目が覚めたら理想のタイプに転生していた!?
さらりとした漆黒の髪。褐色の肌に輝きの全てを詰め込んだような金色の瞳。凛々しい眉に、長い睫毛が彫りが深く切れ長の瞳を覆い隠さんばかりだ。すらりと高い身長に広い肩幅。長い手脚。大きな筋張った手。鍛えているのがわかる、程良くついた筋肉。割れた腹筋、細い腰。
きゃああああああああああああぁぁーーー
な、……なんてっ
なんて好みなのぉーっ!!
まさに理想ドンピシャです。
これで従者風に傅かれようもんなら、鼻血出してぶっ倒れる自信がある!
私の理想が、今、ここに!
やばい……泣きそう……
こんなに格好良い人、見た事ないよ。
な・の・にぃ〜
何でその理想の人が鏡に映っている訳?
嫌な予感がビシバシします!
恐る恐る鏡に手を伸ばしてみると、映っている人も手を伸ばしてきた。
やっぱりーっ!!
私?
私なの!?
何でぇーーーっ!!
パニックに陥っていると、ガチャリと音がして侍女が入ってきた。
私を見て驚いたが、すぐに表情を戻した。
「ローラン様、お目覚めでしたか。ようございました。只今アレクシス様にお伝えして参ります」
そう言って出て行ってしまった。
ローラン……
誰?
ってか、ここどこ?
キョロキョロと周りを見渡すと、豪華な調度品が立ち並ぶ立派なお部屋だった。そこにおいてある広いベッドの上で目覚めた。
ここがどこか分からず、ふらふらと起き上がり壁にかけてあった飾り鏡を見て、先程の狂喜乱舞だった訳で。
うーん……まさか転生したのかな?
今、私が思い出せるのは、日本生まれの24歳。鳴島莉里の記憶だけ。
何とか決まった派遣で、必死に働いてた……くらいしか思い出せない。
それにこのローランって人の記憶が全くない。見た感じ十代なのに。
普通転生したら、それまでの記憶もあるってのがラノベの定番だったハズ。
もしかしてこの頭に巻いている包帯のせいかな?
私がうんうん唸っていると、お医者さんみたいなおじいちゃんとサラサラの銀髪のイケメンがやってきた。
「ローラン!! 目覚めたのか、良かった! 心配したぞ」
うん、全く覚えがないですね。
「えっと……どなたですか?」
「!!」
それからお医者さんの診察を受けた。どうやらアレクシスを庇って頭に怪我をしたそうだ。診察の結果、体に異常はなく、頭の怪我もしばらくすれば治るとのこと。
記憶に関しては、いつ戻るかは何とも言えないそうだ。戻る場合もあるし、戻らない場合もある。まあ、そういうもんでしょう。
診察を受けながら考えた。
このまま記憶喪失で押し通すには無理があるだろうと。
だって、おじいちゃん先生の髪が緑だったんだよ!?
