ⅩⅢ ~願いの代償~
「っ!」
零夜に反応して2人もドラグシールを翳して力を開放する。
だが――。
『グ、ガっ……』
零夜が身を捩って呻き始めたと思いきや、次の瞬間耳を劈く呻き声と共にそれは起こった。
「! この感じ――!」
アイリスが何かに気付いたその時、先程食い千切られた零夜の右足からは人のそれとは異なる新たな右足が生え、結晶で覆われていた左目は結晶を突き破り角の様な物が生えてきた。
更には既に不死者化で変貌していた左腕が肥大し歪な姿となった。
「っ!? 異種再生、何故!?」
その光景にシャーリーは驚愕し首を横に振る。
この世界の元凶たるドレインスライムは討伐されている。
もう消え去るだけのこの檻に不死者を変じる負の魔力を送る者はいない筈なのだ。
「……そういえば」
ドレインスライムを討伐してから霧散した魔力はまだ消えずに辺りを漂っている。
それが嫌でも一つの結果を導き出す。
「――アイリス!」
「はい!」
地を蹴りアイリスに迫る零夜に反応して、シャーリーは枷を解き放ちアイリスの前に躍り出る。
そして零夜が振り下ろした天凶を真っ向から掌で受け止める。
「元凶はまだいる、もしくはドレインスライムすら先兵に過ぎなかったと?」
天凶の刃を受け止めたシャーリーの手は超高熱の魔力の層で覆われていた。
生半可な武器なら逆に一瞬で溶かされているだろうが流石はアーティファクト、天凶は全く変化を見せない。
(でも、もしそれなら……)
逆転を狙って命を賭した零夜の行動が無駄になってしまう。
そう思うと涙が込み上げそうになるが、今はそんな場合ではないと堪えてシャーリーは強引に押し返す。
後ろでは先程のシャーリーの呼びかけでアイリスが足元に魔法陣を展開して精神を研ぎ澄ませている。
そのアイリスに注意が向かない様に零夜を引きつけるのがこのほぼ一瞬と言える間に定められたシャーリーの役目である。
先のドレインスライム戦で愛用の斧槍を失い、天凶も零夜の手の中、丸腰のシャーリーだがそれを全く不利と捉えていない。
「破壊衝動だけの不死者なんて、元々と比べれば恐れるに足らないわ」
不死者化によってその力は強くなっていても、ただ闇雲に振り回すだけではその実力は少しも活かせない。
零夜と共に戦い、指南されたシャーリーからしてみれば不死者化自体は全く相手にならない。
……ただ。
「……」
戦いながらシャーリーは唇を噛み締める。
あの零夜をここまで低俗な存在にし、決死の覚悟を嘲笑う様にその死を利用する非道の術に、シャーリーは段々悲しみが怒りへと変わっていった。
(レイヤ、待っていて。すぐに開放してあげるわ!)
距離を取った隙にブレイズを連射して確実にダメージを蓄積させていく。
真の元凶がまだわからない以上、迂闊に力を使うわけにはいかない。
零夜の足止めをしつつ、確実に継戦力を削いでいく事にシャーリーは徹する。
シャーリーがうまく離し時間を稼いでいる間、アイリスは探査で目標を探っていた。
本来はこんな瘴気が濃い中ではうまく探せない上に逆に侵食を受けてダメージを負ってしまう危険性があるのだが……。
(思った通り、見つけた!)
ここまで瘴気が濃く、目標がすぐ近くにいるのなら却って探り易いと踏んだのが功を奏した。
普段の探知と違い、多少の擬態や地下などの届き難い位置も範囲が狭いながら探査可能となる。
と、ここまでは良かったが。
「――いけない!汀さん!アリアさん!」
突然アイリスは2人の所に普段のやや遅めの動作からは想像もできない速さで駆け出す。
「え?」
涙ながらに戦いを見守っていた2人は突然呼ばれてきょとんとしている。
だがその背後では少しずつ地面が隆起していた。
アイリスが飛び込むと同時に地面が地下から突然吹き出し、轟音を響かせる中少女達の悲鳴が響く。
「!? アイリス!ナギサ!アリア!」
つい気を取られて土砂が噴き上がる方を見るシャーリーだったが、その隙に零夜が一気に距離を詰めて来ていた。
「っ しま――」
気付くと同時に障壁を発生させるも、不死者化で変貌している左腕で殴りつけられ、シャーリーは障壁ごと吹っ飛ばされた。
「ぅくっ」
衝撃に耐えながらも受け身を取りすぐさま体勢を立て直すも、既に眼前に零夜の拳が迫っていた。
シャーリーは諸にその一撃を受けると思い目を瞑るが、拳がシャーリーを叩きつけられる事はなかった。
「えっ!?」
それを認識する頃にはシャーリーは宙高く舞っていた。
零夜は何故かシャーリーを殴りつけるのではなく、その細い腰を鷲掴みにして土砂が噴き上がった方へ放り投げたのだ。
「……アイリス、無事?」
「はい」
まだ微かに砂煙が上がる位置から少し離れた所に着地したシャーリーは汀とアリアを抱えてちょうどそこにいたアイリスに呼びかける。
2人も無事な様だ。
だがアイリスは砂煙の向こうを厳しい表情で見据えている。
砂煙が晴れた先にいたのは性懲りもなく同じ体色のドレインスライム――と思いきや。
「……宝玉?」
零夜が討伐したドレインスライムの様に核をすっぽり包み隠しているわけではなく、まるでヴェールを羽織る様にスライムを纏っている宝玉が浮遊していた。
「……んん?」
だがそれをはっきり視認したシャーリーが訝しげに眺める。
「少し形が変わってる気がするけど間違いない。――あれは、黄泉の冥玉」
「黄泉の冥玉?」
「昔アーティファクトに関する書物で見た事があるから、アーティファクトの一種である事は間違いないと思うけれど……」
ただシャーリーが詳細まで覚えていないのでそれ以上の事はわからない。
「……」
前門の冥玉、後門の零夜――挟み撃ちにされている。
だがシャーリーには一つ疑問があった。
その疑問に答える様に零夜が駆け出し、冥玉はアビスブレイズを発現させる。
アイリスが汀とアリアを守る様に被さるも、シャーリーは冥玉に背を向け拳を振り上げる零夜を見据えている。
何かの作戦かとアイリスは見上げている間に零夜が至近距離で拳で振り抜く。
ゴンッ!
