■未知空間から旅へ1
「思った以上に遅かったな」
緑の木々と清々しい空気を気持ちいいと感じたその時、片隅にある岩から少年の声がして、驚いた。
だって、こんな緑深い森の中に人が居るなんて思わないじゃない。
ただ、言葉を聞く限り私を知ってる感じだし、敵意を向けられてる気もしない。
「・・・・?」
何と言えば良いのか考えていると、少年がピョンと身軽に岩から飛び私の近くに降りた。
青みががった髪を後ろで一つに束ねて、白いシャツに膝下丈パンツ姿の少年がオレンジに近い黄色い瞳で私を品定めしている。
少し目尻が釣り上がっているせいでキツイ印象に見えるけど、いままで出会ったこの世界の人達は漏れなく顔立ちは整ってるんだよね。
美形も私の世界に無い色合いの姿にもイディンやリペアさんで慣れてきた。
これがここでの通常なんだ・・・きっと・・・
「君がキホで、合ってる?」
「はい。キホです」
「俺はラキス。リペアに頼まれて君が森を安全に出ていける様にフォローしに来た」
「わざわざ・・・有難うございます。宜しくお願いします」
頭を下げて礼をすると、ラキスが眉間に浅い皺を寄せた。
「頭を下げて礼を言うのはキャザドミ国の者が行う作法だ。閉鎖的だけど一番安全なキャザドミに行かせるつもりだったけど、知識が無い君が行くと悪目立ちしそうだな・・・」
子供らしからぬ態度で何やら考え込んだラキスは
「観光客が多いタイジュオか・・・いや、トゥモマクアにするのが無難か・・・珍獣が闊歩しても寛容的だから君でも受け入れられるはずだ」
私は珍獣的立ち位置ですかっ!
ツッコミたくなるのを堪えて大人の私は社会人生活で鍛えた愛想笑いを浮かべた。
「お任せします。地理も判らないし適当に歩思いてみようと思ってたので、詳しい人のお勧めなら間違いないと思うし」
「じゃぁ、トゥモマクアにしよう。その恰好じゃ怪しすぎるから、こっちの服に着替えて」
ラキスは当然の様に次元庫から包みを取り出して差し出した。
「次元庫!!持ってるってお偉いさん?!子供なのに偉い人なの?!」
「君もリペアから貰ったでしょ。次元庫持ちは君で6人目だよ。いいから早くそっちの木の陰で着替えてきて」
顎で茂みと太めの木がある場所を指したラキスは私に背を向けてスタスタ離れて行った。
必要最小限の会話しかない不愛想なラキスにムッとするけど、私の為に動いてくれてるんだと思うことにして仕方なく指示された茂みに入って着替えを始めることにした。
「君、ヴァンの恩人らしいな。ま、そのせいで別世界からこっちに来てしまったらしいし・・・君にも違う生活があったんだろうにすまなかったな」
「別に、さっき逢ったばかりの貴方に謝られても困るし、案外楽しんでるから気にしないで?」
包みを開くと、麻の様な見た目のくすんだ白い立て襟シャツと黄色い丸襟のワンピース、レギンスと言うには薄くて御粗末な腰と両足の裾を紐で結ぶパンツと靴下を強化した様な靴があり、何とか自分一人で着れそうで安心した。
「なんで、疑問形なんだよ」
茂みの向こうからラキスの笑い声が聞こえてきた。
「俺はヴァンの親友なんだ。友の窮地を助けてくれた君には感謝するよ」
「んー・・・実は助けた実感がないんだよね。本人の元気な姿を見てないし、途中で意識が無くなっちゃって気が付いたらこの世界に来てたし・・・」
私は着替える手は止めず話し続ける。
日頃、パンツで過ごしてる事が多いから一応パンツらしきものを履いたとは言ってもスースー感じて下半身が寂しい。
そういえば!寝苦しかった時用のアレがあったじゃないかと思い出して、こっそり次元庫から短パンを取り出して下に履いてみた。
上からスカートを履くんだし見た目が変わらなければ大丈夫でしょ
「イディンは無事なの?私には音沙汰無いけど、何か言ってた?」
「いや・・・生きているのは判るけど、無事かどうかは判らない。誰も知らない場所で養生してると信じてる」
「そっか・・・早く戻ってくるといいね。私も弱ってないイディンに逢ってみたいもん・・・さて、これでいいかな」
とりあえず脱いだ服を次元庫に放り込むと茂みから出て両手を広げて回って見せた。
「子供用の服でピッタリだったな」
ラキスはそう言いながら私の上から下まで眺めて頷いた。
「えっ!子供服なの?!これ!」
「大人の服じゃあっちもこっちもブカブカで見れたもんじゃないだろ。各国のを両方持ってきてて正解だったな」
何気に酷いことを言うガキんちょなんですけどっ!
