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幕間Ⅰ ~のこされたもの~


   ◆



「ん、ん……」


深い眠りから覚めて瞼を開けるけど、まだ視界がはっきりしない。


重たい瞼を何度も動かしていく内に視界は少しずつ晴れていく。


――と。


「あ、れ……?」


それは不気味な赤い空でもなく、薄汚れた木目の天井でもなかった。


赤い内装が施された天井に視界の隅にはシャンデリラ、見慣れた自室の天井だった。


「……」


続けて自分の身体に視線を落とす。


ふかふかの布団から腕を出して眺める。


袖からして愛用のネグリジェだとわかる。


ここまでならいつも通りだと思うけど……。


「いつっ……!」


ベッドから起き上がろうとすると身体中から痛みが走る。


それがあの出来事が現実であったことを知らせてくれる。


「あら」


ベッドから抜け出して腰かけたところに誰かが部屋に入ってきた。


ふわふわの淡い金髪に聖職者を思わせるローブ、共存誓約以前から交流のある天使族――メグだ。


「メグ……なんだか、久しぶりね」


「3か月、と言ったところかしらね。それにしてもあなた、丸くなったわね」


3か月、紅の空間(あそこ)にいたのが大体2カ月だったから、1ヶ月眠っていた事になる。


そして丸くなった~の下りと合わせた二重の意味で思わず苦笑してしまう。


レイヤやアイリスに散々言っていたけど、以前は認めてはいてもどこか心を開けてなかったのをよくわかっているから。


――そうだ!


「ねぇ――」


あれからどうなったか聞こうとすると、メグがあたしをそっと抱き締めた。


「……メグ?」


「無事でよかったわ、本当に」


「……」


天使族は基本的に慈悲深く敵対者には無慈悲という面があるけど、その中でも特に慈愛が強いこの天使は本当に心配していたという事を感じ取って微かに震えるその背に腕を回す。


