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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
9/19

Ⅷ ~光導く聖者の血~

   ◇


翌朝、いつもよりだいぶ慌ただしい雰囲気になっていた。


「いたか?」


「いえ、どこにも!」


それぞれ別方向から姿を見せた零夜とアイリスが本殿前に集まる。


遅れて戻ってきたシャーリーと汀に顔を向けるも首を横に振られる。


起床時から周囲を暫く捜し回ったが、アリアの姿がどこにもないのだ。


「昨日のあの流れからいきなり飛び出すなんて……」


「目が見えない状態で今ここを出るのは自殺行為ですよ!」


「とにかく捜しに行ってくる。あいつの足だとそう遠くには行ってないだろう」


業を煮やした零夜がすかさず外に出ようとするが――。


「待って」


何故かシャーリーに呼び止められた。


「原因は間違いなく昨日のアレ。今あなたと顔を合わせても多分余計逃げるだけだと思うわ」


「それでは何か、お前が捜しに行くとでも?」


「ええ。逃げられない、という保証はないけど少なくともあなたよりはまだ穏便に済む筈よ」


無言は雄弁、同じ考えの零夜は苦い顔をしながらため息を吐いた。


「私も行きます。零夜さんは念の為もう一度結界内を捜してください。もしかしたら凄く隠れるのが上手という事もあるかもしれないので」


「……そうさせてもらおう、と言いたいところだが大丈夫か?」


アイリスも名乗りを上げてはもはや断る事もできず、零夜は諦めて戻ってくる。


「土地勘と合成不死者はどうする?」


「できる限り逃げて、最悪逃げ切れない場合は再生覚悟で一度吹き飛ばして隙を作るわ。土地勘は大丈夫」


そういってシャーリーが取り出したのは細長い銀色の筒状の物体だった。


「それは?」


「エノ達機人族の標準装備よ。ボタンを押すと――」


中央のボタンを押すと、銀の筒からモニターらしきものが展開される。


よくよく見ると地図の様だが……。


「これは……この街の見取り図?」


「そうよ。実は毎日少しずつ辺りを歩き回っていたおかげで大体6割方できてるわ」


「いつの間に……」


意外に思いつつ地図に視線を落とす。


「残りの4割は結界の端の方だな」


「多分そっちには行ってないと思うけどね」


もう一度ボタンを押して地図を消すと、銀の筒をアイリスに渡して零夜と入れ替わりで外に出ようとする。


「私が持っていいのですか?」


「アイリスよりは土地勘あるし、いざとなったら高い場所を移動していくわ」


「わかりました。では――」


「待て」


シャーリーに続いて出ようとするアイリスに零夜は何かを取り出して、2人に投げ渡す。


これまた細い缶の様な物で、中には花火が入っていた。


「ロケット花火だ。何かあったら信号弾代わりに撃て」


「わかったわ」


「いってきます」


頷いて答え、2人は急ぎ足で石段を下っていく。


「お先」


降りるのももどかしいらしく、シャーリーは石段の中ほどで高く跳躍し、一気に石段を降りて南東へと姿を消した。


「では私は西の方へ行きましょう」


それを見送り、遅れて石段を降り切ったアイリスは逆方向に走って行った。


   ◇


「うーん……」


勢いよく飛び出したのは良いものの、1人になって間もなくシャーリーは早々に立ち止まってしまった。


アリアの居場所に全く思い当たりがないからだ。


零夜の言う通り、目が見えない影響でまともに歩く事もままならない彼女がそう遠くには行けないとは思うが……。


(外に出る事がないと思って()()()()()なくて失敗だったわね)


あんな啖呵を切ったのにこの様はとても見せられない、シャーリーは内心この習性を苦々しく思いながらため息を吐く。


互いを認め、共に戦う仲間として見ているつもりでも、やはり長年の習性はそう簡単に抜けない様だ。


つい強く出てしまう。


(まぁ下手にキツくなるよりはマシだけど……そうじゃない、そうじゃないでしょあたし)


自身に問いかけて改め気分を切り替え、今一度辺りの地形を思い起こす。


(この辺りは家ばかり、アリアに思い入れがある場所があるとは思えないけど……)


