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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
6/19

Ⅴ ~過去と現在の狭間~

   ◆


とにかく男という存在が気にくわなかった。


格下を平気で卑下し、格上に対しては低頭して媚び諂う。


少なくとも周りにいた男は皆そうだった。


魔人族の王の娘であり、確かな実力もある自分には隙あらば取り入ようとしてくる。


それが酷く醜く感じて、男と言う存在そのものに嫌悪感を抱く様になった。


今もそれは変わらない――筈、だった。




「っ!?」


急に目を覚ましてシャーリーは体を起こした。


一瞬見慣れない室内にいて戸惑うもすぐに思い出す。


(ああ……そうか)


先日と同じく外で包まって寝ようとすると、アイリスに強引に連れていかれたのだ。


おかげで詰所に備えられていた布団に入り、久しぶりに横になれてかなり心地良かったが……。


「……そういえば」


カーテン一枚向こうのスペースに目を向ける。


そこは零夜が寝床となっている場所だ。


最初は男と女が同じ部屋で寝るなんてとシャーリーだけでなく零夜も否定的だったがこの非常時にそんな些細な事は言っていられない。


それに一カ所にいた方が何かあった時に行動に移しやすいとアイリスに後押しされたのもあり、2人は渋々了承した。


で、せめてカーテンで間切りしているわけだが、そのカーテンの向こうから人の気配がしない。


「?」


そっと覗いてみると、綺麗に畳まれた布団があるだけで零夜の姿はなかった。


(外に1人で出歩くとは思えないわね……)