現実にはありえない髪色で、私はここが異世界だと判断した。
と言う事は、今までの常識やら何やらが全く通じないかもしれない。
ここは、早めにゲロって味方を増やしておくに限る。幸いアレクシスは私に助けられたという負い目がある筈。
そう踏んで、おじいちゃん先生が帰っていった後に、アレクシスに私の現状を話した。
「つまり君はここじゃない世界の、女性の記憶があるという事だね?」
「そうなります。全くこのローラン様の記憶がないですし、気付いたらここに居ました」
「そうか……とりあえず君の今の状況を説明しておくよ。まず私はアレクシス・クロムウェル。公爵家の嫡男だ。ここはドワイセンという国で、君は隣国のトリステンから学園に留学に来ている。君はトリステン国の第15王子なのだが、身分を隠しているので侯爵家の三男として我が家に滞在している」
「へぇ〜」
「……で、君は昨日私が魔術の授業中にしくじった所を助けて頭に怪我をし、倒れた。中々起きなくて心配したぞ。そう言えば言っていなかったな。助けてくれて有難う」
「いえいえ、全然覚えていませんから。記憶が戻ったローラン様に言った方が良いんじゃないですか?」
「そうか。ではまた言うよ。取り敢えず君のこれからだが……」
「あ、私リリです」
「……リリ、は、明日から学園に戻る予定だ。今までの生活をしていた方が思い出しやすいらしい。記憶喪失だと私からみんなに言っておく。ただ、……女性である事は言わない方が良い」
「なぜですか?」
「私は今、王太子殿下の側近候補として、お側に居る。君の素性も知っていらっしゃるので、側にいるのは問題ないだろう。だが、女性である事には問題がある。私以外には男性として振る舞ってもらっても構わないだろうか?」
「はい、問題ないです。見た目は完璧男性ですし。むしろ女言葉は気持ち悪いでしょ?」
「そうだな、そうしてもらえると助かる」
「ただ、その……私の世界には王族や貴族は居なかったので、失礼な態度をとってしまうかもしれません」
「大丈夫だ。王太子殿下はお優しい方だし、その辺もきちんと説明しておく」
「有難うございます。よろしくお願いします」
「まずは何か食べて、ゆっくり休んでくれ」
「はい」
それから柔らかめの食事をした後の、着替え、お風呂、トイレ、で死ぬ思いをした。いや、実際に出血多量で死にそうだった。喪女には厳しすぎました……。
ローラン様の名誉のためにも、そんな姿を誰にも見られないように一人で処理しましたけどね!
◇◇◇
次の日アレクシスに連れられて学園に来た。
ローラン様は騎士科で王太子と同じ教室だった。そして私が記憶喪失で、様々な記憶が抜けていることを説明してくれた。
そして紹介されたのが、この四人。
金髪碧眼の王太子フェオドール殿下、茶髪で緑の瞳の宰相の嫡男エリオット、紫の髪に黒い瞳の魔術師団長の息子ルイス、赤髪に茶色の瞳の騎士団長の息子ランドルフ。
王子様に、腹黒に、わんこ系に、脳筋。
乙女ゲームの攻略者みたいだな、と言うのが第一印象だった。それぞれイケメンだったし。……アレクシスはヤンデレ要員かな?
もちろんローラン様が一番だけどね!!
「ローラン、ホントに覚えていないのか?」
「はい、申し訳ありませんが……さっぱり……」
「そうか……まあ、そのうち思い出すだろ! あまり気に病むなよ? 何かあったら俺に遠慮なく聞けよ!」
そう言ってランドルフは私の肩をバンバン叩きながら、爽やかに笑った。
うん、脳筋さん!
キラーンって効果音が聞こえそうです。
でもこの状況の私にとっては有難いなと思い、頷いておく。
しばらくすると、パタパタと音を立てながら誰かが教室に入ってきた。
「あーっ!! ローランさん! お怪我は大丈夫でしたか!? 心配したんですよ〜」
そう言いながら桃色の髪をふわふわと靡かせた女の子が、真っ直ぐにやってきて、ぎゅうっと腕にしがみついた。
……腕に胸を当ててるね。
私は女だから何とも思わないけど。
「誰?」
「えっ!?」
さりげなく腕を外して言う。思わず声が冷たくなったのは仕方ない。
こんな男に媚びる女は好みではありません!
アレクシスが記憶喪失云々を説明してくれた。
「そ、……そんな……私のせいで……ごめんなさいっ!! ローラン!」
「私のせい?」
不可解な文言が入ったぞ?
「あぁ……それはだな……」
アレクシス曰く、ローランさんはこの少女を庇ったアレクシスを庇ったことでこの怪我をしたらしい。
はぁ?何ソレ?
つまりこの美しいローラン様の頭に傷が付いた理由はお前かっ!
許すまじっ!
現時刻をもって敵とみなす!!
もちろんそんな事は顔に出していない私を置いておいて、その少女はうるうると目を潤ませ両手を胸の前で組みながら訴えた。
あぁ、そうする胸が強調されるんですよね。知ってます。
「私っ! ローランの記憶が戻るように協力するわっ! ねぇ、みんなも一緒に協力しましょう?」
「ああ、もちろんだ。ローランは大切な友達だからな」
「リナは優しいね。もちろん僕も協力するよ」
「俺も協力するぜっ!!」
そんな彼女を囲い込んで次々と同意していく攻略者(仮)達。
彼らは全員微笑ましく見てるけど、どう見たって演技じゃん。どうして分からないのだろう?