なんだか、とてもこそばゆかった。




「それで、メグ――」


ようやく離れてくれたメグに色々聞きたい事があるけど、メグは「わかってる」と制する。


「色々こちらも状況が変わってるし、それらも含めて一つ一つ説明していくわ。用意して」


そう言ってメグは部屋を出て行った。


しかしすぐに戻って来て顔を覗かせる。


「身支度大丈夫?手伝う?」


ネグリジェに手を掛けていたあたしは今一度自分の身体を確める。


あちこち治療したのが見られるし少し痛いけど、動きに制限が付く程ではないのでとりあえず断っておいた。




何だか数年ぶりとも思えるほど久しぶりに私服を着て表に出る。


「……?」


すぐに違和感に気付く。


周りの景色こそは変わらないものの、全体的に明るく感じる。


「!」


空を見上げるとそこに広がっていたのは見慣れた赤く焼けた空でも紅の世界の血塗られた空でもなく、見た事がない澄み切った青空だった。


それは以前レイヤ達から聞いた空だった。


という事は……。


「メグ、もしかしてここは……」


「お察しの通り、ここは異世界。この辺り一帯、ちょうど共存誓約地が丸々異世界に転移してきてるの」


「えぇ……」


まだ紅の空間にいた頃、あちらの世界がどうなっているかと言ってはいたけど、まさか大地ごと転移しているとは思わなかった。


でも……。


「空気が澄んでる、こんな清々しい空気は吸った事がないわ」


深呼吸しただけでわかるこの空気にメグも「そうね」と笑顔で同意する。


「さて、それじゃあ行きましょう」


メグに促されて歩き始めると、魔人族の里を出る手前で1人の少女がメグに声を掛ける。


「あ、あの……」


少女はちらちらとあたしを見ながら言い淀んでいる。


ここにいるという事はこの少女も魔人族だと思うけど、それにしたは少し弱々しく魔人族では珍しいタイプだ。


「ええ、わかってる。それもこれから説明するわ」


「そうですか……」


メグの言葉に少女は短く答え軽く会釈して去っていった。


……あの子、他の魔人族に苛められたりしないだろうか。


落ち着いたら様子を見に行ってみよう。




共存誓約地――その名の通り世界の危機を共に回避するべく他種族間交流を始めた国とも呼べない地。


正式に誓約が成される前から逸早く世界の危機感を覚えた者達で集落を起こし始めてはいたけど、あれからどうなったのか気になるところ。


「メグ、移住の方はどうなってるの?」


「各種族、生き残った者達は来たらしいわ。ただ世界異変の際にそこから結構な犠牲者が出たとか」


「……そう」


天変地異に等しいあれだけの災害だ、そうなっても仕方ない。


「この話が出たからには先延ばしにしても仕方ない。あなたに伝えないといけない事がある」


先を歩いていたメグが立ち止まって振り返り面と向かう。


「その犠牲者の中に魔人族族長――つまりあなたの父もいるのよ」


「……そう」


それはなんとなく予想していた。


屋敷を出る時屋敷に人気はなかったし、この地が転移したのなら尚更。


「淡白な反応ね」


「想像つくし、あたしが父も含めて男嫌いなのは知ってるでしょ?」


「まぁね」


あたしの父は言ってしまえば権力の亡者だった。


権力を笠にやりたい放題、逆らえばすぐにあらゆる手を使って嫌がらせ、最悪処刑する事すらあったまさに暴君だった。


元々魔人族は集団生活をする習慣のない種族柄という事もあり、一時は屋敷を維持する者もいなくて幼少時のあたしがメイド紛いの事をさせられた時期もある。


しかしいくらか成長した頃、あたしが反発し始めたの機に父はあたしが強い魔力を持っている事を畏怖する様になり腰を低くし始めた。


そんな父の周りに集まったのもやはり同種の者達ばかり、これがあたしが男嫌いの原因だった。


父が亡くなったと言われても、生憎悲しむほどの情も持ち合わせてはいない。


「あなたからしてみれば冷酷ともとれるでしょうね」


「そうかもしれないけど、そうなっても仕方ないと思えるのも確かね」


それ以上はお互い何も言わず苦笑して歩を進める。


つまり先ほどの少女があたしを気にしていたのは2つの意味があったのだと思う。


族長不在の今誰が魔人族をまとめるのか、族長の娘であり時期族長に近いあたしがどんな人なのか、それともその両方か。


「族長、か……」


いまいちピンとこないわね……。




誓約地のほぼ中央、誓約を結んだ由緒ある湖とその中心にある集会所だけどどうやら素通りらしい。


「確かにこれから各種族の長達との話し合いでもあるけど、場所はここじゃないわ。機人族の地下基地よ」


「機人族の?」


あたし達魔人族は谷、龍人族は山、獣人族は湖の畔、天使族は浮遊島、精霊族は森と住んでる場所は分かれているけど、機人族は何と荒野の地下。


以前より交流のあった機人族のエノ曰く、魔導機の大半はあまり外気に晒しておくと手入れが大変だからだとか。


という事で湖は素通りしてその先にある荒野へ。




「ここよ」


そうして辿り着いた荒野にはわかりやすく大きな入口がある。


「そういえばここに来た事ってないから新鮮ね」


「そもそも機人族って人間味が薄いせいか、誰かを招く事自体あまり聞かないわ。実際私も初めてよ」


言われてエノの顔を思い浮かべる。


付き合ってみるとそうでもないと思うけどね……。


「まぁ普段があれだから」


そう言ってメグは入口に立っている辛うじて人型を保っている金属の塊に声をかけた。


使い慣れてるからか、それとも更新する必要がないのか、エノと比べてだいぶ古いタイプだ。


でもエノも知り合ったばかりの頃はあんな感じだったなぁ。


なんだか懐かしい。


「シャーリー、案内してくれるって」


遠目に眺めていると、メグが手招きしている。


どうやらあの旧式の機人族が案内してくれるらしく、メグに続いて地下基地へ入っていく。


地下基地は入口こそ洞窟の様な自然物だったけど、中は金属で覆われて整えられている。


あ、でも紅の空間で見た建物の中もこんな感じだった。


どちらかというと機人族の生活様式はこの世界に近いのかしら?


