Ⅶ ~再生と開放、激化する戦い~
◇
「いやに静かだな……」
翌日、万全の状態で出発した3人だったがアーチを超え中心街に入って暫くしてから違和感に気付く。
前々から住宅街で不死者とのエンカウントがほぼなくなっているのはわかっていたが、中心街はまだその数は多いと推測していた。
が、今回に限って未だに全く現れない。
「前にシャーリーが片っ端からふっ飛ばした効果か?」
「茶化さないでよ。でも、確かに変ね……」
少し考える素振りを見せ、シャーリーは零夜に目を向ける。
「……お前もか」
そして考え着いた事は同じであろう零夜と二人でアイリスを見る。
「え?もしかして、探査ですか?」
「瘴気の中心で負担は大きいと思うけど、念には念を」
「わかりました」
特に否定する事なくアイリスは手を組み祈る様に魔力を研ぎ澄ませていく。
が、程無くして変化が訪れた。
「!? これは」
「どうしたの?」
「不死者の反応が変質、何か別のものに……」
「不死者が、別のものに?」
「前方にも同様の反応……来ます!」
アイリスの言葉に従って零夜とシャーリーは前に目を向ける。
そこには以前行動不能にして放置されている不死者が数体転がっていた。
「!!?」
今までただ呻いてるだけで動く事もできなくなっていた筈の不死者達に次の瞬間異変が起きた。
生々しい不気味な音を立てながら時には蜘蛛の様な足、時には海月の様な触手、素体である人間には在り得ない部位が生え、欠損している部分を補うかの様に再生して再び立ち上がってきた。
「! アイリス、呆けるな!」
異質な光景に思わず立ち竦んでいると、不死者の1体が生えてきた触手でアイリスとシャーリーに攻撃してきたところを一足先に我に返った零夜が割って入って斬り払う。
その隣では咄嗟にシャーリーは触手を真っ向から受け止め、甲高い金属音と共にシャーリーはいつの間にか手にしていた得物で触手を斬り飛ばす。
「……なんだ、これは?」
「どうする?」
「ここで撤退すると、あんなのがもっと増えて進行が難しくなる可能性が――」
「撤退しましょう」
普段シャーリーか零夜が判断を下すところを珍しくアイリスが即断する。
「あの異質な反応は恐らく結界内全域に拡大しています。つまり、比較的安全圏だった住宅街も……」
「っ!?」
シャーリーは気付いた。
神聖な魔力による魔除けがあるとは言え、この異質な存在にどれほどの効果があるか定かでない今、今最も守らなければならないものは何なのかをよく知ってるからだ。
すぐにシャーリーは無言で零夜に視線を向ける。
「了解、撤退する」
最後に零夜の同意も得られたところでシャーリーは火球を不死者達にぶつけ、攻撃の手が止まったところで即座に引き返した。
◇
「ど、どうしたの?」
神社に急ぎ帰ると、今回は起きていた汀が慌てて棺から顔を出す。
「変わった事はないか?」
「? ここは特に」
「魔除けの効果はまだ有効みたいね」
「何があったの?」
「……実は」
一瞬躊躇したがここは隠し事無しで、シャーリーは汀とアリアについさっき起きた異変を話した。
「そんな、動けない化物が強くなってまた襲ってくるなんて……」
「住宅街もここに戻ってくるまでにそんなのが屯していたな」
「勢いに任せてとにかく吹き飛ばしてきたけど、あの調子だとまた再生してるでしょうね」
「あれは……なんだ?」
ここにきて、まず疑問に思った事を零夜はアイリスに聞く。
するとアイリスは今にも泣きそうな切ない表情を浮かべながら答えを口にする。
「異種再生、です」
「異種再生?」
「かつてとある魔人族が完成させた禁術よ。不死者を使役する死霊術をベースに異なる生物のパーツを取り込んで強化を施した術で、合成不死者なんて呼び名もあるわね」
