ⅩⅡ ~崩壊のカウントダウン~
戦闘後、とても戦闘を継続できる状態ではなかったのでシャーリー達はすぐさま撤退。
色々情報を整理したいところではあるが、とりあえず落ち着いてからという事で保留となっている。
既に一応誰もいない状態なので小学校でもよかったのだが、やはり結界がある慣れた場所である遠い神社に戻る事となった。
「――これで良し」
「ありがとうございます」
服を脱ぎ、胸元を隠しながら特に怪我が大きい肩を処置してもらったアイリスは顔を赤くしている。
零夜に背負われていたアイリスは戻る途中で目を覚ましたものの一番消耗が激しい事もありそのまま戻り、零夜の治療を零夜も重傷を負っているからと一度は断るも結局は押し切られて今に至る。
その様子を見守っているシャーリーの両隣に汀とアリアが座っているが、2人は特に怪我もないので一安心。
そしてシャーリーは非常に気まずそうにしているが、努めてそれを表に出さない様にしている。
皆が罪の是非を問う気がない事と、今はそれどころではないとわかっているからだ。
……が、気にするなと言われて気にしないわけにもいかないのがシャーリーである。
「さて、ひとまず落ち着いたところで、改めて聞くけど」
零夜がアイリスから離れて座り、アイリスが新しい服を着たところでシャーリーは切り出す。
「何故、そんな事になってしまったのかしら……」
「何故と言われても自分にもわからない。というかこれは何なんだ?」
左目を覆う結晶を指差すと、シャーリーもアイリスもとても悲痛な表情で目を背けた。
でもずっと黙っているわけにもいかずに、やがてシャーリーが口を開いた。
「……不死者は非業の死を遂げた魂が負の魔力と結びつく事で発生する。でもその実体は例え肉体を取り込んだとしてもあたし達生ける者の身体とは違う」
「まぁ、魔力で構成された仮初の肉体、または元を辿っても既に死んだ肉体になるな」
「当然生命活動なんて必要ないから血なんて流れない。だから普通は傷を付けたとしても肉体を維持する魔力が漏れるだけ」
「つまり、この結晶は瘡蓋の様なものというわけだ」
一度区切ってため息を吐き、零夜は「……そして」とそれを口にする。
「自分は既に人間じゃない。辛うじて自我が残っているだけの不死者一歩手前なんだな」
それが限界だったのか、アイリスは顔を覆って泣き崩れてしまった。
だが意外な事に汀とアリアは表向き平然としている。
「ごめんなさい……」
「……」
2人は何も言わない。
以前何があっても恨まないと言っていたが、もしかしたら零夜が命を落として不死者になるという事も考えていたのかもしれない。
結果的に違う形で実現してしまったわけだが、だからと言って受け入れられるわけがない。
口に出してしまうと文句を言ってしまうのを知っているからこそ、辛いのはシャーリーもアイリスも同じだとわかっているからこそ、ここは何も言わない。
「何故、生きたまま不死者に?」
「……多分、人間の不死者を相手にし続けたからだと思う」
「?」
「人間の不死者、この世界で言うところのゾンビは構成魔力が少なく、傷付けても結晶化しないのだけど、肉体に残された血液は負の魔力を含んでいるのよ」
「この世界の不死者の返り血を浴び続けたから、という事か?」
最初にこの世界に現れたあちらの世界の不死者は干からびたミイラの様なものだった為血液も残ってはいない。
だがこの世界の不死者は死んでからそれほど時間が経っていない為、斬る度に返り血を浴びる事となる。
近接主体の零夜は数え切れないほど浴び続けているのでその影響というわけだ。
「…………零夜は、いつ気付いたの?」
「前に風呂に入った時」
そう言って零夜は左腕の袖を捲ると、手首から肩に向かって皮膚が黒い鱗の様なものへと変化していた。
あともう少しで首や手まで広がると言ったところか。
(……思えば、前兆はいくらでもあったのに)
最初の前兆は黒死鳥を倒した後、一日以上眠り続けた事だ。
あの時既にフェーズが進行しており、その後も時折フラついたり、手が触れた際にその体温が冷たく感じたり、零夜の身体は徐々に不死者化に蝕まれていたのだ。
「……浄化薬は」
「フェーズⅠまでしか効果がないと言っていただろう」
「アイリスの固有能力に浄化魔法、それに心火の種火は」
「私のはあくまで外からの干渉なので内側から変化したものには効果がありません」
声を震わせながら顔を上げてアイリスが答える。
手を下したが、涙は止まらないまま。
「浄化魔法や心火の種火は不死者になりつつある零夜さんの肉体が崩壊してしまう可能性が……」
「~~~~~~~~!!」
後悔、懺悔、理不尽、色んな想いが渦巻きシャーリーは頭を抱える。
「何か、何かないの?――はっ!そういえば零夜、あの箱は!?」
「これか?」
言われて零夜が脇に置いていた木箱を手にする。
その木箱は組揃えられた木板に縁が金板で補強されている所謂宝箱の形状だ。
後から聞いたのだが、零夜によると結界が再び塞がってしまう直前に数体のトレーサーが滑り込みで運んできたとの事。