「コチラニナリマス」


「ありがとう」


案内してくれた機人族に礼を言ってドアを開けようとする。


しかしドアノブが見当たらず、代わりにスイッチがあった。


メグがとりあえず押してみるとドアは勝手に開き、あたしもメグも少し驚いてしまう。


気を取り直して入室すると、少しだけ広い部屋に机と椅子だけが置いてある簡素過ぎる室内に直接の面識はなくても知っている顔ぶれがいた。


「来たか」


ただ座ってるだけなのにこの場にいる者の中でも特に威厳に溢れているのは金の鱗を持つ黄金龍の龍人にして龍人族の族長であるシェン。


「若き魔人の姫さんも一緒だね」


ちょうど伸びをしていたところで少し退屈そうにしていたのは白豹の獣人にして獣人族の族長であるカレン。


「無事に目覚めた様で何よりです」


穏やかな雰囲気を醸し出しているのは空間を司る上位精霊にして精霊族の族長であるセレス。


「……」


あたしの顔を見て小さく頷いてくれたのは他の機人族と比べてより洗練されたボディを持つ機人族の族長であるエノ。


「ちょうど様子を見に行ったら目を覚ましていたので連れてきました」


そしてあたしをここまで連れて来てくれたのは聖母の異名を持つ天使族の族長代理であるメグ。


「好キナ所ニ掛ケテクレ」


エノに促されてとりあえずメグと共に近くの椅子に座ろうとするも――。


「ト言イタイトコロダガ、ソノ前二」


促しておいて制するエノが視線をシェン様に向ける。


この中で一番身体が大きいシェン様の背中から誰かが出てくる。


それは――。


「アイリス!」


「シャーリーさん!」


デスサバイバルを共に戦い抜いた戦友の姿にあたし達は互いに駆け寄り抱き合う。


「無事で何よりです」


「あなたもね」


お互いボロボロだったけど、生きてここにいるのが何より嬉しかった。


「ちょうどアイリス殿も昨夜目覚めたところでな、とりあえず各族長に紹介しておいた方が良いと思って連れて来ていたのだ」


暫く見守っていた後、離れたところを見計らって話を振ってきたシェン様だったけど……。


「いたのだが、な」


シェン様は族長どころかこの地に住まう全ての住人の中でも恐らく最年長に当たり、種族を超えて信頼を寄せられている。


本人もそれに応えるべく威厳ある態度を取っているのだけど、そのシェン様が珍しく言葉を濁している。


「姫さんも起きたとなれば」


姉御肌というもので物事をはっきりさせるカレン様も浮かない顔でため息を吐く。


「……」


常に微笑みを絶やさないセレス様さえも眉を下げている。


「2人共起キテバカリデ申シ訳ナイガ、マズ一番気ニナッテイル事ヲ話シテオキタイ」


だがこのままでは話が進まないと判断したのか、エノが(表面上は)淡々と話を進める。


「マズハ君達ガ閉ジ込メラレテイタ紅ノ空間ダガ」


エノが壁を指差すと壁一面にモニターが表示される。


「!?」


それを見た瞬間にあたしもアイリスも驚愕する。


モニターに映っていたのはあの見たくもないのに見慣れた禍々しい空の色をした結界だった。


「あれは、紅の空間……!?」


「どうして?確かに黄泉の冥玉は――はっ!?」


そういえば紅の空間での最後の瞬間、あれは再び動き始めていた。


「まさか、あれからまた何か?」


嫌な予感が過る中、「ウン」とエノは小さく肯定する。


「辛ウジテ最後ノ瞬間ヲ記録デキタノデ見テモラオウ」


再び指差しエノはモニターを切り替える。


しかし黒い砂嵐の様なものが映るばかりでよくわからない。


「全然見えないじゃないか」


「魔力ノ乱レガ激シイノダ。少シ待テ」


エノがそう言うと映像は少しずつ戻ってくる。


そこに映っていたのは……。


「……レイヤ」


レイヤと黄泉の冥玉が対峙しているところだった。


そのレイヤの後ろではあたし達が倒れており、レイヤは左腕を前に突き出している。


「――っ!?」


アイリスが口を両手で覆い息を呑む。


レイヤの左腕、不死者・肥大化していたその腕は肘から先が欠損していた。


そして冥玉は再び沈黙して落ちる。


状況から見て、あの最後の瞬間のその後の出来事と思って間違いない。


「一度ハ沈黙シタト思ワレテイタアノ宝玉ガ最後ノ(チカラ)デ反撃シテキタノヲ腕一本犠牲ニシテ凌イダノダロウ」


確かに映像を見ているとレイヤを先頭に倒れているあたし達を始め波状線状は何事もなく、その左右は瓦礫とか何かしらの残骸が残されていた筈なのにそれら全てが地面ごと吹き飛ばされている。