みんなが同意してくれた事に満足したのか、彼女はくるっと私の方を向いてにっこり笑った。
「じゃあ、改めまして。私はサーリナよ。えっとね〜私とローランの出会いは……」
「おい、リナ。そろそろ授業が始まるぞ。教室に戻った方が良いんじゃないか?」
「あっ! ホントだ! いっけなーい、私当番だった。じゃあ戻るね」
「ははは、リナはホントそそっかしいなぁ」
えーーー!!
当番をすっぽかしてこんな所まで来たの?
それに誰も突っ込まないんだ……。
唖然として見ているうちに、彼女はまたパタパタと走りながら去っていった。
何だろう?あの足音?
まさか効果音??
「えっと……彼女は?」
ちょっとしか居なかったのに、どっと疲れた私はアレクシスに聞いてみた。
「ああ、彼女は男爵家のサーリナだ。元々平民として暮らしていたが、稀に見る魔力量を持っていた事が判明して、男爵家の養子になったんだ。まだあまり貴族の世界に慣れていないようだから、王太子殿下もお気にかけているんだ。」
「ふ〜ん」
益々乙女ゲーのヒロインっぽい。
けれど乙女ゲーを実際にした事はないので、ここがその世界なのかどうかは判断出来ない。ラノベでは山ほど見たけどね。
◇
授業は当然、ちんぷんかんぷんだった。
もちろん言っている事は分かるし、意味も分かる。
だけど全て途中からってのは、ちょっとね。
ノートを見るに、綺麗にまとめてあって読みやすい。
字まで美しいなんて、理想の具現化が止まりませんっ!
ここに私の文字を足すのは忍びないので、新しいノートに授業で言われた事を書いておく。
う〜ん……筆跡鑑定されたら、別人だって一発でバレちゃうね。
先生方にも伝えてあるので、当たったりはせずに受け身だけで済んで良かった。
それから休み時間ごとに毎回、サーリナが教室に来る。
パタパタと足音を立てながらやって来て、それぞれにさりげなくボディタッチしながら当たり障りない会話をして去って行く。
何だコレ?
サーリナが去った後にみんなに聞いてみた。
ちなみに攻略者(仮)達は、席が近い。
「どうして彼女は休み時間ごとに来るんですか?」
「何でもクラスに馴染めないそうだ。平民だからって差別されているとも言っていたな」
「彼女のクラスって淑女科ですか?」
「ああ、そうだ」
「なら、当たり前でしょう」
「「「え?」」」
驚いて私を見てるが、こんな当たり前の事が分からないのだろうか?
「だって、休み時間ごとに居なくなっていれば、クラスで仲良くなる時間もないでしょう? それに話し相手に女よりも男を選んでいる時点で、嫌われるに決まってるじゃないですか」
「選んでるって……そんな事はないぞ。俺たちとは話しやすいからって言っていたし……」
「じゃあ逆に聞きますが、平民上がりの腕っぷしの良い男の子が女の子達に囲まれて笑っていたら、貴方は仲良く出来ますか? しかも自分達とは全然話さずに女の子とばかり話していて、俺は差別されてるからだって言っていたら」
「「……」」
みんな黙り込んだ所で先生が来て授業が始まった。
◇
お昼休みになり、全員+サーリナで食堂に行く。
食堂といってもお洒落なカフェみたいで、先に注文して商品を受け取ってから好きな席につく感じだった。二階もあって、そこは高位貴族御用達のお高めの料理が出る。入場制限などないが、平民には高くて中々手が出ないらしい。
もちろん王太子一行ならば二階に行くのが普通なのだが、サーリナがみんなで一緒に同じものが食べたいと言い出し、それ以降一階で食べているらしい。
ちらりと周りを見てみると、物言いたげな目で見られていたり、目が合いそうになるとサッと逸らされる。護衛の方々も人が多くて守りにくそうにしていた。
邪魔だよね〜。
イケメン達が一人の女の子を囲んで、キャッキャウフフしてる姿は見たくないよね。
ちなみに我々以外は静かなもんだ。
サーリナはフェオドール殿下とアレクシスの間に座って食べている。
本当にさりげなく、殿下やアレクシスの腕や太腿などに触っている。
すげ〜。その技術に感心するわ。
するとちょいイケメンの先生にサーリナが呼ばれてしまい、残念そうにしながら去っていった。それを見送る攻略者(仮)達も寂しそうだった。
「彼女……距離が近くないですか?」
「そうか? 平民はそんなもんだと言っていたぞ?」
そうランドルフが言った途端、周りの空気が険呑になった。
なのに攻略者(仮)達は全く気付かずに、話を続けている。
「仲良くする事は良いんじゃないですか?」
「平民は男女とも気さくに付き合っていると聞いた」
益々周りの空気が重くなっていく。
え?
