真理花と勇者
「シイ君だったんだね」
私を追いかけてこの世界へやってきたシイ君は
幼かった私を見てどう思ったんだろう
「あの醜い魔女は私だったんだね」
あの世界はガラス細工のように儚く美しかったのに、私は汚泥のように醜い化け物だったなんて、瞳を覗くまで知らなかった
「どうしてすぐ…しなかったの」
すぐ私を始末したらいいのに、わざわざ私と歳を揃えて幼馴染になって、婚約者にまでなって、遠回りにもほどがある
シイ君は言葉を探るように目を伏せるから七色の瞳が少し見えない
「…お前が強力な魔女だから」
七色の瞳が横に流れる
「この世界の魔法で縛らないと…ダメだと思った」
七色の虹は迷うように揺らぐ
シイ君は何故か苦しそうだ
「…確実にしたかった」
「私の始末を?」
跳ね返るようにシイ君が顔を上げる
2つの虹が私を睨む
懐かしい
初めて会ったときの瞳だ
いつまでも見ていたかった
シイ君の返事を待たず、記名をして立ち上がる
雨音が聞こえる
まだ雨は止みそうにない
「ホラお役所行くよシイ君」
私は笑い掛けた
周りがボヤけて見えるからまだ涙は止まってないかもだけど、この雨の中に飛び出せば目立つこともないだろう
行くよと呼び掛けたにも関わらずシイ君を待たず、外へ出ようとする
早くシイ君を解放するんだ
あの儚い世界を私から守ってもらうんだ
長靴を履いてドアノブに手を掛けた私は、後ろから凄い力で押し戻された
正確には背中から抱き止められた
「………っ」
私の肩にシイ君の顔が押し付けられていて良く聞こえない
「大丈夫だよ逃げないよ、結婚したら貴方に縛られるから逃げようもなくなるんでしょ?」
鼻声ながらも明るく声掛けしたのに、一層きつく抱き締められる
まるで止められてるみたいに
「ちゃんと殺され―」
「嫌だ」
なんか変だ
なんか逆だ
「結婚しようと言ったのはシイ君だよ?」
「俺を好きだと言ってたのは真理花だ」
「私を―殺したいんだよね」
「なんでさっき謝ったんだ」
会話が成立してない
後ろから羽交い締めな感じだから表情も読めない
そもそも――今まで抱き締められた事がない
だから今、本当は頭がパンクしそう
でも頑張らねば
「…シイ君があの少年だってさっき気付いたから…巻き込んでしまったから、あ、謝りたくてそ、それに…そもそも…」
外の雨も良い感じなんだから私も言わなきゃいけない
「シイ君が私を好きでないの知ってたよ」
シイ君が一瞬息を止めた
シイ君は結婚という魔法で私を縛りたかっただけなんだ
知っていた
気付いていたのに、今の今まで知らず忘れたふりをしてた
シイ君が決して言わなかった「好きだよ」は何回も言ったけど
シイ君の欲しがる「結婚しよう」は一度も私から言わなかった
結婚を引き伸ばした分だけ、ずっとシイ君の側にいられたから
さすが元魔女、我ながら卑怯だ
シイ君は離してくれない
「シイ君の七色の瞳が好きだったんだ」
シイ君は話してもくれない
「あの少年がシイ君だってわかってなくて…もう一回会いたかったんだ」
シイ君は話してくれない
「あの少年に三度会う時殺されるってわかってたんだ…だから待ってたんだ」
「今の俺の好きなところはないのか」
何言ってんだコイツ
「…シイ君の優しい所が大好きだよ」
「俺は優しくない」
優しいよ!ビックリするほどわかりにくいけど優しいよ!
なんで化け物な私を魔「女」だってわかったの?
なんで2度目に会ったとき、瞳を覗きこむほど接近したのに「殺す」発言しときながら手を下さなかったの?
それってまるで「もう2度と来るな、来たら殺してしまうから」と忠告してるだけだよ!まるで甘ちゃんだよ!
なんで命懸けでこちらの世界に来たのに
恐らくチート設定できたのに
わざわざ私と同い年にしたの?
年上のが有利に決まってんじゃん!
婚約したのに今の今まで手を出さなかったのは何故?
ムダに綺麗なんだからキスの1つでも私を堕とせたじゃん!
その証拠に今だって私、貴方に抱き締められたのが嬉しくて、説得しようとはしても物理的に振り切れてないじゃん!
「ああもう!シイ君はムダにマジメ過…」
雨足が弱まってる
外に出てないのに私の肩が濡れていく―――シイ君が泣いている
泣かないでシイ君
シイ君には笑って欲しいのに
「真理花の」
シイ君のくぐもった声が聞こえる
「笑った顔が見たかったんだ」