「最後の力同士の衝突を制したのか――見事」


その最後の様にシェン様も唸らせる。


でも……。


「……ココカラガ肝心ナノダ」


1つの命が終わるその時を、エノは静かに語る。


冥玉の沈黙を確認したレイヤはあたし達に近寄ると1人1人胸と口元に耳を澄ませ首に指を当てる。


どうやら生死を確認しているみたい。


「ねぇ、音はないのかい?」


「先ほどの魔力の乱れで音を拾う効果もやられてしまって」


「ああ、うん」


苦々しく言うメグにカレン様は後ろ髪を掻きながら同意する。


この時のトレーサーは人で言えばもう満身創痍の状態だったと思う。


そこに文句を言える筈もない。


そうこうしている内にレイヤは倒れているあたし達を前に何やら思案している。


ここからどうやって脱出させたのか、エノの言う通り肝心なところ。


事態が変わらないまま暫く続いていると、そこにあたし達が持っているドラグシールが宙に浮かんだ。


あたしが持っている『ⅩⅨ Sunrise』にアイリスの『Ⅹ Fortune』、それに木龍・死亀・黒霧が落とした封印状態のドラグシールの計5枚。


「こんな時に不謹慎だが、かなり希少な光景だな」


シェン様の発言にその場の全員が同意する。


貴重な品であるドラグシールが全22枚中とは言え、5枚もその場にあるのはかなり珍しい。


加えてここには同じくアーティファクトの天凶もある。


(それだけではないのだけど――いや、今はいい)


気を取り直してモニターに戻ると、死亀が残した黒いドラグシールがレイヤの手元に収まりその表面に罅が入る。


「ま、まさか……!」


カレン様が思わず立ち上がって驚愕している。


そう、ここにきて3つ目のドラグシールの封印が解かれようとしている。


存在が危うい状態とは言え、人間の手によって。


驚いていると不意にレイヤがトレーサーに気付いたのか、指で来いと合図している。


映像も乱れていていよいよ維持が難しかったであろうトレーサーが近寄ると、レイヤは封印が解ける寸前のドラグシールを見えやすい様にずらす。


多分、少しでも情報を残しておこうという意味だと思う。


そして封印が解かれ、その正体が露わになる。


ナンバーは――ⅩⅢ!?