確かに、胸もお尻もナインペタンです・・・
出るとこも出てないけど、出ちゃいけない所も出てないですからねっ
鶏ガラと称された事もあったりなかったり・・・
・・・体型の事は考えるの止めよう・・・虚しくなるだけだもん
あれこれ考えてる間にラキスが目の前に来て、いきなり私の腰に抱き着いてきた。
「ななななっ!なにっ!」
無意識に後ずさろうとするけど、何かが邪魔して出来ない。
ラキスは慌てる私を尻目に平然とした様子で手を私の前に持ってきた。
その両手には布が握られている。
「そんなに驚かなくても危害を加えるつもりないし、もちろん欲情もしない。それより腰紐を結ぶから覚えて、この歳で知らないのは貴族くらいだから」
ラキスは淡々と毒を吐きながらも、ゆっくりと丁寧な手付きで時々説明までしながら腰紐を結んでくれた。
蝶々結びをちょっと複雑に片方に寄せて結んだ様な感じで、蝶々結びが出来る私なら一発で覚えられる。
「こうすれば簡単に解けないから小さめの袋に貴重品を通しておく人が殆どだ。でも、こうすれば解けるから」
「似てる結び方を知ってるから、覚えたよ」
ラキスが説明の為に解いた腰紐を受け取るとササッと結んでみせた。
「見た目と違って器用そうで良かったよ。それじゃ次だ」
ラキスはそう言って、岩陰まで私の手を引いて歩く。
この子の毒舌はデフォルトって事で、気にしない様にしよう。
ああ、あれだ、好きな子には冷たくしちゃう的な感じ?
そんなお年頃だよね。うん!反応しちゃ負けだぞ私!
連れてこられた岩陰には人が一人転がれるくらいのふわふわのラグが敷かれて、すぐ横に小さな台、その上には青と赤の液体が入ったフラスコ状の瓶が置かれていた。
私が着替えている間に、こんな物を準備してたんですか。何の為に?
「ここに寝て」
不思議そうにしているとラキスが台の横に座った。
「な、なにが始まるの?」
一応、言われた通りにラグに横たわりながら聞いてみた。
だって無防備に寝転ぶんだよ、聞く権利あるでしょ。
「その髪と瞳の色では、誰かに狙われる可能性が高い。魔力が強い者の持つ色合いだ。だから俺が作った染色薬を飲んで貰う。色が何になるかは判らないけど、一般的な色になる」
「染色するのに飲み薬なんだ。でも、なぜ寝る必要があるの?」
ラキスは薬剤を容器に移し替えたり、振ったりしながら溜息をついた。
「わざわざ俺が君を待ってたのは、俺にしか出来ない染色をする為。そしてこの薬は体内の変化に酔わない様、強力な睡眠薬が入ってる。ぶっ倒れて頭を打つ方が良いなら、立ったまま飲んでも俺は困らないよ。」
「それを飲んだら寝ちゃうんだ」
「30分位だけな・・・目覚めるまで居るから安心して眠ってくれて良いから」
その間、危険が迫らないように見張っててくれるんだ。
子供のくせに言葉は偉そうだし毒は吐き散らすんだけど根本的に優しい子だよね。
お世話になってしまったし、お礼を・・・って、次元庫にたくさん甘いお菓子を持ってるじゃない。
「ラキス君、待ってる間これでも食べて、色々お世話してくれてるささやかなお礼」
私は次元庫から『銘菓ぶっこみ大福』(二箱目)を取り出すと、その内の三つを差し出した。
箱ごと渡せよ!とか思わないでね。
次元庫は時間が止まってるらしいから賞味期限を気にしなくて良くなった分、今後の為に取っておきたいもん。
子供なら一つでも充分お腹は膨れる代物だからね。オマケして三つだよ。
ラキスは、出来上がったらしい紫の怪しい液体が入った容器を持って私に横に座ると『銘菓ぶっこみ大福』を受け取って代わりに液体の容器をくれた。
「有難く戴くよ。その薬、少し変な味がするけど一気に飲み切って」
子供ならニコッと笑って「ありがとうおねえちゃん」くらい言ってくれてもいいのに、大人顔負けの無表情だよ。
まっ、お礼を言える良い子って事は判った。
「眠ってる間、守ってね。じゃ、またあとでね」
私は一気に変な味がするという液体をあおった。
味噌汁と納豆を混ぜた様な変な味だなぁと思った時には眠りの淵に落ちていた。
読んで頂きありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