そう言ってシャーリーは深いため息を吐いた。
「不死者を使役する事は魂の冒涜として忌み嫌われ禁術となったのに、それを超えて更なる禁術を作るなんて…………知識として知ってはいたけど、まさか実際に目の当たりにするなんてね」
同族の過ちにシャーリーは憎々しげに言い捨てる。
「一応聞くが、対処法は?」
「対処法は従来の不死者と同じ。今回は人間タイプの不死者だから魂と魔力の結合を解けばいいと思うわ」
「だがそれは……」
「わかってる、みなまで言わないで」
本気で頭が痛いとばかりにシャーリーは棺に背から凭れ掛かり顔を両手で覆って項垂れる。
人間から変じた不死者は戦闘力が高くない代わりにタフでちょっとやそっとでは止まらない。
肉体を失えば今度は文字通り化けて出てくる為、行動不能にするか魂を浄化するしか対処法がない。
しかし再生能力を得た今、行動不能も新たな脅威を助長してしまう恐れがある為魂の浄化の一択しかない。
だがその肝心の浄化は……。
「正直、厳しいですね……。使った事はありますけど」
アイリスは沈痛な面持ちで首を横に振る。
光属性を保有しているアイリスは以前、より高度な魔力運用の勘を取り戻す為に神社周辺で行動不能になっている不死者に対して浄化魔法を使った事があるのだが……。
「ああ、話だけは聞いたな」
ちょうどその時、小学校に様子見がてら食料を持って行って不在だった零夜も改めて耳を傾ける。
「浄化魔法はそのカテゴリー自体が最上級魔法に属するのよ。当然、魔力の消費も発動までにかかる時間も集中力も並大抵の魔法とは比にならないわ」
「恐らく形式上は儀式の類になるだろうな。戦闘特化の魔法と比べれば足を止める必要もあるか」
「その通り。だからその分隙が大きいのよ」
「あの時も神社周辺の不死者を浄化しただけで魔力が尽きかけたので……」
「一応言っておくと、あくまで体感だけどアイリスの魔力保有量はあたしと同等かそれ以上あるわよ」
「最上級というからにはそう連発できるとは思ってないがその程度で打ち止めか。……仮に自分とシャーリーが全力で護衛に徹しても、埒が明かないな」
零夜も厳しい現状で頭を抱えたくなる。
加えて、異種再生はどういう再生をするのかわからない上に、それによって新たな特殊能力を得る事も想定できる為護衛にも限度がある。
「魔法に関して自分は専門外、しかも武力ではどうしようもできない」
元々できる事に限度があるとはいえ、無力な自分が改めて嫌になる。
「……もう一つ、方法がないことはないわ」
昨日過去と向き合ったばかりであるが故に一層強く感じる零夜の心境を察してか、シャーリーは多少迷いながら告げる。
そして視線を傍らに立てかけてる得物に向ける。
「これは……斧槍?」
今までスルーされていたが、シャーリーには不釣り合いなそれを何故持っているのか零夜は疑問だった。
「数少ない歴史書を頼りに独学で学んでいる最中よ。それはさておき、普段これは影の横穴という魔法で隠し持ってるんだけど、ここにはもう一振り武器を隠してるの」
そう言って濃くなった足元の影からシャーリーは一振りの武器を取り出した。
「! それは……」
「アイリスも知ってるのね」
苦笑しながらもシャーリーはその剣を零夜に手渡した。
剣は形状からして鍔のない刀の様な装いとなっている。
ただ普通のそれとの明確な違いは、鞘も柄も漆黒に染められているという事と、柄と刀身の境目には鍔の代わりに小さな赤い玉が埋め込まれているという事だった。
「これは……」
「かつて魔と武の融合を目指して創られた古代法具――七星龍刃の一振り『天凶』、第三次世界大戦の首謀者が所有していた忌まわしき破滅の象徴と呼ばれている剣よ」
「なるほど、確かにこの剣の力を引き出す事ができれば不死者に対して大きな力となりますね」