「死神、だと!?」


ドラグシールの中でも幻のナンバーとされる一つにシェン様さえも驚愕する。


そんなあたし達を余所に事態は更に進んでいく。


レイヤがドラグシールに何か言ったかと思うと、あたし達はドラグシール達によって魔力の膜で覆われて宙に浮かぶ。


そしてレイヤが腕を振るうと空高く飛んでいく。


今あたし達がここにいるという事は、結界すらも突き破ったのだとわかる。


そしてあたし達を見送った後、レイヤは天凶を脇に抱え、完全に沈黙した冥玉を拾う。


映像はここで完全に途切れた。


「もう少し続ければよかったのですが、ここで限界でした」


いや、十分だと思う。


口にはしないけど多分他の人達も同じ事を思っている筈。


「事ノ顛末ヲ踏マエテ、今現在モ紅ノ空間ガ残ッテイル原因ハ零夜殿ニアルト考エラレル」


聞き様によってはレイヤが悪いと言っている様で思わずエノを睨みつける。


「だが、話では最後まで自我を保っていたという」


「トレーサーを通じて見続けていましたが、そんな彼が考えも無しに事を起こすとも思えません」


シェン様とメグがフォローする様にはっきりと発言する。


「それに紅の空間が消滅せずに維持するのは世界にとっても良い事なのです」


するとセレス様が別の角度から切り込んでくる。


「どういう事なんだい、セレスさん」


「この世界はあちらの世界と比べて大気中の魔素は半分もない。そんな状態で紅の空間が消滅したら……」


「……紅の空間内に満ちる超高濃度の瘴気によって周囲の環境が激変するだけでなく、最悪の場合(あの災厄)がこの世界で発生する事も……」


アイリスの言葉にその場にいる全員に緊張感が走る。


あの災厄はそれだけあたし達にとって忌むべきものであり、絶対に避けなければならないものだから。


例え、世界が違っても……。


「それ、彼には話したのかい?」


「いいえ。ただ結界をいきなり壊したらこの世界に異変が起きるという話はしたので、もしかしたら……」


あたしの返答にカレン様は「ふむ」と思案する。


「例え知らなくても、ましてやちょっと触れた程度で彼なら察しが付くだろうね」


「やけに零夜殿を買ってるのだな」


「あんたに言われたくはないさ、シェンさん」


シェン様にカレン様は肩を竦んでみせる。


「今までちょくちょく見てたけど、力そのものの才能にあの勘の良さはあたいら獣人族に通じるものを感じるよ」


どうやらカレン様も零夜の事を好意的に捉えているみたい。


「デハ結論トシテ、紅ノ空間ハ今暫ク様子ヲ見ルトイウ事デヨロシイカ?」


『異議なし』


エノの裁決に他族長達は全員同意する。


……もしかして、エノは最初から?


「さて、とりあえず最重要議題は決まったな」


「最重要議題?」


「ここが異世界である以上、そこに住む者と接触する必要がある。お前がそうであった様に」


「それは、確かに……ではどこへ?」


「まず紅の空間が発生した地である日本という国だ。ゆくゆくは他の主要国とも会談する手筈になっている」


それからこの世界の国とのやり取りの内容は掻い摘んで聞いた。


まずこの地、共存誓約地はこの世界で言うところの太平洋と呼ばれる大海の中央に突如転移してきたという。


これにはあちらの世界の住人もこちらの世界の人々も混乱し、とりあえずこの世界では一つの島となったこの地を特殊な結界で覆う事で誰も入れないように細工を施した。


最低限の防衛の次は接触という事で、調査にやってきたものの結界の影響で迷っていた日本の調査隊と接触を図り敵意はない事とこちらも混乱している事を説明し日本との会談を取りつける。


「そしてその会談には僭越ながらわたくし、そして護衛兼記録担当にエノさん、そして同じく護衛兼象徴としてシェンさんで臨みました」


象徴とは?


「端的に言えば、この世界で言うところの人間ではない事をわかりやすく表しているからです」


それってこの世界で言うところのイメージキャラクターというものでは?


「ワシは見世物ではないというに……」


あーあ、シェン様かなり渋ってるよ。


気を取り直してシェンさんは咳払いして説明を続ける。


そうして会談に臨み、互いの状況を確認した事でこちらは紅の空間への対処を依頼されたという。


「とりあえず、先ほど決まった結論は先方に送るとして、まずやる事は一つだ」


「?」


「こちらに送られてきた2人の少女を返す事だ」




「こっちよ」


龍人族の里への道の途中の脇道にある転移装置(ポータル)に案内されて乗る。


すると辺りが光に覆われ一瞬体が浮く感覚がしたかと思えば、光が晴れた時には周りの景色が変わっていた。


「これって転移魔法?」


「それを再現した魔導機よ。これからは飛べない種族も来れる様にしないといけないからエノに頼んで造ってもらったの」


「なるほどね」


そう言いながら転移装置を降りるとそこは浮遊島――天使族の街だ。


「あ、そうだ。せっかく来たしシエル様にご挨拶しないと」


「う~ん、多分お母様今も寝てるし今日はいいと思うわ」


「え!?また具合が?」


メグの母親にして天使族の族長であるシエルさんは身体を壊しており、現在はメグが属長代理を務めているけど……。


「ううん、逆。この世界に来てから頗る体調は良かったのだけど、トレーサーの維持に力を入れ過ぎて……」


「ああ……」


そうだった。


シエルさん、何事も一生懸命過ぎてすぐに無理する悪癖があった。


その度にメグや他の天使族から怒られてたかしら……。


「ところで、あたしを見る目が少し変わった?」


種族的には天敵に当たる魔人族と天使族だけど、以前からメグと交流があった事とそのメグを通じてあたしが魔人族で何をしているのかが知れ渡っているおかげで天使達のあたしへの印象はさほど悪くはなかった。


