5話【正解が知りたい】
アタル:ウラさん! 新作始めたんですね!
ウラヌス:おうよ。
アタル:冒険者パーティー追放からのざまぁ系ですか。
ウラヌス:今来てるからな。
アタル:今まで連載してたのはどうするんです?
ウラヌス:書き溜め分を週一で載せて、あとは放置だな。
アタル:なるほど。ランクインおめでとうございます。
ウラヌス:おう。これから伸ばすぜ!
執筆仲間のウラヌスマンが新作を始めていた。
”中堅冒険者パーティーから追い出されてから、覚醒した俺”
仲間内で今流行っているだろうと分析していた流れを、思いっきり踏襲している形のタイトルだった。
初日から悪くないランキングに昇っていたので、すぐにスマホでウラヌスマンに連絡を入れたのだ。
それは良い、それは良いんだけれど……。
亞汰彦は、表立って言えない一つの引っかかりがあった。
「また、エタらせるのか……」
エタる。
語源はエターナル。永遠のという意味の英単語だ。
つまり、続きが永遠に出ない、未完作品。と言った意味で使われる。
ウラヌスマンは、執筆仲間の中でも、頭一つ飛び抜けて優秀である。
今まで何度も、コンテストや大賞で一次二次通過を果たしてきた実績がある。
惜しくも書籍化までは届いていないが、彼の理論がいかに正しいかという証明だろう。
そのウラヌスマンが言うのだ。
「書籍化に乗るランキングに届かない作品は、すぐに捨てなければならない。なぜならば、俺たちの書いてるのは自己満足では無く、エンターテイメントであり、消費物だからだ。受けないものを続けるのは、読者に対して失礼というものだ」
理屈はわかる。わかるんだけど……。
亞汰彦は結局、前作のデュリアデス戦記をエタらせる決断がつかず、無理矢理完結させたのだ。
そのせいで、新作の執筆が遅れたのは確かだ。
逆にウラヌスマンは、ダメだと判断すると、すぐに捨てて次の作品に取りかかるので、フットワークが軽い。
亞汰彦は、今日ももやもやとした感情を抱きながら、ベッドに潜り込むのだった。
◆
朝のランキングを確認する。
紫の庭は相変わらずぶっちぎりの1位を確保。
ウラヌスマンの覚醒した俺は31位まで上がっていた。流石と言うべきか。
そして亞汰彦の元SSSは……。
「299位か……はは」
昨日の夜まで、ランキングを伸ばしていたが、一気に落ちた。
こんなもんさという思いと、ウラさんの作品と何が違うんだという思いが、ぐるぐると渦巻きつつも、会社に行くのであった。
「休みてぇ……」
会社がホワイトになってから、ほとんど初めてのセリフだった。
◆
亞汰彦がいつもの喫茶店に入ると、無心でキーボードを打つ夕姫の後ろ姿があった。
邪魔にならないように、静かにカウンターに座ると、自らもノートPCを開く。
チラリとその横顔を伺うと、今まで抱えていた気持ちが落ち着いていく。
うん。
今は無心で書こう。
二人の打鍵音が、まるでピアノの連弾のごとく、静かに店内に流れていった。
全てを忘れるように一心不乱に執筆していたせいか、一話分まるまる集中していた。
ため息と共に意識が現実へと戻ってくる。
ふと、横から視線を感じて、そちらに顔を向けると、夕姫が優しい笑みでこちらを見ていた。
「こ、こんばんは」
「……」
「夕姫?」
「あ! こ、こんばんは!」
てっきり自分の事を見ていたと思っていた亞汰彦だったが、今の反応を見るに、後ろの時計でも見ていたのだろう。
どうやら二時間近く集中して書いていたらしい。
「あ、あの。今書いてたのって、最新話ですか?」
「うん、そうだよ」
「よ、良かったら読ませてもらっても……」
「それは良いけれど」
亞汰彦がチラリと、夕姫の機械に目をやった。
