無職の力
どうぞ、お楽しみ下さい。
拝啓 お父様 お母様。
今、息子は異世界にいます。これからどうなるかは分かりませんがなんとかやっていこうと思います。
無職の息子を温かく地球から見守っていて下さい。
「……なんて、聞こえるわけないか……」
勇馬達3年A組はどうやら異世界に召喚されたらしい。
初めはみんな、戸惑っていたが今は、はしゃぎほうだいだ。
それもそうだろう。召喚された勇者としてふさわしい力を得たのだから……どこかの勇馬と違って……
勇馬は女神からの使いがくる間、彼は不安に刈られていた。
その不安はクラスメートに遅れを取る焦りからなのか? はたまた、それとは別のなにかか?
しかし、勇馬には女神に縋るという選択肢しかなかった。無かったがために彼は思わなかった。この選択が自分の人生を狂わせることになってしまうことを。
ここは、女神によって案内された小綺麗で中々の広さの部屋の中。そこに一際目立って騒いでいる連中がいた。
「しっかし、時雨のやつ無職ってザコすぎるよな~」
「まぁ勇者っていう器とは正反対だし~無職っていうのも当然のことなんじゃない?」
「あははは。言えてる」
「そういえば、あいつステータスもゴミだったよな?」
「ええ。まさに無職のステータスだったわ」
中々に酷い言われようだ。しかし実際の所、無職というのは紛れもない事実なので、どうしようもない。
「あっ!……くっくっく……俺、今良いこと思いついたぜ!」
「おっ、なんだ?」
「せっかく、魔法が使えるようになったんだから早く俺は使ってみたいわけよ。でも、壁とかにやってもなんか味気ないよなぁ~」
話している内の一人の男がニヤリとした表情で言う。
「あっ! 俺分かった!」
「俺も! しっかし、ゲスいこと考えるな。まぁ見物だけど!!」
「よし!! じゃあ俺、時雨の野郎とちょっと遊んでくるわ」
「泣かすなよ~」
男たちはそれぞれ顔を見合わせ、獰猛な笑みを浮かべた。
「どうしてこうなった……」
勇馬が自分はこれからどうなるんだろうと考えていた時、先程から騒がしくしていた、クラスメイトの悪ガキ大将である、樋口悪童から声をかけられた。
「よぉ、時雨。この前みたいにちょっと遊ぼうぜ」
樋口には、日頃から勇馬はちょっかいをだされていた。読んでいた本を取り上げてクラスメイトに見せびらかしたり、私物を隠したりなどして、よく貶められていた。
勇馬はこいつをいつも憎んでいる。その、最大の理由はラノベオタクという事実を広められたことにつきる。だが、勇馬がとうてい歯向かえるはずもなく、いつもいいようにやられていた。
「遊ぶってなにするの?」
ついつい受け身の発言をしてしまう勇馬。嫌な予感しかしないのは気のせいだろうか。
「まぁ、至ってシンプルだ。俺のサンドバッグになれ。そして泣きさけべ」
樋口は言葉をもうちょっとオブラートに包めないらしい。
ここで「はい、分かりました!!」って言うバカはそうそういないだろう。
素人の詐欺師でも、もうちょっと上手い言葉を使うぞ……
さすがに抵抗しないと、と勇馬さんは思い力を振り絞って言葉を発した。
「えっ、いや、それはちょっと…………はい」
これが、精一杯の彼の抵抗のようだ。これでも、彼は男だ。なんか文句があるのなら彼に直接言いなさい。
「おら!!」
鈍い男と共に勇馬の腹部に衝撃が走った。
「はっ?なに言ってんの? お前は俺にただ、なぶられていればいいんだよ!! お前の発言権はないの! 分かったら黙って殴られろ!!」
今度は頬から甲高い音が鳴がなる。
「や、やめてよ!」
これもステータスの影響なのか、いつもとは比べ物にならないほど壮絶な痛みだった。
「しゃべるんじゃねぇぇぇ!! しゃべっていいのは泣くときだけだ!!よし!! 実験だ!さっそく、魔法を使ってやるぜ!!」
俺が何をした!?
