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2話【小説家になりたい】


 亞汰彦(あたひこ)は”小説家になろう”へ投稿している、とても小説家になりたい人である。


 昨夜から新作をスタート。

 絶対的自信を持って掲載したのだが、ランキングは振るわなかった。

 それでも、一話からランキングに入ったこと自体は初めてであり、自己最高なのだからと、なんとか気持ちを切り替え、喫茶店で続きの執筆を始めた。


 小説を書くコツは、一気集中。

 休みの日にだらだら書くのと、仕事終わりの1~2時間集中して書くのでは、むしろ短時間の方が確実に、しかも面白い物が出来上がる。

 そう考えると、今の仕事環境は悪くないかも知れない。


 とりあえず、一時間以上集中すると決め、画面に吸い込まれるようにキーボードを叩く。

 どうしても途中まで手癖で書いてしまうが、独自のなろう小説攻略理論を思い出す度に、自分の書きたい欲求を抑え込み、読者が求めているだろう展開と、わかりやすさに置き換えていく。


 前作と違って、執筆に時間を取られるが、既にランクインという結果が証明しているのだ。頑張るしかない。

 文章を打ち直そうとすると、集中力が乱れ、大きく背伸び。亞汰彦はふと、隣の女の子に目がいってしまった。


 さらりとした黒髪をたたえた、眼鏡の女子。

 おそらく高校生か大学生だろう。

 大学生だとしたら、少し小柄か?


 どちらにしても、今は夏休みなのだろう。

 そんな嫌でも気になる少女が、周りの音にすら気付いてない集中力で、キーボードを叩いているのだから、そりゃあ目が行くだろう。


 彼女が使っている機器に、亞汰彦は見覚えが無かった。

 ノートパソコンより遙かに小さいのだが、しっかりとしたフルキーボードで、なんと画面が白黒なのだ。

 どうやらテキスト入力専用機器のようだ。正直、凄く気になる。


「おっと、凝視してる場合じゃない」


 誰にも聞こえないように呟くと、再び執筆を再開した。

 それから数十分後。


「「出来た」」


 自分以外の声とハモったのに驚いて、すぐ横を向くと、その人物も驚いたようにこちらに顔を向けた。

 眼鏡っ娘とハモったようだった。


「……あ、ども」

「はい……」


 どことなく間抜けに言葉を交わしてから、亞汰彦は会計を済まし、喫茶店を後にした。


 ◆


 次の日のランキングは、微増していた。

 本来であれば、喜ぶべきところだろう。だが、想定していた流れでは無い。

 亞汰彦が夢想していたのは……。


 一位のタイトルを確認する。

 今日も微動だにせず”カーディナルドリシュリュー 紫の庭”だ。


 むしろ、昨日の夜に二話がアップされて以降、勢いが加速している。

 二位と大差がついていた。


 そう、まさにこれを夢見ていたのだ。

 圧倒的1位!

 誰からも絶賛される作品を!


 ”小説家になろう”には感想を書き込む機能がある。

 作者がオフにしている場合もあるが、紫の庭は普通に初期設定のままだった。


 感想欄に並ぶのは、賛美、称賛、絶賛の嵐。

 面白い! 早く続きが読みたい! 読みやすい! わくわくする!


 そのどれもが、亞汰彦が夢見ていた、なろうでのサクセスストーリーそのものだったのだ。


 アップした瞬間にランキングがどんどんと上り、当たり前のようにを一位を取り、感想欄は絶賛で埋まり、大人気のままコンテストに応募すると、当たり前のように大賞に受賞する。

 亞汰彦にはそれだけの自信があった。

 だが、今それが実現している作品は……。


 受けるタイトル。

 どんな物語を端的にかつ分りやすく表現したあらすじ。

 何より、なろうで流行の異世界物語を導入することで、冗長な説明を省き、第一話から物語を動かせるという利点を最大限生かしたと自負している。

 だからこそ、この結果には衝撃を受けていた。

 まるで自分達の理論をすべて否定されているかのような結果だったのだから。


 いや、今回の一位の方が例外であり、特殊な事例なのだ。

 現に二位以下のランキングを見れば、異世界ファンタジー物が多くを占めている。

 やはり自分達の理論は間違っていないと、亞汰彦は何度も自分にそう言い聞かせた。


 ならばやることは1つだけだ。

 自分たちを信じて、この物語を書き進めればいいのだ。


 亞汰彦は今日も喫茶店にきていた。

 家で書くときよりもノリが良かったということもあったが、もう一つ理由がある。


「いた」


 相手に聞こえないように小さく呟く。

 はたして今日もその人物はそこに座っていた。


 服のセンスが少しだけ残念なのが気になる、流れる黒髪で知的な眼鏡の女の子。

 昨日と変わらず一心不乱にキーボードを叩いていた。


 別にナンパしに来たわけでは無い。


 家で一人でPCの前に座っている時と違い、誰とも喋れない環境の中、すぐ隣で自分と同じようにキーボードを叩いてる人間がいれば、そりゃあサボれなくなるっていうもんだろう。


 眼鏡少女はこちらに気付く様子もなく集中し、まるで入力する機械かのように、黙々と文字を入力していた。

 一体何を一生懸命そんなに書いているのか気にならなくも無いが、どう考えてもマナー違反なのでそこはグッと我慢する。


「他人より自分だろ」


 自分を鼓舞するために、口の中で呟きノートPCの電源を入れた。

 お供は、濃いめに煎れてもらった珈琲である。


 新作の一話、二話と、今までに比べれば好スタートだ。

 すでに感想も二件来ている。

 もちろん嬉しいのだが……、つい”紫の庭”と比べてしまう。


 落ち着け、僕は僕の道を行けば良い。


 第三話で、主人公の強さをさらに見せつけ、読者に先の展開が気楽に進むと安心感と与える事で、没入感を演出!

 物語の展開は二の次!

 とにかく! 現実離れした主人公の強さを見せて、この物語はストレス無く進むことを提示しなくては!

 すでに三話は完成しているが、より文体を軽く直し、いらない説明文を省いていく。


 複雑な伏線はいらない。

 小説を読み慣れてる人間なら、一発で理解できる程度でいい。


 よし。


 亞汰彦は自らの頬をピシャリと叩くと、気合いを入れて執筆を始めた。

 何度も主人公に感情移入して、その世界に立っているような感覚に襲われ、彼が見た風景を描写しそうになるが、そこはグッと我慢。

 子供っぽい文章と言われるくらいで良いので、わかりやすいエピソードを組み立てていく。

 少し書いては、文章を俯瞰して確認する作業を繰り返した。


 どれだけの時間が経過したか、集中しているとまったくわからない。

 だから、書き終わった時点で、魂が抜けたように呟くのだ。


「「出来た」」


 ん?

 なにやらデジャブを感じて、横を向くと、黒髪眼鏡と目が合ってしまった。


「……あ、ども」

「はい……」


 激しくデジャブを感じながら、ノートPCを閉じた。

 やっぱり家より喫茶店の方が集中出来るな。

 しばらく通おう。


 けして、女のが可愛くて気になるからでは無い。

 ただ、隣でキーを叩いてる人がいると、本当にサボれないし、集中出来るのだ。

 それだのことだ。


 翌日、ランキンがほんの少しだけ上がっていた。

 亞汰彦はほっと息を吐いた。

 自分達が間違っていないという事に。


 確かに夢想していた状況とはかけ離れているが、現実なんてこんなものなのだ。

 堅実に行こう。と決意したいのだが……。


 どうしても”紫の庭”に目がいってしまう。

 当然のように王座を維持していた。



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