トレーサーは消滅してしまったが、この機会にあちらの世界から支援を送ってきたのだろう。
零夜から箱を受け取り、シャーリーは一連の願いを託して開ける。
「このメモ……この字はメグね」
メモに目を通しながら箱に中身を取り出す。
「これは……ローブ?」
まず最初に取り出したのは黒い布だった。
広げてみると明らかにシャーリーより大きい。
「あたしのと同じオーダーメイド品の様ね……グリムローブ、装備者を内外問わず負の魔力の干渉を遅らせるローブ。零夜、とりあえず着て!!」
「あ、ああ」
シャーリーの勢いに少し気圧されつつ零夜はコートを脱いでローブを羽織る。
コートと違って袖がないそれは今まで着ていたコートと同じ様に黒地ではあるが、加えて銀の装飾が施されておりデザインは戦闘を考慮してかシンプルに仕上げられている。
「完成品ならこちらの魔力には干渉しない様だけど、それは急造品のせいで細かな調整ができなかった様ね」
「これで急造品?見た目の割に丈夫だし、心なしか気分が良くなっている気がするんだが」
「完成品は負の魔力の干渉、通常であれば呪いの類ね。それへの完全耐性を持っているのだけど、調整ができなかったせいで干渉を遅らせる程度に留め、更に装備者の魔力にも干渉してしまう欠点を抱えているわね」
「事も無げに言っているが、それは簡単にできるものではないだろう?」
「あちらの世界のアイテムは大きく分けて5つのランクあるの。一番上がアーティファクトね。で、完全耐性が付加されてるのは低くても3番目のレジェンドというわけ」
「しかしそういうのはだいたい大昔に作られたオーパーツとかではないのか?」
苦笑しながら「毎度ながらゲーム知識だけど」といつもの調子で肩を竦める零夜に、シャーリーも徐々にいつもの調子を取り戻していく。
「まぁね、その認識で間違ってないわ。ただオーダーメイドで作れる職人がいないわけではないのよ。炎熱吸収と炎熱再生が付与されているあたしのこのローブだってオーダーメイド品らしいし」
「……いつから作り始めたのかは定かではありませんが、急造品でも送ってくれた事に感謝しないといけませんね」
それに触発されてアイリスもようやく泣き止み会話に加わる。
「他には?」
「えと、あ!マジックポーションが3本、とりあえず今すぐアイリス飲みなさい」
「はい」
マジックポーションを一本受け取り、アイリスは瓶を一気に呷る。
「中身はこれだけね。……『脱出計画を聞いてすぐにこれらを用意しました。レイヤ様には多大な負担を掛けたお詫びとしてこのローブを同封させてもらいました。変調を察知して製作を始めてはいたけれど間に合わず、不完全な状態で送ってしまったごめんなさい。あと直接支援に行けなくて、本当にごめんなさい。色々模索はしているけど、残された時間を考えると間に合わないと思います。重ね重ね、申し訳ありません』」
「十分だ」
最後にメモに記されたメグのメッセージを聞き、零夜はトレーサーに向けて軽く手を振った。
「これで、最後の決戦でも戦える」
「それだけど、レイヤは最後の決戦は止めてほしいの」
シャーリーのその一言に、零夜は予想通りとばかりにため息を吐く。
「……やはり、そうなるか」
「不死者化の原因である負の魔力の進行は完全には止められてないので……」
「期間を考えると寧ろ今日までそこまでで済んだと思ってるわ。天凶の覚醒は魔力を扱う関係で間違いなく不死者化を促進させてしまっているの」
「もう一度も猶予がないと思っていいでしょう」
「……」
「正直、最後の決戦はこの後間違いなく残ってるし、ここでレイヤが離脱するのは大きな痛手よ。でも不死者化の治療はあちらの世界で、必ず責任を持って当たるから」
「零夜さんにも生き残ってほしいのです。お願いですから、自分が生きる事も考えてください」
アイリスは悲しげな表情でローブを掴んで懇願する。
「……わかったよ」
これにはさすがの零夜も最後ため息を吐いて頷く。
ここまで来ると零夜も意地を通せない辺り、自分もまた変わったんだなぁと内心自覚しながら。
◇
ひとまずあまり行動しない方がいい零夜と魔力が回復した事で自然治癒を促す為にアイリスを詰所に行かせ、シャーリーは階段の上から街中を見回していた。
今のところ、目立った動きはない。
「シャーリーさん」
そこに汀が声を掛けた。
「……ナギサ」
それから2人並んで街を眺めるも、やはり何もない。
「静かだね」
「そうね。でもきっと何かあるわ」
「嵐の前の静けさ、ね」
更にアリアもやってきて並ぶ。
「……ごめんなさい」
2人が来たところで耐えかねたのか、シャーリーは再び謝罪の言葉を口にする。
「それはアイリスさんや兄さんを攻撃した事?兄さんの事?」
「…………」
「攻撃してきた事は私達も見てたから知ってるし、それに元は私と汀が連れ去られたのが原因だし、おあいこって事で」
「兄さんの身体は、いつかそんな日が来るって思ってたよ」
「あなた達、確かまだ10歳よね?考えが達観し過ぎてない?」
「そうでもないとやってられなかったし、わがまま言ってお祖父ちゃんや兄さんを困らせたくなかったし」
