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聖母のおしおき ~賢者の母と石~  作者: きゅうどう のえ
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■非日常から未知空間へ7


サラサラと続く水音が広いとは言い難い室内で、やけに大きく聞こえる。


キホは身動ぎもせず、今は愛車が鎮座している水場を見つめていた。

長い様な短い様な沈黙は、リペアのコホン!という軽い咳払いで閉められた。


「現在、車の居る場所は最も神聖な場所じゃ」


「・・・ですよねー・・・」


「四十年前ディンが目覚めて以降、時折ここに訪れてくれてたんじゃがな・・・」


暫く逢えそうにないのぅと寂しそうにリペアは呟いた。


「四十年って!イディンは黒目黒髪の大人の人ってことですよね?」


先程の話で何となく違和感を持っていたキホは、その原因に気づいてリペアへと身を乗り出す。


「リペアさんも見たでしょ?私が知ってるイディンは白い髪と灰色の瞳の子供だったって」


特徴を聞いている限り全くの別人に感じる。

たまたま同じ名前の人だったとか有り得るかも知れないと僅かな希望的観測に期待する。


「残念ながらと言うべきであろうか・・・あれはディンで間違いない」


「どうして?」


「ピア・・顔が、幼き頃のそれじゃった。そして、色が抜け落ちる症状に心当たりがあるのじゃ・・・」


「抜け落ちるって・・・どういう?」


リペアが何か言い掛けて止めたのも気になるキホだったが、その後に続いた内容の方が気になった。

イディンの姿を思い出すと、色が抜け落ちているという形容がしっくりくる。

でも、年齢まで変わるものなのか自分の常識では理解し難い事柄すぎる。


リペアは何処からともなく小さな箱を取り出すとキホに渡した。


スマホの半分程のそれを受け取るとリペアに顎で促され、いきなり話が変わった事に戸惑いながら箱の蓋を開ける。

中には親指サイズの不格好な黒い石が一つ、動かない様に敷き詰めた白い布の中心に据えられていた。


「最近、国境付近で獣が魔力と生命力が枯渇した状態で殺されているという、怪死事件が起きておってな。遺体を調べてさせたところ、全ての体内からその石と同様の物が発見されたのじゃ」


「これは、何なんですか?ただの石では無いんですよね」


「判らんのじゃ・・・」


リペアは頬に手を添えてコテッと可愛く首を傾げて見せる。

因みに、声は男性のままである。


「へ?でも、この石が死因なんですよね?」


「それは確かじゃ。その石が体内の魔力を吸収しつくし死に至らしめとる。それは石に見えるが自然の産物ではない、何者かによって意図して作られておる」


「人工石ですか・・・何の為にこんな物を」


石に顔を近づけマジマジと観察していたキホは、人を殺す石と知り慌てて離れ蓋をした。


「例えばじゃ、魔力の強い者が自分にとって邪魔だとし・・・確実に邪魔者を排除する手段を思案した結果、魔力を奪う道具を作り出したとしたらどうじゃ・・・?」


「この石が魔力を奪うための道具ってことですよね。そしてイディンもこの石で殺されそうになってたって事ですか?」


「キホや・・・妾の丁寧な話を聞いておったか?ディンが只の被害者な訳がなかろう。ロキとファンが表に姿を見せない今、ディンを排除する事こそ奴らの目的じゃ。水面下で姑息な真似をしよって・・・」


「えっ!!」


驚くキホを余所に、リペアは深い溜息を吐くと決定的な話を続ける。


「大陸各国で聖属性の少女が行方知れずになっておる。ディンは、その事件に深い闇があると踏んでおった。その事件がらみかもしれん・・・と妾の感が言っておる」


「少女誘拐?!・・・で、聖属性って?」


「其方の知識で言えばヒーラーというのかのぅ。病や外傷を癒す魔法が主じゃ、しかし今現在、擦傷程度しか癒せん輩が大半じゃ。一番弱い属性で一番希少な属性じゃがな」


「希少な属性だから狙われるのか、ヒーラー目当てなのか、判らない事だらけですね」


「其方が言うと何故か大事件も軽く聞こえるのぅ」


リペアは可笑しそうに笑うとスゥッと立ち上がり、キホと触れそうな位置に膝を付くと額に指を置いた。

突然の意味不明なリペアの行動にキホは反応出来ず、茫然とリペアの整った顔を眺めるしか出来ない。


「其方、否、其方の世界の者は宝の持ち腐れじゃのぅ。こんなにも魔法に適した身体の構造をしとるのに・・・」


「わ、私にも魔法が使えるの?」


「今、其方の身体に魔法を実現させるよう、教えてやった。この壁の何処かに出口がある。己の魔力で此処から出てみろ。カドリアーナの国境付近に出る様にしておいてやる」


キホはリペアの冷たい指から暖かい何かを感じ、そして自分の身体を巡る流れを感じ始めていた。


「何かがグルグル廻ってます・・・」


「何かでは無いキホの魔力じゃ。これで不便はせんじゃろうが・・・あまり派手に使うでないぞ。魔法は魔力とその属性に適した想像で成り立つ」


「私、ここを出ていかなくちゃダメ?一人じゃ心細いし、リペアさん!一緒に行ってくれませんか?」


キホは見知らぬ世界で一人になる不安からリペアに手を伸ばしたが、それは空を掴み下へ落ちる。


リペアは素早く移動しており、縋る様に見つめるキホを見下ろして艶然と微笑んだ。


「妾は聖なる泉の護人ぞ。この名に懸けて、この聖なる泉、そして空中大陸から離れることはできぬ。ディンが居ない今、其方はいつ故郷の世界に帰れるのか判らぬ身の上じゃ、この世界を見聞し己の倫理感に刺激を与えるのも良かろう」


その声にはリペアの矜持とキホへの温情が浮かんでいる。


「・・・判りました。仕事も無いしイディンが戻るのを待ちながら旅をしたいと思います」


不安から期待へと気持ちを切り替えたキホは、目を輝かせてガッツポーズをしてみせる。


「そうじゃ・・ついでに、あの人工石についても情報を探して貰えると助かるぞ」


「えーっ!それって、凄く危険なことじゃないですかっ」


キホは嫌だと言わんばかりに手を前に出しブンブン振った。


「別に敵を洗い出して殲滅せよとは言っておらん。ただ、妙な噂を聞いたら教えてくれれば良い。簡単な事じゃ」


「どうやって教えるんですか?!スマホも電話も電報も無いのにっ・・・」


その言葉にリペアは片方の口角を上げニヤリと笑い


「無報酬で頼もう等と思うとらん。私との連絡も可能になり、美味な物が詰まった車が楽に持ち運べる手段を其方に伝授してやろうではないか・・便利じゃぞ」


と、恭しくキホの車を指差したのだった。

キホは指さされた先にある愛車を凝視した後、頷いた。


「情報収集任せて!」


現金なキホの一言で、リペアは邪魔な車を排除でき、キホは大切な車、特に食料を確保する事が出来たのだった。


読んで頂き有難うございました。

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