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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
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Ⅵ ~取り柄のない武人~

「あそこだ」


瓦礫に隠れながら零夜は目的をそっと覗き見る。


「あれが、しょっぴんぐもーるという施設ね」


同じく覗き見ながらシャーリーとアイリスは興味深げに見ている。


場合が場合なら興奮もする事ではあるが、今は全くはしゃいでいる雰囲気ではない。


かつてはこの街で一番賑わっていたであろう施設は今や物音一つしない。


「で、あっちが街の外に出る唯一の公道だ」


そして視線を南に移して前に話していた道路を指差す。


わかりやすく道路が外に伸びているが、やはりトンネルと同じく空と同じ赤と黒の結界の壁が行く手を遮っている。


「今のところは何もいないけど、()()()()()()()のはわかるわね」


シャーリーの視線は壁の手前、道路中に飛び散る鮮血に向けられていた。


恐らく結界が発生した時に周囲にいた人間が慌てて出ようとして餌食になったと容易に推測できる。


「移動しているのか、それとも近付かないと姿を現さないのか、どちらにしろ都合が良いな」


「そうね、今の内に」


周囲を警戒しつつ瓦礫から出た3人は足早にショッピングモールに入っていった。




「外観通り広い施設ね」


施設内は多少荒れているものの割とまともな状態で残っており、ただ進むだけなら苦労はしなさそうだ。


「それで、目的のお店は?」


「少し待て」


人伝聞いた話なので零夜も案内板を見ながら探す。


このショッピングモールは1階が専門店エリア、2階がレストランエリア、そして3階から上がアミューズメントエリアとなっている。


「とすると1階の――ああ、これじゃない?」


一緒に眺めていたシャーリーが1階の一部を指差す。


「鍛冶屋『菊一』、店名まで聞いてなかったが如何にもそれらしいな。と言うかよくわかったな」


「あっちの世界では鍛冶業は結構盛んだったのよ。武器より日用品の意味合いが強かったけど」


「なるほど。それでお前はどこ見てるんだ?」


そんな事を話していると零夜は話をアイリスにも振る。


アイリスも一緒に案内板を眺めてはいたが、1人だけ別の所を眺めている気がしたからだ。


「汀さんとアリアさんの服をと思って」


どうやらついでに2人の服を探していた様だ。


今神社で息を潜めているであろう2人はこの世界が始まった時から着ている服のままだ。


一通りの準備をして飛び出したまでは良いが、服まで考えが回らなかったらしい。


勿論こんな非常時に何を悠長な事をとも思えるかもしれないが、だからこそ少しでもとアイリスは考えている様だ。


「……まぁ、女の子だしわからない事もないけどね」


表向きあまり賛同はできない体を取りつつシャーリーは否定こそしなかった。


ちなみにシャーリーも初めて会った時から同じ服を着続けているが、その割にはあまり汚れていない。


彼女の服は黒と金を基調とした旅用のローブでこの世界では些か浮く服装だが、特殊な繊維でできており燃やすだけで汚れだけを落とすという。



耐火性と洗濯機いらずを兼ね揃えているのだから羨ましいものである。


「それを言うならアイリスもね」


対してアイリスはそんな特殊な作りではなく、魔力的な恩恵もないただのローブである。


これからもこうして出る事も戦闘の機会が増える事も考えると替えは必要だろう。


「それを言い出したら零夜さんもですよ」


零夜も最初からジーンズにカッターシャツに黒いコートと言う簡素なスタイルなのだが、近接戦闘が多い零夜は必然的に返り血を多く浴びている。


その影響で今まで着ていたシャツは全てダメになっており、今着ているので最後なのだ。


「わかったわかった。その辺は任せるから適当に拾っておいてくれ」