「というと?」
「この剣はあらゆる魂の束縛を断ち斬ると言われているわ」
あらゆる魂の束縛、つまりそれは魂を縛り負の魔力と結合している不死者に対して特効があるという事になる。
しかし、それを知っていて今まで出さなかったシャーリーや既にこの法具を知っているアイリスが揃って浮かない表情を浮かべている事から零夜は察した。
「所有者以前にこの剣自体が曰く付きという事か」
「ううん、その逆よ。この剣についてはかつての所有者と秘めたる力だけが知られているけど、それしかわからないのよ」
「もしかしたら抜いたら最後精神に異常が起こるかもしれませんし、他にも何かしらの代償があるかもしれません」
「……そうか」
言いながら零夜はその柄を握る。
「本当にいいの?渡しといてなんだけど、引き返す事もできるわよ」
「時間はかかりますけど、他に解決方法が見つかるかもしれません」
「もうひとつ聞くが、所有者は人間でもいいのか?」
暗に止めようとする2人の言葉を敢えて無視し零夜は問う。
「ええ。そもそも七星龍刃は魔力を持たない人間が有事の際に代行者と共に戦える様に創られた物と伝わっているわ」
それを汲み取ったシャーリーはため息混じりに答え、その横では汀とアリアが不安げに見上げている。
「なら、まずは自分にその資質があるかどうか、それを確めてからだ」
大丈夫だと頷いて答え、零夜は臆する事なく柄を握る腕と鞘を握る腕を広げ剣を抜こうとする。
すると剣は抵抗なく鞘から解き放たれる。
まず目に付くのは鞘から少し抜いただけでも一目瞭然な真紅の刃だった。
埋め込まれた球は紅玉の様に美しいのなら、刃は血の様に真っ赤である。
「さしずめシャーリーの瞳とあの空か」
「え?」
「いや、なんでもない」
思わず呟いた言葉を有耶無耶にし、零夜は刃を完全に鞘から抜き放つ。
剣先まで赤く染め上がる刃には禍々しく見えるが、それとは裏腹におぞましさなど負の感覚は何故か感じない。
「……どう?」
「ああ」
念の為に汀とアリアを連れて少し離れたシャーリーが聞くも、零夜は平然とした様子で軽く振ってみせる。
「刀身は普通の刀より少し長め、それでいて軽い」
「そうではなくて、零夜さん自身の事です」
あまりに変わらなさ過ぎて緊迫した雰囲気であるにも拘らず苦笑してしまったシャーリー達に代わって、抜いてもその場から離れなかったアイリスが聞き返す。
「今のところは。……ただ」
「ただ?」
「元々手に取った瞬間から何か云い知れないものを感じてはいたが、こうして抜くとこの感覚は更に強くなる。いや、だからと言って嫌な予感はしないが」
「とりあえず最悪の事態は避けられた様ね」
「と言っても抜くだけなら誰でもできるのです」
「え、そうなの?」
どうなるかわからない緊迫した雰囲気から一転、気が抜ける様に簡単に言うアイリスだったが、その表情は尚も浮かない。
「七星龍刃は元々人間用に創られたとされる古代法具です。なので抜くだけでその刃に秘められた能力だけは使えます」
「……だけは?」
「七星龍刃の本来の目的は先ほども言った様に有事の際に代行者と共に人間が戦える様に創られたものです。代行者と共に戦うにはどうしても魔力が必要となります」
「代行者でなくても身体能力の高い龍人族や魔人族と共に戦うとどうしても足手まといになるだろうからな」
「素で付いてくる零夜に言われると違和感しか感じないけど普通はそうね」
苦笑するシャーリーであったが理由はわかりきっていた。
武術経験者に加えパルクールを取得しているだけでなく、強い精神力に頭も切れる零夜はまさに今の状況で最適解なのである。
それを信じての天凶でもある。
「剣の力を更に引き出す事ができれば人間でも疑似的に魔力を扱う事ができるのです」
