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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
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Ⅰ~襲い来る不死者達~

さっきまで雲一つない青空だったのが一転して血を思わせる禍々しい赤い空へと変貌していた。


その変化に街中からざわめきが広がり、次第に広がっていく。


(とりあえず、自分が見ている夢幻ではなさそうだな)


少しズレたところで安堵した青年はとりあえず帰宅を急ぐ。


が、異変はそれだけではなかった。


「……悲鳴?」


所々から悲鳴が上がる様になった。


更には世界の終末だのこの世の終わりだのと言った声まで。


「いくらなんでも空が赤くなった――」


1人ぼやく青年だったが、すぐにその意味を知る。


街外れとは言え家から人々が出てきて騒がしくなってきた路地を進んでいるとその先に『何か』がいた。


「位、で……」


完全に言葉を失う。


そこにいたのは人の姿をした何かだった。


『あぁ……あ"あ"……』


血の気を失い青白さすら通り越して土色になった肌に腐りきった傷、そして生気を全く感じない瞳――というか眼すらないのもいる。


ゾンビ――ゲームや映画で目にする所謂不死者(アンデッド)がまさに目の前にいた。


「冗談キツいぞ……!」


腕っ節に多少なりとも自信がある青年だが、本能も理性も告げている。


これは現実で、あれがヤバい存在だと。


「っ!」


すぐに道を変えてひたすら寮を目指して逃げ回る。


そう時間が経たない内に辺りから悲鳴が響くが、生憎青年には全ての人を救うゆとりどころか義理もない。


とにかく自分1人で逃げ回るも行く先々にゾンビは出現する。


が、動きが緩慢である事とこちらに地の利がある事で逃げ遂せるのはそれほど難しくなかった。


   ◇


「――着いた」


遠回りに遠回りを重ね続けかなり時間が掛かったがようやく寮に辿り着き、辺りにゾンビがいないか確認する。


どうやらここにはいない様だ。


「汀!アリア!」


部屋を隈なく探すも2人の姿は見えず、自分の部屋も含めた全ての部屋も捜す。


しかし結局2人はいなかった。


「……」


一瞬、既に手遅れかとも思ったがそれにしては痕跡がなさすぎる。


最後に寮の裏にある道場に足を踏み入れる。


「ここにもいない、か」


道場の中は外があんな状況であるにも拘らず厳粛とした独特な空気を保ったままだ。


管理人はまだ幼い住人の面倒を見る傍らこの道場で空手や柔道などの武道を教えている。


青年や汀も教え子の1人で、青年にとって謂わば管理人であり恩人であり師でもあるのだ。


「……ん?」


道場の片隅、こじんまりとした小部屋に入ると奥にある金庫が開けられている。


中にはサバイバルナイフなどの明確な武器が保管されていたのだが、その内の何本かが無くなっている。


この存在を知っているのは管理人と青年、あと汀だけだ。


(という事は)


青年と汀は身内である事と探究心が加わって武道だけでなく管理人の趣味でもあるサバイバル技術まで習得している。


どうやら隠れるよりも逃げるという選択肢を取った様だ。


当然アリアも一緒だろうが、これが吉と出るか凶と出るか、既に異常事態である現状では判断できない。


(……よし!)


汀も既に行動を始めているのなら、自分もできる事をやってから早速行動を開始する。


更に床板を外してその奥に隠れている物を取り出して、道場の中央まで戻って中身を確認する。


一見するとトランクケースだが、その中に入っているのは長身の銃である。


武道・サバイバルに加えて青年は射撃も教わっている。


所謂クレー射撃というもので、自分もただ使い方を教わっただけで使用経験はあまりないが、あんなヤバいのまで徘徊している今背に腹は代えられないだろう。


大型ナイフが2本、折りたたみ式小型ナイフ1本、それに狙撃銃一丁にその弾薬、そしてリュックに保存食を行動の邪魔にならない程度に詰め込み、寮を飛び出す。


こんな状況にもかかわらず冷静に行動出来てると思うが、成せばならん事があると案外頭が冴えるものである。


(あいつの考え方からすると――学校か?)


