8話【上昇】
「え? 執筆仲間ですか!?」
その日、喫茶店での執筆を終え、いつもの短いトークタイムでの事だった。
話の流れは良く覚えていなかったが、亞汰彦は創作仲間、執筆仲間がいる事を話題のネタに出したのだ。
もちろん先だってのウラヌスマンが吐いた暴言は除外してある。
なお、あの騒動のあと、SNSで、お互いに一応軽い謝罪を交わしてある。
お互い思うところはあっても、それで喧嘩別れするほど子供では無かった。
もし亞汰彦が高校生ぐらいだったら、あれで終わっていただろう。
「え、ああうん。たまに会って、新作の相談とかを……」
「良いなぁ……」
「高校の友達とはそういう話しないの?」
「その……私……友達いなくて……」
しょんぼりする夕姫に何て言葉をかけて良いかわからず、亞汰彦の方が慌ててしまう。
ただ、なんとなくだが、そんな気はしていた。
「もしかして、僕に声を掛けたのって」
「う……」
顔を真っ赤にして俯く夕姫。
つまり、友達……というには年齢差はあるかもしれないが、執筆関連の話が出来る友達に飢えていたのだろう。
心のどこかで、何か別の期待を、ほんの少しだけ夢想していたが、当然誤解だったと言うことだ。
亞汰彦は自分自身に言い訳を繰り返す。
もちろん? 最初からわかっていましたよ? 話し掛けられたのは偶然だし? そもそも僕だって彼女に対して、ライバル的な思いしかないし?
当たり前だけど、男女的な意味合いの感情なんて、欠片も持っていませんし?
「す、凄い色の変化が……」
「ん?」
「あ! 何でもないです!」
「あ、うん。こっちもごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「全然です! 全然ですから!」
お互い要領を得ないまま、謎の謝罪を繰り返す。
端から見ていたら、なんとも間抜けな光景だったろう。
幸いというか、この喫茶店に二人以外の客はいない。
それでも、二人がカウンターに座るのは、もはや暗黙の了解となっていた。
「えっと……ほら、取りあえず僕達も、執筆仲間って言えるんじゃ無いかな?」
「あ……仲間……」
「ずうずうしかったかな?」
「いえ! 嬉しいです! すっごく!」
「なら良かった」
女子高生に対する距離感がいまいち掴みきれない亞汰彦だったが、とりあえず夕姫は嬉しそうなので、良かったと胸をなで下ろした。
「じゃ、じゃあ私とも、創作談義してくれますか?」
「むしろこちらがお願いしたいくらいさ」
亞汰彦の本心である。
「とりあえず、最新話の感想とかもらえると」
「えっと……」
夕姫はしばし無言で首を傾げた。
決意したように顔を上げる。
「その、ちゃんとしたお話を書いているアタルさんに言えるような立場ではないんですが……」
「僕達、執筆仲間でしょ? 遠慮しないで」
「は、はわわ!」
どうも夕姫は、この仲間意識を突かれるのに弱いらしい。
「あの、その、この作品ってたぶん、読みやすさとか、読む人の願望を前面に押し出そうとしてると思うんですけど……」
「合ってるよ」
「その、もしかしたら、アタルさんが書きたいところとのバランスが取れていないんじゃ無いかなって」
「バランス?」
「はい。その、読者が望む展開を盛り込むのは、手法として取られてますよね? でも現状だとその手法だけで物語が進んでいる印象があって……」
「なるほど……」
亞汰彦は、夕姫の言葉に衝撃を受けていた。
指摘されてみれば、なるほどその通りの書き方だった。
読者が望む展開を盛り込むのは手法。
いったいいつから、目的と手段が入れ替わっていたのだろう。
「えっと、その上で、私はアタルさんが書きたいと思っている物語が、とても読みたいです」
「そうだ……そうだよね。そうじゃなきゃね」
「あっ! でも! この書き方は、良いと思うんです! ただちょっと手法ばかり全面に出てて、アタルさんが見えないっていうか……!」
慌てて言いつくろう夕姫に、思わず苦笑してしまう。
「大丈夫だよ。わかってる。うん。気付かせてもらってありがとう。ちょっと書き直してみるよ」
「あ、あの……」
「本当に感謝してる」
そうだ。
ウラさんやハリセンと話し合った結論は間違っていなかったんだ。
ただ、その使い方を間違っていたらしょうがない。
見せ方は手法であって目的じゃ無いんだ。
亞汰彦はノートPCを引き寄せ、一心不乱に書き直した。
読者の求める願望を、自分が見せたい物語に変換し直す。
こんな根本的な事にどうして今まで気付かなかったのか。
夢中で最新話を書き直すと、無言で夕姫にそれを読んでもらう。
モニターを見つめる彼女。
心臓が痛い。一体どんな言葉が飛び出てくるのか。
これが否定されたら……。
読み終わった彼女は、こちらに顔を向け……。
優しく微笑んだ。
その日から、亞汰彦のランキングはゆっくりと上昇していくのだった。
◆
ウラヌス:なんか調子いいじゃん。
アタル:ありがとうございます。
ハリセン:おめー。
アタル:ありがとう!