生憎ファッション系には疎い零夜はそれを丸投げにするしかなく、とにかく目的地がわかったところで移動を開始する。


   ◇


さっきまで他愛ない話をしていたとは思えないほど張詰めた空気の中、3人は専門店エリアを進んでいく。


「誰も、いませんね」


「これほど広ければ誰か隠れていてもおかしくない――と言うか確実に隠れていたな」


「何故?」


「入口辺りに物が散乱していただろ?恐らくバリケードを築くか築こうとしたかだ」


「しょうがっこうにあった様な?」


「そうだ」


「それにしては……おかしいですね」


いよいよ腑に落ちないのか、アイリスはその場に立ち止まって頬に指を当てながら考え事を始めた。


「何が?」


釣られて数歩先で立ち止まりシャーリーと零夜が振り向く。


「ここはお店がいっぱいあるこの街で一番物流のある施設なのですよね?」


「そうね、それならもっと頑丈なバリケードを築けただろうし、何から何まで物資に関して困る事はない筈」


「いえ、そもそもこれほどまでに大規模な施設です。バリケードを築く以前に大掛かりな仕掛けを備えていてもおかしくありません」


「……鋭いな、その通りだ」


それまで立ち止まっている事を咎めるわけでもなく黙って聞いていた零夜が肯定的に反応を示す。


この世界ではこういった大規模の施設には必ず防火シャッターなどの災害に備えてのシステムが導入されている。


だがここまでそういった物が発動している様子は見られず、入ってすぐのホールに小学校と同じく物を積み重ねただけの原始的なバリケードを築こうとした痕跡が残るのみだった。


「更に言えば、入口の散乱具合が問題だな」


「? どういう事?」


「全体的に外に向かって散らばっていた。つまり、内側からバリケードを突き破ったと考えられる」


「内側から不死者に襲われた、という事ですか?」


「そうかもしれないが、どちらかというと内輪揉めの可能性が高い」


「内輪揉め?」


「こんな異常事態だ、まともに考えられる奴の方が少ない。お前達の世界と比べて、はっきり言って平和ボケしている人間が混乱せずに落ち着いて行動できるとは思えない」


吐き捨てる様に言い切る零夜に2人は違和感を覚えた。


それに気付いたのか、零夜は場を取り直す様に一つ咳払いをする。


「ほれ、あまり時間はかけられないんだ。行くぞ」


「やけに実感が籠っている気がしたんだけど……」


聞かずにはいられずシャーリーは再び歩き始めた零夜の背に声を掛ける。


「2年前、そういうのを嫌というほど見たからな」


振り返らず背中越しに答えた零夜はこれ以上聞くなとばかりに片手をひらひら振る。


それを察し、2人はとりあえず疑問を保留にして零夜の後について行くのだった。


   ◇


「そろそろだな」


それから慎重に進み暫くすると、案内板で見つけた時点に行き着く。


表向きは包丁などの日常的な刃物を取り扱っているらしく、それらしい文句が書かれた看板が出ている。


「……」


しかしシャーリーはそれよりも周囲の惨状が気掛かりの様だ。


それもその筈、奥に行けば行くほど周囲に血痕が増えていったからだ。


そしてそれらを辿っていくと目的地である店に辿り着く。


「言っただろ、内輪揉めだと」


しかし零夜はこうなっている事は想定済みとばかりに全く気にも留めていない。


さっき零夜が言っていた通りだとすれば、明確な『武器』があるここを中心に人間同士で争いが発生したのだろう。


だが同時に前々から抱いていた疑問がより顕著になる。


「何故、零夜さんはこうも早く順応しているのですか?」


ガラスは叩き割られ、一つ残らず持ち去られている店先のショーケースを眺めている零夜にアイリスが尋ねる。


「自分の周りには敵しかいなかったからだ」


それだけ言って零夜は店内に入って行き、2人はそれに続く。


「お前達の世界の様に直接生死をかけた戦いではないが、この世界でも間接的に生死をかけた戦いというものがある。時として肉体的な意味で死を迎える事もあれば、精神的に死ぬ事もある」