それに聞いた話ではアリアの交友関係はほぼ皆無で、それこそまともに話す相手は汀と零夜だけだった。


(それならレイヤ達の家がある西の方がまだ可能性がある?でもきっとそっちはアイリスが行っている筈よね……)


いよいよこっちは外れかと思ったその時、前方の曲がり角から合成不死者の姿が見えた。


幸い距離が離れている事もあって気付かれてはいない様だ。


(吹き飛ばすのは簡単だけど、余計な力を使いたくないわね)


静かにその場を離脱しようとするも、引き返したその先にも合成不死者が現れた。


しかも今度はすぐに気付かれてしまった。


「――――――――――!」


もはや何の声かもわからない叫び声に呼応して前方にいた不死者もこちらに気付いてしまう。


(……挟まれた!?)


   ◇


(ここには、いませんか……)


地図と聞いていた話を頼りにアイリスは零夜達が生活していた寮にやってきていた。


しかしそこにはアリアの姿はなく、この世界が始まった日と同じく特に不死者に荒された様子も見られない。


「……」


ふと、アイリスは改めて辺りを見回す。


今いる一室(恐らくはキッチン兼リビングだろう)で生活の痕跡が見られる事から、この部屋で零夜達は生活していたと思われる。


他にも汀とアリア、零夜、そして管理人である汀の祖父のものと思われる部屋があったが、他の部屋は全て空き部屋となっていた。


かつてはその部屋にも主がいた筈だと、零夜のあの話を聞いた後で何とも複雑な思いを抱いてしまう。


「――っ!」


その時、どことなく強い瘴気の気配を感じ取った。


方角からしてここから更に西だ。


そこにアリアがいるとは限らないが、絶対とも言えないのですぐさま寮を飛び出し気配を辿る。


(えっと、この先は……)


駆けながらシャーリーから預かった地図を開くと、この先は墓地と記されていた。


(墓地、ですか……)


墓地は言うまでもなく既に亡くなっている死者を埋葬する場所である。


そういう場所は不死者を始めとした魔物を生み出す基となる負の魔力が発生しやすい。


それにこの強い瘴気に方角からして東の木龍と同じ要と思われるだろう。




都合良く不死者に遭う事なく墓地にやってくると、気配は奥から感じられる。


規則正しく並ぶ墓石の間を駆け抜け、墓地の奥――ちょっとした雑木林となっているそこの手前の茂みから奥の様子を窺う。


そこには墓地のより一回り大きい墓石があり、その前で黒い炎の様なものが揺らいでいた。


「う……ぅ……」


そこから小さな呻き声が聞こえ目を凝らした途端、アイリスは黒い炎に駆け出す。


「アリアさん!」


黒い炎は倒れているアリアを乗りかかる様に包み込んでおり、駆け寄ったアイリスは声を掛けると同時に魔力を集中する。


『退きなさい!』


普段からは想像もつかない凛とした声と共に眩い光がアイリスの身体から放たれ黒い炎を跳ね除ける。


「アリアさん、アリアさん!無事ですか!?」


光と黒い炎が霧散して消え、ひとまずは静かになったところでアイリスはアリアを抱き起しながら呼びかける。


意識はあり特に外傷もなさそうなのでとにかくほっと安堵するが、長居は無用なのですぐに戻ろうとアリアを立たせた。


――その時だった。


「っ!?」


背後からの気配に咄嗟にアリアを背に隠し振り返るとそこに一筋の斬撃が弧を描き、アイリスの肩を切り裂いた。


「くっ……」


肩を押さえてアリアを隠したまま数歩後ずさる。


いつの間に現れたのか、そこには6人の少年少女達が立っていた。


だがその顔触れを見てアイリスは察してしまった。


その内の2人が、自分とシャーリーと同じ顔をしていたからだ。


「……」


話に聞いていたが、実際に目にするとこれは何とも不思議な気分である。


が、そう思っていたのも今だけ。


ゆっくり数歩下がり、数歩向かってくる。


その間に少年少女達は生々しい音を立てながら崩れ去り、一つに混じり合い、そして異形再生、顔や体の一部を残しながら異形の化物へと変貌した。


「捕まってください!」


身の毛もよだつその様を目にしたアイリスはアリアを抱き寄せすぐにその場から逃げて雑木林を駆け抜ける。


一瞬の後に雑木林から物々しい音を立てて化物達も追いかけてくる。


(この時だけは、目が見えなくて良かったかもしれません……)