これに気付かないの?何で?
空気の読める日本人だから分かるものなの?
ふむ。ここは何も知らないテイでいこう!
「ふ〜ん、我が国とは随分違うね。そうだっ! 折角だから色んな意見を聞いてみたいな」
ガタンっと立ち上がって、周りを見渡す。
「ここには一般の人も多いだろう。折角だから色んな意見を聞かせてもらいたい。この国ではあれは一般的なのかな? ……あぁ、安心して欲しい。どんな意見だってお心の広い殿下は受け入れてくれるよ?」
そうにっこり笑ってフェオドール殿下を見れば、躊躇いながらも肯いてくれた。
改めて周りの子達を見渡して微笑むと、少し空気が緩んだ。
しばらくするとおずおずと一人の少女が手を挙げて、立ち上がった。
「恐れながら申し上げます。サーリナ様の仰る事は正しくありません! 平民だからと言って、淫らに男性に触れることなどあり得ません。ましてや、婚約者のいらっしゃる方々に近付くなんて……」
「君達……婚約者が居るの?」
攻略者(仮)達を振り返って、小声で聞くとみんな俯いてしまった。
まあ彼らほどの高位なら、子供の頃から決まっていてもおかしくないか。
「はいっ!」
今度は男性が立ち上がって話し出した。
「我々の婚約は貴族の方々とは意味合いが違うとは思いますが、それでも大事な契約です。お互いが納得した上での婚約なので、蔑ろになどしません」
「私達平民は自由恋愛ですが、そこにだってルールはあります。お相手のいる方に懸想するのは良くない事だとされています」
「サーリナ様があんな風におっしゃるから、私達は貴族の方々に軽々しく触れられたり、言い寄られたりして迷惑してます。断りきれませんし、困るんです!」
「サーリナ様のせいで平民全体が、あんな風だと思われるのは心外ですっ!!」
おぅ……皆さん、鬱憤が溜まっていたのか、次々と意見が出され止まりませんね。
「サーリナ様は平民だからと差別されると仰ってますが、そんな事はございません。もちろんゼロではありませんが、殆どの方々はきちんと扱ってくださいます!」
「それに……廊下を走ったりなどいたしません!」
これは……収拾がつかなくなりそう……そろそろ止めよう。
「なるほどなるほど。やはり我が国とあまり変わりがないようで安心したよ。とても参考になった、有難う。お礼にみんなにデザートをご馳走するね!」
そう言って何事かと厨房から顔を出していた料理人をちらりと見れば、心得た!と言わんばかりに頷いて奥に戻っていった。
「それとも男性陣にはデザートじゃない方が良いかな?」
「いいえ! 我々もデザートが食べたいです。……でも良いんですか?」
「勿論だよ」
そう笑ったけど、思ったよりも人数が多くて少し焦る。
……お金足りるかな?………足りなかったら、アレクシスに泣きつこう!