零夜の言っている事がよくわからず揃って首を傾げる。


「お前達の世界はどうか知らないが、この世界の人間というのは基本的に汚くて醜い。人の気も知らないで土足でずかずか踏み込んできて心を傷つける」


「あ……」


これにはシャーリーも体育館の一件で覚えがあった。


「駄目だな、根こそぎ盗られてる」


店内のショーケースを見て回るも綺麗に無くなっているのを見て零夜は嘆息する。


「でも、じゃあなんで他人を助けてるの?」


「簡単な話だ、例えどうでもいい他人でも目の前で何かあったら目覚めが悪いだろ?結局は自分の為だ」


それだけ言って零夜は店の奥、客の目が届かない場所へ姿を消す。


「……なるほどね」


一見冷酷と取れるが、シャーリーにはその考えはわかる。


「……」


対照的にアイリスはどこか悲しそうな表情を浮かべる。


あの日の夜、零夜は自身が正義感で他人を助けないと明言している。


それを受け入れもしたし、人にはそれぞれ考え方の違いがあるという事も理解している。


ただ、どうしても被るのだ。


「こんな物が出てきた」


2人の葛藤もどこ吹く風、零夜は奥からいくつか箱を持って戻ってきた。


「これは?」


アイリスがその中でいくつかある小箱を開ける。


そこには簡素な造りのナイフが入っていた。


前に使っていた折り畳み式と比べて畳めなくなった代わりに頑丈で刃渡りも長い、そんなオーソドックスなサバイバルナイフが3本。


「? やけに曲がってるわね」


中ぐらいの真四角の箱を開けてシャーリーは実際に手に取ってみる。


一応ナイフの様ではあるが、極端に刃が曲がっておりほぼ90度だ。


「ククリだな」


「なんだか人の名前ね」


「実物はそんな優しくない。刃が反っていたり曲がったりしているのは斬りつけた際の殺傷力を高める為だ」


言いながら零夜はこれまでの箱の倍以上の長さの箱を開ける。


大きさからして武器としての用途に用いる刀剣が入っているだろうと思ったが、そこにあったのは予想外の得物だった。


「これは……剣?」


分類上はそれで間違っていないだろうが、柄の造りからして具体的には刀に当てはまるだろう。


だが問題は刃の部分だ。


通常の刀と同じ位の長さではあるが、幅が倍以上に太くなっている。


これでは刀というより巨大な鉈である。


「あ、何か書いてあります」


恐らく銘を書き記したものだろう、一緒に入っていた和紙には簡潔に『鬼断(おにたち)』と書かれていた。


「でもこれくらいあればこの世界の不死者とも戦えるかも」


「ああ、そうだな」


結構気に入ったのか、早速腰に下げて零夜達は店を後にする。


が――。


「思いっきり待ち伏せられてるな」


店を出た矢先、そこには不死者達と鉢合わせとなった。


数は前の戦いと同じくらい、十数人ほどだ。


…………今は。


「あまり時間を掛けてると更に増えそうだ」


目の前にいる不死者達は全員この世界の不死者、このショッピングモールで犠牲になった人間達と思っていいだろう。


そしてショッピングモールの規模から考えると、戦ってばかりではキリがない。


「援護頼む」


「はい!」


「ええ!」


声を掛けられた2人は魔力を呼び起こしいつでも魔法を放てる様にし、零夜も今手にしたばかりの鬼断を抜き放つ。


「あまり良く思わないが、こいつの試し斬りをさせてもらおう」


苦い顔をしながら零夜は踏み込む。


結果からいえば、先と違って戦力が十分の今、同じ規模の不死者では全く相手にはならなかった。


   ◇


「……んん?」


万が一の為にアイリスが眠っていた棺の中に隠れていた汀は蓋を開けられたのに気付いて目を覚ました。


「戻ったぞ」


「ふぁ……お帰り」