淡々と答える汀にアリアも首を縦に振って同意する。
「でも、そんなあなた達の数少ない我儘を叶える事もできなくなってしまったわ」
「ああ、その事ね」
ふと汀は呆れる様に笑ってため息を吐いた。
「直接言われたわけではないけど、多分……兄さんは何があっても前の様な生活に戻るつもりはないと思う」
「え?」
「化物相手とは言え、数え切れないほどの人を斬り続けてきたから」
「でもそれは――」
「わかってる。詳しい事はわからないけど、この世界でもそれについて何か言われるかもしれない」
「でも兄さんの事だから、真っ向から反抗するだろうね」
それはシャーリーでも容易に想像がついた。
仮に零夜が斬り捨ててきた人達の遺族が恨みなどをぶつけてきたとしても――。
『知るか。では何か?殺さずにそのまま殺されろとでも?そんなの真っ平御免だ』
と、そんな風に返すだろう。
こんな異常事態に現代社会の法がどこまで通用するかは定かではないが、零夜は口では憎まれ口を叩きつつも元の平穏な暮らしに戻る資格がない――そう考えているとシャーリーは推察した。
曰く、命は尊重するから。
(でも……)
だからと言って2人がそれを全面的に受け入れているかと言われればそうは思わない。
脱出作戦前の我儘もそうだが、少しくらい我儘になったって良い――だからシャーリーは何も言わなかった。
そして今も。
「汀、アリア」
シャーリーは腕を広げて2人に呼びかける。
「こんなあたしがとも思うけど、おいで」
汀もアリアも一瞬躊躇したものの、すぐにシャーリーに抱きついた。
最後に残った兄との別れの時も近い。
今だけは悲しみに暮れてもいい筈、だからシャーリーはただ黙って2人の頭を優しく撫でるのだった。
◇
「これで戦闘に支障が出ないところまで回復しました」
詰所に戻ったアイリスは自らの魔力に呼びかけ、治癒で見る見るうちに怪我を治していた。
とは言ってもアイリス曰く治癒で治るのはある程度だけであり、残りは自然治癒任せなんだとか。
「流石だな」
「私の魔力の自然回復では間に合わなかったかもしれません」
「というと?」
「体質なのか、それとも混血故の弊害なのか、昔から魔力の自然回復が人より遅いのです」
「前に魔力保有量がシャーリーと同等かそれ以上と聞いていたが、余計に完全回復に時間がかかりそうだな」
「黒死鳥戦後に使い切った魔力が全快するまで大体3週間ほど掛かりましたから。魔力保有量や種族にもよりますが、長くても一週間ほどで魔力は元に戻ります」
「そんなもんか」
「そういうものです」
普段通りだがふと会話が途切れるとやはり気まずさが漂う。
「……零夜さん、今日もしかしてコートを変えたのは」
「そろそろ肉体の変化が首まで来そうだったからそれを隠す為だ」
何故、とは聞けなかった。
知り合って一月と少しとは言えかなり濃密な付き合いだ、これを知った時の反応は容易にわかる。
もしかしたら、零夜自身化物になっていく自分を見せたくはなかったのかもしれない。
「気付いた時に言うべきだったと少し後悔してる」
「え?」
「最初はその時が近づいたら黙って消えるつもりだった。でもそれは無責任だと思い直してな」
「無責任?」
「共に戦うと言っておいて負い目があると逃げるというのがどうもな。それに根本的な解決にもならない」
「何を、言って――」
「この際だから一つ頼みがある」
とても頼み辛いがな、と前置きして零夜はアイリスをまっすぐ見据える。
「自分が完全に不死者となったら、その時はお前の手で始末してくれ」
「っ!」
正直、零夜が不死者化していたと知った時から予想はしていた。
自分の手でどうしようもなく、その後自分の手で大事なものを傷付けるのは何より回避したいと考える事もわかっていた。
わかっては、いるのだが……。
「零夜さん、私やシャーリーさんが言っていた事を覚えていますか?」
「この世界から脱出したらお前達と一緒に戻って治療する、だろ」
「覚えてるなら何故、その様な事言うのですか?」
「進行が完全に止まらない以上、もしもの事に備えて事前に頼んでおきたいんだ。お前に重荷を背負わす事に抵抗はあるが」
「生きてここから出ると、本当に思ってますか?」
「自分とてそう簡単にくたばるつもりはない。何よりこれ以上泣かせたくないからな。自分の為に、泣いてくれる人がいる事に感謝し――」
肩を竦めて苦笑交じりに話す零夜だったが、ふと肩に手が掛けられたかと思った瞬間に唇に温かい感触を感じた。
「ん……」
ほんの数秒がとんでもなく長く感じられ、名残惜しそうに少し離れたアイリスは優しく微笑みながらも静かに涙していた。
「何の、つもりだ……?」
突然の事に零夜もようやくそう問い返す事しかできなかった。
「あなたは私にとって大事な人だから、生きてほしいのです」
「それは自分がかつての恩人と同じ魂を持っていると思われるからか?」
「違います。私はあなたが、賢木零夜さんが大事なのです」
「…………すまない」