不審に思って外に出てみると、焚火の側で零夜は何か作業をしていた。


どうやら先日使っていた銃を分解し手入れしている様だった。


「…………」


あの銃と言う武器に少しだけ興味が湧いていたシャーリーだが、どうしても零夜に話しかける気になれず、結局そのまままた戻ってもう少しだけ眠る事にするのだった。


   ◇


風呂でさっぱりし、一晩十分な休息を取った翌日。


今日も今日とて不気味な空の下、3人は今後の活動方針を決めようとしていた。


「結界を破るには術者を倒すか、要となっているものを倒して魔力維持を断つ事になります」


「でもこの街って結構大きいわ。という事は後者、しかも昨日の様のがまだいるって事ね」


「術者はあり得ないのか?」


「ああ、それは――」


「あのね、少し考えればわかるでしょ?」


アイリスが説明しようとすると、それにシャーリーが割り込む。


しかし何故か今日は当たりが強い様な気がして、アイリスだけでなく汀とアリアも首を傾げた。


「こんな大きな街を丸ごと維持するのにどれほど魔力が掛かると思ってるの?そんなの例え伝説の賢者でも魔力がもたないわよ」


「なるほど」


だが零夜はそれをさほど気にした様子もなく受け止め、早起きだったせいかここで一つ欠伸をする。


その間に足を組んで如何にも上から目線で言っていたシャーリーもバツが悪そうに視線を逸らす。


「もしかしてその要とやらの一つは昨日の木龍か?」


「そうです。木龍がいたのが東、他にも東西南北を守る様にあと3カ所にあります。……ただ」


話を一度区切ってアイリスは表情を曇らせる。


「魔力探査でもどこにいるかまではわかりませんでした。捜そうとしても瘴気が強くて……」


「無理をする必要はない。それに少なくとも昨日のあれから考えると、南は確実にショッピングモールの先だ」


「ああ、街の外に出る唯一の道ね」


それにシャーリーが同意するも、やはりどこかぎこちない。


「まずはその要を倒すところから始めるという事でいいのか?」


「ええ。――でもその前にやる事があるわ。武器と食糧の調達よ」


「……気付いていたか」


「それは、ね」


ここにきてようやく自然な感じでシャーリーが相槌を打つ。


「昨日の戦闘で小さいナイフに大きいナイフを一本ずつ失って、今あるのは銃と大きなナイフ……しかも所々欠け始めてるからもう長くはもたないでしょうね」


「そこまでお見通しか」


「銃は強力な武器だけど、不死者に対しては相性が悪い。ここは新しい武器を手にしておくべきよ」


「じゃあとりあえず街に行くか……」


「でもこれまでの予想からして不死者がこの辺りの比ではないくらいいる筈です。無理はせずに適度に戻ってくださいね」


「了解だ。では準備が出来次第出発しよう」


そう言ってその場を後にした零夜だったが、その背をシャーリーは複雑な表情で見送っているのを3人は見逃さなかった。


   ◆


「……どう思う?」


2人を見送った後、汀はアイリスに話を振る。


「昨日はそれほどでもありませんでしたよね?」


「うん、それよりも一緒に強敵を倒したから距離が近づいている様な気がしたけど……。もしかして、お風呂で何かやらかした?」


「いえ、上がった後特にこれといった事はなかったですし、寧ろ何かあったのは私…………い、いえ、なんでもありません」


言いかけてアイリスは慌てて撤回した。


偶然とは言え零夜に少しだけ肌を見せたのは今思えば恥ずかしい。


「……シャーリーさんは、会った時からずっとお兄さんには気を張っている様に聞こえたよ」


「え?」


それまで黙っていたアリアの言葉に汀は思わず聞き返した。


「気を張っているって?」


「平静を保っている様だけど、お兄さんと話す時だけはどこか気丈に振舞っている」


あまりにはっきり断言するもアイリスは「なるほど」と頷く。


尚アイリスもアリアの目が見えていない事は聞いている。


だからこそ、そういう細かい機微を聴力など他の感覚で補っていると解釈した様だ。


「周りに女の人しかいなかったから男の人と会った事がなかったとか?」


「そういうものでしょうか?」


そういう環境ではなかったらしいアイリスは首を捻る。


そもそもアイリスからしてみればそれどころではなかった、というのも理由だろう。


尤も、それに関してアイリスがまだ多く語らないので真意はわからないが。


「考えていても仕方ありませんね。この状態が続く様ならそれとなく聞いてみましょうか?」


思い出したくない事を思い出したのか、アイリスはそれを払拭する様に話を切り替えた。


「汀が聞いてもいいけどね。シャーリーさん、汀やアリアには優しいから」


もしかたらポロッと話すかも、そう思った汀だが一つ問題もあった。


「大丈夫ですか?シャーリーさんほどではありませんが、汀さんやアリアさんも私やシャーリーさんと話す時まだ少し緊張していませんか?」


「……」


アイリスの的確な指摘に汀は困った様な表情を浮かべた。


出会ってから1日2日しか経っていないものの、2人はシャーリーやアイリスの事を頼れる年上として慕っている。


……のだが、やはり頭の片隅では昔の事を過ってしまうのだ。


かつて一緒に生活していた同じ顔をした人物と。


「意地悪な事を聞いてしまいましたね」


あまり不安にさせない様にアイリスは苦笑しながら撤回する。


「もう少し、様子を見ましょう?」


気にはなったが、だからと言って特に悪い事でもない。


結局のところは本人の問題なのだと、アイリスは内心そう思う事にしたのだった、


   ◇


「ここから先が中心街だ」


道中特に不死者と会う事もなく2人は中心街近くまでやってきた。


ちょうど住宅街との境目であるかの様に立っているアーチを前にして零夜が振り向くと、シャーリーは頭を振っていた。


「……大丈夫か?」


「なんでもないわ。ここから先はあたしの出番ね」


息巻くシャーリーから零夜は唯一残っているナイフを抜いて視線を落とす。


(もって2,3体と言ったところか……)


「で、まずは武器の調達ね。どこにあるのかしら?」


「あー……」


しかし零夜は言い難そうに言葉を濁らせた。


有無言わさずはっきりものを言う零夜にしては珍しい態度に、シャーリーは嫌な予感しかしなかった。


「自分達が保管していた武器は全て汀の祖父がショッピングモール内にある知り合いの店から仕入れたと言っていたんだ」


「……やっぱり」


見事に的中してシャーリーは思わず嘆息する。


「念の為に聞くけど、他にないの?」


「お前達の世界ではどうか知らないが、この国では原則武器の携行は禁止されている。今みたいに腰に下げているだけで現行犯だ。だからそういう店はかなり限られた所にしかない」