一度伸びをして汀は傍らで眠っていたアリアを起こす。


「この棺は中に入って蓋を閉めると必ず眠るのか?」


「私も寝かされてただけなので詳しく知りませんけど、確か傍らで何かしていたのでただ蓋を閉めるだけでは作動しないと思います」


「待ちくたびれてただけでしょ」


2人を下ろしながら軽くため息を吐きながらシャーリーが相槌を打つ。


「前に言っていた物をいくつか見繕ってきましたよ」


「え、本当?」


年相応におませな一面がある汀はそれを聞いてアリアを連れてアイリスと一緒に足早に物置を出ていった。


「……あの子達も強いわね」


その背を見送り、シャーリーはふと零した。


「まぁ、少なくともその辺の子供よりはな」


「2年前の事故があったから?」


「……」


別に意図したわけではないが、零夜は返す言葉を失ってしまう。


「ごめんなさい、口にしない方がよかったわね」


「いや、いい。しかし意外だな」


「何が?」


「今まで話に出れば聞くだけで自分から関わろうとしなかっただろ」


「ああ……」


指摘された理由をよくわかっているシャーリーは苦笑いを浮かべた。


「散々迷って気付いたのよ。自分だけの世界では成長が見込めないって。だから、自分から歩み寄ろうと思って」


「なるほど」


「それに……」


言葉を一度切ってシャーリーは目を伏せる。


「同時にあたしは強くなりたいの。大切なものができたからにはそれを守る為に」


「水を差すわけではないが、やけにやる気だな」


暗にその理由を求めた零夜にシャーリーは一度零夜を見るも少し困った様に視線を泳がせた。


「『失う』という事を知っているからこそその先を行く零夜を見てるからね」


「そんな大層なものでもないが」


「それは自分で気付いてないだけよ。あなたからしてみれば、まだ多くを知らずに強くなりたいと思うあたしは甘いと思うでしょ?」


「一概にそうとは言えない」


「え?」


意外な答えにシャーリーは目を丸くした。


そんな事ないと完全に否定するわけでもなく、一部を肯定しつつもやや曖昧な答え方だからだ。


「世の中知らなくていい事もあると思う。多くを知っている=強いというのはまた少し違う気がする」


「そう、かしら?」


「強さと一口にいってもその定義は人によって様々だ。必ずしも答えが一つとは限らない」


「深いわね」


ふーんと相槌を打ちシャーリーは再び苦笑いしながら零夜を見上げる。


「まぁあと正直言うと、単に零夜の強さに興味が湧くと同時に負けたくないって思うのもあるのよね。こういうのは種族柄ね、魔人族は大体プライドが高くて好戦的だから」


「魔法と武力はどちらも一長一短だから優劣は着け難いとは思うがな」


かなり遅れて物置から出ようとする零夜だったが、ふと立ち止まり肩から視線を向ける。


「ただまぁ、大切なものを守る為に戦いたいというのは、強くなりたいというには十分な理由だ」


「……」


つい先日まで険悪な間だった相手から同意を得られたのが余程嬉しかったのか、シャーリーは上機嫌になって零夜に続いて物置を後にした。




新たな服を手に入れたのに加え、最後に入ったのが一週間以上前という事もあり、今日は再び風呂を用意してさっぱりした。


「あっ、お兄さん、どう?」


最後に零夜が本殿脇のいつものキャンプ地に戻ると、アイリスが見繕ってきた服を着た汀がはしゃいでいた。


あまり場違いなフリフリではないが、いざという時の動き易さとある程度の可愛さを両立した感じだ。


「ああ、似合ってるぞ」


ちなみに当初の予定通りシャーリーを除く全員分の服を手に入れてきたが、ショッピングモールは最初の待ち伏せの頃からの推測通り次から次へと不死者が湧いてきてそれどころではなかった。