「紫の庭の最新話だったら、僕も読みたいな」
「ええ!? そんな!」
微妙に顔を紅くして、わたわたと手を振る夕姫。なにがそんなに恥ずかしいのか。
「夜にはなろうに載せるんだよね?」
「は、はい。じゃ、じゃあどうぞ」
そう言って、小型のデバイスを差し出してきた。
「そういえば、これってパソコンじゃないよね?」
亞汰彦はずっと気になっていたことを聞いてみた。
夕姫が使っているデバイスは、一見小型のノートPCのようだが、画面は小さくモノクロだった。
今時モノクロ画面のパソコンがあるとは思えないので、なにか別の機械だろう。
「えっと、それはテキストでのメモ専用なんです。私、あんまりパソコンが得意じゃ無くて……」
「へぇ。こんなのがあるんだ。軽くていいね」
小型で軽量だが、キーボードがしっかりしていて、小説を書くのに向いていそうなデバイスだった。
「はい。お気に入りです」
真っ黒なボディーに、可愛らしいウサギのシールが貼られていて、苦笑しそうになった。
年齢の差を感じてしまったからだ。
「なんの色だろう?」
「え? 色?」
「あっ! 何でもないです! それより読ませてもらって良いですか?」
「ああ、どうぞ」
「ありがとうございます!」
言いながら夕姫が、ずいっと亞汰彦に身体を寄せて、ノートPCの画面を覗き込む。
ふわりと、良い香りが漂ってきた。
「おわ!? 渡すから! そっち置くから!」
「え? ありがとうございます。パソコンとか触るの怖くって……」
「いくらなんでもそこまでヤワに出来てないから」
亞汰彦が夕姫の目の前にノートPCを置くと、食い入るように画面に見入った。
そんなんじゃ目が悪くなるぞーと言おうとしたが飲み込んだ。
読み方は人それぞれだよなと。
何故か心拍数が上がっている心臓を落ち着けながら、亞汰彦も夕姫の小説に目を通した。
一行目から、美しいバラの咲き乱れる宮殿が、一瞬で脳裏に広がってゆく。
それまで亞汰彦の中にあった妙な感覚は一瞬で消え去っていた。
二行目からはよく覚えていない。気がついた時には既に読み終わっていたのだから。
今まで読んでいた文章とはなんだったのか、それを思わずにはいられない。
「ふう……」
文字数を見ればなんと1万4千文字。
とてもそれだけの文字を読んだとは思えない後読感だった。
「……」
あいわからず、夕姫はこちらをじっと見ていた。
流石に彼女の癖であると理解してきたので、そろそろ慌てることもなく亞汰彦は、テキスト専用デバイスを返した。
「面白かった。面白すぎて、ちょっと嫉妬しちゃうかな」
「私も最新話、凄く好きです!」
「そ、そう? つい、気持ちだけで書いちゃったから、見直さないとダメなんだけど」
「え? これで良いと思いますけど……」
「僕さ、集中しすぎると、読者の事すっぽ抜けちゃうから」
「そうですか……」
その反応が少し気になって聞いてみた。
「このまま載せた方が良いかな?」
「え?」
夕姫は一度目を丸くしたあと、ゆっくりと考えてから答えた。
「私は、このままの方が良いと思います」
「特に引きとか考えてないんだけど」
「その……今回は無くても良いんじゃ無いかなって思います」
「そうか……」
亞汰彦は腕を組んで沈黙。
秒針が一周したあたりで、ゆっくりと腕を解いた。
「よし。今回はこのまま載せてみるよ」
「あ、えっと……」
「大丈夫。僕が決めたことだから。夕姫のせいとか言わないよ」
失敗したら責任を取らされるとでも思ったのだろうか?
亞汰彦からしたら、単純に意見を聞いただけで、決めたのは自分なのだ。
「さて、今日は帰るよ。夕姫も気をつけて」
「はい! さようなら」
小さく手を振る夕姫に笑みで答えて、帰宅するのだった。