脇目も振らずに墓地の中を駆け抜けるアイリスだったが、その足に化物の触手が絡み、無造作に足からぶら下げられる。


「っ!」


突然高所に上がり反転する視界を認識する間もなく、アイリスはこれまた無造作に投げ捨てられた。


「かはっ……!」


アリアを庇うので精一杯だったアイリスは諸に墓石に激突し、墓石と一緒に崩れ落ちる。


「アイリスさん、何で魔法を使わないの!?」


目に目なくても状況は嫌でもわかるアリアの問いに、震えながら起き上がるアイリスは苦笑した。


「先ほど、黒い炎を跳ね退ける際に固有能力を発動しました。ただ、これは全ての魔力と引き換えなのでもう今の私に魔力が残っていないのです」


「そんな……!」


「! 伏せてくださいっ!」


アイリスがアリアを抱き抱えた後、化物は触手をアイリスに叩きつける。


何度も何度も執拗にアイリスをいたぶるも、アイリスは決して声を上げずただアリアを庇い続ける。


「アイリスさん、やめて!このままだと死んじゃうよ!」


アイリス越しにその衝撃を感じるアリアが悲鳴混じりで言うも、アイリスは離してくれなかった。


「やめません……私は、全てを彼に託しました。だからせめて、彼と私の大事なものくらい……命に代えても、守り抜いてみせます」


「!」


この時、アリアは自分の目が見えない事を激しく後悔した。


そしてふと思い出した。


汀の祖父と零夜が医師から自分の失明は精神的ショックが原因だと聞かされているところを。


自分はどう転んでも無力な子供で、零夜だけでなくシャーリーやアイリスに面倒を見てもらって今日までこの世界で生きてこれた。


それがたまらず嫌で、つい零夜に当たり散らした揚句勝手に飛び出してこのザマ。


……せめて。


「……」


度重なる攻撃にアイリスの体力も限界だったのか、アイリスの身体から力が抜ける。


それを見計らって触手はアイリスの身体を持ち上げアリアから離す。


その際、アイリスの身体から零れた血がアリアの瞼に落ちる。


(――せめて、これ以上迷惑をかけたくない!)


強く願ったその瞬間、暗闇から一筋の光が差す様にアリアの視界が徐々に開かれていく。


「……え?」


ぼやけてよくわからないが何度も瞬きを繰り返すと、視界はやがて鮮明に映っていく。


しかし、最初に飛び込んできた光景は衝撃的なものだった。


「! アイリスさん!」


すぐに身体を起こして思わず手を伸ばす。


大きな鳥の様なもののあちこちに人の身体のパーツが散りばめられ、首からは2本の触手を生やしている。


そんな本当に辛うじて鳥に見える化物がその触手をアイリスの腰と首に巻きつけ目前で吊るしていた。


「……ぁ……ぐっ……」


触手が徐々に締め付けていき、アイリスは苦悶の声を上げる。


「はや…………に、げ……て……」


それでもアリアだけでも逃がそうと何とか声を掛ける。


「何か、何か……このままじゃ」


しかしそれを受け入れる事は出来ないアリアは何かないかと辺りを見回す。


「!」


ちょうど傍に銀色の缶が転がっていた。


急いで開けると中にはロケット花火が入っていた。


(でも、火がない……)