なので食料と同じく通りがかった服飾屋で仕入れてきたわけだが、文化そのものが違うので服飾のセンスも違うにも拘らずアイリスは実に良い仕事をしてくれた。


「えへへ~、じゃあご飯にしよ?」


嬉しそうに頬を緩めながら食事の用意を始める汀にシャーリーとアイリスは顔を見合わせて微笑み合う。


ただ、対照的にあまり嬉しそうに見えないアリアに零夜は複雑な表情を浮かべるのだった。




「あ、そうだ」


食事の最中、零夜は何かを思い出してコートの内ポケットから何かを取り出した。


「トンネルにいたあの木龍を倒した所に落ちてたんだが」


零夜が取り出したのは黄土色の宝石の様な物が数個だった。


「ああこれは魔結晶と言って、化物を倒した時にその魔力が固まって生成される化物の置き土産よ。様々な用途に使えるから、換金したり直接物々交換したりするの」


「そっちの世界の金銭のやり取りはそういうものか。……ん?化物なら不死者はどうなんだ?」


「一応不死者も化物だし魔結晶を落とすんだけど、不死者は知っての通りしぶとさだけが取り柄だから倒せないのよ」


「火葬は駄目なのか?」


「肉体を失うと今度は悪霊になって化けて出てくるの。倒すには不浄な魔力を浄化して魂と魔力の結合を解くしかないわ」


「無駄に面倒だな」


「しかもその割に得られる魔結晶はほんの少し、だから精神的にも金銭的にも出会いたくない類の化物なのよ」


心底嫌そうに話すシャーリーの表情から察して、あちらの世界でも扱いは相当の様だ。


それ以上口にする事なく、零夜はとりあえず木龍の魔結晶をシャーリーに預け、もう一つ取得物を取り出した。


「あともう一つ、こんなものが」


「!!?」


それを見た瞬間、アイリスは強い衝撃を受けた。


「そ、それは……」


まだショックから抜け出せないままアイリスは食い入る様にそれを見ている。


「古代法具――アーティファクト……」


「えっ!?」


その名前にシャーリーも遅れて驚く。


「そんなに凄い物なのか、これ」


例によって創作に限ってその名前は知っている。


大体は最上級品として登場するアイテムのランクであり、入手には困難が伴う物である。


しかし今手にしているこれがそうだと言われると零夜にはわかりかねる。


カード……の一種だろうか、やや縦長の金属質な板の表面は一面宝石の様な不思議な光沢をした深緑に覆われている。


「あちらの世界の神である龍神の力が封じ込められた物なのです。今は封印状態ですが」


「え、それってもしかしてドラグシール?」


「そうです」


「へぇ、これが……。――うん?」


恐らく名前だけ知っていたのであろうシャーリーはそれを見て感慨深く頷くも、何かに気付いてドラグシールと零夜を交互に見比べる。


「? どうした?」


「先ほども言った通りドラグシールは神の力を封じ込めた代物で、使う事ができれば神の代行者として神の力を使う事ができるのです」


「ほぅ。まぁ魔力のない自分には無理だな」


自分が持っているよりは魔力を持つ者に渡した方が良いだろうとシャーリーに渡そうとするも、シャーリーはそれを見ているだけで微妙な表情を浮かべ受け取ろうとしなかった。


「使う事ができれば、と言った通り例え魔力を持っていても誰もが使えるわけではないのです。本来は触る事もできないのです」


「え、では自分は?魔力持ってないから?」


「魔力を持たない者も例外ではありません。つまり、零夜さんはそのドラグシールを使う資質があるという事です」


「持ち主を選ぶという事か?」


「そうです。そのドラグシールが何番目の物でどのような資質を求めているのかはわかりませんが、一説には魂の在り方や精神力の強さが関係してると言われています」


説明しながらアイリスは零夜からドラグシールを受け取る。


「……あら?」


資質がない者が触れるとどうなるかを実践しようとしたのか、普通に受け取れたアイリスが首を傾げた。


「アイリスにも資質がある様ね」