それが今は遠巻きにあたし達を見る天使達の目はどことなく熱い視線を感じるのだけど……。


「あの紅の空間を戦い抜いたという事、代行者に選ばれた事…………後はアイリスさんについて生い立ちとその後の事が一族全体に知れ渡っているから」


言われてみるとアイリスに関しては何も知らない子供達はあたし同様目を輝かせてアイリスを見てるけど、理由がわかる大人達はなんとも申し訳なさそうにしている。


「ああ、後は汀やアリアの影響で大分偏見がなくなったから」


「その話詳しく」


メグによるとナギサとアリアはここにきて1日で目を覚まし、当初はそれぞれ最初に見つけた魔人族と龍人族でお世話になっていたけど、共存意識が芽生えている若者達と違い人間に対して偏見を持っていた老人達は快く思わなかったらしい。


しかし2人の子供故の無邪気さに胸を撃たれてすっかり折れたとか。


「まぁ、2人共子供なのに苦労したから尚更ね」


それからこの地を案内されて回る過程で他の種族でお世話になり、そこでもやはり――といった感じで良い意味で感染した様だ。


今では全種族の孫娘という立ち位置になってしまっているとかで2人一緒に各種族を巡って生活している。


ちなみに今は獣人族の集落だとか。


「道理で解散する時カレン様がニヤニヤしてたのね」


会議は他にも決めないといけない事は色々あるのだけど今日のところはこれで解散となった。


その後ナギサとアリアはどうするとカレン様に聞かれ、今日は思うところがあって明日会いに行きますと伝えるとカレン様は「そっかそっか」と笑っていた。


「あれ、絶対今の状況楽しんでない?」


「……」


ノ―コメント、という感じでメグは視線を逸らした。


「それより、どうしても行きたい所があるのでしょう?」


話題を強引に変えてメグは本題を切り出す。


そう、会議が終わった後あたしとアイリスはメグに頼んで浮遊島の一番高い所に連れて行ってほしいとお願いしたのだ。


「でも今更だけど、どうして?」


「ここで一番空に近い場所で空を見たかったのよ」


特にこれと言った意味はないのだけど、それを聞いてメグは「ああ……」とそれ以上何も聞かなかった。


「この先……と言っても浮遊島は一本道だけど、暫く登ると天の祭壇という場所があるわ。ここで一番高い場所と言ったらそこよ」


そう言って街の奥を指差すメグに礼を言ってあたしとアイリスは街を通り抜ける。


メグの言う通り一本道を登っていくとやがてその名の通り小さな石碑が祭られている祭壇へと辿り着いた。


祭壇は……何も言ってなかったし上がっても大丈夫よね。


「…………」


この地で最も高い場所で見る空は……言葉にできなかった。


ちょうど日が沈み始めて赤く染まる空は同じ赤でも終末の炎で焼かれた空でも禍々しく血塗られた空とも違って、最初に見た青空同様とても綺麗だった。


「……零夜さん」


この雄大な空に心奪われていると、会議が終わってから殆ど口を開かなかったアイリスが呟く。


予想していたとは言え、レイヤとの別れはショックが大きい。


でも――。


「アイリス」


あたしの呼びかけにアイリスはただ頷く。


「あなたはレイヤから魂と命、そして知識も一緒に受け取った」


「えっ」


あたしの言葉にアイリスは驚いて向き直る。


「そしてあたしもレイヤから魂と共に精神と経験を貰い受けた」


「シャーリーさん、あなたもしかして」


それに気付いたアイリスに同じ様に向き直り頷いて答える。


「まだよくわからないけど、レイヤは今もあそこにいる。それは間違いない」


「はい」


「それが何を意味してるのかはわからない。それもこれから次第――でも、いつか返しに行こう」


「!?」


この言葉にアイリスは衝撃を受け、やがてその瞳を潤わせて顔を両手で覆う。


そんなアイリスを抱き寄せて頭を軽く叩く。


レイヤはアイリスに泣かれるのが何より苦手だった。


その気持ちが今ならわかる気がする。


だって……。


(――あたしまで、泣かせるのだから)


あたしも耐えられなくて涙が溢れる。


後悔も懺悔も無念も、今ここで捨てていく。


「――そしてあたし達は運命に抗って」


「未来を見つけましょう」


これはあたしとアイリス、2人だけの誓い。


いつか、会いに行くその為に。


   ◆


目を覚まして3日後、予想していたその時は訪れた。


「日本から連絡が来ました。明日、2人を返還してほしいとの事です」


精霊族の里の泉の側でナギサとアリアそれに精霊の子供達が遊んでおり、それを微笑ましく眺めながらあたしとアイリスにセレス様、それに子供達の母親達と午後のお茶を楽しんでいるところに言伝を頼まれた精霊族の青年がセレス様に告げた。