「やっぱりあたし達の世界とは違うわね。仕方ない、南にいる要の魔物の行動範囲内にそのショッピングモールが入っていない事を願ってとりあえず行きましょうか」


「そうだな」


ここで立ち止まってもしょうがない。


意を決して2人は中心街に入っていく。


「えー、なにこの建築物は」


立ち並ぶビルを見上げながらシャーリーは興味ありげに呟く。


だが都市開発が進む如何にも都会といった街並みは、まるで世界の終わりの様に荒れ果てていた。


「武器が禁止されている国、か。少なくともこの国はあたし達の世界よりは平和だったみたいね」


そんな中、さっきの話を持ちかけるシャーリーに零夜は振り返った。


「それはどうだろうな」


その表情を見た瞬間、シャーリーは胸が締め付けられる感じがした。


諦め、失望、嘲笑、様々な感情が入り混じった何とも言えない表情を浮かべていた。


「……お」


それから暫く進むと、零夜はシャーリーを促し傍にあった車の影に隠れた。


その視線の先には不死者が練り歩いていた。


数にして十数人、服装からしてこの街の哀れな犠牲者だろう。


「できる限り温存しておきたい。回り道していこう」


そう言って零夜は不死者達の目から逃れつつ物影に隠れながら別の道に進んでいく。


手持ちの武器では相性が悪い零夜からするとまともに戦えるのはシャーリーだけ、戦力を残しておきたいのは当然の帰結だ。


それは同時に零夜がシャーリーの事も考えて最善を尽くしている他にならない。


「…………」


だが、シャーリーはそれに何故か納得できなかった。


「あ、おい!」


零夜の制止を振り切り、シャーリーは物陰から飛び出し不死者達に向かっていく。


ただ生者を貪る事しか考えてない鈍足な不死者相手にシャーリーが後れを取る事はない。


喰らい付かれる前にまとめて吹き飛ばしてしまうからだ。


しかし……。


「どういうつもりだ?」


無残な肉塊(それでも蠢いているから恐ろしい)と化した不死者達を前に零夜はため息を吐いた。


「ここは敵地と言っても過言ではないんだぞ?最初からそんなに飛ばして魔力が枯渇したらどうするつもりだ?」


「言ったでしょ?あたしは一族の中でもトップクラスの保有量を誇っていると。それにあまり野放しにして後で囲まれたらそれこそ困るでしょ?」


シャーリーの言う事にも一理ある。


だがつい先日、油断は禁物と言っていた事を考えると矛盾しているとも思える。


(まぁ、恐らく自分には考えられないあちらの世界ならではの考えがあるんだろう)


とりあえずはそう思う事にして零夜は特に咎めはしなかった。




「――それで、戻ってきたのですね」


夕方、戻ってきた零夜から報告を受けたアイリスは思わず苦笑する。


あれから何度も不死者を発見するも、シャーリーは零夜が何を言っても全て戦いを仕掛けて爆砕し続けた。


結果、ショッピングモールに辿り着く前にシャーリーの魔力をだいぶ消耗したので戻ってきた。


「まだまだ、行けたわよ」


「そういうのはもっと余裕のある時に言え。息が上がってるだろうが」


まだまだ先に進もうとしていたところを強引に撤退を余儀なくされ、不機嫌そうにシャーリーは零夜を見る。


素直に撤退を聞いたのは土地勘のある零夜抜きで敵が多過ぎる中心街を進むのが自殺行為だと判断したからだ。


前々から忠告していたにも拘らずこの体たらくである。


流石の零夜も文句の一つも言いたげであったが、この時はまだため息を吐くだけで何も言わなかった。


だが零夜のこの態度もまたシャーリーの神経を逆撫でする結果となっていた事をアイリスはまだ気づいていなかった。


   ◇


「中心街に探索に出て数日、ここまでの成果は不死者を爆砕しただけか」


数日後、住宅街へ戻ってきた零夜は後ろを歩くシャーリーに聞こえる様に一人ぼやく。


「とにかく行動不能にしておかないと――」


「それで少しでも減ったか?生憎自分は毎日毎日ほぼ同数の不死者と遭遇している様にしか見えんがなぁ」


そろそろ我慢の限界か、かなり棘のある言葉を投げかける零夜にシャーリーは言葉を詰まらせる。


そんな零夜の両手には今回それぞれ大きな袋、背中には大きめのリュックを背負っていた。


「帰りはそっちじゃないわよ?」


ちょうど小学校の前に差し掛かったところでシャーリーは首を傾げた。


「今日は食料を届けようと思っていたんだ。少し寄っていく」


未だにショッピングモールには辿り着かないが、現在戦力に大きな制限を受けている状態の零夜は戦えない代わりに道中でコンビニやスーパーなどをいくつか見つけて予めマークしていた。