「なるほどな、だがまぁ今はこの剣を使えれば十分だ」
「零夜さんならそういうと思ってました」
その答えにアイリスは満足げに微笑む。
「で、シャーリー。こいつは貰っていいのか?」
古代法具という名称からして恐らくシャーリー達の世界ではかなり貴重な代物であろう。
それでも状況打破を優先してか、シャーリーは何の憂いもなく「ええ」と首を縦に振って即答した。
「これもさっき言ったけど、その剣は破滅の象徴として忌み嫌われていた物なの。他の6本は生き残ったそれぞれの種族が保管しているのだけど、そんな曰くがあるせいかそれだけは一年に一度だけという盟約で代わる代わる担当する種族が変わってたの。要するに誰も持ちたがらかったのよ」
「今はたまたま魔人族が保管していたと」
「そういう事。世界異変の時に咄嗟に持ち出したんだけど、巡り巡ってここで役に立つなんて……ほんと、運命ってわからないわ」
肩を竦めて鼻で笑うシャーリーだったが、ふと何かに気付いて見上げる。
「あら?」
微かに魔力を感じたからなのか、続けてアイリス達がシャーリーと同じ方を見る。
そこには淡く光る光の玉が浮かんでいた。
「なんだあれは?」
「トレーサーよ」
「追跡魔法で生み出された魔力体です。遠く離れた場所を見聞きする事ができます」
「ほぅ…………しかし大丈夫なのか?」
「何が?」
「その追跡魔法が誰なのかわからないだろ?加えてこの世界に閉じ込められてから一週間が過ぎたにも拘らず外からの接触が全くない。つまり、この結界は出る事もできなければ入る事もできないと考えられる」
「確かに」
ゆっくり下りてくるトレーサーを零夜は訝しげに見上げ、アイリスも同意する。
「とすれば、この結界を作り出した元凶の偵察と考えるのが妥当だ」
言いながら零夜は譲渡されたばかりの天凶を握り直す。
「……いえ」
しかしシャーリーはそれを制して目前まで降りてきたトレーサーに手を翳す。
「この魔力の質……覚えがある。これは……メグね」
「誰?」
「天使族で同い年の……幼馴染というものよ」
手を下しきょとんと首を傾げるアリアの頭を優しく撫でながらシャーリーは説明する。
「え、ちょっと待ってください。名前からして女性とわかりますけど、シャーリーさん確か同性とは数えるほどしか会った事がないと言ってませんでしたか?」
「今から2年前まではね」
疑問を口にするアイリスにシャーリーは苦笑する。
「ここ2年であたし達は互いに歩み寄ろうと本格的に交流を始めたのよ。尤も、あたしが魔人族の風習を嫌っていつも飛び出していたのと、メグともう一人――エノが積極的に交流を図ろうとしていたから幼少時から知り合ってたけど。とりあえず話を戻すわ」
「そう、そのメグとやらのトレーサーが何故ここにいるのかだ。さっきも言ったが、この結界は恐らく外からの干渉も受け付けないぞ」
「それはわからない。強行突破してきたか、それとも……」
ここでシャーリーの表情が曇る。
口にはしなかったが、万が一にもメグが元凶という可能性も浮上してきたからだ。
「しかしそのトレーサーからは瘴気はおろか悪意や邪気も感じられません。その可能性は低いと思います」
「根拠は?」
「トレーサーも含めて魔力体というのは魔力で構成されているのですが、魔力というのはその人の本質を反映するのです」
「そんな事言っていたな」
「言い変えると魔力は嘘をつけないのです。これで本当に最悪の可能性が的中したとすれば、お手上げとなりますけど」
苦笑しながら言うアイリスの助け船に零夜はため息を吐きながら天凶を鞘に戻した。
「……そうか、なら自分は何も言わないさ」
「レイヤ……」
「魔力については全くの門外だからな。その道の専門家が言うなら従おう」
