豪雨と婚約者
遠くに見える空は青いのに
窓に雨が叩き付ける
部屋の中にまで雨の匂いが漂ってくる
「真理花、早く書いてよ」
向かいに座る黒木椎―――シイ君が急かす
私の前には婚姻届
私はもうすぐ黒木真理花になる
もうすぐダンナさんとなるシイ君の後ろの窓に、荒れ狂う雨とどす黒い空が見える
その空の向こうの遠くはまだ少し青いのに
「大雨警報の最中に入籍かぁ…」
「ジューンブライドがいいってこんな雨季真っ盛りな6月に決めたのは真理花だからね」
そう本当はシイ君の誕生日に入籍したがってた
引き伸ばしたのは私だ――もう少しだけシイ君と一緒にいたかったから
窓から視線を落とし、後は私の名前を入れるだけの用紙をぼんやり眺める
と、上からまた声が掛かる
「真理花」
シイ君は急かす。
昔からシイ君は急かしてた。
顔良し頭良し背も高い、おうちも良いとチートなシイ君はムダにモテた。
幼馴染なんて特典はあっという間に無効となった
頭の差に高校も離れ、シイ君が遠くになるのが悲しくて堪らなかった
だから捨て身の告白をした
「シ、シイ君あ、あのね、わ私、シイ君がま、前からす、好きでー」
「じゃあ真理花、結婚しよう」
それは中学の卒業式。親からOKもらったって結婚できるわけない年齢だった。
今はハタチ
法律的に自由に結婚できる、でもやっぱりかなり早いだろう。シイ君まだ学生だし。
「真理花いつ結婚してくれる?」
だけどシイ君は急かす
シイ君は私と結婚したがる
顔も頭も微妙でカツカツな私と
それって罰ゲームじゃない?
恋人吹っ飛ばしていきなり婚約となった私とシイ君
嬉しさより湧き出る理不尽さに耐えられず聞いた私に
シイ君の返事はさらに予想外だった
「結婚はこの世界の魔法だ。目には見えないが両者を縛るものだから」
そうか、シイ君は私を縛りたいから結婚するんだ
本当は知っていた
シイ君は私を魔法で拘束して抗えなくして
コロスタメニキタ
私は顔を上げ、シイ君とシイ君の向こうの窓の、とうとう全てがどす黒くなった荒れ狂う空を見る
時折稲光が走る
シイ君が黒く浮かび上がる
それは悪夢のように綺麗
人を儚くさせる悪意のような嵐ならなおさら
初めて会った時、私を見上げる貴方も本当に
本当に泣きたくなるほど綺麗だった
「真理花?」
「ごめんねシイ君、貴方を縛って」
声が涙でくぐもってしまった
でも謝ったのは聞こえたのかな
シイ君の瞳が煌めいてるから
本来は黒いはずの瞳が七色に揺らぐ
このあるまじき色を私は知ってる