自分達と、以前校長に言っていた通り定期的な食料の調達である。




「おお、賢木君。無事で何よりだよ」


「なんとか」


相変わらずバリケードの番をしていた校長と再会し、中に入れてもらう。


空が赤くなった初日に来て以来となるが、校長はひとまず安心している様だ。


「そちらのお嬢さんは?」


校長がシャーリーに目を向けるが、シャーリーは何も言わずに顔を背ける。


「……連れです。こいつの事は気にしないでいいので」


ここ数日の鬱憤もありかなり雑な扱いを受けたシャーリーは文句を言いそうになったが、自覚があるのか口をパクパクさせるだけで何も言わなかった。


「とりあえず中にどうぞ。あれから、避難者も増えましてね」


大量の荷物と一緒に体育館に入ると、前に来た時は十数人程度だったのがほぼ倍になっていた。


しかし……。


「逆に言えば、住宅街と中心街を合わせてもこれだけですが……」


「……」


嘆息する校長に何も返せなかった。


正確にはわからないが、この街の人口は数万人いると言われており、経済発展が進んでいるせいか規模の割に人口は多い。


もしかしたら別の場所で息を潜めている者もいるかもしれないが、可能性からすれば犠牲者の方が圧倒的に多いだろう。


いや、単に犠牲になるだけならまだいい。


(ま、わざわざ言う事でもないがな)


