますm(__)m
とても嬉しく思っています。