「本当です。私も大概ですが、そもそも零夜さんは物事を悪く考え過ぎです」
「すまない」
「もう謝らないでください。あなたも、充分考えた末に言っているとわかってますから」
最後まで微笑みを崩さず、涙を拭ってアイリスは立ち上がる。
「さて、治癒はできるところまでできたので少し様子を見に行ってきます」
「アイリス」
やはり多少気恥かしさがあってか、足早に出て行こうとするアイリスを零夜は呼び止めた。
「自分が大事な人、との事だが。それはこちらも同じだ」
「知ってます。……だから私も覚悟を決めます」
背を向けたまま、凛と答えてアイリスは出て行った。
「……」
詰所を出てすぐ、アイリスはドアを背に胸に手を添える。
零夜に口づけをし想いを伝えた気恥かしさ、互いを大事に思ってるからこその嬉しさ、そして――その時が訪れる恐怖。
複雑に入り混じる感情をそっと胸に秘め、アイリスは歩を進めた。
◇
黒霧と呼称した南の要討伐から3日後、シャーリーは変わらず階段の上から街全体を見渡していた。
あの日からマジックポーションのおかげですぐに用意を整えたアイリスは精神を研ぎ澄ましてその時を待っている。
2人で詰所にいた時に何かを話したからと予想はできるが、それをシャーリーは知らないしわざわざ聞こうとは思わなかった。
今のアイリスからは並々ならない決意を感じているから。
零夜はあれから詰所か焚火の傍で極力じっとしている。
覚醒の猶予がない以上、前に話していた通り天凶をシャーリーに返却しいざという時は心火の種火と共に浄化能力をフル活用する予定だ。
今回ばかりは零夜も前線を退く事を了承してくれたのだろう。
汀とアリアも努めて普段通りにサポートをしてくれている。
「シャーリーさん、そろそろ食糧が無くなりそうなんだけど」
「思いの外長引いてるからね。これ以上長引くようなら追加でまた調達に行かないと――」
「その心配はなさそうです」
シャーリーの言葉を遮ってアイリスは立ち上がり、シャーリーの隣に歩み寄る。
「街の中央から徐々にこちらに近付いてくる反応があります。これまでの要とは倍以上の魔力を持つ存在が」
アイリスの言葉にその場の緊迫感が嫌でも高まる。
「遂に来たわね」
「ではいってきますね」
「頑張って!」
「負けないで!」
汀とアリアの声援を受けてシャーリーとアイリスは頷き合いドラグシールを手に取り、それぞれ首と胸元に翳す。
するとシャーリーの身体が突然燃え上がるも腕を軽く振るって炎を振り払い、アイリスの頭上に魔法陣が現れてそのまま降りてきて身体を通過していく。
炎と魔法陣の後からそれぞれ代行者としての姿を現した2人はその場で高く跳躍し長い石段を降りて行った。
「……大丈夫かな」
2人を見送った後、汀とふと呟く。
「大丈夫だよ。だって最初のボスは3人がかりだったけど、その後は兄さん・アイリスさん・シャーリーさんがそれぞれ一人で倒したんでしょ?」
「言われてみると確かに」
木龍の時はシャーリーと零夜に加えて、アイリスが弱点を解析したので実質総力戦だった。
しかしその後は狙ったわけではないが結果的に単独撃破となっている。
「しかもアイリスさんもシャーリーさんもパワーアップしてるし大丈夫よ。……きっと、大丈夫」
口ではそう言いつつも、アリアも心配そうにしている。
これだけの被害を出した元凶を相手に不安に思うのは仕方のない事ではある。
尤も――。
「…………」
魔力の扱いを覚えたからか、それとも天性の勘か、零夜も内心嫌な予感がしてならないのだった。
◇
民家の屋根から屋根へと飛び移っていき、それほど時間を掛けずに住宅街と中央街を結ぶ、通い慣れたアーチ前に降り立つ。
「近い?」
「近付くまで気づきませんでしたが、いざ来ると3日前より瘴気が濃くなっています。気を付けて進みましょう」
「それじゃあ」
いつ戦闘に入ってもいい様に、シャーリーは自身を制限する金の鎖を解除して第二戦闘形態へ移行する。
そして周囲を警戒しつつ中央街に入るもそれはすぐに見つかった。
中央街に入って程無くして、駅前にある大広場にピンクともパープルとも取れる不気味な色合いの軟体がいた。
「あれは、スライム?」
「スライム……厄介ね」
スライムはこちらの世界(ゲーム等の架空に限るが)においてはそれほど脅威ではないが、あちらの世界では油断ならない相手となっている。
不死者と違って魂や肉体がなく、負の魔力そのものが何らかの影響を受けて魔物と化した存在であるが故に不死者や魔物に効果のある浄化魔法が通用しない。
しかも数多くの亜種が存在し、見ただけで弱点がわかる個体の方が遙かに少なく、最悪魔法に対して耐性がある個体もいる。
ただ媒体がない分知性が全く無く、本能のまま近くにいる生命に襲いかかるという単純な行動原理をしているので動きは読みやすい。
だからこそ2人は腑に落ちない。
「スライムがこの世界を作った?」
魔力量が対峙してるだけでも相当のものだとわかる。
しかし知性がない獣以下の存在が果たして結界魔法という高度な魔法を使えるのかという疑問が残る。
「まぁいいわ。とにかくアレを倒せば終わりよ」