肝心の火種がなければどうしようもない。


何もできないまま焦りだけが広がっていく。


が、突如化物とアイリスの間に何かが通り過ぎると同時に触手は両断され、触手から放たれたアイリスが真下に落ちていく。


そこにいつの間にか姿を見せていたシャーリーがアイリスを受け止める。


「ごめん、おまたせ」


それだけ言ってシャーリーは目を吊り上げて化物を見上げる。


対する化物は突然の乱入者にけたたましい鳴き声を上げるも、その鳴き声も横から頭に蹴りを入れられた事で中断させられる。


猛る勇士で強化されている身体能力から放たれた飛び蹴りは化物を墓地に叩き落とし、多数の墓石を薙ぎ倒していく。


「…………」


シャーリーの傍に着地した零夜はアイリスやアリアを一瞥すると、先ほど触手を両断し地面に突き刺さっていた鬼断を引き抜く。


「シャーリー、2人を連れて離脱しろ」


「その方がいいけど……」


「大丈夫だ、こちらはケリを着けておく」


そう言いながら天凶も抜いた零夜の視線の先では墓石の山から起き上がった化物が怒りの声を上げていた。


「……わかった。アリア、いらっしゃい」


アリアを呼び寄せ、アイリスを抱えたシャーリーはアリアを連れてその場を後にする。


「……」


すれ違い際にアリアは零夜の横顔を見ると、零夜は心底無関心と言わんばかりに無表情だった。


「……さて、大体の事はわかっている」


3人が離れたところで零夜は短く言う。


「三重の意味で、お前を消す」


その声は今までシャーリーやアイリスどころか、汀やアリアですら聞いた事がないほど低く――冷たかった。


   ◇


「……」


戦いを終えた零夜は毎度お馴染みの長い石段を登っていく。


妙に頭が冴えわたる……というよりは空っぽに近いせいか何も考えていなかった。


「?」


そのせいか、いつもはもっと早く気付く筈なのに気が付かなかった。


「おかえり」


石段の中ほどの所で、シャーリーとアイリスが座って待っていた。


「ただいま……お前、怪我は?」


「見た目ほど大したことはないので後は自然治癒です」


「よく言うわ。結構ボロボロだったのに」


実際アイリスは最初のローブではなく、前に入手していたこの世界の私服となっている。


服の上からでは分からないが、肩には包帯も巻いている。


「そうか、まぁ無事で何より。アイリス、アリアを守ってくれてありがとう。本当に感謝している」


座っているアイリスの視線とちょうど合う所まで登ってきた零夜はアイリスの手を取り頭を下げる。


「や、やめてください。私はあなたの覚悟に応えてできる事をしただけですから……」


案外感謝される事に慣れていないのか、アイリスは顔を少し赤くして珍しく慌てた様子を見せる。


「アリアは?」


「今日ももう休ませてる。いきなり目が見える様になった上にかなりショックだったと思うし」


「そうか……」


零夜に合わせて2人も立ち上がって一緒に石段を登っていく。


「……零夜さん、アリアさんの事は」


「元より責めるつもりはない」


心配そうに尋ねるアイリスに零夜はため息を吐きながら首を振る。


「お前が言っていた通り、まだまだ幼いのに全てを受け入れろというのが酷というものだ」


「そうよね……」


これにはシャーリーも多く語らずため息混じりで同意する。


零夜・汀・アリアがシャーリーとアイリスを、アイリスが零夜を見てかつて存在した同じ顔の人物を思い出す事は知っている。


ただ1人、シャーリーだけそういう感覚はない。


それがどんなものなのかは生憎知りえないが、様子を見るからに相当複雑である事は察する。


同じ顔の別人と言えば――。


「そういえばレイヤ、あの悪趣味通り越して超が付く外道な鳥の化物は?」


まぁここにいるから結果はわかるけどと付け足し、後からアイリスからあの化物の基を聞いているシャーリーが若干躊躇いながら聞く。


「ほらよ」