その機会があれば目の当たりにするかもしれないが敢えて話す必要もない、そう考えた零夜は何も言わなかった。


「あ、汀ちゃんとアリアちゃんのお兄さん」


そこに体育館の奥から出てきた不藤先生が駆け寄り軽く話をする。


「そうですか、2人共無事でしたか」


2人を気にかけていた不藤先生はそれを聞いてほっと安堵する。


「ところで、あなた達はどこに隠れてるんですか?」


「もう少し北に行った所にある神社です」


特に隠さずに話すとシャーリーが脇を小突く。


余計な事を言うな、という意味だろう。


しかし一歩外に出ればいつ不死者と遭遇するかわからないこの状況で、それを知ったところでわざわざ来ようとはしないだろうと踏んだから話したのだ。


「あそこはあそこで隠れる場所が多いので。ところでさっき奥から出てきましたけど?」


不動先生が出てきた先は体育館と併設されているプールとなっている。


確か冬場は水を抜いて空になっているのでこれと言って用はない筈だ。


「電気やガスがないのでどうしたものかと思いましたけど、プールの水槽はコンクリートでできているのでそこで焚火をして暖を取ってます」


「あ、なるほど」


木製の体育館やゴムでできているプールサイドで焚火はできないが、水槽がコンクリート製なのは盲点だった。


「……」


零夜が校長と不藤先生とそんな会話をしている傍で、シャーリーは密かに聞き耳を立てていた。


「あんな化物がうじゃうじゃいる所から無傷で食料を取ってくるなんてどういう神経してるんだ」


「俺、化物が触ったかもしれない食べ物なんて食べたくないぜ……」


零夜とシャーリーを見て不信感を露わに避難者の男達がひそひそと話していた。


対して明らかに不機嫌そうにシャーリーはため息を吐いて男達の元へ歩み寄る。


「なら、食べなければいいじゃない?」


元より他の有象無象に貴重な食料を与える義理がないシャーリーはきっぱりと突っ撥ねた。


「なっ――」


「食べたくないんでしょ?それなら食べなればいいじゃないって言ったのよ。飲まず食わずでどれくらい生き延びれるか知らないけど」


自分より背が低く年下に思える少女が目を吊り上げ腕組みをし上から目線で言い捨てる光景に男達は思わず面食らう。


「よくいるわよね?自分は何もしてないのに文句だけは一人前という情けない男って」


この言葉が癇に障ったのか、男達は顔を赤くする。


「あんたに何がわかる!?」


「俺達だってあの化物に立ち向かったさ!」


「でも全然歯が立たないし、逆に連れが何人か喰い殺されたんだ!!」


その光景を思い浮かべながら男達は口々に怒りと無力を噛み締めて反論する。


「はっ」


しかしシャーリーはそれは鼻で笑い飛ばした。


「だから?それはあんた達が弱かっただけの話でしょ?勇気と蛮勇の違いを学んできたらどう?」


「っ――!」


自分の想いすら踏み躙られたと思っても仕方がないその発言に、男の1人は我慢できずにシャーリーの胸倉を掴んだ。


相手が女だとか年下だとか、そんな考えは既に頭に残っていない。


「……おい」


言い争いを始めた時点で気付いていた零夜が流石に止めに入ろうとするが――。


「――――で」


「あ?」


「触らないでって言ってるのよ」


結構な力で掴んでいたにも拘らずシャーリーはいとも簡単にその手を払い除ける。


「………………」


男達はシャーリーの顔を見て戦慄する。


ただただ無表情、しかしその目に込められた憤怒と嫌悪。


静かな怒りで魔力が溢れているのだが、当然ただの人間にはそれを理解はできない。


彼女が魔人族の姫である事を知らなくても只者ではない事は察する事はできた。


「何がわかる、ですって?それはあたしが言う事よ」


そんな男達と対峙し端から端まで流し見てシャーリーは淡々と語る。


「戦う術があるからこそ辛い境遇に立つ事だってあるのよ」


しかし同時にシャーリーの中でもずっと噛み合っていなかった何かが合い始める。


「時として知りたくなかった事も、更なる困難を知る事だってある」


一度合い始めるとそれまでが嘘の様に繋がり妙な解放感すら覚える。


「無力である故に無知。結局のところあんた達はその程度で止まっただけなのよ」


そのせいか、より鮮明に怒りが込み上げてくるのを感じた。


「その程度のあんた達に、非難される謂れはない。これ以上の侮辱は、許さない……!」


最後に一際強く睨みつけ、踵を返したシャーリーは「最悪」と言い捨て、零夜や校長の前を素通りし体育館を後にしていった。


「………………で、では、自分もこれで」


館内に残された零夜も居た堪れなくなり、とりあえず用は済んだので前に来た時と同じく非常口を開け、梯子を伝って外に出る。


恐らく渡り廊下からそのまま飛び降りたのだろう、非常口を使っていないにも拘らず既に先を歩いていたシャーリーを零夜は追いかけた。




「そんな事が……」


その日の夜(相変わらず以下略)、様子が変だったシャーリーに何があったのか説明されたアイリスは軽くため息を吐いた。


「自分は聞いてなかったが余程頭に来たらしい。魔人族は人間より身体能力に優れてると言うし、地獄耳なんだろうな」


「そういう問題かなぁ」


「一体何を言われてたのかを聞こうにも」


零夜は振り返って詰所に視線を移す。


肝心のシャーリーは戻ってから一言も話さず詰所に引き籠ってしまったので、肝心な事はわからないままだ。


「何があったんだ……?一族の王の娘だしプライドは高そうだからそれを汚す様な事か……?」


そう言いつつも「違うな」と即座に自分で否定する。


これまでのシャーリーは王の娘と言う身分に相応しくどこか気品を感じられた。


しかしシャーリーは身分を振り翳すタイプでないのは全員がわかっている事だ。


「つかぬ事を聞くが、魔人族の年齢……と言うか成長過程は人間と変わらないのか?」


「? 元々全ての種族は人間から派生したという伝承がある程なので、能力こそ違いがあっても基本は変わらない筈ですよ?」


突然の話題転換にアイリスは首を傾げながらも答える。


地味に爆弾発言があった気もするが今はそれではない。


「なら、あいつとて年相応の年端もいかない少女だ。時には感情的になる事もあるし、悩む事だってあるだろうさ」


淡白に済ませる零夜はマグカップを傾けるも、その言葉には何故か説得力があった。


歳で言えばこの中で最年長であり、この世界においての唯一の成人でもある零夜の態度や発言に重みがある。


「でも今は非常時、悩んでる場合かと言うと思いました」


「非常時とは言え……だからこそ自分がわからなくなる事だってある。流石に連日で苛立っていたとは言え、その点の配慮が足らなかったな」


そんな零夜の苦笑にアイリスもこれ以上何も言えなかった。


だが同時に気になった。


最年長とは言え人間としてはまだまだ若輩者である零夜が、どうすればここまで達観しているのかを。


「それはいいとして、明日はどうするの?」


手早く食事を済ませた零夜達に片付けながら汀が聞く。


「あの調子だとまだ出てこなさそうだな」


再度詰所に目を向けてから零夜はアイリスに視線を移すと、アイリスは察して首を縦に振る。


「魔力も回復してますし、昔の勘も取り戻してます」


「ではいざと言う時に備えての肩慣らしも兼ねて明日はこいつと二人で行く」


「よろしくお願いします」


互いの手を軽く叩き、2人は早々に休みを取る事にした。


ちなみに零夜はやはり気を使ってか焚火の傍で寝袋に入り、アイリスは汀とアリアと一緒に詰所で休んだが、シャーリーは既に布団の中で話をする事もできなかった。


   ◆


「……」


夜遅く、そっと布団から抜け出したシャーリーは詰所を抜け出した。


詰所を出てすぐ、境内の片隅にある焚火の傍では零夜が眠っている。


(起こしちゃうかな……)


勘の鋭い零夜の事だ、恐らく近付くだけで目を覚ますだろう。


しかしそれは……。


「……」


その時だけ、普段他では絶対見せない表情を浮かべ、シャーリーは大きく遠回りして本殿の裏に回る。


前に入ったあと蓋だけして放置されている五右衛門風呂を横目に物置に入ると、そこにはアイリスが眠っていた棺が変わらずそこにあった。


(まだ動いてるわね……)


