幸運
少しだけ長くしてみました。
「スキル『一度きりの幸運』を発動します」
この絶望的な状況の中で場違いな音が鳴り響く。
「これは、……まさか!?」
そう、ここで勇馬の唯一のスキルが発動した。たった一つだけの自分のスキル。だからこそ、信頼できるのかもしれない。
もうこれにかけるしかない! 勇馬はこのスキルに運命を委ねた。
しかし、静寂さが辺りに戻ってくるのを否が応でも感じてしまう。リーン、リーンと高らかな鈴の音がしたのはもう、過去の話。
「グルルルルゥ!」
フェンリルも一瞬戸惑っていたが、冷静さを取り戻し、再び勇馬に飛び掛かってきた!!
「アォーン!」
雷属性上級魔法、(ボルテックステンペスト)。
その姿が青白い光を放ちながらゆっくりと構成されていく。
あんなものをくらったら勇馬など灰……いや、塵すら残らないだろう……
……くそ、ここまで……なの……か……勇馬は自分の無力さを恨み静かに目をつぶった……
「ガァウ!」
フェンリルの唸り声が聞こえる。おそらく、魔法が構成しきったのだろう……この唸り声が勇馬がきく生涯最後の音となる……はずだった。
「………?」
いつまでたっても訪れるべき傷みがこない。勇馬は不振に思い、ゆっくりとまぶたを持ち上げた。
「……あれ、なにも……起きていない……?」
発動されたはずの魔法の姿は無かった。
「フェンリルはどこ……に!」
自分を塵に変えるはずはずったフェンリルは確かにいた。屍となり二度と動くことなく、横たわって……
「なんで、……こいつが死んでるんだ……?」
フェンリルは勇馬に飛び掛かってきたはずだ。けれども、現状はご覧の有り様だ。不可解な現象を前に勇馬が困惑している時、
「そう……貴方が『幸運』所有者ね」
突然、背後から声がした。勇馬はとっさに振り向くとそこには、思い出したくもないあのクソ女神のように純白の翼が生えた女性が立っていた。
一つ違うのはこの女性の体が妙に透けていることだが……
「おい、お前は誰だ!! あいつの仲間か!!」
この女性がクソ女神では無いことは分かるがあまり翼に良い印象を持っていないため、つい強い口調になってしまう勇馬。だが、それをものともせず謎の女性は語りだした。
「私はこの世界のもう一人の女神、アルシラ」
「もう一人の女神?」
勇馬は普段から今、この身におこっているような異世界転移系の小説を嗜んでいた。そのセオリーによれば、女神とは普通、一人というのが定番だと考えていたのでつい、口を挟んでしまう。
「ええ、元々、私とバレンティーナによってこの世界は管理されていたのです。女神一人だけだと、力のバランスが崩れるとお考えになった超越神からの指示でこの世界には二人の女神が存在するのです。しかし、バレンティーナはこの状況を良くは思わなかったのです。」
アルシラはの顔には悲壮の色が浮かぶ。
突然の話に勇馬は戸惑ったが、彼女の顔色を伺ってみるに嘘をついているようには見えない。
「それで? あんたはどうしてここにいるんだ? 」
思い出したくもない顔を脳裏によぎらせながら、勇馬は質問を投げかける。
「少し過去の話をしましょう……いつの日かこの世界を自分だけのものにしたいと思い始めたバレンティーナは着々と何かの準備を進めていました。そして、数年前にその準備は終わりを告げたのです」
アルシラは一泊の間をおいて続きを話す。
「バレンティーナはその夜、私を神の祭壇に呼び出しました。その頃の私はバレンティーナのことを親友と思っていたので特に気にすることなくそれに応じました」
アルシラの瞳には涙が浮かぶ。それほどまでにアルシラにとってバレンティーナは大切な存在だったのだろう。しかし、現実は無情だ。
「バレンティーナは私に言いました、「ねぇ、アルシラ?私のために犠牲になって?」と」
アルシラは瞳を潤わせ、身体を強張らせながら勇馬を見る。
「その言葉を聞いた瞬間、私は背筋が凍りました。いつもの穏やかな目をしていたバレンティーナがとても凍てついた目をしていたのですから。そして、バレンティーナは禁呪を用いて私を神の祭壇に封印しました」
親友に裏切られたショックがまだ拭い切れていないのだろう。
アルシラの瞳から溜まっていた涙がこぼれ落ちる。
「そうか……あんたも大変だったな……」
あまりの壮絶な過去を耳にして、流石に同情してしまう勇馬。
アルシラはその言葉を聞き、今にも泣きじゃくりそうな顔に少し笑顔が戻った。
「それからというもの、この世界は秩序が乱れてしまいました。魔物が渦めき、魔王の勢力が拡大したりと……世界のバランスが崩れてしまったのです」
アルシラはポツポツと語る。そして、意を決したような表情をして、
勇馬にこんな事を言い出した。
「貴方もつらい目にあったのでしょう。こんな事を頼むのは少々いただけませんが時間がありません。お願いです。私を……いや、人類を救ってはいただけませんか!!」
アルシラはまるで希望の星を見つめるかのように勇馬に懇願する。勇馬はいつかはこの言葉が来るだろうと予想していたのだろう。動揺など微塵もせずにアルシラに告げた。
「アルシラ。確かに俺はあの女神が嫌いだ。だがな、俺はおまえをまだ信用し切れていない。悪いが他をわたってくれ」
これが、勇馬の本心だった。女神と関わるのは最低限避けたいというのが勇馬の考えだった。でも、ここで勇馬にとって予想外の話しが持ち込まれた。
「そうですか……まぁ、仕方ありませんね。貴女はバレンティーナの被害者なのですからそう答えるのも当然ですよね……無理強いはしません……では、規定通り、貴方に私の力を与えます」
「は?」
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