しかし零夜は全く気にした様子もなく魔結晶ともう一つ、今度は赤い封印が施されたドラグシールを取り出した。


「嫌な意味で推測は当たってしまったわね……」


それらを受け取ったものの、シャーリーの表情は浮かない。


この戦いの戦果自体は喜ばしいが、前に言っていた推測がほぼ確定してしまい正直気が滅入りそうになる。


尤も、シャーリーが今気にしているのはそこではないのだが……。


「……ねぇレイヤ、大丈夫?」


「何がだ?」


「その、あの化物の姿だけど……」


「あいつらはもう2年前に亡くなっている。それは揺るぎ様のない事実だ。寧ろ、どういう経緯でああなったのかが気になるな」


「おそらく西の要はそういう特性だったのでしょう」


一番最初に目撃――というより被害に遭っているアリアからは話を聞く事なく休ませたが、覚えがあるのか特に悩む事なくアイリスが見解を述べる。


「木龍と同じく、素体が存在しない魔力だけの化物の中で実体を持たないタイプは総じて対象の記憶や精神を覗う特性があるのです」


「アリアの記憶から最も動揺を誘える対象を選んだって事?」


「そうなりますね。加えて復元した対象が既に亡くなっている人間だったのでそのままこの世界の影響で合成不死者化、そのまま自分と一つにしたのでしょう」


「だがそれは自分にとっては火に油を注ぐだけの事。2年前の亡くなった直後ならまだしも、2年も経った今区切りは着けている」


「それがアレにとっての唯一にして最大の誤算ね。所詮、魔力だけの知性を持たない低能よ」


「ただ、一つだけ問題があるとすれば」


石段を登り切り、神社に戻ってきた所で零夜は立ち止まる。


「前々から話していたとは言え自分と同じ顔がいて、しかもそいつが不死者化したばかりか異形に成り果て、自分に塵も残さず消されている。悪いな、正直気分が良いものではないだろ?」


振り返った零夜の表情から自身の憂いは全く残っていないと察した。


だからこそ、2人はそんな零夜に複雑な思いを抱かずにはいられなかった。


「そんな、そんな事ないッ!!」


首を横に振りシャーリーが詰め寄ってコートを強く握る。


「レイヤに謝れる謂われはない!どうせいつかは倒さなければならない存在だったんだから、それが早くなっただけの事。内容なんてどうでもいい!」


普段ならそっとアイリスが制止に入るところだが、なんとそのアイリスも制止どころか次いで詰め寄ってきた。


「そんな私達にばかり優しくしないで、自分の事を考えてください!お願いですから、もっと自分を労わってください!」


「いや、だから、自分は大丈夫だから言ってるんだが……」


少なからずこの展開に零夜は驚きを隠せず少ししどろもどろになる。


以前腹を割って話した時、生き急いでいると言われた事はある。


しかし零夜自身、今回の戦いは本当に取るに足らない相手だったので気にする事はなかったのだ。


まぁ確かに相手は現時点で一番手強いとされる要、心配するのも無理はない。


「というか、そんなに心配したのか?」


「しんぱっ!?」


この一言にシャーリーは顔を赤くして手を離し、アイリスも同じく顔を赤くしつつ我に返ってそっと離れる。


「自分達は既に運命共同体となっている。一人でも欠ければ、もうこの先はほぼ困難を極めるだろう」


そう言って零夜は右手でシャーリー、左手でアイリスの頭を軽く置いた。


「気を遣われてると思うならそれはお互い様だ。自分と相手、互いの事を認め、共に歩いて行く」


2人の頭から手を離し、零夜は肩を竦める。


「人間誰しも誰かの力を借りないといけない以上、それは当たり前であって理想なんだがな。それを忘れてたよ。…………っ」


しかし突然零夜は目元を伏せ少しフラつく。


「レイヤ?」


「大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。――と言いたいところだが、流石に疲れた様だ。今日はもう休ませてもらおう」