試しにシャーリーが横から手を伸ばしてみるも、バチッと小さく弾ける様な音を立てて拒絶された。


「普通はこれが当たり前なのよ」


手を軽く振りながらシャーリーは少しだけ残念そうにしている。


「まぁ、とりあえずはアイリスに持ってもらった方が良いだろう。さっき何番目と言っていたが、他にもあるのか?」


「6柱の龍神の力を22に分けられていると言われています」


「意外と多いな」


「でも資質はあっても封印を解いて代行者に選ばれるのは1人だけだからね。つまり最大22人しかいないという事よ、世界規模で」


「世界で22か……」


あくまでこの世界で例えてもかなり小さな確率であるとわかる。


「興味深い話だが、それはまた余裕のある時にじっくり聞くとして。それを木龍が持っていたという事は……もしかして」


射抜く様な鋭い視線にアイリスは頷く。


「他の要の媒体になっている可能性は高いです。ただ封印状態のドラグシール自体には殆ど力がないので、神の力と言ってもそこまで危惧する必要はありません」


「封印状態だからな。それにいざ封印が解かれていてもそれができるのは選ばれた者だけ。封印を解いた代行者が意図的に媒体にしない限りは危険度は上がらないな」


「仮には封印が解けた状態で媒体にされていたら世界の危機よ」


本当に洒落にならないのか、シャーリーは冷や汗を流している。


「とは言え木龍の事を考えると油断は禁物。とりあえずは南の要を討伐するのか?」


「そうですね……」


「できれば偵察しておきたいところだが……」


「前回の事を考えると野外とはいえ退路を断たれる可能性も捨てきれないわね」


3人は今後の方針自体は固まっているが、どう行動に移すかを決めかねていた。


「だが、このまま手を拱いてもしょうがない。明後日もう一度南に言って要を確かめに行こう」


「明日は?」


「木龍の事を考えると一筋縄ではいかない相手に違いはない。英気を養って万全の状態で挑んだ方が良いだろう」


「そうね、幸い時間制限は今のところ確認されてないし」


「でも、その分犠牲者が増える可能性が……」


「割り切れ」


浮かない表情を浮かべるアイリスに零夜ははっきりと言い捨てた。


「不利な状況で挑んで自分達が敗れたとしよう、その後誰がこの状況を打破する?ただでさえ魔法という未知の力で混迷を極めているのに、同じ力を持つ2人を失うともう後はないぞ」


「それは…………………………はい」


アイリスの性格を考えれば厳しいのかもしないが、そんなどこにいるかわからない人々のことまで考えるゆとりはどこにもない。


それもわかっているアイリスは結局折れて、来る戦いに備える事にするのだった。




「ところでレイヤ、そんなの拾ってるなら早く言えばよかったのに」


「戻った直後はアイリスの事があったし、その後思い出したらお前といざこざがあったから切り出す間がなかったんだ」


「あ~……」


   ◇


「しかし考えてみると、こういう機会ってなかったわね」


翌日、朝食を終えたシャーリーは周りを見渡しながらそんな事を呟いた。


「そういえばそうだね」


すっかり食事の準備と片付けが日課になっている汀が後片付けをしながら返す。


だいたい毎日食事が済めばすぐに支度をして夕暮れ頃まで探索に出るのが定番だったので朝からこうしてのんびりしているのは初めての事だ。


危機的状況に変わりはないが、これまでの経験から少しでも精神的に余裕を持たせておくのが必要だとシャーリーも理解している。


「良い機会だし、色々話でもしましょう?」


「いいですね」


一日置く事に抵抗があったものの、割り切って今日はゆっくりする事にしたアイリスも話に乗る。


昨晩も話の後に納得できていなかった様子だったが、この世界が始まってからそろそろ一ヶ月になろうという今、生存者もそれぞれ隠れ場所を見つけているだろうという零夜の助言や万全を喫する為という目的もあり、ようやく割り切ったのだ。