「……遂に来ましたか」


それを聞いてセレス様はティーカップを置いてため息を吐いた。


結構急な気がするのは気のせいだろうか。


「帰っちゃうの?」


それを聞いていた子供の1人が2人に寂しそうに言う。


しかしそれにナギサは子供の手を取る。


「大丈夫!いつかきっと帰ってくるから!そしたらまた遊ぼうね!!」


その言葉を皮切りに子供達は2人の元に集まり「約束だよ?」とか「待ってるね」など言葉を掛け、子供達の間では自然に決着が着いた。


しかしあたしもアイリスも、それにセレス様を始めとした大人達はそれが実現すると限らないと知っている。


でも願わくば、実現してほしいと思っているのもまた事実だった。




汀とアリアの帰国は瞬く間に島中を駆け巡った。


魔人族の谷では全体的に住人の士気が下がり、龍人族の集落では集落の建設を気落ちが原因で中断、獣人族の村では駄々を捏ねる子供達ばかりか大人まで発生して収拾に追われた。


天使族の街ではそれを聞いたシエル様がまた寝込む羽目となり、機人族の地下基地では何事もなく――と思ったらミスが多発して危うく基地が吹き飛ぶ事態まで発展したとか。


それらは主に各種族の族長達が先頭となって対処したけど、いやはや……。


そして元々2人が今日滞在していた精霊族はというと、全種族自由参加の晩餐会を開催した。


これにはどの種族からも別れを惜しんで参加者が殺到し、規模は精霊族の里だけでなくその周辺まで及んだ。


「まぁ、里もまだ建設途中だしね」


昼間と同じく泉の傍で今度はグラスを片手にあたしとアイリスはその様子を見ていた。


元々共存誓約地はあたしの家があった谷と機人族の地下基地があった地だった。


そこに他の魔人族や種族が集まってきていて、今現在も建設が進んでいるので仕方ない。


「でも良い傾向ではあります」


周りで語り合っている人達を見てアイリスは穏やかに答える。


それぞれの種族の建築士が集まって意見交換をしていたり、料理を持ち寄った者達が料理の話に花を咲かせたり、その繋がりは千差万別。


「これも人間の子、それに若き戦士のおかげです」


そこにセレス様がやってきた。


……心なしか、顔が少し赤い気がする。


「零夜様の事が伝わっており、そして実に愛らしい汀さんとアリアさんに島の住人達は人間への先入観を払拭しつつあります」


「セレス様、レイヤの最後は……」


「紅の空間の調査がある程度進んでからとなっております」


これにはセレス様も冷静に首を横に振りながら答える。


「零夜様もこの島がこの世界で生きるきっかけをくれた者として注目が集まっています。中にはこの島への来訪を心待ちにする者もおります」


「でも、もしもの時は先延ばしにしただけ落胆も大きくなるって意見もある。あたいもそっちだね」


更にそこへグラスではなくタルジョッキを手にしたカレン様がやってきた。


「カレン様」


「わかってる。その為にも紅の空間の調査を早く始められる様に先方に掛け合わないとな」


「ええ」


互いに頷き合っているのを黙って見ていると、「あ、そうだ」とカレン様が唐突にあたしに話を振る。


「魔人族の族長は、決まったかい?」


「あ、いえ……」


族長である(あの男)がいない今、魔人族だけ代表がいない状態となっている。


それについて先日、魔人族の人達が屋敷に詰めかけてきて次期族長にあたしを推してきた。


谷の8割方を占めているらしく、ほぼあたしに決まってしまいそうではある。


「不安なのもわかるけど、元々の住人でもあるわけだし、魔人族だけ代表者がいないと足並みが揃え難い。そういう意味でもあたしはあんたが最適だと思うけどねぇ」


それでも悩むあたしにカレン様は「ま、考えといてよ」と去っていった。


「シャーリーさ~ん……アイリスさ~ん……」


ようやく挨拶が一区切りついたらしく、入れ違いでナギサとアリアがへろへろでやってきた。


「主役は大変ですね」


その様子にアイリスは苦笑し、釣られてあたしも笑ってしまうのだった。


   ◆


「さて、それじゃあそろそろ寝ましょうか」


「はーい」