「ええ、そうしてちょうだい」


「すいません、疲れてるところを話し込んでしまって」


気にするなと軽く手を振って零夜は詰所に歩いて行き、2人はそれを見送ると互いの顔を見合わせて微笑んだ。


   ◇


「レイヤは?」


翌日昼過ぎ、詰所から戻ってきたアイリスは首を横に振った。


昨日早めに休んだ零夜だったが、今までに一切起きてこなかった。


「兄さんがこんなに眠り続けるなんて、今までなかったよ」


「何があっても朝はちゃんと起きてたし」


汀とアリアがそんな事を言うものだから少し心配になってアイリスが様子を見に行ったが、本当にただ寝ているだけの様だ。


「まぁこの世界が始まってずっと戦い続けてきたわけだし、疲れが溜まってたんだよ」


「……ごめんなさい、あたしが半ば強いた様なものよね」


少しだけ罪悪感を感じたシャーリーだったが、汀はそれを否定する。


「仮にシャーリーさんやアイリスさんと出会わなくても兄さんは戦い続けたと思う。だから、一緒に戦ってくれるだけ今の方がずっと良いよ」


「そう言ってくれるならありがたいわ」


「もしかしたら少なからず精神的疲労も祟ったかもしれません。例え本人が気にしてなくても」


「……昨日、私が心配かけたから」


「あ、いえ、そういうつもりで言ったのではなくて……」


目に見えて落ち込むアリアにアイリスは慌てて弁解する。


「ううん、これは本当の事だから。あと、今の内に言っておく」


そこで言葉を切ってアリアは汀とアイコンタクトを取る。


「この先、何があっても私達は2人を恨んだり責めたりするつもりはないから」


「え、何故今それを……?」


「ちゃんと言っておかないと、自分を責めたりしそうだから。特にアイリスさん」


「…………」


的を得た返答に2人共言葉を失い苦笑する。


最近こんなのばかりと内心で思いつつ。




とりあえずここしばらくは合成不死者の掃討を目標にしていたわけだが、肝心の零夜がお休み中とアイリスの怪我もあり今日は休みを取る事となった。


「そういえば遅くなったけど、目が見える様になってよかったわね」


「まぁ、最初に見たのがあの化物でしたけど……」


「それは言わないで。……でも本当に不思議」


言いながらアリアは何度も瞬きを繰り返す。


「目が見えなかったのは精神的ショックというのは知ってたけど、本当に見える様になるとは思わなかった」


「何か、目が見える様になりたいって強く思った?」


「あの時は本当に必死だったから…………これ以上迷惑をかけたくないって」


「なるほど、だからね」


「?」


その話で合点がいったシャーリーに3人が首を傾げる。


「最後に一つ、もしかしてアイリスの血を浴びたりしなかった?」


「え、うん、アイリスさんが私から離された時に。それが?」


「龍人族の血は万病の薬になると言われてるの、特に光属性を司る龍を基としている龍人族は」


「? 光属性の龍ってだけでそんなに凄いの?」


「まぁ光属性自体が癒す事に秀でてるからね、しかもアイリスは天使族の血も引いてるから尚更よ」


「じゃあアイリスさんのおかげって事?」


「半分はね」


「半分?」


「さっき万病の薬になると言ったけど、ただ浴びるなり口にすればいいってだけじゃないの。本当にその効力を使って叶えたいかどうか、つまり強い気持ちが必要なのよ」


「強い気持ち……」


「元々精神的なものだからその気になれば回復するものだったんでしょ?アイリスの血はそれを少し後押ししただけ、本来は徐々に回復するものが即効性を齎したってだけよ」


「???」


「あー……つまり、アイリスの血のおかげですぐに目が見える様になったって事よ。それだけ、あなたの気持ちが強かったという事」


「……」


「確かにあなたはまだ幼い無力かもしれないし、でも今はそれを受け入れるしかない。自分なりにできる事がある筈よ。ナギサみたいに」


「え、汀?」


急に話を振られて汀はキョトンとしている。


「あたし達は戦う事とこの世界からの脱出方法を探す事がお仕事よ。だから簡単でも食事や寝る場所を用意してくれるのはかなり嬉しいのよ?」


「本当?」


「ここで嘘言ってどうするのよ。ねぇアイリス」


今度はアイリスに振ると、深く首を縦に振った。


「……そっか」


「あと、もう一つ聞いていい?」


「なぁに?」


実感がなかったのか改めて言われて喜ぶ汀を横目にアリアが困った様な顔で聞く。


「こんな事聞くのもどうかなと思うけど、自分と同じ顔を改めて目にした時、どう思った?」


この問いにシャーリーは視線をアイリスに移す。


シャーリーはあの化物を一睨みしただけでそんな注視していなかったので、あの鳥に自分と同じ顔があるとは気付いていなかった。


あくまで後から聞いただけだ。


「何とも言えない不思議な気分にはなりましたね。そんなしみじみ感じてる時間はありませんでしたけど」


「想像だけど、多分あたしでも同じだと思うわ。強いて言えば、実際に話してみたかったかもね」


「割と慌てないんだね」


「あたしはともかく、アイリスは既に経験があるわね?あちらの世界のレイヤで」


「え、それ始めて聞いたんだけど」


「あらそうだったかしら?」


「その話をした時、もう休まれていたので」


「あっちの世界の兄さんかぁ……どんな人だったの?」


そう聞いた瞬間、アイリスの顔から表情が全て消えた。


あまりの変化にシャーリーは言葉を失い、汀とアリアは少し怯えた表情を浮かべる。


「……ごめんなさい、あの頃の事は思い出したくないので」


「そんな似ても似つかないの?」


「あ、いえ、あの人自体は零夜さんと似ている部分が多いです。ただ時代が時代というのもありますし、その……迷惑をかけ過ぎた事もあって後ろめたいのです」


「……時代、ね」


これについてはシャーリーにも思い当たる節はあった。


具体的な事はまだ聞かされてはいないが、シャーリーが生きる今のあちらの世界の時代では種族間共存が始まっていると聞いた時アイリスは驚いていた。


つまり共存という発想自体があり得なかった、あちらの世界の破滅の遠因ともなった戦争時の事を指しているのだろう。


(…………)


興味がないと言えば嘘になる。


だがそれはシャーリーの本意ではない。


あの頃の話は非常にデリケートなものとなっているのであまり口にしないというのが今を生きるあちらの世界の人々の暗黙の了解である事と、個人的にたかが興味程度の気持ちでアイリスを困らせたくないからだ。