それにしてもこのノリ、意外に話好きなのかもしれない。


「レイヤもこちらに来て」


「え、自分もか?」


少し離れて武器の手入れを始めようとしていた零夜は話を振られて意外そうに返す。


「当たり前でしょ、レイヤ達の世界の事も聞きたいのよ」


「……まぁ、答えるくらいなら」


今までも散々あちらの世界の事を教えてもらっているので、特に断る理由がない零夜は戻ってくる。




零夜への質問――


「昨日のしょっぴんぐもーるでの戦闘で気付いたんだけど、いくら強化魔法を掛けたからって順応性高過ぎない?」


「確かに、立体的というかその場にあるもの全てを足場にしてまるで宙を縦横無尽に動いている様でした」


「ん?ああ、あれはパルクールだ」


「ぱるくーる?」


「壁や地形を活かして走る・飛ぶなどの移動動作を複合的に実践する運動だ」


「移動動作を複合的に…………なるほど」


「子供から大人まで幅広い層で学べ、身体能力の向上は勿論、精神面の習熟、危機回避能力などの向上も見込めると実用的にも役立つ」


「そこまでならこの世界の人間はぱるくーるが習慣なの?」


「いや、代わりと言っては何だが、慣れるまで手間と時間が掛かる上に慣れない状態で無茶して大怪我をする場合もあるから、世界規模でみると極一部だろうか」


「ふーん……ある程度センスが必要なのね」




アイリスへの質問――


「アイリスって属性はどうなってるの?昨日の戦闘を見てる限りだと光は確定だろうけど」


「光をメインに闇以外の四大属性も持ってます」


「5つ!?天使と龍人の血を受け継いでるから複数、複合はあるとは思ってたけど凄いわね」


「そんなに凄い事なのか?」


「ええ、普通は多くても3つがいいとこだから。そもそも保有属性は種族性が色濃く出るのよ」


「天使は光、魔人は闇という感じか?」


「そうよ。他の4つの種族だと、精霊は四大属性、機人は火か土、獣人は水か風、龍人は6つ全てよ。たまに例外もあるけどそんな感じ」


「それならお前は?火はよく見るが闇を使っているのは見ないぞ?」


「あたしも所謂レアケースよ。メインが火で、闇と風が少し」


「種族性とあとはその人の気質も影響が出ると言われています。例えば穏やかな人なら水、飄々としている人なら風、とか」


「へぇ、そういうのも面白いな」




シャーリーへの質問――


「前から気になってたのですけど」


「ん?」


「シャーリーさんは…………もしかして人間が嫌いですか?男が嫌いだとは前に聞きましたけど」


「……あたし達の世界では第三次世界大戦の首謀者が人間達だったという事もあって人間という種族自体が忌み嫌われているの。物心ついた頃には既に人間はいなかったけど、そんな歴史があるから人間が世界を壊した元凶だって嫌ってたのよ」


「まぁ、わからん事はないな」


「今でも根底から改めたつもりはないわ。でもこの世界でナギサやアリア、そしてレイヤに出会ってそれが全てではない事に気付いた」


「汀やアリアを助けたのは?」


「ただ幼い子供だったから、最初はただそれだけ。怖がらせるつもりはないけど、あたし達の世界では子供でも問答無用で始末する者もいるかもしれない」


「そこまで根深いものになってるのですね……」


「まぁね。あたしはその前に子供は誰であっても失っていいものではないと思ってるから。……まさか人間の子供に出会うとは今まで夢にも思わなかったけど」


「お前さんが優しいお姉さんだったのが幸運だったというわけだ」


「や、優しっ!?……も、もう、何言ってるのよ!」




そうしてたまに汀やアリアも話に加わりながら思い思いに他愛ない話に花を咲かせ、気付けばとっくに昼も過ぎた頃――。


「そろそろ、ね」


その一言でシャーリーはアイリスと顔を見合わせる。


そして汀とアリアの様子を見ると、それぞれ2人の傍らで昼寝をしていた。


「ちょうど良いですね」


「あ?」


今までの和やかな雰囲気から一転、少し張り詰めた雰囲気に零夜は首を傾げる。


「2年前、話に聞いた大事故……それで失った大切なものを」


「…………」


これまでにも度々話題に触れる事はあったものの深くは語らず、問うのも躊躇われていた事を今この場で改めて問われた零夜は流石に口を噤んだ。


「……強さの秘密とやらを聞きたいからか?」


「違います」


ようやく口にした問い返しをアイリスは即否定する。


「では何故?自分で言うのもなんだが、別に悲劇のヒーローを気取っているわけではないぞ?」


「これまでも薄々感じていましたが、先日共に戦って実感したのです。何と言えばいいか……形振り構わないというか……」


「生き急いでいる様に感じるのよ」


言葉に迷うアイリスに代わってシャーリーがはっきりと断言すると、零夜は一度大きなため息を吐いた。


「生き急いでいる、か…………確かにそうかもな」


焚火を眺めながら零夜は自嘲する様に苦笑を浮かべる。


「変わったとすればそう、お前達の言う通り2年前の大事故が原因だな――」


   ◆


更に遡ればそもそも自分は……いや、自分達はこの世界における一般的な家庭環境ではなかった。


自分は幼少の頃に不幸が重なって天涯孤独となり、唯一の遠縁の親戚筋だった風無――汀の祖父に引き取られた。


そこには自分以外にも身寄りのない子供が数人いた。


理由は省くが、まぁ似た様な理由で身寄りのない孤児達だ。


当然血の繋がりこそなかったが、時には喧嘩こそしたものの自分達は互いを家族であり親友としてそれなりに恵まれた環境の中で育った。


そんな中で、親友達はそれぞれの才能を開花させていく事となるのだが、どうしても自分は見劣りしてしまいつつあった。


   ◆


「え?劣ってるって、レイヤが?」


そんな話を聞いてシャーリーは驚きを隠せなかった。


今まで共に戦っていた零夜は武人として類稀なる戦闘技術を持っていると確信していたからだ。


「勉学、芸術、武術、皆それぞれの分野で秀でてたんだが自分だけはどれをとっても劣っていてな、理解もできるしある程度できる器用貧乏だったんだ。それでもとにかく努力を重ねる事しか、自分にはできなかった」