この中で一番疑っているであろう零夜の同意に、ひとまずシャーリーは安堵する。
「さて」
「レイヤ、どこへ?」
手荷物を肩に担ぎ、外へ行こうとする零夜にシャーリーが声を掛ける。
「こいつの能力を見極めるついでに小学校に様子見へ。この事態だ、あちらもどうなっているかわからないからな」
「なら私も」
「あたしはパス。正直二度と行きたくない」
「だろうな」
という事で零夜とアイリスで出撃、シャーリーが待機という今までにない(具体的に言うと可能性はあった)形式を取る事となった。
「あ、そうだ」
物置から階段までやってきて零夜とアイリスが出かけようとしたその時、何かを思い出したシャーリーはローブの内ポケットから何かを取り出して零夜に渡す。
「これは?」
銀色の少し大きめの四角いコンパクトの様な物を開けると、そこには砲身のないトリガーの様な物とそこに装着するであろうカプセルに入った透明な液体が3本あった。
「これは不死者への変化を防止する為の薬よ」
「!? そんな物があるのか?」
「言いたい事はわかるけど条件があるの」
さすがに驚きを隠せない零夜にシャーリーは手をひらひら振って制する。
「不死者への変化にも段階があるらしくて、フェーズⅠ~Ⅲの三段階あるの。その内のフェーズⅠにしか効き目がないのよ」
「見極める方法は?」
「Ⅰは感覚が低下し始めて、Ⅱになると喪失、Ⅲからは身体の変化が始まるわ。ちなみに段階が上がる時に意識障害も発生するから」
「なるほど。……で、その口振りからすると作ったのはお前じゃないな?」
「さっき話したエノよ。彼女は機人族でこういった開発を日夜行っているのよ。ただ、それはあくまで試作品だけど効果は実証済みって言っていたからそこは安心して」
「打つのはどこでもいいのか?」
「ええ、中の液体は調合した特殊な魔力を液体化したもので、打つとすぐさま魔力に戻って使用者の身体に巡って負の魔力を浄化するのよ」
「了解。……本当にいいのか?」
「あたしが持っていたってあなた達にしか使わないわよ。使える人に、拾える命を拾いたいでしょ?」
目を向けられアイリスは無言で頷く。
「さぁ、いってらっしゃい。戦果を期待してるわよ」
「すっかり背中を押されましたね」
「あいつもこの一週間で変わったな。……いや、自分達がか」
「そうかもしれませんね」
雑談もそこそこに階段を下りきり数歩歩いたところで既に複数の呻き声が聞こえてきた。
「……ま、そうなるな」
それぞれ別の方向から計3体、異種再生で異形と化した不死者達が近付いてきた。
「――っ?」
魔力を起こしていつでも魔法を使える様にしたアイリスがふと影が差した上を見上げると、まだ少し距離があった筈の不死者の1体が飛びかかっていた。
「え?」
しかしアイリスがそれを確認した時には既に不死者は胴体から真っ二つになってその勢いであらぬ方へそれぞれ飛んでいった。
「脚力を強化された個体の様だが、それだけではな」
返り血を浴びて淡々と述べる零夜の手にはいつの間にか天凶が抜かれていた。
改めて斬り飛ばされた不死者を見ると、不死者は呻き声を止めそのまま灰となって崩れ去っていった。
「効果は抜群、だな」
「ええ、これで事態は大きく好転します」
効果を確めた零夜とアイリスはそのまま残りの2体へと目を向ける。
「片っ端から斬り捨てる。ついてこい」
「援護します」
残りの2体は蜘蛛の様な下半身になった個体と、首と身体が蛇の様なもので繋がれた個体だったが、どうという事もなく宣言通り一振りで消されるのだった。
◇
「今のところ、特に悪影響もないな」
小学校に着くまでに既に数え切れないほど斬り捨て、今もグラウンドをうろついていた、初日に零夜が行動不能にした不死者を消したところで零夜は改めて確認する。
