SS 白いカーテンに月あかり
僕は夜を捜していた。
それは帰り道のことだった。
風はゆるやかに吹いていて、今朝に家を出たときよりも空気は冷えていないように感じた。
頭上で星が一つ瞬いている。
僕はあまり視力が良くないから、その星以外にはみえなかった。
自転車のペダルを踏み込む。
マスクを少し下げると、冬の匂いに混ざって、みたらし団子のような仄かに甘い匂いがした。
この頃よく漂っている匂いだ。近くに団子屋でも出来たのだろうか。
そのとき、ぐうとお腹が鳴った。
そうだ。そう言えば、昼飯を食べるのを忘れていた。
晩飯は何にしようか、なんて考えていたら、数メートル先の信号の青が点滅し出した。
僕は急ぐのを辞めて、空を見上げる。
さっきからずっと空を見上げては首を回しているのに、どうにも月が見当たらないのだ。
後ろを振り返ると、右の方は雲が多かった。
まばらに広がった雲は、教室にかかっていた白いカーテンのようだった。
カーテンは風を受けてふくらみ、僕に迫ってくる。
その中に入ることが出来たら、だなんて思う。
軽い空気と、暖色の日差し。教室の凪は君と僕だけのもので、きっと窓からみえる風景さえも美しいのだろう。
空想だ。そして同時に、無謬だ。
前方は雲一つない快晴だった。
だけど、やっぱり月あかりはみえない。
今日の僕は本を買い込んだせいで荷物が重かったし、加えて自転車はおんぼろでカゴがぐらぐらしていたから、空を見渡しては何度もバランスを崩して転びそうになった。
家に着いて自転車を降りると、疲労が僕にのしかかってくる感覚があった。
駐輪場に備わった、乳白色の丸い電灯が視界に入る。
月のようだ、と思う。
月あかりは未だみつからないままだった。
重たい荷物を持ち上げて階段を上がり、鍵をさす。
ドアを開ければ部屋の中から風が吹いて、澄んだ空気が柔軟剤の匂いをまとった。五分咲きのすずらんの匂い。再び訪れるはずの、幸せの匂い。
ふと振り返ると、カーテンの中がぼんやりと光って、君のあかりが灯るのがみえた。
僕は、彼にだって泣きたいときはあるのだ、と思った。
そんな夜を捜していた。