Ⅱ~新たな脅威~
◇
見送りに出てくれた校長先生が体育館の片隅に備え付けられている緊急用の避難梯子を出してくれて、バリケードを通らずに外に出る事ができた。
「――さて」
さっき行動不能にしたゾンビ達(相変わらず呻いている)を尻目に小学校を出た青年は改めてこれからの事を考える。
恐らくここを目指していたのは間違いない筈だが、ゾンビから逃げ続けた結果辿り着けなかったと思う。
とすると選択肢は二つ。
中心街の方へ行ったか、墓地と同じく街外れにある神社か……。
神社は隠れる場所が多く、知能がないゾンビをやり過ごすのはさほど苦労しないだろう。
だが中心街となると隠れる場所は多いだろうが、ゾンビが多い気がする。
現にこの異常事態になってから中心街から叫び声や爆発音が絶えず聞こえてくる。
恐らくアテが外れるだろうが、こちらはこちらで食料や武器を確保できる可能性が高いだろう。
さて、すぐさま探索するか、それとも今後に備えるか。
「――?」
行動指針を決めかねているところでふと何か違和感を感じて振り返る。
そこには誰も、ゾンビもおらず何もない。
こんな事態なので少々過敏になってるのかもしれない。
「―それでいいの?」
今度は囁き程度に誰かの声が聞こえ慌てて辺りを見回す。
しかしさっきと変わらずやはり誰もいない。
少々不気味に思える、だが今の一言はもう一つの懸念を的確に突いている様に思えた。
それは単純な理由、まずあの2人の安全を確めるのが先決なだけだ。
行き先がはっきりした青年は踵を返して寮から学校までの道を途中まで戻り、そこから神社へと向かうのだが……。
「……うわ」
心底嫌そうな声が思わず漏れる。
そこにはやはりゾンビの犠牲者の無残な骸が辺りに転がっている。
しかし今となってはこういうのもわかりきった事、本当は嫌だが辺りに飛び散る鮮血を踏み締めて先を急ぐ。
「?」
だが同時に疑問が浮かぶ。
犠牲者がいるという事は当然その元凶たるゾンビがいるのだが、そのゾンビも躯に紛れて行動不能になっている。
少なくともここにいたであろう人物の中に、青年と同じく戦う事を選び、同じ戦い方に至った者がいるという事だろうか?
(いや、今はいい。とにかく先に―)
とりあえず疑問は頭の片隅に退けていると、この短時間で聞き慣れた呻き声が聞こえてきた。
またか、と青年が振り返るも……。
「!?」
確かにゾンビである事に間違いはなかった。
だがそこにいたのはついさっきまでその辺に転がっていた骸達だった。
そう、出自が定かではない元々ゾンビだったものではなく、元はこの街の住人だった者達がゾンビとなって立ち上がってきたのだ。
「冗談じゃない……ッ!」
最初からいるゾンビなら対処は簡単だった、だが少なくとも空が赤くなるまでは生きていたこのゾンビ達となると話は変わる。
青年は一目散に駆け出し、戦闘を放棄する。
だがその傍ら次々にこの街の住人だった者がゾンビとして立ち上がってくる。
「……見えた!」
そして神社が見えてきて、青年は一度立ち止まり振り返る。
他方面からの人影無し、だが青年が来た方からはゾンビの群れが向かって来ていた。
一度突き放した為まだ少し距離があるが、執拗に追ってきている。
仮にここに2人がいたとして余計危険な目に合わせる事になるのではないだろうか。
いよいよどうするかと頭を悩ませていたが……。
一瞬、視界が炎で覆い尽くされた。
「っ!」
突然耳を劈く大爆発が発生し、ゾンビ達は爆炎を諸に受けた。
直撃を受けたゾンビ達は更に無残な数個の肉片に砕け散り、後続のゾンビ達は大爆発によってできた大きな溝によって道を寸断されてこちらに来れなくなった。
(たまたまガス管が爆発した?それにしては出来過ぎな気がするが……)
ともあれ助かった事に変わりはない。
ゾンビ達に目もくれず青年は神社に続く上り階段を駆け上がった。
「はぁ、はぁ……――?」
長い階段を駆け上がると少し息が上がるが、まず目の前に見えた光景に驚きを隠せない。
ゾンビ達が徘徊している事も視野に入れていたのだが1体もいない。
それどころか荒らされている様子もなく空さえ除けば以前と変わらない。
(まさか神聖な場所だからゾンビが寄り付かない、とか言わないよな?)