そう内心冷や汗をかいていると、フェオドール殿下が立ち上がった。
「いや、ここは私が出そう。とても貴重な意見、参考になった。私はもっと忌憚なき意見を聞かなければいけないと、改めて思ったよ。有難う。これからも気兼ねなく意見を述べて欲しい」
「「殿下……」」
「「有難うございます!」」
私が払わなくて良くなり、ほっと胸を撫で下ろしていると、平民達がフェオドール殿下をキラキラした目で見てた。
うんうん。殿下の評価も上がったようで、良かった良かった。
◇
放課後、用事があるというアレクシスと離れ、校内を彷徨く。
私が記憶喪失である事は、もう知れ渡っているようで、みんな聞けば何でも教えてくれた。先程の事もあってか、態度も柔らかい。
サーリナは三ヶ月前に中途入学してきたそうで、それからあっという間に高位貴族を味方につけ、虜にしていったみたい。
最初の方はそれぞれの婚約者達が苦言を呈したが、聞く耳を持たず、逆に虐められたと告げ、関係が悪化していったらしい。今ではクラスでサーリナに話しかける者はおらず、遠巻きに見ているのだとか。
それどころか攻略者(仮)達も、触るな危険!扱いだって。
サーリナに関する事で色々あったらしい。
そんな風に情報を集めていたら、アレクシスに呼ばれた。
ついて行ってみると、サロンに攻略者(仮)達が集まっていた。
どうしたのか聞いてみたら、サーリナが虐めにあっているので、その対策を練るそうだ。
「虐めって……どんな事をされたんですか?」
「茶会に呼ばれなかったり、無視されたり、ノートを隠されたりしたそうだ。まだ軽いものだが、悪質化していくかもしれん。早々に対策せねば!」
「誰がやったか分かっているのですか?」
「クリスティーナが筆頭で、それぞれの婚約者達が嫉妬してやったらしい……」
そう言ってフェオドール殿下は俯いてしまった。
こそっとアレクシスに「どなた?」と聞いてみると、殿下の婚約者の公爵令嬢だそうだ。
「それはあり得なくないですか?」
「「「えっ!?」」」
「クリスティーナ様は公爵令嬢なんでしょう? サーリナ嬢は男爵家。本気になれば家ごと消す事くらい簡単でしょう?」
「……まあ、そうだが……」
「それに自分の婚約者に近寄っていく者と、仲良くしようと思う人は居ません」
「「「……」」」
「大体、何で皆さん婚約者が居るのに、サーリナ嬢に構っているんですか?」
「こ、婚約は所詮政略だっ! 私の意思ではないっ!!」
「俺も勝手に決められたし……」
「私は子供の頃に決まってましたね」
みんなそれぞれ言い出した。
「だったら、尚更彼女達ではないでしょう」
「?何故だ?」
「だって、政略なんでしょう? こちらがそう思っている以上、向こうもそう思っているでしょうよ。貴方方が誰を思っていようが、嫉妬などする事はないんじゃないですか?」
「「「………」」」
「それに政略なら家同士の繋がりが大事なのですから、問題ないと思います」
「「「??」」」
「皆さんは弟さんがいらっしゃるのではないですか?」
「ああ、居るが……」
まあ、大概の貴族に嫡男のスペアは必要だもんね。
「だったら誰が婚約者でも構わない筈です。今頃、解消されて、新たに弟さんと結ばれているかもしれませんね」
「まさかっ! 私は嫡男なんだぞっ!!」
「でも……結婚する前から浮気するような人は、政略としても使えなくないですか? それなら弟さんの方が、まだ見込みがあると判断されると思います」
「「「………」」」
全てラノベの知識ですけどねっ!!