起動してアイリスが目を覚ました後も神聖な魔力を放出し続ける棺にとりあえず安堵する。


「眠れませんか?」


「!?」


その声に驚いて振り向くと、アイリスが優しく微笑みながら立っていた。


「……起きたの?」


「たまたま目を覚ましたら出ていくのが見えたので」


「そっか……」


苦笑を浮かべシャーリーは棺の縁に座る。


「失礼します」


その隣にワンテンポ遅れてアイリスが座る。


しかし何を話していいのかわからず、シャーリーは口を閉ざしたままとなる。


「何か迷ってますか?」


それを察してアイリスから切り出すと、暫くの沈黙の後シャーリーは観念した様にため息を吐いた。


「……いつから気付いてた?」


「中心街に行く初日の朝からですね。何だか零夜さんへの当たりがきつかったので実は男性不信ではと話してました」


「まぁ、そうなるわね」


「でもそれよりも前にアリアさんだけは、シャーリーさんが零夜さんと話す時だけ気を張っていると気付いてました」


「そこまでわかるかぁ」


言われずとも見えないからこそ感じるものがあると推測してまた一つため息を吐く。


「…………実は」


いよいよ観念してシャーリーは話し始めた。


中心街に行く初日の前の晩に見た昔の夢、そこで鮮明に思い出した男への考え、今までの自分を構成していた幼き日の思い出を。


「なるほど。女性はいなかったのですか?」


「いない事はなかったけど、いても数えるほどしか見た事がなかったし、まともに話をした事は全くなかった。そういう意味ではここで汀やアリア、あなたと話した事が初めての経験かしら」


黙って相槌を打つも、アイリスは最も身近にいる筈の女性に触れなかった事に疑問を抱いた。


しかし事情があると考え敢えて口にはしなかった。


「別に夢に見なくても男に対しての考え方を忘れたつもりはなかった。でも今は非常事態だし、昔の東洋の言葉『背に腹は代えられない』という通り、手段を選んでいられなかった。せめて利用しようと考えてあまり考えない様にしていた」


「でも、接すれば接するほど矛盾に気付いていったのですね。今まで見てきた男性と零夜さんが同じ男でも違うと」


これにシャーリーはこくんと頷いて応える。


「かなり口は悪いけど、責任感があってどこまでも信念を貫く姿勢ははっきり言って理想的な人格だと思う。でも、そんな時に昔の夢を見てだからこそ男という存在がわからなくなって……」


片手で額を押さえて苦悶の表情を浮かべるシャーリーにアイリスは黙って耳を傾ける。


零夜に対する態度はあまり褒められたものではない。


でもシャーリーはそれを自覚しているからこそ葛藤している。


それを頭ごなしに否定するのも間違っていると思っているから。


「でも気が付いてみると結構呆気ないものだった」


一転、晴れ晴れとした表情でシャーリーは天井を仰いだ。


「今まで自分の世界基準でしか物事を見ていなかった。今まで見てきた男としてでなく、賢木零夜という1人の男と思うと今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく感じた。だからこそ、何も知りもしないくせに陰口を叩く男が許せなかった」


「それが食料を届けた時の?」


今でも腹の虫が収まらないのか、はっきり怒りを浮かべるシャーリーだったが今度は困った様に眉を下げた。


「でも気付くまでに好き勝手に振舞い過ぎたのもあって、今更どんな顔をすればいいのか……」


「あー……」


数日も経つと少し苛立っていたのを知っているので二の足を踏んでしまうのはよくわかる。


「わからない事はありませんが、零夜さんは全然気にしないと思いますよ?」


しかし零夜の話も聞いていたアイリスの助言にシャーリーは「え?」と思わず間の抜けた声を出してしまう。


「零夜さんが言っていました。年相応の年端もいかない少女だ。時には感情的になる事もあるし、悩む事だってあるだろうさ……と。流石に連日で苛立っていたとは言え、その点の配慮が足らなかったなと反省もしてました」