「私達には時間も残されてはいません。早く終わらせましょう」
「では」
まずはあいさつ代わりにシャーリーはアビスブレイズを発生させて放つ。
「効かない、か」
爆発の向こうでもすライムは何事もなく蠢いている。
実のところ少し溶けているのだが、すぐに再生するので無傷同然である。
「炎に耐性があるのか、それとも魔法自体に耐性があるのか、やっぱり一筋縄ではいかなさそうね」
「しかしそれも推定通りです。このまま次に行きましょう」
「了解」
アイリスの足元に魔法陣が出現し、シャーリーは斧槍を手に向かっていく。
敵に対して何の情報もない以上、この3日で予めありとあらゆる対策をしてきた。
スライムが出てくる事は予想外だったが、対策自体はまだ十分通じると踏んでいる。
「ふっ!」
一息に斧槍を振り下ろすと、軟体は難なく両断され飛び散っていく。
(硬化はしない、と)
物理攻撃は有効、しかも斧槍自体は特に影響がないところを見ると強酸性もなさそうだ。
飛び散った欠片がすぐさま動き出して個々の弾丸の様にシャーリーに襲いかかろうとするも、その背後からシャーリーを避ける様に曲線を描いて光弾がそれらを貫き本体に次々に命中する。
命中した個所はやはり溶けてなくなるも再生していくが、この少しの交戦でスライム自体の特性は大体把握できた。
「魔法に対してそれなりの耐性はあるけど無効化はできない。少なくとも炎と光は吸収できないわね」
アイリスの所まで下がってきたシャーリーにアイリスも同意する。
「解析の結果、特にこれといった特殊能力は見つかりませんでした。あるのはスライム特有の再生能力だけ、ですが……」
「魔力が桁違いのせいで異常なほど早いのよね」
であれば取れる手はたった一つ、再生を上回る超火力で破壊し尽くす事だ。
「ご存じの通り、浄化魔法が効かない以上私に高威力の攻撃魔法はありません」
「あたしはあるにはあるんだけど……」
それはこの世界での戦いの中で使いこなせてきた中級魔法をも上回る上級魔法なのだが、今でも成功できるかはわからない。
しかし、ふとシャーリーは今自分が代行者である事を思い出した。
代行者の力、しかも同じ炎属性であればできるのではないかと。
「いえ、いけるわ。これしかない」
「なら援護します」
今度はアイリスがシャーリーの前に立つという珍しい立ち位置になり、シャーリーは今一度魔力を活性化させて足元に真紅の魔法陣を出現させる。
そして一度深呼吸しその言葉を紡ぐ。
『其は深淵の底に座す者なり。余は冥府の裁きを以て汝を断罪しよう。この手に集うは罪を貪り喰う黒炎!』
シャーリーの両手からアビスブレイズとは比べ物にならないほどの圧倒的な熱量が集束していく。
それに危機感を察知したのか、スライムは身体から触手を無数に伸ばしてシャーリーを貫こうとする。
「させません」
対してアイリスは防御魔法を展開、触手を全て難無く跳ね退ける。
それどころかそのまま反射された衝撃を受け触手が崩れ落ちていく。
「――!」
「アイリス!」
何か気付いた様子だったアイリスはシャーリーの呼びかけに反応してその場から下がる。
「ハーディスブレイズ!!」
押し出す様に放った火球はアビスブレイズとさほど大きさは変わらない。
それを甘く見たのか、スライムは触手を伸ばして火球を叩き落とそうと振り下ろす。
が――。
「っ!」
あまりの熱の余波にアイリスは思わず腕を翳す。
触手が触れた瞬間、火球は突如破裂・爆炎と化し、まるで数匹の生きている大蛇の如く地を宙を這いスライムに絡みついて行く。
普通の生き物なら断末魔の叫びを上げているであろう、スライムはその場で激しくのた打ち回る。
あまりの火力に再生も追い付かず、一分も経たずにスライムはそのまま焼失していった。
「…………」
目の前にいたスライムは倒した、しかし2人共臨戦態勢を解こうとはしない。
禍々しい魔力が未だに絶えないからだ。
シャーリーが目配らせすると、アイリスは頷いて探査を始める。
「……駄目です、瘴気の濃度が高過ぎて位置が掴めません」
「いくつかに分かれてるのかしら?」
そう言ってシャーリーはその場を離れ、建物から建物へ飛び移りビルの屋上から辺りを見回す。
「酷いわね」
目に見えて濃く視界にまで影響が出ている瘴気にシャーリーは目を細める。
すぐ下のアイリスがいる大広場が霞んで見え辛いほど。
「!?」
捜すのに骨が折れそうと思っていたが、捜し回る事もなくすぐに見つかった。
ただその場所がついさっきいた大広場だった、
「! アイリス!」
嫌な予感がしたシャーリーはその場から飛び降り、大広場の手前に降り立つ。
そこでシャーリーが目にしたのはスライムに囲まれているアイリスだった。
アイリスは防御魔法で全方位を覆っているものの、スライムは意に介さず飲み込もうとしている。
「っ!?このっ!」
駆け出しながらアビスブレイズを連射するも、表面が少し爆ぜる程度で全く動きは止まらず、スライムはまるで咀嚼する様に蠢きながらその身体をより大きくしていく。
(一体どこから?地下?)