「ええ、何よりです。……あら?」
アイリスが少し上を向くと、そこにはさっきのトレーサーが浮いていた。
「てっきりシャーリーさんの方にいるのかと思ってました」
「待機しているよりこちらに来た方が状況を把握できると踏んだか。先方も情報が欲しい様だ」
ひとまずは置いておいて、零夜達はこれまで通りに入れてもらった。
「今日になって、外の様子がまた変わりましてね」
「ああ、やはり気付きましたか」
やはり異形の不死者の事はここにも伝わっているらしく、校長は更に疲れた様子を見せる。
そんな話をしながら体育館に入ると、前に来た時から零夜を知っている人々は驚きの表情を浮かべた。
「あんなのがうろついているのによく来れたな」
「一緒にいる子、見るからに弱そうなのに」
アイリスは見た目通りではないし、つい先ほど対不死者用の武器を入手したからなのだが、勿論それは言えずに聞こえないふりで通す。
「それにしても……」
「なんでしょうか?」
「いやに空気がざわついてますね」
零夜がそう言った瞬間、明らかに場の空気が変わった。
「……よく、気付きましたね」
「伊達に戦い続けてるわけではないので」
これには校長も苦笑いを浮かべる。
「――こちらへ」
しかしすぐに緊張した面持ちとなって奥の室内プールへと案内する。
プールサイドの一角にはテントが張られており、その中には――。
「!」
肩から出血している不藤先生が荒い息遣いで横になっていた。
「ついさきほど、ここに逃げてきた子を救おうとしたところをあの化物の攻撃を受けて……」
「見たところ今できる治療自体は済んでますね」
「今は席を外していますが、幸い避難者の中に医師と治療に必要な薬や道具一式が揃っていたので」
「他には何か?」
「感覚が鈍いとは言ってました」
「そして今は意識が朦朧としている……フェーズⅡに移行しようとしているか」
「零夜さん、彼女の身体を少し起こしてください」
見るとアイリスがシャーリーから貰った治療薬をトリガーにセットしていた。
「かなり際どいがいけるか?」
「足らなければ私の魔力も足して強引に押し切ります」
不藤先生の身体を起こしながら聞くと、アイリスはそう断言して首元に治療薬を押し当てそのまま投与する。
再びゆっくり横にし、様子を見ると苦しそうに息をしていた不藤先生の呼吸が落ち着き、静かに寝息を立て始めた
「……成功か」
「ですね。もう大丈夫ですよ」
「あ、ありがとうございます…………しかし、一体何を……?」
何も知らない校長先生はこの一部始終に疑問を抱くが……。
「詳しい事を話しても多分わからないと思うので省きます。ただ、治療薬はこれしかないのであまり無茶はしない様にしてください。それでも万が一何かあって不藤先生と同じ症状が出始めたら何でもいいのでサインを送ってください」
「わ、わかりました……」
とりあえずこの場は頷いておいて、この場を後にする2人を送り出す為に非常口を開ける。
「賢木さん」
降りようとする零夜に校長先生が声を掛ける。
「魔力とかおおよそ私達凡人には理解できない話を聞き受けました。そしてあなたは私達では到達できないところまで踏み込んでいるんだと思います」
何も知らない、しかし何かあると悟った校長先生の言葉に零夜は黙って耳を傾ける。
「今となってはあなたにしかできない事もあるでしょう。ただ、自分の身を守る事も忘れないでください」
「……その言葉、覚えておきます」
恐らく自分が今まで出会った大人の中でも数えるくらいしかいない『できた』大人に入るであろう校長先生に応え、零夜はそのまま非常口を降りていった。
◇
「そう、そんな事が」
神社に戻り、戦果のついでに先ほどの顛末を話すとシャーリーは一つため息を吐いた。