寧ろ少しでもあちらの世界の零夜の話をしてくれただけ温情と思っているし、ネタ振りを盛大に失敗したと冷や汗が出た程だ。


「逆にこちらからも似た事を聞きますが、改めて目が見える様になって私やシャーリーさんを見てどうですか?」


それを知ってか知らずか、アイリスは話を返す事で微妙に話題を逸らす。


「兄さんと同じかな。似てるけど細かい仕草とかが違う」


対してアリアは年齢の割にアイリス以上に落ち着いている。


「やけにあっさりしてるのね」


「兄さんや汀と違って目が見えない時点でそれなりの交流があったから」


「なるほど」


「…………」


ここまで結構なハイペースで話していたわけだが、アリアはすっきりしたとばかりに満足げな表情を浮かべている。


「さて、アイリスはそろそろ休みなさい。自然治癒任せとは言え、やはり横になった方が回復は早いわ」


「では、そうさせてもらいますね」


話も一区切りついたところでアイリスも詰所に下がり、残った3人でとりあえず他愛ない話をしながら過ごすのだった。


   ◇


「…………」


次の日もそんな感じだったのだが、さらにその次の日はそうもいかなかった。


あれから零夜が全く目を覚まさなかった。


いくら疲れが溜まっているとは言え、身動ぎもせずに眠り続けるのはそろそろ異常を疑い始める。


一応起き抜けにアイリスが確かめたが、やはり眠っているだけでその他は全く問題はないとの事。


「……もしかして黒死鳥から何か貰った?」


木龍と同じく便宜上『黒死鳥』と名付けられたあの鳥の化物が何か呪いの類を死に際に掛けたのではないかと考え始める。


「では今からでもより詳しく精査して――」


「何を精査すると?」


「!?」


その声に振り向くと、欠伸を噛み殺しながら零夜がやって来ていた。


「だ、大丈夫なのですか?」


「? ただ寝てただけだろ?」


微妙に話が噛み合ってない気がしたので、とりあえず三日眠り続けていた事を零夜に話す。


「そうか、三日も眠り続けていたのか……」


「只事ではなくなってきたので、そろそろ調べようとしたところです」


「あいつの死に際、何かしてこなかった?」


「いや、むしろ首だけで突っ込んできた木龍の様に最後の抵抗もなくあっさり消滅したぞ」


「さすがに何の前兆もなく呪いは掛けられないわよね?」


話を振られアイリスは首を縦に振って即答する。


「はい、呪いは呪詛魔法と言って浄化魔法と同じ儀式を要する上級魔法です。そんな簡単に発動できるものではないのです」


「なるほど。後は……化物固有の特性かしら」


「一概には言えませんが、これも身体の一部や瘴気に当てられる事が殆どです。特にそういった様子もなかったので可能性は低いでしょう」


「では本当に疲れてただけか」


「これで死人の様な顔をしていたら問題があったかもしれませんけど、快調の様なのでそうなりますね。ひとまずは、安心しました」


「すまない」


「謝らないで。さっきまでは焦ったけど、ただ寝てただけならそれはそれで良かったんだから」


とりあえず安全が確認されたところで、零夜は視線をアリアに移した。


「毎日会っているが、本当に意味で顔を見せるのは2年振りか?」


「……心配かけて、ごめんなさい」


「良い、お前が無事ならそれで良い」


「!!」


零夜に頭を優しく撫でられ、アリアは堪らず感極まって零夜に抱きついた。


(よかった、本当に……)