「それに良かったじゃないですか。解消されればサーリナ嬢と婚約出来ますよ! 向こうは男爵家です。それこそ早い者勝ちじゃないですか?」
「でも……それは……」
そう言って、みんなチラチラと殿下を見た。
「まさか……殿下もサーリナ嬢が好きなんですか? 妾や側妃になさるおつもりで?」
「……いや、そんな不誠実な事はしたくない。正妃に迎えたいと思っている」
「えーっ!! それはサーリナ嬢が可哀想ですよ!」
「何故だっ!?」
「だって今から王妃教育をさせるつもりですか? ちなみにクリスティーナ様はいつから始められたのですか?」
「……8歳だ」
「クリスティーナ様って婚約者に選ばれるくらいだから、頭が良いんですよね? その彼女が八年間も費やした教育をサーリナ嬢に? めちゃくちゃ頑張ってクリスティーナ様の二倍努力した所で、四年はかかるんじゃないですか? 二十歳で結婚なんて遅くないですか?」
「そ、それはっ! サーリナの努力で……」
「あの貴族の貴の字も知らないようなサーリナ嬢が?」
「……」
流石に殿下も思う所があったのか、黙り込んでしまった。
「それに……言いにくいですけど、そんな女性を正妃に望むと王太子としての立場が危うくなるのでは? 大丈夫ですか?」
完全に沈黙してしまったみんなを見て、やらかした事に気付いた。
「えっと……とにかく、虐めは彼女達ではないんじゃないですか? もう少し詳しく調査された方が良いと思いますよ?」
「……そうだな、そうするよ」
気不味くなった私はアレクシスを引っ張って、そそくさと帰った。
◇
アレクシス邸に戻り、ご飯を食べ、お風呂という一大イベントをこなし、後は寝るだけになった私は、鏡の前から動けなかった。
見れば見る程、理想が形を成してそこに居る。
見てるだけで、キュンキュンしてしまうのは仕方ない。
しかもそうやって切なくなればなる程、鏡の中の理想も切なく瞳が震えるのだ。
それを見て、またキュンキュンする。
もはや無限ループ。
キュン死する〜と悶えていたら、深い溜め息が聞こえた。
振り向いてみると、扉を開けてアレクシスが額に手を当てながら立っていた。
「君は一体何をしてるんだ……」
明らかに呆れてますね。
「え〜〜! ローラン様を思う存分堪能してるんですっ!!」
改めて溜息を吐かれ、「今いいか?」と部屋に入ってきた。
「どうだ? 少しは思い出せたか?」
「いいえ、全然」
「そうか……」
「あ、今日は色々言っちゃってすみませんでした」
「……君は私達を見て、ああいう風に思ったのか?」
「はい、変だなって思いました。周りもおかしいと思ってますよ? 気付きませんでしたか?」
「……そうなのか……全く思わなかったな」
「もう少し周りを見た方が良いと思います」
「そうだな、そうするよ。慣れない所で疲れただろう?ゆっくり休んでくれ」
「はい、お休みなさい」
「お休み……」
物言いたげなアレクシスは、淡く微笑みながら出て行った。
ベッドの中で横になりながら、今日一日あった事を考えてみる。
内容の濃い一日だった……。
どう考えても乙女ゲーっぽかった。
そういえば聞くのを忘れたけど、ローラン様もサーリナの取り巻きをしてたのかな?
だとすると、ちょっと悲しい。
そしてふと思った。
もしこのままずっとローラン様の身体で生きていくとなったら、どうしよう?
めちゃくちゃ好みだけど、それは第三者の目線で見てるからであって、それが自分となると困る。女の子と付き合う気にもならないし、ローラン様の隣に誰かが並んでいると考えたらムカつくという非常に難しい気分になる。
ましてや王子様なんでしょ?
記憶もないのに、公務なんて無理に決まっている。
早くローラン様、戻ってきてくれないかなぁ……
切実に!切実に!!ローラン様を俯瞰で見たいんですっ!
第三者の目で!!
お願いしますぅー!!
どの神様に届くか分からないけど、一生懸命祈ってから寝た。
◆◆◆
パチリと目が覚めた。
ムクっと起きて周りを見ると、見慣れた自分のベッドと自分の部屋だった。
……な〜んだ、夢オチかぁ。
残念。それならもっと堪能しておけば良かった〜。
自分の割れていない腹筋を撫でながら、ローラン様の腹筋を思い出してニヤニヤしていると、バタンっと音がして扉が開いた。
「リリ! 目が覚めたのね!! あなた階段から落ちて、頭を打ってからずっと起きなかったのよ。心配したわ〜」
お母さんにそう言われて、ぼんやりと思い出した。
そういえば横着こいて、前が見えなくなる程荷物を持ちながら階段を降りたら、足を滑らせて転げ落ちたんだった。
頭に手をやると包帯を巻いていた。
だからあんな夢を見たのかな?
