紙ひこうき、空
薄暗い部屋の隅から、
光射す窓の外に、
紙ひこうきを飛ばす。
紙ひこうきは手を離れ、
ふわり、
空へ。
薄暗い部屋の窓から、
透明な青い世界に、
紙ひこうきを飛ばす。
紙ひこうきは手を離れ、
ふわり、
空へ。
薄暗い部屋から空へ、
紙ひこうき、
ふわり。
いつか雲間に溶けて消え、
ただただ青く、
青い空だけ。
ふと、
目の前に、
ふわり。
明るい空から薄暗い部屋へ、
わざわざ飛び込む、
見覚えのない、
白い、
紙ひこうき。
決して上手と言えぬ字で、
ひとこと。
『こっちのほうがよく飛ぶぞ』
少し笑った。
薄暗い部屋の隅で、
紙ひこうきを折りながら、
ほんの気まぐれ、
鉛筆を取り出し、
小さくひとこと。
『こっちのほうがカッコいい』
遠く広がる空に向かって、
届かない言葉を乗せて、
あて先のない、
紙ひこうき、
ふわり。
やがて雲に吸い込まれ、
少し笑った。
思いがけず、
目の前に、
ふわり。
明るい空から、
見覚えのある、
白い、
紙ひこうき。
やっぱり上手と言えない字で、
ひとこと。
『よく飛んだほうがよくないか?』
うそのような話。
言葉は伝わっていて、
返事まで届いた。
そんな、
奇跡のような偶然に、
少し、
戸惑う。
薄暗い部屋の中で、
白い四角い紙を手に、
悩んで、
悩んで、
悩んで、
気づかれないような小さな文字で、
ひとこと。
『カッコ悪いのはいやだ』
青く広がる空の下へ、
早くなる鼓動を抑えて、
届かないことを願って、
震える手でそっと、
紙ひこうき、
ふわり。
窓にくるり、
背を向けて、
目を閉じて、
大きく息をついた。
おそるおそるまぶたを開いた、
目の前に、
ふわり。
前と同じ、
白い、
紙ひこうき。
相変わらず上手くない字で、
ひとこと。
『そりゃそうだ』
思わず笑った。
紙ひこうき、
ふわり。
空の向こうへ。
空からこちらへ。
他愛のない言葉を乗せて、
紙ひこうき、
ふわり。
隅に小さく書いてた文字は、
いつの間にか、
紙ひこうきの真ん中に、
大きく、
書かれている。
灰色の雲が広がり、
青い空を隠しても、
空を舞う、
白い、
紙ひこうき。
雲の向こう、
あの青い空に届くと、
もう、
知っていた。
黒い雲が雨を降らせて、
紙ひこうきは空を飛べない。
明かりをつけた部屋の窓から、
薄暗い空を見上げて、
早くやんでと、
初めて、
何かに願った。
奇跡のように、
青い空が戻り、
陽の光が、
きらきらと、
水たまりに跳ねる。
大きく息を吸って、
はやる気持ちを抑えて、
あの青い空の向こうに、
紙ひこうきを飛ばす。
紙ひこうきは手を離れ、
ふわり、
空へ。
いつものように、
同じように、
そっと目を閉じて待つ、
白い、
紙ひこうき。
ゆっくりと目を開けて、
目に映る、
青くて遠い、
空の色だけ。
いつの間に期待していた?
必ず来る返事。
白い、
紙ひこうき。
恥ずかしくて、
情けなくて、
信じていて、
大嫌いで、
涙は、
とめどなく流れた。
薄暗い部屋の隅で、
紙ひこうきも折らずに、
ひざを抱えて、
遠すぎた窓の外を、
ぼんやりと、
見つめて、
意味もなく、
見つめて、
何も見ずに、
見つめて、
見つめて、
見つめて、
見つめて……
ふと、
目の前に、
ふわり。
明るい空から薄暗い部屋へ、
わざわざ飛び込む、
見覚えのある、
白い、
紙ひこうき。
震える指で、
ゆっくりと開けば、
もう何度も見た、
決して上手と言えぬ文字。
『水たまりに突っ込んでて、
ドライヤーで乾かしたけど、
読めなかった。
気になるから、
もう一回、
同じやつを
飛ばしてくれ』
急いで駆け寄る、
光の窓辺。
窓枠に飛びついて、
目に映る、
どこまでも広い青空と、
見覚えのない、
人の姿。
軽くこちらに手をあげて、
「よう」
そして、
「はじめまして」
白い紙ひこうきは窓を離れて、
「オレ、遠野っていうんだ」
ふわり、
「お前は?」
空へ。
「僕の名前は……」