恐らく汀は仮に青年がいた時にする行動を予測した上で先に行動を起こしたのだろう。


これもまたサバイバル技術、ひいては非常時の行動原理だ。


「っと……」


学校に向かう青年の前にゾンビが現れた。


ゲーム的に言えばこれが初エンカウントという事になるが、これはゲームではない。


(弾薬はあまり使えないからな……)


こちらに気付いたゾンビに対して大型ナイフを抜いて斬りつける。


刃はあっさり通りゾンビが前に突き出していた腕が斬り落とされる。


返り血を少し浴びてしまったがそんなもの気にせず動きが緩慢な隙をついて後ろに素早く回り込み今度は首を落とす。


大した抵抗もなく首も落ちるが、それでもゾンビは倒れない。


(首がなくても動くか……)


ゾンビは頭を失うか破壊すれば倒れるのだが、どうやら通用しないらしい。


まぁこれはあくまでゲーム知識、信用できるとは思ってない。


なら――。


「ふん」


今度は足払いを掛けて転ばせる。


動きが緩慢なので起き上がるのも遅い。


その間に青年はすぐさまその場を離脱し先を急いだ。


……のだが、予想通りというか辺りに犠牲者と思われる骸が転がっていた。


適当に食い殺された元は人間だったものが、それはもう無残な状態で。


それを目の当たりにしつつも顔色変えない自分は既に異常なのだろう、と青年は苦笑しつつ先を急いだ。


   ◇


途中、ゾンビに2度3度遭遇したが、逃げるだけなら苦労はしない。


そうして学校に到着したが、小学校も似た状況だ。


あちらこちらに骸が転がり、そして元凶たるゾンビが数体。


(さすがに野放しにはできないか……)


倒せない以上、行動不能にするしかない。


そう結論付けた青年は大型ナイフを両手に持ち、考えていた事を実行に移す。


「っ!」


醜悪な姿に近づきたくない不快さを押し殺し、身近にいたゾンビを標的にまずは両腕を落とす。


続けて両足を切断。


普通の人間相手にはこうもうまくはいかなかっただろうが相手は知性を持ち合わせていないただの動く屍、作業は容易だった。


その単純作業でとりあえずこの場にいるゾンビ全員を行動不能にする。


「あ"あ"あ"……」


恐らく痛覚も持ち合わせていないだろうが、心なしかゾンビ達は苦しげに呻いている様にも思える。


これもあくまでゲーム知識だが、ゾンビというのは第三者による干渉(わかりやすく言えば魔力とか)で動いていると聞く。


つまり望んでもいない仮初の生を与えられたという事になる。


静かに眠っていた筈なのに叩き起こされた挙句意思をもたない傀儡と化し、死ぬ事も許されない永遠の苦しみ。


そう考えればゾンビというのも哀れなものである。


が、だからと言って情けをかければこちらがやられるのもまた事実。


できる事と言えば……。


「……許せ」


片手を眼前に揃えて立て、そう言い残して校舎に入っていく。


手に掛けただけその命を罪を背負っていく。


詭弁かもしれないが、生きていく事だと思う。


「…………」




校舎の中は休みだという事もあってか外ほど酷い状態ではなくただ閑散としている。


とは言えゾンビがどれだけいるのかわからないが、規模によってはそれも時間の問題かもしれない。


(後は……)