いや、もしかしてホントにあの世界に行ってたのかも?ふふ。
あ〜〜夢でもローラン様に会えて良かった。
一生の思い出にしますっ!!
「もう大丈夫よ。頭も痛くないし、心配かけてごめんね。とりあえずお風呂に入りたいな」
「全く……この子は。今軽いものを持ってくるから少し食べて。動くのはそれからにしなさい」
「はーい」
そうそう、忘れない内にローラン様を描いておこうっと。
あぁ……本当に完璧だったなぁ。好き。
でも食べて、お風呂に入ったら疲れてしまい、横になった。
もう一度、夢で会えないかな……
そんな事を思いながら、深い眠りに落ちていった。
◆◆◆
「ちょっとっ! どういうこと!? そこを通しなさいよっ!!」
「いけません。本日より関係ない者の立ち入りを禁じられました。どなたに何のご用ですか?」
「用って……フェオドール様に朝の挨拶を……」
「王太子殿下は貴女様にお名前を許しておりません。勝手に呼ぶ事は不敬に当たります。以後お気を付けください。それと今後用がない限り、王太子殿下にお近付きにならないようにお願いします」
護衛に阻まれて、どれだけ頼んでも通してくれず、時間が過ぎてトボトボと戻っていくサーリナ。
それを教室の中から見て、アレクシスは尋ねた。
「あれで、良かったので?」
「ああ、私もローランのお陰で目が覚めた。本当に大事な者が誰なのか分かったんだ。真に私を想っていてくれる者達に報いねば、王族として成り立つまい。もしサーリナ嬢に会いたい者が居るならば、私のおらぬ場で会ってくれ。もう私は関わらない」
「いえ……我々も同じです。何故今まで気付かなかったのか、悔やまれます。ローラン、目を覚まさせてくれて本当に有難う。もしあのままだったら、今頃どうなっていた事か。助かりました」
リリの入ったローラン無双が起こったのは週末だった。
彼らにはローランが言った事、全てが驚愕だった。今まで何の疑いもなく信じていたものが、ガラガラと崩れ落ちたように感じた。
一晩考えた後、週末を利用して家族や婚約者に連絡を取った。そして今までの自らの行いがおかしい事にようやく気付いたと告げた。それからじっくりと話し合い、反省と謝罪を述べた。
話し合ってみて分かったが、 ローランが言っていた通り、家族はそろそろ自分を見放そうとしていた。皆その準備を始めている所だった。
それを聞いて、全員冷や汗が流れた。
《危なかった……》
それぞれ離れた所で思った事は同じだった。
今回は自ら気付いた点を考慮され、現状維持を言い渡された。
猛省し、今までの行いを改めたのは言うまでもなかった。
「いえ……私は何も覚えておりませんので……」
「今までの事を思い出したら、記憶喪失の時の事を忘れてしまうなんて、難儀だな。大丈夫か?」
「はい、むしろ元に戻っただけですので問題ありません」
「そうか。ローランが覚えていなくても、助けられた事に変わりない。有難う。何かあった時は言ってくれ。いつでも手助けしよう」
「俺も! 何かあった時には駆けつけるぜっ!!」
「私も及ばずながら力になりましょう」
「有難うございます。その時はぜひよろしくお願いいたします」
◇
「どういう事? 折角全員の好感度が上がっていたのに? ようやく ローランの好感度も上がってきたばかりだったのに……。こんな事シナリオには無かったわ! どうしたら良いの!?」
そうぶつぶつ言いながら廊下を歩くサーリナを、生徒達は不可解な生き物を見るように遠巻きにしていた。
それからどれ程頑張っても、攻略者達に会えず、当然虐めも起こらなかった。
攻略者達に会う事に専念していたサーリナは、勉強など全くせず、何も身に付かず卒業する事となった。その結果、当ての外れた男爵は早々に魔力量だけを欲する貴族に嫁がせた。子供を産む事が目的だったので、教養など必要とされなかった。また教養がないため外に出されず、屋敷内でのみの生活を送ることとなったが、それなりの生活は保証された。
それにサーリナが満足していたかどうかは定かではないが。
王太子は卒業後、婚約者であるクリスティーナと結婚し、お互いを助け合って公務に励んだ。
エリオットは父親である宰相について、補佐として仕事をしている。
ランドルフは騎士団に入り、日々鍛錬に励んでいるそうだ。
ルイスは魔法の研究にのめり込み、研究室から全く出て来ないようになってしまったが、成果は上げているようだった。
アレクシスはフェオドールの側近として、力を発揮し出した。
万が一、サーリナを選び婚約破棄などをしていたならば、起こり得なかった平和な未来。
こうしてリリは知らず知らずの内に、ドワイセン王国を救っていたのだった。
◆◆◆
リリはあれからいつもと変わらない日常を送っていた。
あの階段落ちから二年。
起きてから描いたローランを見て、ニヤつくのが毎朝の日課になっている。
そんな事をしているからか、恋人の気配は当然ゼロだ。
母親は呆れてみているが、少し諦めも入ってきているようだった。
そんなある晴れた日「お客様よ〜」とお母さんに呼ばれた。
今日は誰とも約束などしていない。
一体誰だろう?
