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「破壊……って大げさな。外の柵がちょっと小動物にかじられている程度じゃないですか」
清水が破壊痕を調べ、それほどの被害でないことに安心したようにほっと息を吐く。
が、ジルはちっちっちっとカメラのほうに指を振った。
「確かに、この周囲の柵は、余が手ずから作り上げたもの。
魔力が通じておらぬから、魔王城ではないと言うことができるやもしれん。
だがしかぁし! 魔王城とは国家の象徴! 魔王城に付随するものに対する破壊行為は万死に値するのだ!」
「でも……この魔王城って、国家の象徴にしては、ぼろっちくないです?」
さもありなん。
後ろの魔王城を振り向きながら、失敬なことをのたまう清水に、ジルは鷹揚にうなずいた。
「魔王城とは、魔法で作られた魔王の写し身。
領内の発展や勢力範囲の拡張とともに、より便利に、より豪華に成長していくのだ。
魔王の力の象徴と呼ばれる由縁だな。
とはいえ、領土も国民もない状況では条件を満たすのは難しい。
地球風に言ってしまえば、いまの魔王城は『れべる1!』の状態というわけだ」
「へー」
「であるからして!
魔王城に付随するすべてのものに対する破壊行為は、国家そのものへの挑戦とされておるのだ!
この柵を齧ったのは誰だ!? 許せぬ! いったいどのような悪魔か!」
「――あ、かわいい」
ジルの言葉をさえぎるように、清水が柵の脇にしゃがみこんだかと思うと、腕を伸ばす。
そして何やら小動物の首根っこを捕まえて、「つかまえたぞー!」とカメラに向けた。
――清水。
3人の地球人のなかでは紅一点であるが、彼女はある意味でもっとも逞しい。
新種のキノコを見つけては制止する前に焼いて食べ、食べれそうな動物を捕えては皮を剥いで肉を食らう。
食い意地汚いだけとも言えるが。見た目麗しいだけにギャップの差が激しい。
視聴者の皆様には『異世界食欲魔人』『腹ペコ残念美人』『UME』と呼ばれており、この小動物を捕まえた様子も、「またUMEが獲物を見つけたぞ!」とか「哀れな犠牲者に追悼」などというコメントが吹き荒れるのだろう。
「ほほーう。余に喧嘩を売ったのは、その畜生か」
清水が捕まえたのは大きなネズミだった。
茶色の毛は濡れたように艶があり、大きさはジルの手のひら2つ分くらいの大きさで、くりくりとした目が可愛らしい。でっぷりとした脂肪は餌に困っていない証拠。
「大きなハムスターのようにも見えますが……。魔王様、この生物はいったい?」
ネズミはいきなり襲われたにも関わらず、逃げようとする様子はなく、清水の手の中で弄ばれるままになっている。
「これは通称『茶駄ネズミ』という。
正式にはヤツデマエ・ネズミ。いわゆる愛玩動物というものだな。
交配によって生み出された種であるがゆえに、野生のものはいないと記憶しておるが……もしかすると、ドラゴン襲撃の際に檻より逃げおおせたのかもしれんな」
ジルが手でおなかを押すとネズミは、きゅーきゅー、と手足をばたつかせながら鳴いた。
「きゃーん、かわいい!」
それを見て、清水が両手を胸に押し付けたぶりっこポーズ。
ナイスバディがたゆんとたわむ。これこそが視聴者にも大人気の『食欲魔人の食前挨拶』と呼ばれているポーズである。
ジルがさらに指で弄ぶと、頭を擦り付けて「もっともっと」とでも言わんばかりにきゅーきゅーと鳴く。
「ふーむ。人に慣れておるな。
もしかするとだが、このあたりに誰かが住んでおるのやもしれん」
「本当ですか!?」
「茶駄ネズミというのは生命のサイクルが早い。寿命にしてせいぜい5年。
先ほどドラゴン襲撃の際に逃げおおせたやもと言ったが、これが100年前に人に飼われておった個体とは考え難がたい。
であるというのに、これほど人に慣れておるのだ。このあたりに餌付けをしておる者がおる可能性がある。
――このあたりにババーンと『魔王様以外のアーファム人と初接触か!?』と字幕を出すがよいぞ」
「字幕って……魔王様もいい感じに世俗にまみれてきた感じありますよね」
「失敬な。適応が早いと言え」
清水があきれたところで、もう一度ジルは茶駄ネズミに手をのばし――
「はい。カットー!」
犬田の声とともに、真面目な説明パートは終了。
「よし、食おう」
ジルが頭をワシっとつかむと、ネズミは「ギょエピー」と鳴いた。