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「な、なんでそのことを……。いやいや。ごほんごほんっ!!」
思わず醜態を白状しそうになって言葉を飲み込む。
篠原が嬉々としてカメラを回しているのだ。
偉大なる魔王としてここで醜態をさらすわけにはいかぬ。力づくで逃げようか。いや、逃げては沽券に係わる。ならばどうすれば――
「ぴゅ……ぴゅーぴゅー。いったい何のことやら」
ジルにできたのは、すっとぼけることのみであった。
「口笛、吹けてませんよ。ちなみに、こちらが証拠映像でございます」
「なんでそんなものを撮っておるのだっ!?」
とぼけようとしたジルに、清水はスマートフォンに保存してあった動画を証拠として突きつけてくる。
「ぎゃー」っと悲鳴をあげるジルの姿は、いつか見た地球の絵画『ムンクの叫び』。
つきつけられたスマートフォンのディスプレイのなかには、丸焼きにした鹿のような動物を幸せそうに頬張るジルの姿があった。
その脇には犬田たちが日本から取り寄せた香辛料やタレの空き缶やビンが置いてあるのがばっちりと映っている。
「ふふふ。これは野生動物の生態を調べるために設置しておいた感知式カメラの映像です。
もちろん動画サイトに『取材班は見た! 真夜中の恐怖! 異世界UMAの正体!!』としてアップロード済み!
現在18億回再生ですよ、魔王様っ。やりましたね!」
「じゅうはっ!? おおおぉぉ……余の凛々しいイメージが……」
「そんなイメージはもともとありませんので安心してください。それはそうと……」
清水は打ちのめされるジルを脇に、ジルが切り分けた岩トカゲの枝肉に鼻を近づけてすんすんと匂いを嗅ぐと「ドブ沼の匂いがする」と顔をしかめた。
「なんか……すっごく臭いんですけど、これ、美味いしいんですか?」
「すごくまずいぞ」
「「おい」」
清水と犬田の二人から怖い目を向けられたジルは、先ほどの公開一人焼肉のショックから抜け出せていなかったのもあって、ふるふると首を横に振った。
「そ、そう怒るでない。
お主らは異世界の人であるがゆえに、もしかすると味覚が違うかもしれんであろ?
それに、せっかく異世界へ来たのだ。未体験ゾーンへワクワクしながら挑戦するのも醍醐味のひとつであると、余はそう思うのだ!」
「なるほど」
とうなずいたのは清水。
「なるほどじゃねーよ」
と清水にツッコんだのは犬田。
まったく、地球人というのはアレだ。食べるということについて、安全を重視すぎではなかろうか。
仕方ないので、ジルは安心させるように犬田の腕をぽんぽんと叩いてやる。
そして、訝しげな表情を浮かべる犬田に、優しく微笑みかける。
「なーに、心配するでない!
余の治癒魔法はとても気持ちがいいと評判ゆえ、存分に死にかけるがよい!」
「なんで死にかけることが前提なんだよ!?」
「うーん。死なないなら……いいかな? ね、社長もそう思いません?」
「ぜんっぜん思わねーよ」
「なんか、臭さも嗅ぎ慣れてくると……ふふっ、いい感じになってきた気がします。これは焼いて食べればいいんですか?」
断固として拒否する犬田を無視して、清水は包丁で「どこがおいしそうかなー」と岩トカゲの枝肉を薄くスライスしはじめる。
異世界転移実験の取材にきた際にはフリーのアナウンサーだった清水だが、いまは篠原と同じく『サンヌーイ・エンタープライズ』の社員になっている。ちなみに肩書は『芸人』。
その肩書にふさわしい好奇心でもって、食べることには前向きになってきたらしい。
そもそもこの女が異世界のものを食べて死にかけたのは1度や2度ではない。不死身のUME。それが清水である。
「(初めはあんなに異世界に怯えていたのになぁ……)」
これは成長したと称賛すべきなのか、それとも堕落したと嘆くべきなのか。
「え、なにかおっしゃいました?」
「いや、なんでもない。気にするな」
ともあれ、食べる気になったというのはいいことだ。
ジルはそのあたりに落ちていた小さな魔力石を6個あつめ、魔力を込める。
「ファーバル」
ジルの魔力に反応した魔力石が、ジルに反応して熱を持ち始め、充分な熱をもったところで木炭がザックザクになったバーベキューセットのなかに放り込む。
これで熱源の用意はよし。あとは楽しい楽しい焼肉パーティである。
「――で、実際どうなんだ? さっきのあれ」
そんな折、火の用意をし終わったジルに話しかけてきたのは犬田だった。