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魔王城は深い森のなかに建っている。
その形を端的に説明するのであれば、子供でも飛び越えることのできそうな粗末な木の柵のなかに、日本城郭の天守閣だけが、ぽつーんと建っていると言えばわかりやすいだろうか。
この粗末な城は、かつてドラゴンに敗北した際に魔王城を失ったジルが、50年の歳月をかけて儀式で新たに生み出したものだ。
獣道すらない、背の高い広葉樹林の合間。
ドラゴンに見つからぬようひっそりと息をひそめて建つ未だ小さな魔王城は、人のいなくなった限界集落のような寂しさを感じさせる。
その魔王城の扉を、
「いよぉっし! 本日も絶好の撮影日和である。者ども行くぞぉっ!」
ばーん! と今日も元気よく押しひらき、撮影に向かおうとして、
――カリカリカリ。
何かを齧る音に、ジルは足を止めた。
「かりかり?」
犬田たちが地球から取り寄せた『ぱーそなるこんぴゅーた』の、『はーどでぃすく』が立てる音に似ているだろうか。
振り返ると、いつもと変わらぬ魔王城とは名ばかりの貧相な建造物。ただちに問題が発生しているようには見えないが。
「ぬぬー……?」
「ジル? 足を止めてどうしたんだ?」
周囲に気を張るジルに尋ねてきたのは、すぐ後ろを歩いていたスキンヘッドの筋肉ダルマ――犬田。
彼は3人の地球人のなかでは、27歳と一番若く、最も逞しい。
『ごきげん☆魔王様チャンネル』のディレクター役であり、同時に地球で最も優れた魔法技術の研究者の一人であり、そして地球にある企業『サンヌーイ・エンタープライズ』の経営者でもある。
いわく、地球で新たに新興した学問、魔法技術の粋をもって彼らがこの世界に転移してきたのは、ひとえに犬田の研究成果であるという。
地球にいた頃からスポーツジムで鍛えていたという肉体は、異世界の過酷な環境において逞しさを増し、擦れたくらいではビクともしない筋肉のキレと肌の厚さを備えさせた。
視聴者がつけたあだ名が、『史上最強の研究者』『ナチュラル・ボーン・世紀末』『毛のないキングコング』といえば想像がつくだろうか。
荒廃したアーファムで、むしろ生き生きとして筋トレと魔法の実験を繰り返すその姿は、地球の視聴者のみならず、ジルすらもドン引きさせた。
ともあれ、
「うむ。何か変な音が聞こえぬか?」
「……音?」
ジルがしっ、と静かにするように言って、あたりに耳を研ぎ澄ますと、犬田たちも周囲を油断なく見回す。
「むむむっ」
篠原のほうを見ると、彼が持つカメラには『録画中』の明かりが灯っていた。
予定していた撮影ではなかったが、なんせ異世界である。何がウケるかわからないので、常にカメラを回せるようにしているのだ。
――ならば!
ジルは、ババーンっ!と大きな手振りで犬田たちのほうへ振り返った。
「皆のもの、油断するな! 敵の攻撃を受けておるのやもッ! しれぬッッ!!」
「なんだと!? 敵のっ! 攻撃ッッ!?」
見よ! この演技!
緊迫感のある空気に視聴者も息をのむこと間違いなし!
撮影されていると知って、犬田と二人して大袈裟な身振り手振りでポージング。
清水があきれたように「うわー、うさんくさーい」とつぶやくが、気にしない。
ともかく、じーっと上から下へ魔王城を観察し、
「って、ああああっ! 余の魔王城が何者かに破壊されておるではないか!?」
ジルが指さしたのは魔王城を囲む粗末な木の柵。その柵の一部がネズミにかじられたようになっていた。