7話【執筆会議】
日曜日、久しぶりにウラヌスマンことウラさんと、センボンハリセンことハリセンの三人で会うことになった。
「よお、お久」
「こんにちは、ウラさん。ハリセンは?」
「駅だって。すぐ来るよ」
待ち合わせのファミレスに行くと、目つきの鋭い30前半の男がノートPCを広げて待っていた。
最近年齢差を感じる出会いがあったせいで、今まで意識したことの無い年齢を思い出す。たしか34歳だったなと、内心で確認していた。
「新作好調ですよね。今朝のランキング六位でしたよ」
「まあな……」
「なんか嬉しく無さそうですね」
「そりゃ——」
「うぃーす。遅くなりやしたー」
「ああ、僕も今来たところだよ」
「ちーす」
軽い挨拶をしながら隣に座って来たのは、亞汰彦の人生で初めてのタイプの人間だった。
金髪にピアス、薄いジャケットを素肌の上に直接羽織り、首元にはじゃらじゃらとメタリックなネックレスをぶら下げ、トドメに髑髏の指輪をしているのだから、およそ関わり合いになるとは思えなかった人種である。
こんななりで、小説家になろうへ投稿していたりする。
ペンネーム、センボンハリセンこと通称ハリセン。
まだ大学生で、テニスサークルと文芸サークルを掛け持ちしている。
テニスサークルはまだわかるのだが、どうして文芸サークルに入ったかと言えば、ハリセンの彼女が文芸サークルに所属していたからだった。
なお、テニスサークルにも彼女がいる。いわゆる二股だ。
他人の色恋沙汰に口を出す気は無いが、その辺、不誠実な男だと、亞汰彦は眉をひそめた。
どうしても納得いかないのは、こんななりのくせに、初めて書いた作品が、いきなりコンテストで一次通過したことだ。
もちろん作品を読めば、それだけの評価をもらえる事に反論は無いのだが、隣で「舌ピアスいれようかなぁ?」なんて呟いている男の作品だと思うと、どうにもやるせない。
「あ、ウラさんランクインおめっす」
「あんまりめでたくねぇんだよなぁ」
「六位ですよ? 一桁はやっぱ凄いですよ」
「表紙に入ると入らないじゃ、伸びが違うって教えたろうよ」
「まぁそうなんですけどね」
表紙、つまりランキング五位圏内に入ると、なろう読者の目に止まりやすくなり、よりランキングが維持されやすい状態になるのだ。
ウラヌスはこの表紙入りを、大きな区切りと目標にしていた。
「なんなんだよあの一位……馬鹿にしてんのか」
「紫の庭っすよねー」
「あれ、絶対不正してんだろ! どう考えても一位上がる作品じゃねーよ!」
断言するウラヌス。
その態度に亞汰彦は眉を顰めてしまう。なんとか不快な態度を取る事だけは押さえつけた。
「あれが無きゃ表紙入りしてたってのによ」
「た、確かに一位は強いですけど、表紙入りは出来そうじゃ無いですか」
「いや、ランキングがすぐ下の作品の伸びが、俺の新作をちょい上回ってる。たぶん、今日抜かれる。2~5位が落ちるのも期待薄だ。何よりランキングが荒れてるんだよ!」
荒れていると言われて、確かに最近のランキングは、いわゆるテンプレ作品などの、お約束作品以外が上がってきている気はする。
「俺の分析だと、ランキング1位ってのはすぐにパクられるんだよ。この場合オマージュって言うべきか」
「それは、まぁそうですね」
亞汰彦はウラヌスの言葉に半分同意して、半分否定していた。
真似されるのはその物語的構造を中心とした、話の作り方であり、決してパクリでは無いと思っている。
簡単に言えば、料理の味付けを真似するようなものだと考えていた。
「それにしたって、一位なんなんだよ! 複アカやってんのか!?」
複アカ。
複数アカウントの略語である。
アカウントは、小説家になろうに書き込む際使われる、個人登録の事だ。
このアカウントを使って、ログインや作品の管理が行われる。
もちろん、ただ読むだけの人にも、ブックマーク機能などが提供される。
そして、このアカウント、一人につき一つしか持てない。
複数所持は禁止されている。
しかし、良くあるネットの噂で、このアカウントを複数取り、自らの作品のランキングを上げる不正があるというのだ。
急に伸びた作品や、自分が理解できない作品のランキングが上がると、複アカ不正という言葉が出てくる元凶だ。
「それはないと思いますよ」
「なんで言い切れるんだよ」
「え……ほら、それならもうとっくに垢バンされてるんじゃないですか?」
「……たしかに、こんだけ目だてばなぁ」
垢バン。
なんらかの不正が発覚し、アカウントが削除される事を差す、ネットスラングだ。
実際に複アカによる不正が行われているのかどうか、亞汰彦には調べようも無いが、時々、不正だと騒がれる作品の作者が、垢バンされる時がある。
当然、不正は調べられているし、発覚したらアカウントは削除される。
この、ランキング上位者の作品が、突然垢バンされる事が、不正は存在するという証明だと騒ぐ人間がいる事は確かだ。
だが、逆に言えば、不正をしたら厳正に処分されるだけだろうと、亞汰彦は思っている。
仮に夕姫が複アカ不正を行っているとしたら、とっくの昔に垢バンされていることだろう。
なんといっても目立つのだから。
それ以前に、あの夕姫が、性格的にも、パソコン音痴っぷりにも、そんな不正を出来るはずが無い。
ウラヌスマンにその事を言ってやりたい衝動に駆られるが、個人情報を多分に含むのだから、言える訳も無い。
「ウラさん、ちゃんと読みました?」
「読むわけねーだろ、あんなクソ作品」
それまで、亞汰彦は抑えていた感情を、とうとう隠しきれなくなってしまった。
「ウラさん……流石にそれはないですよ。あの作品を一度でも読んだら、そんな感想は出ませんよ」
「はぁ? どういう事だよ?」
「ハッキリ言いますけど、あの作品、滅茶苦茶面白いですよ。読めばわかります」
「前から言ってるだろ! 読んで面白い作品じゃダメなんだよ! 今の時代は! いかに! 読んでもらうかが重要なんだよ!」
ウラヌスマンの言っていることは正しい。
今まで三人で散々語り尽くした事だ。
読んで面白い作品はいくらでもある。隠れた名作、埋もれた名作がどれほどあることか。
だが、それではダメなのだ。
まず、タイトルとあらすじと一話を使って、とにかく読者を掴む構成が必要だと、亞汰彦だって賛同している。
しかし……。
「違うんですよ……あれは、本物なんですよ。真の本物はそんな小手先のテクニックなんて必要としないんですよ!」
「何度も言ってるだろ! エンタメに本物なんて存在しないんだよ! あるのは今現時点で消費される最も最適化された作品だけだ!」
「根本的なところでは、僕も同意します。でも、あの紫の庭は……」
「……もういい!」
ウラヌスは怒声と共に立ち上がる。
店内の視線が集まっていること気がついて、顔を歪めた。
「今日は帰る。でもこれは覚えとけ。エンターテイメントに本物なんて存在しないし、あっちゃいけない」
そのまま、二人を無視して店外へと肩を鳴らして出て行ってしまった。
「……ってか、金置いてってくださいよー、先輩ー」
「僕が払うから」
この状況で、金の話が真っ先に出てくるハリセンも凄いな。
亞汰彦は、小さく肩をすくめた。