本来聞こえる筈のない鈍い音を鳴らし、零夜の拳はアビスブレイズを捉えて殴り飛ばした。
そしてアビスブレイズはこれまでのお約束通り、スライムに直撃して爆発する。
「……えっ?」
予想しない状況にアイリスは思考が追いついていない。
異形不死者化した零夜が今までと変わらない様子でシャーリーのすれ違い際に立っている。
『…………何時から気付いてた?』
声が大分くぐもっているが、うっすら煙を上げる拳を下げいつもと変わらない調子で零夜が問う。
「放り投げられた時よ。どう考えても不自然」
『まぁ、そうなるな』
「何時から意識戻ったの?」
『殆ど最初からだ。と言っても大分混濁しているが』
「でしょうね」
流石の零夜もこんな特殊な状況で何事もない筈がない。
いや、不死者化して尚意識を保っている時点でもうわけがわからないのだが。
当然、わけがわからないのは相手も同じ様だ。
言葉を発しないものの、光の明暗具合で相手の想定も超えていると容易に想像が付く。
ただシャーリーもアイリスも言わずとも理解している。
意図していない好機を逃す零夜ではない、と。
今までのは全てフリなのだと。
『慌てるのは勝手だが』
シャーリーが改めて冥玉に向き直ると、徐に掲げてられた零夜の手に唖然とした。
異形の腕と化したその指先一本一本に炎が集束していく。
その魔力・熱量、共に上級魔法ハーディスブレイズ並みとなっている。
『風前の灯というやつだ』
事も無げに言いながら零夜はそれを軽く払う様に放つ。
一つ一つは小さい火球だが、一度触れれば――。
「! わかってたけど、凄い熱……!」
シャーリーが発現した時、1発でも凄まじいものだった。
それが5発である、威力はもう予想を大きく超えてもはや意味がわからない。
それを物語るかの様に、炎が消え去った後スライムの衣は燃え尽き、冥玉は力を失って落ちた。
『割と呆気なかったな――が、この奇跡だか偶然だかのおかげだな』
「……」
一息吐く零夜に、アイリスは素直に同意できなかった。
この後、まだこの自我の残る零夜を始末する仕事が残っているかと思うと気が進まないのは当然なのである。
『わかっていると思うが、これで本当に最後だ。――だが、お前達が手を下す必要もない』
「え?」
そっと立ち上がるアイリスは首を傾げる。
だがシャーリーはわかっているのか小さく鼻を鳴らす。
『自我は残っているが、本当に精も根も尽きた。なんとなくわかる……このまま自然消滅だな』
「……あたし、もっとあなたと語り合いたかった」
ここに来て、シャーリーは本当の気持ちを口をする。
対して零夜は『俺もだ』と短く返す。
「始めて友と呼べる男、友と胸を張れる人間、かけがえのない友だから……」
『それなら、最後に自分に残されたものをお前にやる。お前の本当の姿を見せてくれ』
その言葉の意図をアイリスはわからなかったが、隣を見るとシャーリーの変化に気付く。
普段綺麗な真紅の瞳がまるで虹の様な色合いに変わっていた。
そしてシャーリーはそのまま徐に歩み寄って零夜の肩に手を掛け、背を伸ばし――。
「んっ」
零夜に口づけをした。
時間にして数秒、零夜もここで口づけが来るとは思っていなかったのか、唖然としている。
だが軽く咳払いして気を取り直す。
『よもや最後の最後で予想の斜め上を突き抜けて行くとは思わなかったが、確かに渡した筈だ』
そう言って零夜は不意にシャーリーをアイリスに向かって突き飛ばした。
突然の事に思考が停止するも、零夜の向こうには不気味に浮かび上がる冥玉があった。
『お前達は、生きろ』