この学校には汀やアリアの付き添い等で何回か来た事があるので間取りは大体分かる。


校舎と後もう一つ、渡り廊下を挟んで体育館がある。


その渡り廊下に差し掛かると――。


「まぁ、そうなるよな」


渡り廊下には机や椅子など、ある物を積んで固定されたバリケードがあった。


今までの様子から察するに、知性を殆ど持ち合わせていないあのゾンビ達は単調に進むだけで障害物を排除するという考えもなさそうだった。


だからバリケードというのはかなりの効果が期待できる。


……だが。


「……誰か、いますか?」


さっきの呟きが聞こえたのか、奥から男性の声が聞こえた。


「!」


恐らく隙間から覗いた時に青年の服装を見たのだろう、息を呑んでいるのがわかる。


青年の服装はカッターにジーンズの上に黒いロングコートという簡素な格好だが、元々白かったカッターは返り血で殆ど赤黒くなってしまっている。


「落ち着いてください。自分は、ゾンビではありません」


屈んで自分の顔が見える様にする。


顔も少しばかり返り血が付いているがさすがにそこは勘弁してほしい。


「ああ、すいません。今除けますね」


その声と共にガタガタとバリケードの一部が外れていく。


「……念の為に、化物が来てないか見てもらえますか?」


言われた通り撤去中に来ない様に渡り廊下から校舎に戻り、階段を上から覗き込む。


さっきまで校舎中を見て回っていたのでそれからゾンビが侵入するにしても、あの緩慢な動きから見て時間的にまだ余裕がある筈だ。


「どうぞ」


その声と共に素早く渡り廊下に戻りバリケードを通っていく。


そしてすぐさま向こう側にいた男性と共にバリケードを元に戻す。


この手のバリケードは、通行に難があるのは弱点だ。


「ふぅ、ありがとうございます。さぁ、こちらへ」


改めて向こう側にいた男性、見た感じ初老の男性に連れられた渡り廊下から体育館の前までやってくる。


「あ、校長先生」


と、そこに体育館から今度は若い女性が出てきた。


戻ってくるのが遅い男性――校長先生の様子を見に来たのだろう。


「? あら?」


そしてその若い女性は青年を見て首を傾げる。


かくいう青年もこの女性に見覚えがあり同じく思い出そうと首を傾げる。


それなりに大きいとは言え同じ街だ、もしかしたらどこかで会ったのかもしれない。


不藤(ふどう)先生、お知り合いですか?」


校長先生の言葉に思わず手を叩いた。


「そうだ、汀とアリアの担任の先生。確か、今年から教師になった新任の先生だと」


その関係上、この学校に来た時に何度か顔を合わせている。


それに先生も思い出して手を叩く。


「ああ!汀ちゃんとアリアちゃんのお兄さん!」


それを聞いて校長先生も「ほぉ」と目を細める。


「あなたが話に聞いていたあの子達の……そうですか」


校長先生も話だけは知っているらしく、和やかにうんうんと頷いている。


が、呑気に思い出話をしている場合ではない。


「とにかく中へ。……あ、一応顔を洗ってもらっていいですか?」


あの中には何人か逃げ延びた人々がいるのだろう。


その人たちの前に出るのに返り血は見せられない。


という事で入る前に体育館前の水道で顔を洗う――が、ここで一つ気付いた。


「水道は普通に動いてるんですね」


「はい、それにここには室内プールも隣接しているので水源には今のところ困りません」


夏休みのプール教室の監視兼コーチとして来た事もあるのでそれは知っている。


それに室内というのが今回は幸いだ。


「では、改めてこちらへ」


ついでにコートにも付いている返り血を拭い、落とし様がないシャツの返り血はコートのボタンを止める事で隠し、校長先生と不藤先生に連れられて体育館の厚い鉄の扉を通る。


見知った体育館の中は静まり返っていた。


親子と思われる大人と子供、完全に学校とは無関係に見える大人、合わせて十数人がシートを敷いただけの簡易スペースに座っている。


だが、その中に汀とアリアの姿は見えない。


「汀とアリアは、いませんか」


「見てませんね。無事だといいんですけど……」


不藤先生は心底そう思っている様に眉を顰める。


贔屓というわけではないが、不藤先生は2人をよく気にかけてくれていたからだ。


「ん?」


ふと視線を落とすと、子供の1人が自分のコートの裾を軽く引いていた。


「ねぇ、お兄ちゃんは外の化物を倒してきたんでしょ?」


子供のその言葉にその場の空気が少しざわついた。


「……どうしてそう思うんだ?」


腰を落として視線を合わせる。


渚やアリアの様に互いに知れている相手ならともかく、体格差のある子供相手と話す時は視線を合わせるのが良い。


「だって、校庭には化物がいるんだよ。化物を倒さないとここまで来れないでしょ?」


一応逃げるという選択肢もあるのだが、あのバリケードを通ってこようと思えば最低でも行動不能にはしないといけない。


なので子供が言っている事は間違っていない。


「もっと、もっとあの化け物を倒して!あの化物が、お母さんを――!!」


「浩太君、落ち着いて!!」


泣きじゃくりながら両肩を掴んで揺らす子供を不藤先生が慌てて引き剥がす。


「ほら、こっちで休んでて、ね?」


そしてあやしながら離れていく。


青年はそれをただ見送りながら立ち上がる。


ただ泣きじゃくるのならともかく、目が尋常ではなかった。


それは決して子供がしてはいけないほどに。


「……あの子は」


同じく見送っていた校長先生が「ええ……」とため息を吐いた。


「浩太君は目の前でお母さんをあの化物に食い殺されてしまいましてね。母親を失った悲しみと母親を奪った化物への怒りで心が不安定な様で」


無理もない。


見れば汀やアリアよりも年下――まだ低学年だろう。


そんな歳で、しかも目の前で母親が殺されれば心が壊れてもおかしくない。


「さて、あいつらがいない様なら自分はここで」


だがそうは思ってもだからと言って青年にできる事はない。


自分は自分でやらないといけない事がある、青年にとってはただそれだけだ。


「行くんですか?」


「あいつらと合流しないといけないので」


「そうですよね……」


その答えはわかりきっていたらしく校長先生は嘆息する。


止める気もない様だ。


「それに黙って引きこもるのも性に合わないですから」


この発言に主に大人達が意味ありげな視線を向けてくるが、素知らぬ顔で通す。


通すが……。


「水源は確保できてるんですよね?」


「ん?あ、はい」


「食料は?」


「保存食や家庭科室に保存していた食材をかき集めてきたので当分は保ちますが……」


「ここに来たのも何かの縁、時折様子を見に来ますね。食料とか持って」


「!」


落ち込み気味だった校長先生の表情が途端に晴れる。


完全に無視できるかと言われれば青年もまだそこまで非情ではない。


できる事はしようと思う。

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