しかしその答えもすぐに出た。
大広場にあった街路樹や街灯が無くなっていた。
(もしかして、最初から!?)
アイリスの探査や解析を掻い潜り周りの風景に擬態し、隙をついて捕食したスライムにシャーリーは戦慄した。
このスライムはただのスライムではなく、やはりこの世界の元凶はこれ自身であると。
(どうする?どうすればいいの……?)
シャーリーが必死に頭を回転させていると、スライムの身体のほぼ中央に何かが浮かび上がってきた。
それは結晶の様な物に閉じ込められたアイリスだった。
「アイリス!」
ひとまずは消化されていない事に安堵しつつも、苦悶の表情を浮かべているところを見ると楽観はできない。
(侮っていたつもりはないけど、この状況……絶望的ね)
零夜が離脱し、アイリスが捕らわれの身となってしまい、そして目の前の敵はこれまでで一番の脅威。
(1人、か)
ふとこれまでの事が頭を過り、そんな場合ではないにもかかわらず苦笑してしまう。
この世界に来る前、シャーリーはずっと一人で戦い続けた。
心を開いてなかったという事もあるがメグやエノと共に戦う事もなかった。
しかしこの世界で初めて共に戦う事を知った。
(1人で戦う事が、こんなにも危機感を覚えるなんてね……)
絶望的な状況に変わりはないが、シャーリーは一度深呼吸をする。
そこにスライムがシャーリーをも取り込もうと触手を伸ばす。
(でも、あたしはもう1人ではない!)
シャーリーはそれを鋭い目で見据え、斧槍を振って切り払っていく。
一見すると防戦一方に思えるが、シャーリーはまずアイリスを救出する為に思考を巡らせていた。
敵は擬態などでこちらの目を欺くほどではあるが、根本的には知性がない事に変わりはない。
擬態なども結局は捕食という本能に基づいての行動で、考えてやっているわけではないからだ。
まともに通じてないのに触手を伸ばし続けているのが何よりの証拠である。
そこに付け入る隙がある。
「はっ!」
斧槍に炎を乗せて一度大きく薙ぎ払う。
さながら炎の壁とも取れる斬撃で一瞬シャーリーとスライムの間が隔たれる。
だがそれはシャーリーの視界を塞いでしまう事に繋がり、炎の向こうからスライムは大口を開けるかの様に身体の一部を広げて覆い被さろうとする。
そしてそのままシャーリーは成す術もなく呑み込まれてしまう。
「――ところがそううまくはいかないのよね」
言うと同時にいつの間にか仄かに赤く光るシャーリーは背後からレーザーの様なものを放つ。
レーザーは次々とスライムの身体を穿ち、やがてアイリスを閉じ込めている結晶が露わとなる。
(今の内に!)
シャーリーはレーザーと同じ様に今度は斧槍の先に熱を集束させていく。
そして宙で見えない壁を蹴る様に思いっきり踏み込んで結晶に向かって突貫する。
「ヒートピアース!」
超高熱を伴う突きは甲高い音を鳴らして結晶と衝突、相当の衝撃だったのかやがて結晶に入った罅が広がりそのまま砕け散る。
「アイリス!」
解放されたアイリスを抱えシャーリーはすぐにその場を離脱、十分に離れた位置に降り立つ。
同時に赤い光も消え膝を着くと同時に代行者の力も解けてしまう。
「さ、流石に炎霊化に創ったばかりの魔法の連発はきついわね……」
身体の半分以上を失った反動で細かく痙攣してるだけのスライムを警戒しつつ、息を切らせているシャーリーはマジックポーションを煽る。
そしてアイリスに視線を移すも、アイリスの様子がおかしい事に気付く。
ただ衰弱しているにしても尋常ではないのだ。
(……まさか)
一つの推測を基にシャーリーは文字通り目の色を変える。
そしてアイリスの異変の原因を着き止める。
(あのスライム……!)