そう思いながらガチャリを扉を開けて、見えた先には旅装姿のローランが居た。
驚きで口を開けたまま固まったリリを見て、立ち上がり微笑みながら近付いた。
「お初にお目にかかる、ローラン・トリステンです。捜しましたよ、リリ。ようやく会えた……」
そう言いながらリリの手をとり、指先に口付けた。
ボンっと音が聞こえそうなくらい、一気に真っ赤になったリリはカクンと腰が抜けた。
それを難なく抱きとめるローラン。
より近くに美しい顔が見え、優しい温もりに清々しい香り。衣の上からでも分かる鍛えられた身体。全身でローランを感じ、真っ赤になったリリは今度こそ気を失った。
◇
気が付くとソファーに横たえられていた。
側にローランが跪き、リリを心配げに見ていた。
「気付かれましたか?」
「……ホントにローラン様?」
「ふふ……本物です」
「どうして? ……あれは現実だったの?」
「そうです。貴女には私が分からなかったようですが、私は貴女が私の中に来た時から気付いていました。身体の自由はききませんでしたが。貴女の考える事は全て、私にも分かりました。貴女が転生者である事も」
「……そんな……」
「そして……私には鏡に映る貴女が見えた。転生者である事、その姿、それを手掛かりに、貴女を探し続けました。二年掛かりましたが、ようやく見つけました」
手を差し出しリリをそっと起こし、ソファーに座らせる。
その足元に跪き、リリの手をとり瞳を真っ直ぐに見つめた。
「貴女の正しき意見が我々を正道に導きました。我々を救っていただき、感謝に堪えません。私は貴女と共にあった時に、強く貴女に惹かれました。どうか私と結婚してください」
リリの手を額に押し当てて、希うローラン。
目の前の事が信じられなくて、パクパクと口を開け閉めする事しか出来ないリリ。
しばらく待っても、身動き一つしないローランを見て、これが現実なんだとじわじわと実感してくる。
「本当に私で……良いんですか? だって……私、あんなっ!!」
「貴女が私の全てを知っているように、私も貴女の全てを知っているので」
その言葉で色々理解したリリは、真っ赤になりながら答えた。
「よ、……よろしくお願いします」
その手に口付け、ニヤリと笑うローランにキュンキュンし出したリリ。
そんな二人が結婚する日は遠くない。
リリアンは鳴島莉里の記憶を持って子爵令嬢に転生していた。
リリアンの子爵は名ばかりの貧乏貴族だった。自分の事は自分で出来るリリアンは、前世の記憶を使って領地を豊かにしようと必死に頑張っていた。
この世界での転生者は周知されており、重宝がられていた。
ローランは鏡で見たリリが黒髪じゃなかったので転生してると判断したが、リリが日本人の記憶しかなく、リリが思った事しか分からなかったため、現在の名前は分からなかった。
リリアンの住む国とドワイセンは大陸の端と端にあたり、ローランはそれぞれの国で転生者を探し続け、リリアンを見つけるまで二年かかった。
リリがローランの中に入ったのは……偶然なのか誰かの陰謀なのか、はてさて。