「まぁ、早速役に立った様でなによりね。正直、あれを使うタイミングって結構限られるから」
「だろうな」
そう、話を聞いた時点で零夜は理解していた。
「え?」
1人わかっていないアイリスに2人は説明する。
「不死者とは非業の死を遂げた魂がその無念等の負の感情と魔力が繋がる事で誕生する――つまり死ぬ事が前提なのは知っているでしょう?そしてただの人間が不死者に襲われようものならほぼ即死、良くて極僅かな時間で死に至る」
「そうなってはフェーズの間隔なんて無いも同然。今回の様に治療の余地があって死への進行が遅れた事は運がよかったというわけだ」
「そう、ですね……確かに」
少々歯切れが悪くも同意するアイリスに、シャーリーは首を傾げる。
「しかし珍しいわね。アイリスならそれくらい言われなくても察すると思ってたけど」
「人の命を救うので頭が一杯だったんだろ。ま、それもこいつの長所だ。とてもじゃないが自分には真似できん」
手をひらひら振りながらその場を後にする零夜に、シャーリーも肩を竦めて同意する。
だがアイリスは――。
「……」
曖昧に微笑むだけで何も言わなかった。
「それで、どうするのかしら?」
いつもの様に焚火を囲みながらの食後。
結局万全を期したにも拘らず予想外の展開で撤退を余儀なくされ、またこれからの行動を再び確認する必要があった。
「不死者に対しては天凶の効果が実証された。これを振るう分には現状問題はない」
「でも不死者もそう簡単にやられてはくれないよね……。予想を大きく超えて異種再生をしてるのもいそうだし」
「並大抵なら鬼断で薙ぎ払い天凶で斬り捨てるという戦法でいけると思う」
「猛る勇士で身体能力を強化した零夜さんならほぼ問題はないと思いますが、私とシャーリーさんで援護すれば確実性は増しますね」
「合成不死者はとりあえずその線でいってみるとして、当初の目的だった南の要はどうする?」
「この状況では合成不死者に挟み撃ちにされる可能性もあるわね。キリがないとは思うけど、少しでも数を減らしておく?」
「合成不死者が出現した事で犠牲者が増える事もあり得ます。そうすればまた敵が増えるだけ」
「では明日からは暫く合成不死者狩りだな」
方向性が決まり、そろそろお開きになろうとしたその時だった。
「――それ、いつ終わるの?」
この世界が始まってから、元々少ない口数が減って滅多に口を開かなかったアリアが呟く様に聞く。
「さぁな、こちらが聞きたい」
「兄さん、何か楽しんでない?」
答えなどわかるわけもないので至極当然の返事をしたが更なる追及には眉を顰めた。
「……何が言いたい?」
「鍛えた力を使えるから本当は楽しんでるんじゃないの?」
「は?」
何やら不穏な雰囲気になってきたのでアイリスが口を開こうとするも零夜はそれを制する。
「力を鍛えても、これまではあまり役には立たなかった。でも今は違う」
「お前がそう思うなら、そうかもな」
「本当は――」
「はーいはいはいはい!そこからはいけないよっと」
何かを言いかけたところで汀が横から割り込んで遮る。
「先に休んでるね」
それだけ言い残して汀は目の前で片手を立ててアリアを引っ張る様に連れて詰所へと戻っていった。
「まぁ、いつかはこうなると思ってたわ」
澄ました顔でシャーリーは紅茶を啜る。
「この状況ですからね。しかもまだ幼い、先を不安に思うのも仕方ありません。でも――」
その横でアイリスが眉を下げて視線を向ける。
「いいんだ。あいつは何かと自分を溜め込む悪癖があるからな、それで暴発しては毎度毎度思ってもいない事を口にする」
視線の先にいる零夜もなんともない表情でマグカップを傾ける。
明日から暫く気まずい雰囲気になっているだろうと思っていた。
だが翌日、予想だにしない事態へと発展するのだった。