改めてスライムを見ると、スライムは再生しながら火球を発生させていた。
「でも、精々アビスブレイズ程度ならまだ斧槍で――あっ」
しかし手元にその斧槍はなかった。
というのも先ほどのヒートピアースで結晶を砕いた時、耐え切れずに砕け散っていたのだ。
「なら仕方ない!」
シャーリーも同じく炎を集束させてアビスブレイズを放とうとする。
使い慣れてるだけあってほぼタイムロスもなくほぼ同時に放つ。
しかし――。
「なっ!?」
シャーリーのアビスブレイズはいとも簡単に突破されてしまう。
普段持っている習慣がない事が災いしたのか、腰に下げている事を今思い出して咄嗟に天凶を抜き放つもそこへ火球が直撃し爆発。
爆炎の中からシャーリーが姿を見せるが腕を力無く下げ辛うじて立っているという有様だった。
炎熱無効を持つローブで炎のダメージ自体は止められたが、火球には光属性も付与されていたせいで基本的に光に弱い魔人族であるシャーリーは大ダメージを受けてしまった。
(光属性、アイリスから吸収したのね……。間違いない)
敵の正体が判明し、シャーリーは苛立たしげに唇を噛む。
そこにもう一発同じ火球が放たれて爆発、今度はそのまま仰向けに倒れてしまう。
アイリスを防御魔法ごと呑みこんだにもかかわらず消化せずに生かしていた事、今まで使ってくる気配のなかった炎属性の魔法に光属性を混ぜてきた事。
(分身を身代わりにしたのが裏目に出たわね……)
実はスライムに呑みこまれたのは炎で作った分身だったのだが、そこから炎属性を取得してしまったらしい。
そして、そんな事ができるスライムはたった一種類だけ。
(ドレインスライム……よりによって伝説級のモンスターが出てくるなんて……)
光属性が手伝ってローブの上からでも焼かれたシャーリーは息も絶え絶えに頭を動かす。
スライムによって魔力だけでなく生命力まで奪われたアイリスは目を覚まさない。
そしてスライムは更にもう一発火球を放とうとしていた。
(まずい、次受けたら……)
今度こそ全滅、恐らく動けなくなったところで2人揃って吸収し尽くされ最後は跡形もなく消化されるだろう。
そんな結末を思い浮かべただけでも寒気がするも、何もできないまま無情に火球が放たれる。
「――ふっ!」
しかし後方に飛ばされた天凶を手に取り近くの瓦礫を足場にして跳躍、シャーリーの目の前に割って入ってきた黒い影が火球を両断。
「っ!?」
一瞬何が起こったのかわからなかった。
だが、こんな事ができる者をシャーリーは一人しか知らない。
「……レイヤ」
「やれやれ、前回に引き続き危ないところだったな」
二つに分かれた火球が少し離れた左右で爆発した中、着地した零夜が悠然と立ち上がる。
何故、とは言えなかった。
「ごめんなさい……」
「いや、別に構わない。魔物の事はまだよくわからないが、相性が最悪だったのだろう」
改めてスライムを見て「あれは……スライムか?気持ち悪いな」と言っている零夜にスライムは再度火球を放つ。
「こうなっては仕方ない。お前達の好意を無碍にする形になるが、自分も覚悟を決めた。――とりあえずお前煩い」
しかしそれも意に介さず、なんと火球を蹴り返した。
「はぁっ!?」
あまりの出来事にシャーリーは身体の痛みそっちのけで上体を起こした。
蹴り返した事で勢いが増したのか、威力が上がった火球にスライムは身体の一部を吹き飛ばされまた痙攣している。
その隙に驚いているシャーリーを尻目に零夜はアイリスの傍に駆け寄り抱き起こす。
「……生命力を吸い取られて著しく衰弱しているな」
「そう――って、何故わかるの!?」
「魔力に慣れたせいか、魔物化が進行しているせいか、とにかく」
言いながら零夜はアイリスを再び横にすると、傍らに突き立てていた天凶の刃を持ち徐に自身に向ける。
「えっ、ちょっ――」
シャーリーが制する前に零夜は躊躇無く天凶を自身に突き刺した。
数秒の後、刃を抜くとその先に黒に紅い煌きを放つ何かが付いてきた。
そして天凶を持ちかえてそのままは先を今度はアイリスの胸に軽く差し込む。
そうする事で零夜とアイリスを黒い紐の様な物が繋ぐ。
「まさかレイヤ、自分の魂を……?」
「具体的には魂の一部を媒介にして生命力を移植した。このまま不死者になって失われるくらいなら有意義に使った方がまだマシだからな」
「……何故、何故そこまで?」
聞かずにはいられなかった。
いや、前にも聞いたが今回は本当に確定で命を掛けているだけに尚更だ。
「自分は自分の信じたものの為に力を振るうだけ。この世界に巻き込まれる前から決めている確たる信念だ。あとはあんなのに好き放題されてかなり腹が立っているくらいか」
「……レイヤらしいわ」
これは苦笑せざるをえない。
どこまでいっても零夜は零夜である。
だからこそ、心を通わせて共に戦い続けてきたわけだが。
「さぁ、最後の戦いを始めようか」
立ち上がった零夜はまだ痙攣しているスライムと対峙するとグリムローブを脱ぎ捨て、一度天凶を鞘に戻す。