シャーリーや汀が微笑ましく見ている中、アイリスは一層深く思った。


   ◇


「アイリス」


大事を取って更にこの日も休んだ翌日、合成不死者掃討から戻ってきた零夜がアイリスに声を掛けた。


「例の物、持って来たぞ」


「あ、わざわざありがとうございます」


「……カメラ?」


アイリスに手渡したそれを横から覗き込んだアリアが首を傾げる。


「アリアさんを捜しに行った時、3人が暮らしていた家に行ったのです。それでしゃしんがどういう物なのか気になって」


「一応口で説明してるが、直に見た方がわかりやすいと思ってな」


「ああ、そういえば昨日そんな事2人で話してたわね。それでそのかめらはどうやって小さい絵を描くの?」


という事で2人にカメラと写真について簡単に説明した。


「――なるほどね。レンズ越しに見た光景をそのまま焼きつける、絵というよりは投射ね」


「お、投射という単語自体は知ってるのか」


「まぁ例によって魔力由来だけど」


「それで、このかめらは写したその場で写真を出してくれるのですね」


「そういうこと」


「ねぇねぇ、どうせならみんなで撮ってみない?せっかくアリアも見える様になったんだし」


「え、それはまぁ興味があるから別にいいんだけど……」


汀の提案にシャーリーとアイリスは零夜に視線を移す。


「あー……もうあと3回しか残ってないな」


しかし零夜はさほど気にした様子もなくアイリスの手からカメラを取り確認する。


「別にいいんじゃないか?これも経験だ」


零夜の同意も得られたところで早速撮影場所を選ぶ。


魔除けの結界で守られているこの神社内であるのは前提条件として、折角なので5人全員で写りたいとも言われる。


そうするとカメラはどこかに置く事になるわけだで、一番手っ取り早いのは本殿に置いて鳥居をバックにする事だが……。


「空の色が最悪です」


目が見える様になって一際この空に嫌悪感を抱いているアリアの御尤もな意見で却下。


結局は本殿が空を隠すのでいいという事になり、カメラは物置から脚立を持ってきてその上に乗せると良い感じとなった。


「最初は普通に並んでみるか」


という事で向かって左から零夜・アイリス・シャーリー、その前に汀とアリアが並んで早速設定。


「一瞬眩しいから我慢してね」


「フラッシュ?わかったわ」


そうこうしている間にカメラをセットした零夜が戻ってきて並ぶ。


カメラが何回か点滅すると小さい音と共にフラッシュが発せられ、カメラから写真が出てきた。


「どれどれ~?」


シャーリーが落ちた写真を手にするも首を傾げる。


「? 何も映ってないじゃない。失敗?」


「いや、時間が経つと徐々に浮かんでくる」


零夜は写真を受け取り軽く扇いでから再び渡す。


するとシャーリーの手の中で写真は徐々に色を付けていく。


「お~……」


「へ~……」


初めての経験にシャーリーもアイリスも興味深く写真を見つけていたが、やがて苦笑を浮かべた。


「私もシャーリーさんも表情が固いですね」


「そうね。零夜もだけど、まぁ元からね」


「ほっとけ」


その後もポーズを取って残り2回も使い切った。


一応写真はアイリス・零夜・汀が持つ事となったのだが、心なしかその日はアイリスが上機嫌だったという。


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