あまりのいいぐさに、思わず心の中でツッコミを入れてしまう。無理もないだろう。ここまで、理不尽に怒られ、殴られるような経験を積めるものは中々いない。勇馬の境遇はそれほど辛辣なものだった。
しかし、樋口は魔法が使えるのか。勇馬はこんな時にふとそんな事を思った。そして、記憶の底から彼のステータスを引っ張り出す。
(樋口悪童)レベル1
転職…………盗賊
筋力…………200
敏捷…………350
耐久…………150
魔力…………200
スキル
『風遁』
風の初級魔法が使える。
『強奪』
相手のアイテムを盗みやすくなる。
『ならず者』
鈍器を使う際、筋力アップ。
という感じだった。もちろん、勇馬より圧倒的に強い。そんなやつから魔法なんかくらったら、勇馬は一溜まりもないだろう。
勇馬は身の危険を感じ、逃走を図ろうとするが、足がすくんで身動きが出来ない。
「おいゴミ!! 覚悟しろ!! 『風の弾丸よ 敵を穿て』(エアバレット)!!」
なんとも痛々しい、中二病的な言葉を発したと思ったら、彼の手のひらから凝縮された風の塊が飛んできた。
あまりの速さによけることもできない。勇馬はそれをもろにくらった。
「がはぁ!?」
意識が飛びそうなくらいの痛みに勇馬は顔をしかめる。そして、あまりの衝撃に彼は吹き飛ばされ、壁に激突した。
「おおぉ!? すげぇ!! マジで魔法が使えた!!」
樋口は勇馬には目もくれず、自分の魔法に感動していた。そこで、周りもざわついてきた。
「やっぱここ異世界なんだ……」
「俺も魔法使いてえぇ」
「しかし、時雨の吹っ飛び方は面白かったなぁ」
「確かに」
「とんだクズ人間ね」
みんなも樋口達と同様に魔法に対する感動を覚えていた。そこには、勇馬を心配する者はいなかった。むしろ、勇馬を見てクスクス笑っているやつまでいる始末だ。
しかし、勇馬にとってそれは別にどうでもよかった。こんなことは、日頃から慣れているからだ。
故に、勇馬は悟ってしまった。いかに自分が弱いのかを。
ステータスの差がこれほど絶望的なものだったとは思ってもいなかった。
体が悲鳴をあげているが勇馬は無理やり上体を起こした。
みなが勇馬に軽蔑や哀れみといった眼差しを向ける。こんなのはもう慣れたはずなのに、なぜかたまらないほど今の勇馬は悔しかった。
こいつらより俺は強くなりたい!! 誰にも負けないぐらい強くなりたい!! 俺は最強になりたい……
勇馬は強くそう思った。その、勇馬の思いが届いたのか、突然、身体が謎の光に包まれた。
「な、何が起きた!?」
勇馬は知らない場所に立っていた。周りにいた残虐なクラスメイト達の姿が見えない。もしかしてまた、召喚されてしまったのだろうか?
勇馬はオロオロとしていると
「時雨様。女神バレンティーナ様からの使い、ヴァルキュリアです。お待たせしました。あちらの部屋に女神様はおられます。」
と、背後から辺りに透き通るような声がした。
振り向くとそこには、女神と同じで純白な翼が生えた女性が立っていた。
「ついてきてください」
そう言って彼女は歩き出した。勇馬は無言でその後に続いた。もう、勇馬の頭の中は、強くなりたい、という願望で支配されていた。長年、罵倒や暴力を受けてきて貯まっていたストレスが爆発したのだろう……
今さっき味わった屈辱、そして己の弱さが勇馬を歪めるトリガーになってしまった。
俺は、強く、なりたい……もう、あんな思いは……
そう、願う勇馬は既に忘れていた。女神から垣間見えた、あの悪魔のような笑みを……
次回は、衝撃の展開!!