直後、天凶の紅玉が怪しく光る。
「ごめんなさい……」
何についてと言われると理由は様々であるが、これにはシャーリーも項垂れて歯を食い縛る。
「もう謝るな。申し訳ないと思うなら、謝罪する事を一切許さない。それを自分への贖罪としよう。……後は頼んだ、戦友」
その言葉を最後に零夜は天凶を抜き放ち力を開放する。
「ぐるウぅアアあぁァァぁぁぁアぁァァッ!!」
今までよりもより強く光ると同時に唸り声をあげる零夜。
光が止むとそこには力を開放して容姿の変わった零夜がいたが、その影響で不死者化が一気に促進された様だ。
左手が指先まで黒い鱗で覆われ、爪は鋭いものへと変貌。
肩からも浸食が進んだ結果か、左側頭部に白い円錐状の角とそれに巻き付く様に黒い角が重なったかなり独特な形状の角が生えている事が後ろ姿でも確認できる。
『……行くぞ!』
頭を振って零夜はくぐもった声で駆け出していく。
十分に動けないスライムは辛うじて動かせる身体を触手状に伸ばして迎撃を試みる。
だがそれらは全く通じないどころか、斬り捨てられる端から切断された触手は再生も独立して動く事もなく消滅していく。
最後の覚醒と不死者化によって飛躍的に身体能力が上がっている零夜は反撃の隙も与えず片っ端から斬り刻む。
「なに、あれ………………うん?」
それを茫然と見ていたシャーリーだが改めてみると先ほどからとある変化がある事に気が付く。
「再生が、遅くなってる?」
そう、さっきまでの驚異的な再生能力は失われており、零夜の攻撃速度と合わせてほぼ成す術もなくどんどんその身を刻まれて小さくなっていく。
「ある程度ダメージを負うと機能しなくなる、とか?」
そんな考察をしていると不意に腕をつっつかれる。
見るとアリアが屈んで心配そうに見上げていた。
「アリア……?」
更に見ると依然目を覚まさないアイリスの方には汀が同じ様に見下ろしている。
「何故ここに?」
「兄さんが嫌な予感がするからって。……兄さんが覚悟を決めたなら私達も決めてきた」
「ごめ――」
自分のふがいなさを心底呪いつつ謝りそうになったのを途中で止める。
それが零夜への贖罪であり、願いでもあるからだ。
そうこうしている内に零夜とアイリスを繋ぐ生命力の糸は消え、その時が近付いている事を嫌でも知らせてくる。
「ん……んん……」
「アイリスさん、大丈夫?」
ようやく目を覚ましたアイリスが汀の手を借りながら体を起こす。
何故汀とアリアがいるのか、状況がどうなっているのかなど、特に疑問は抱いていない様子。
「……やはり、こうなってしまいましたか」
「わかるの?」
「気を失っていた時、零夜さんの声が聞こえた気がして…………シャーリーさん、最後のマジックポーションをください」
「え、あ、はい」
零夜の戦いを眺めながら言われ、シャーリーはアリアに頼んでポーションをアイリスに渡した。
すぐさまポーションを飲み干したアイリスはそのあまりの落ち着き様に若干戸惑うシャーリーの後ろに膝で立ち肩に手を置くと、範囲回復魔法を発動して自身とシャーリーの傷を癒していく。
『――?』
その間戦いを見守っていると、零夜はスライムの中心部から禍々しい魔力を放つ核の様な結晶を見つけた。
スライムについてはまだ何も説明を受けておらず最初は跡形もなく斬り刻むつもりであったであろう零夜はそれが弱点であると察した。
対してスライムは最後の抵抗なのか自身の身体をわざと無数に分裂させ、まるでガトリングガンの様に零夜を攻撃する。
だがそれも決死の零夜を捉える事はなく、核への接近を許してしまう。
『これで』
終わり、そう思った瞬間、零夜の足元から突然大きな口を模した形のスライムが飛び出してきた。
『くっ』
身体を捻って避けようとするも、避け切れずに零夜は右足を喰い千切られてしまう。
「っ!?」
遠目でもわかるあまりにも凄惨な光景にシャーリーもアイリスも目を背けそうになるのを堪える。
その視線の先では、足を喰い千切られた零夜がそのまま倒れるかと思いきやその姿勢のまま天凶を核に向かって振う。
「あ、スライムが……」
直後、一気に蒸発する様に消え去ったスライムを見た汀が声を上げる。
核を破壊した事でスライムは消滅、霧散する魔力が辺りに漂う中、天凶を地に突き立てた状態で零夜は右足を失っても尚そこに項垂れながらも立っていた。
「……零夜さん」
アイリスが声を掛けるが反応がない。
だがその様子はこれからやる事を物語っている。
「シャーリーさん、もう立てますか?」
「おかげで十分回復したわ」
立ち上がったアイリスとシャーリーは並んで立ち、ゆっくり歩んでいく。
その後ろ姿を汀とアリアは何も言わずに見送る。
しかし涙が止まらず、その場に蹲り声を殺して泣いている。
尤も、泣いているのはアイリスも同じである。
「零夜さん、いきます」
しかし凛とした態度は変えず、アイリスとシャーリーはドラグシールを手に取る。
そして零夜は、視線を2人に向け――人のものとは思えない唸り声を上げた。