「そんな……!レイヤは全く悪くない、勝手に暴走してたあたしが悪いのに……」


「なら、その気持ちをどんな形にしろ伝えればいいと思いますよ。さて、まだ時間はありますね。もう少し休みましょう?」


慈愛に満ちた微笑みを返しアイリスは棺から降りて先に行く。


「……敵わないなぁ」


零夜もそうだが、アイリスに対しても素直にそう思いながらシャーリーはその後を追うのだった。


   ◇


翌朝、朝食時にはシャーリーも姿を見せていたが何となく重い空気が漂っていた。


原因は妙に落ち着かない様子のシャーリーだが、昨晩助言を貰ったとは言えやはり切り出すのが難しい様だ。


「では行くか」


それを知ってか知らずか、零夜は当初の予定通りアイリスに声をかけて準備を始める。


「――待って」


その背にシャーリーが呼びかけるも零夜は立ち止まっただけで振り向きはしない。


「あたしも行く」


その言葉に零夜は振り返る。


いきなり留守番にされて怒っているわけでもなく、何か強い決意を感じる眼差しに零夜は首を縦に振った。


「わかった。どちらにしろ何気にこいつはここから出るのは初めてだ。色々フォローしてやってくれ」


「! ええ!」


了解を得たシャーリーが思わず振り向くと、アイリスは変わらず微笑み、汀とアリアは何やらニヤニヤとしている。


「……(ふいっ」


それがなんだか気恥かしく感じつつも、悪くは思わなかった。




「ここから中心街だ」


零夜とシャーリーは何度目かになる住宅街と中心街の境目のアーチまでやってきた。


「ここ最近は住宅街では不死者はもう殆ど見かけなくなったわね」


「だな。あっちはとりあえず放置しても大丈夫そうだ」


これまでは何かあった時の為にアイリスを汀とアリアのボディーガードに置いていたのだが、そのアイリスも連れて出てきたのはそういう理由があるからだ。


それでも一応2人にはアイリスが眠っていた棺の中で隠れてもらっている上に、今回は実質1人では手が回らないというのが実情でもある。


「……瘴気が、一層濃いですね」


零夜にはわからないが先を見据えてアイリスは明らかに不快そうに眉を顰める。


「大丈夫?」


「大丈夫です、行動できないほどでもないので行けます」


「よし、それでは進行再開だ」


力強く応えるアイリスに無理をしている様子はない。


そうして初めて3人揃って中心街へ踏み行った。


「――あそこもだ」


「はい」


通りがかった所にあるコンビニやスーパーと言った食料のある場所を零夜がアイリスに教えながら歩いていく。


それを横目にシャーリーは周囲を警戒しつつも様子を見ていた。


「――あの」


頃合いを見計らって声をかけようとするも、今度は突然の悲鳴にかき消されてしまう。


「生存者ですか!?」


否が応でも緊張が高まり周囲を見回していると、アイリスが2人の肩を叩きながら近くのビルの間の小道を指差した。


今まで隠れていた家族だろうか、親子と思われる男女4人が不死者に追われていた。


「こっちだ!」


手を振りながら呼びかけるとこちらに気付いて一家が駆け寄ってくる。


が、その背後には新旧織り交ぜた不死者の群れ――軽く10体以上いる。


(これは……)