何とも言えない表情で語る零夜にシャーリーは言葉を失った。


口にこそ出さないが、常に前に出て果敢に戦う零夜の事を頼もしく思っていた。


が、今の零夜は弱々しく感じて頼りない。


ただ――。


「零夜さんは、皆さんに劣等感とか嫉妬とか、そういうのはなかったのですか?」


そういう環境においてありそうなものも感じられなかった。


「ない」


それを実際に零夜は口で否定してみせた。


「元々天涯孤独で明日どうなるかわからない身の上だったんだ、人並に恵まれた環境でそれ以上望むのは贅沢というものだ」


はっきり断言する零夜にアイリスは一つ確信する。


基本的に自分本位で他人の事は捨て置く零夜だが、反面認めた相手には全信頼を置いて助力するタイプなのだと。


「しかし2年前、あのショッピングモールがあった場所で例の大事故が発生し、親友達は皆逝ってしまった」


大事故の顛末は前々から聞いていたものの、恐ろしいほどに無表情で語られて2人は胸を強く絞めつけられた。


「前にも言ったその時のパニックになった大人達の醜さ、自分の無力さに耐え切れなくてな、事故の後暫くは無気力になってたんだ」


そこで話を区切って零夜は眠っている汀とアリアに目を向けた。


「でもそんな自分に声を掛けてくれたのはこいつらだった。自分の親友でもある実の姉を失って、事件のトラウマで視力を失って辛い筈なのに自分を一生懸命慰めてくれた。そうしたら、無気力になっているのが馬鹿馬鹿しくなってな」


傍らに置いていた鬼断を両手に取り少しだけ鞘から抜くと、刀身には苦笑している零夜が映り込んでいる。


「自分にできるのはとにかく体当たりして努力を重ねるだけ。だから自分はこの2年でできる事をやってきたつもりだった。…………その筈だったんだが、最近気付いたんだ。結局のところ、自分は誰かの為という大義名分に依存しないと生きられないのではないかとな」


「それは違う!!」

「それは違います!!」


零夜の弱いところが際立ってきたところでシャーリーとアイリスは全力で否定した。


「レイヤ昨日言ってたでしょ?大切なものを守る為に戦いたいというのは、強くなりたいというには十分な理由だって。レイヤのは依存じゃなくて、自分でこうありたいと決めた強い意志よ!!」


「努力する事しかできないと言いました。でもそれは何があっても諦めず、親友達の為に純粋に自分なりに高めていくのはそれ自体が一つの才能ですよ!」


2人の力説に零夜は思わず目を丸くした。


「そう、なのか……?」


「魔人族の姫の名において保証してあげるわ。というか、常に最前線なのにそんな弱気でどうするのよ」


「私もこの先どうなるかわからない身の上です。ですが零夜さんに全てを託してます、この命に賭けても」


「2人揃ってハードルを上げてくれる……」


2人なりの激励に零夜はそれまでの弱々しさを振り払うかの様に鬼断を鞘に納めて地面に突き刺した。


そして顔を上げた零夜の目には以前と同じ力強さが戻っていた。


「いいだろう。ならこれまでも変わらず、自分はできる事をしよう。今まで通り、な」


過去の告白により改めて宣言された誓いに2人は満足げに頷いた。




「…………」


時間にして夕方になる頃、目を覚ました汀は変わらず談笑を続けている3人をぼーっと眺めていた。


「……起きたか?」


「うん。……なんだか、少し仲良くなった?」


「そうか?」


汀の指摘に勿論心当たりはあった。


しかし零夜を慕っている汀やアリアにわざわざ零夜の苦悩や弱音を聞かせる必要はないと、シャーリーもアイリスも笑って流す。


「さて、少し早いが夕食にして明日に備えるとするか」


「そうね」


「たまには私が支度しますね」


言うが早く準備を始める3人に汀は始終首を傾げていた。


「…………」


ただ、アリアだけはその様子を目に見えずとも複雑な表情を浮かべているのだった。


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