妙な胸騒ぎを感じながらもまず境内を探索する。
少なくとも外は人がいる様な感じはしない。
(……もしかしてアテが外れたか?)
そんな一抹の不安が過りながら歩いていると、また学校前と同じ違和感を覚えた。
(いや、さっきよりはっきりとした…………気配?)
これが2人なら隠れているわけがない筈、とすれば―
「隠れてないで出てこい」
周囲に警戒しながらその場で問いかけると、少し間を置いて本殿の上から音がした。
「――驚いたわね」
顔を上げるとそこには黒いローブで全身を隠した小柄な人物――声からして女性……いや、少女がいた。
そして少女は何の躊躇いもなく屋根から飛び降り、青年の前に着地する。
「ここに来る様に誘導したつもりとは言え、あたしの気配を察知するなんて」
「こんな状況だ、いつもより感覚が鋭敏になってるんだろう」
「ふ~ん、そういう事もあるのね」
話をしつついつでも抜ける様に腰のナイフに手を掛けながら青年は数歩下がる。
結構な高さから危なげなく着地し、何とも言えない不思議な雰囲気を感じ取ったからだけではない。
その声とフードから零れる金髪がかつて在りし人物を思い出させる。
だから平静を保ちつつも青年の心中は決して穏やかではないのだ。
「ここに来るように誘導した、と言ったな。あの妙な感じはお前か?」
「そうよ。……けど」
肯定で答えた少女はため息を吐いてフードに手を掛ける。
「っ!?」
薄々そんな気はしていたが、言葉を完全に失ってしまう。
言葉だけじゃない、胸の動悸は酷く、汗が止まらない。
何故?と言う問いが青年の頭に延々と浮かんでは消える。
何故なら、その声その姿は――。
「先に言っておくけど、あたしはあなたの知っているあたしではないわ」
しかしそれすらも察してか、少女は青年の疑問をあっさり否定する。
「……どういう事だ?」
「あたしの名前はシャーリー、シャーリー・クレプスキュル・ロジエ。現・魔人族の王の一人娘よ」
「………………………………………………は?」
シャーリーと名乗った少女は真面目な顔をして、急にぶっ飛んだ事を言い出した。
これには青年も思わず呆気にとられる。
「まぁ、そうなるわね。少し前にも同じ反応をされたから」
苦笑しつつシャーリーは両手を上げて無抵抗を示した。
「とりあえず今言える事は、あたしは何かするつもりはない。少なくとも敵ではないわ」
警戒されてるとわかっているので話が進まないと考えたのか、シャーリーはまっすぐ青年を見据える。
その真紅の瞳は一点の曇りもなく、ただただ嘘偽りがない事を訴えている様に見える。
「…………同じ赤でも空とはえらい違いだな」
「え?」
「いや、なんでも。で、話は聞かせてもらえるんだな?」
「知ってる事なら全て」
「……いいだろう」
ナイフから手を離し青年は警戒を解く。
これが演技で自分に危害を及ぼすのなら、それはそれで見切れなかった自分の落ち度と割り切って。
「お兄さん!」
その声に振り返ると、そこには捜し続けていた2人が境内の隅から姿を見せていた。
「汀、アリア……?」
「っ!」
青年の姿を見つけた2人は一目散に青年に駆け寄り、勢いよく抱きついた。
「っ」
勢いが付き過ぎて若干痛かったがそれを口にするのは野暮である。
「よく、無事だったな」
それだけ言って青年は2人の頭を優しく撫でる。
見たところ目立った怪我もなさそうだ。
「もしかして、お前が?」
「ええ。例え人間であっても、子供の未来を奪われる事は避けるべきだから」
「……どうやら、腹を割って話し合う必要がありそうだな」
「そういう事」
2人の安全を確認した事でようやく頭が冷めてきた青年に、シャーリーも心なしか安堵した様に頷いた。