ハリセン:ランキング抜かれたわー。
アタル:ハリセンはずっとランキングに入ってるんだから、そっちの方が凄いよ。
ウラヌス:いや、一度落ちた作品で上がってきたのは素直に凄い。
アタル:ありがとう。ウラさんの作品もランキング維持してるじゃないですか。
ウラヌス:最初は表紙入れなくて焦ったけどな。辛うじて一桁にしがみついてる。
アタル:流石です。
ファミレスでの騒動から数日。
ウラヌスマンはランキング一桁を維持しているせいか、機嫌はそこそこ良くなっていた。
そのせいか、亞汰彦に対する当たりも、柔らかい印象になっている。
ウラヌス:アタルの作品は、上手く流れに乗った感じだな。
アタル:自分でもそう思うよ。
ハリセン:途中から読みやすいっすよー。
ウラヌス:ま、俺の教育の賜物だな。
なるほど、機嫌が良い理由の一つはこれかと、亞汰彦は当たりを付けた。
現在、亞汰彦の”今度の転生こそまったり人生を送りたい元SSS冒険者!”のランキングは98位。とうとう二桁までのし上がってきた。
一時は諦めかけていた新作だったが、ランキングが上がることで気持ちも上昇し、それがさらに作品に反映されて、より良い物語が書けている気がする。
それは逆を言えば、ランキングからすぐに消えた前作の時に味わった挫折感や失望感が、モチベーションとして、作品に反映されていたと言うことである。
もしかしたら、一度落ちた作品が、再び上がることが滅多に無いのは、この辺も関係しているのではないだろうか?
考えれば考えるほど、今までの書き方、見せ方に問題があったのだと気がつかされる。
もちろんそれを教えてくれたのは……。
◆
「え?」
突然、夕姫が小さく声を上げる。
この日は夕姫の方が先に書き終わっていて、亞汰彦が書き終わるのを、静かにスマホを眺めながら待っていた。
普段、亞汰彦が執筆中は絶対に声を出さない夕姫の態度に驚いて、思わずそちらに視線を向けてしまう。
「どうしたの?」
「え? あの、書籍化作家さんから、小説家になろうのメッセージに連絡が……」
「え!?」
夕姫がスマホの画面を向けてきたので、思わず食らいつく亞汰彦。
ペンネーム、クレッセントブーケ。
SNSで有名な女性作家だった。
どうして女性かと断言出来るかと言えば、そのSNSで、自撮りを山ほどアップしているからだ。
亞汰彦はノートPCをネットにつないで、クレッセントブーケのSNSを表示する。
これでもか! と盛りに盛った自撮り写メと、著作”わたくし、異世界でも優雅に過ごしますの”の宣伝書き込みが並んでいた。
夕姫にノートPCを見せると「うわー。凄いですねぇ。美人ですねぇ」などと呟いていた。
亞汰彦からすると、化粧盛りすぎでむしろ妖怪のっぺらぼうを連想してしまうのだが、この辺女性の感性は違うのだろう。
下手な感想は言わずに、タクハタチヂメ宛てのメッセージを読むことにした。
内容としては、どうにも、紫の庭を褒めているようで、だめ出しのオンパレード。
ここを直せば良くなるとか、ここがわかっていないとか、本人はアドバイスのつもりなのかも知れないが、ほとんど全否定しているようにしか見えなかった。
「これは……」
「アタルさん! な! なんて返事したらいいでしょう!?」
「え? そ、それは」
これは困った。
相手は書籍化作家なのだ、下手な返事をしたら、揉めるかも知れない。
相手は親切でアドバイスをしてくれたのだから、無下に否定するわけにもいかない。
そりゃあ、返事に困るだろう。
「ここ! ぜひお友達になりましょうって! どどどどどうしましょう!?」
「そこ!?」
なるほど文末に、とってつけたかのように仲良くしましょう的な挨拶がくっついていた。
しかし、どう見ても社交辞令の範疇だろう。
「あー、えっと」
「ほ、本物の作家さん……凄い……どうしよう……」
熱に浮かされたようにわたわたする夕姫を見ていたら、割と細かいことはどうでも良くなってきた。
「そうだね……アドバイスありがとうございます。ぜひ仲良くなれたら嬉しいです。って返したら?」
「い! 良いんでしょうか!?」
「向こうからメッセージが来たんだから、大丈夫じゃない?」
「ううう……緊張します……」
それから三十分くらい、メッセージの送信ボタンを押せずに、何度も躊躇する夕姫をなだめすかして、ようやく送信させることに成功するのだった。
珍しく疲れて喫茶店を出る亞汰彦。
「あ……今日の分完成してなかった」
慌てて自宅で残りを書き上げるのであった。
なろうあるある。