名残惜しくも晩餐会はお開きとなり、その後ナギサとアリアはアイリスと一緒にあたしの屋敷に泊まる事となった。


本来は精霊族の里だったのだけど、セレス様の計らいで最も信頼しているお姉さん2人で――との事らしい。


「やっぱり、急な気がするのよね……」


「シャーリーさん?」


「あ、はいはい」


先にベッドに潜り込んでいたナギサ達に急かされてベッドに入り、その後指を振って蝋燭を消す。


ナギサとアリアを中央にあたしとアイリスが挟む形になっているけど、あたしのベッドはかなり大きめのキングサイズなので何とか収まる。


「今日で最後かぁ……」


「この島での暮らしは楽しかったですか?」


「うん、できればここに暮らしたかった」


「ふふ、それはよかったですね」


そう言って微笑むアイリスだけど、ナギサ達よりも早く微睡んで今にも落ちそう。


今まで過酷な生活を過ごしてきたから、この島に来てからようやくゆっくり休める様になったのだと思う。


そしてナギサとアリアも今日は晩餐会で主役だった事もあって疲れているのか、程無くしてうとうとしたかと思ったらそのまま落ちた。


あ、そうこうしている内にアイリスも寝てる。


「……おやすみ」


そっと声をかけて2人の髪を撫でる。


……今は可愛らしい子供だけど、元の生活に戻ったらどう成長するだろう?


人は環境によって成長や心境の変化に大きな違いが出る。


あちらの世界とこちらの世界、2つの世界のレイヤもそれを実証している。


もしかしたら環境によってはいつの間にかあたし達に敵意を向ける可能性だってある。


現に彼女達の兄を間接的に殺した様なものなのだから……。


「…………」


ふと部屋が明るい事に気付きそっとベッドから出て、窓から夜空を見上げる。


青空、茜空、そしてこの夜空もまた綺麗だ。


明かりを消したただ暗いだけの筈の部屋の中を月の光が染めるこの光景も、まるで別の場所にいる様で幻想的。


ちょうど晩餐会からの帰り道で一緒に月を見上げていた時、アイリスが言っていた。


月齢と言って月は日によってその形を変えるのだとか。


「……ふぅ、いけないいけない」


見惚れているのもいいけどもう寝よう。


明日はちゃんと2人を見送らないといけないのだから。


   ◆


「皆さん、本当にありがとうございます!」


浜辺でナギサとアリアが最後の挨拶をすると、見送りに来た者達から別れを惜しむ声が上がる。


これにはナギサもアリアも涙目となる。


「絶対、絶対戻ってくるから!!」


釣られて鼻声になってたり鼻を啜る音が聞こえるけど、本当に『みんなの孫娘』ね。


「シャーリーさん、アイリスさん」


最後に2人は私達に声を掛ける。


「兄さんの事、お願いね」


「あそこでの事は、まだ終わってないと思うから」


2人にはレイヤのその後や紅の空間の事は話していない。


紅の空間は帰った後に嫌でも知るとは思うけど、レイヤの事は勘――だろうか。


血は繋がってなくても流石はレイヤの妹達と感心してしまう。


「ええ、任せておいて。あれはあたし達で決着を着けないといけない」


横でアイリスも静かに肯定するのを見て、2人は満足気に笑う。


「もし――戻ってきた時にまだ終わってなかったら、その時は汀も手伝うから」


「私も、もう守られてばかりでいたくないから!」


「ええ……また会えるのを、楽しみにしてるわね」


「また会いましょう」


最後に4人で手を組み、これまでの事が頭に浮かぶ。


決して楽しい事ばかりではなかったけど、2人との出会いは間違いなく良い出会いだと胸を張って言える。


「モウイイカ?」


「うん」


手を離し名残惜しくも背を向ける。


そして後ろで待ってくれていたエノの元に駆け寄ると、エノは2人を肩に担いで海上を移動。


沖で待機している船に乗り込むと、船はゆっくりと日本へ向かっていく。


もう姿を見る事はできないけど、その場にいた者は全員船が小さくなるまで手を振って見送り続けた。


いつか、2人が本当にこの島へ戻って来てくれる事を願って……。


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