泣きじゃくる子供をあやし、パニックになっている親を落ち着かせながらもアイリスは内心引きつっていた。


この様な集団相手はシャーリーの分野であるが、一般人を目の前に魔法は使えない。


かと言ってすぐにでも砕けてしまいそうなナイフ一振りと対不死者に不向きな狙撃銃しか持っていない零夜では対処ができない。


「これだけの数、住宅街に流すわけにはいかないな。仕方ない、ここで迎え討つ」


だが零夜はそれでも構わずナイフを静かに腰から抜き放つ。


「――レイヤ」


初めて名を呼ばれ、思わず零夜はシャーリーの顔を見据えた。


「背中は任せて」


その一言と共に背を軽く叩いた瞬間、何故か零夜の身体が熱くなり力が漲ってきた。


猛る勇士(ヒートハート)、身体能力向上魔法よ」


「お前……」


「行って!援護するわ!!」


「――了解!」


互いに頷き、戦闘開始と共に零夜が駆け出していく。


「い、今何したんだ?君達は一体……」


「詳しくは多分話してもわからないと思いますが、敵ではない事は確かです」


別の意味で混乱している親にアイリスは苦笑しながらそう話すしかなかった。


その目の前では化物相手でも全く恐れずナイフ一本で立ち向かう男と爆炎を自在に操る少女が戦っていた。


が、予想通り旧不死者を2体刻んだところでナイフは音を立てて砕け散り、丸腰となってしまう。


しかもまだ数が多いので銃は逆に隙ができてしまうと判断し、なんと零夜は肉弾戦に切り替えた。


「ふ――!」


だが猛る勇士で身体能力が向上している拳と蹴りは新旧問わず触れたそばから文字通り粉砕していく。


「ちょっとだけ待っていてくださいね」


しかしその絵面はスプラッタなので事前にアイリスと親が子供達の目を塞いでいるのだった。




「時間は大丈夫そうか?」


「まだ……行けそうです」


戦闘後に家族をアーチの所まで送り届け、小学校の避難所を紹介して別れたところで時計を見ながらアイリスが首を縦に振る。


ちなみに不死者は本来夜に活動が活発化するものだが、瘴気で覆われているこの結界内では時間制限がなく常に活発化しているという。


「だが逆に言えば、それを抑える事ができればそれ以上恐れる必要もないという事だな」


「そうなりますね。しかし油断は禁物ですよ。まだ目的がはっきりしない以上、何が起こるかわかりません」


「了解。とりあえずは目的を果たして今日はさっさと撤収したいところだ」


「そうですね。しかしまた生存者を見つけた場合は、その時点で撤収になりますが」


「まぁ、そうなるわね」


昼夜の制限がないとは言え、あまり神社を長く空けるのは得策ではない。


さっきアイリスが言っていた通り何が起こるかわからないというのもあるが、3人全出撃という手前あまり汀とアリアを不安にさせないという意味合いの方が大きい。


「そういえば、零夜さん。大丈夫ですか?」


なおも歩きながら話していると唐突にそんな事を聞かれて零夜は肩を竦める。


「? 何が?ナイフは全て失ってしまったが、ここから出来うる限り戦闘は避けていけば何とかなるだろ」


「いえ、そうではなくて、先ほど強化魔法を掛けてもらってましたが何か不調はありますか?」


「全然。寧ろかなり調子が良い」


シャーリーが掛けた猛る勇士は掛けた時の魔力が残っている限り効果は持続する。


精度の高さ故か、戦闘からそれなりに時間が経っている今もまだ継続中だ。


だがそれを聞いてシャーリーはしまったとばかりに少しバツが悪そうな表情を浮かべた。


「え、もしかしてこれって何かリスク付きか?」


「いえ、普通はないけどこの場合はレイヤに掛けたのが問題だったかも」


「武と魔は相性が悪いとか?」


「それはわからないけどそこじゃない。魔力に慣れてないただの人間であるレイヤに魔法を掛けたというのが問題なのよ」


「ん……」


言わんとする事はなんとなくわかるが、零夜は今一度改めて軽く体を動かす。


が、最初に感じた時と同じく身体が軽く力が漲りはするも特に不調は感じない。


「いや、やはり特に問題はないな」


「ならいいけど。さっきはこれが最良と思ってたから、一歩間違えば少し状況が悪くなってたかも」


「まぁ、自分が動けなくなれば進行できないからな。ともあれ問題がなくてよかった」


「順応性が高いのか、それともこの結界内で活動してる影響か…………とにかくあれだけの集団をあそこで食い止められたのも収穫ね」


「間違ってるわけでもないし過ぎた事ですけど、一般人の前で真面目に戦闘を始めた時もどうしようと思いました」


先程の戦闘の事を指してアイリスは困った様子でため息を吐く。


明らかに文明が違うこの世界で魔法を振るえば最悪化物と同列に思われる可能性もある。


つい先日も似た様な状況になってシャーリーが問題を起こしているが、アイリスが危惧しているのはそこである。


「だがあの場合あのまま捨て置くわけにもいかないからな」


できる限り戦闘は避けたいが一度顔を合わせれば必ず倒さないといけないのは共通認識である。


今回もそれに則ったわけだが、幸いあの家族は戦闘時のあれそれに関しては特に触れなかった。


曰く、命の恩人である事に変わりはないからだそうだ。


「無力に打ちのめされてるとは言え人をただ非難するだけの人間もいれば、あんな人間もいるのね……」


「話を聞いている限り魔人族や龍人族も結局は同じだ。種族は関係ない、大事なのは自分の考えを持って他人の考えをどう理解するかじゃないのか?」


「……うん、そうね」


零夜に諭され、ここにきてシャーリーはどれだけ自身の世界が狭かったのかを再確認した。


「――あの、レイヤ?」


「なんだ?今更謝罪なら止めてくれ」


いきなり出鼻を挫かれてシャーリーは言葉を失う。


これにはアイリスも苦笑するが、ただそれだけでないのは想像がつくのでとりあえずは黙っている。


「自分にも思うところはある。それにもう十分行動で示してくれた。ならこれ以上言う事も聞く事もない」


これまでの事をあっさり水に流し、先を歩いていた零夜は振り返った。


「もう少しで見えてくる。行くぞ、シャーリー、アイリス」


「! ええ!」


「はい!」


初めてまともに名前を呼ばれ、2人は胸が温かくなるのを感じながら零夜に続く。


今、この瞬間から、3人は本当の仲間になった気がした。


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