表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
12/19

ⅩⅠ ~狂える陽光~

忙しかったり、PCが壊れたりしてたら時間がかかり過ぎてしまいました(汗

   ◇


「さて、四方を守る要も残りは南だけ。敵がいらない妨害を仕掛けてくる前に脱出の準備をしないとな」


「そうですね。とりあえず今日は通達だけしてしょうがっこうの人々にも準備をしてもらいましょう」


「しょうがっこうへの連絡は?」


「合図をしたら表に出てくるように言ってある」


そう言って零夜が手にしたのは花火だった。


「それは?」


「打ち上げ花火だ」


「これもはなびなのね」


零夜から借りてアイリスと2人で手に取って眺める。


「前のロケットはなびより大きくてしっかりしてる……」


「打ち上げと言う程なので空に向けて放つのでしょうか」


「……興味津々なところ悪いが」


ひょいと花火を取り上げ、零夜は汀とアリアと向かい合う。


「わかってると思うが、この機会にお前達も脱出しろ」


「わからない」


「嫌」


即拒否して2人はそっぽを向く。


「……汀、アリア」


「聞こえない」


「嫌」


聞く耳を持たない2人に零夜は視線で助けを求めた。


理由ははっきりしているが、説得できるのとはまた別問題なのだ。


「……」


しかしそれにシャーリーも同様の理由でアイリスに視線を向ける。


「……(こくり)」


意を汲んだアイリスは頷いて応え、汀とアリアの前に屈む。


「汀さん、アリアさん」


「……」


「この世界の人達を脱出させたら私達は残りの要を討伐に行きます。そしておそらく、その後元凶と相対する事になります」


「……だから?」


「そのまま休まず最後までここに戻る事はありません。その時、私達がどうなっているのかもわかりません。なのであなた達がここに残っていて万が一の事があると困るのです」


「……邪魔なら邪魔って、はっきり言ったら?」


「邪魔とは思ってません。実際今日まで2人は戦えない代わりに私達を助けてくれました。その役目がない以上、今度は安全に脱出してほしいのです」


「……でもこの世界の人間の兄さんは残るじゃない」


「それを言われると困りますね」


そう言いながらもアイリスは微笑みを絶やさない。


「こればかりは私とシャーリーさん、あちらの世界の者として力不足で申し訳ないと思っています」


「……」


「わかってくれますか?」


最初から無駄な足掻きである事はわかっていた。


でもやっぱり諦めきれなくて、我儘を言ってしまう。


それすらもわかっていてアイリスは諭している事を、2人は幼い身ながらわかっていた。


「ちゃんと、帰ってきてくれる?」


「零夜さんがちゃんと戻れる事を最優先にして善処します」


「違う、アイリスさんとシャーリーさんもだよ」


「……」


これには2人も即答はできなかった。


今更言うまでもないが、2人はこの世界の人間――そもそもあちらの世界で言うところの人間ですらない。


首尾良く元凶を下したとしても、その後どうなるのかは確実にはわからない。


ただ2人にとってはあちらの世界が本来の世界であり、やはり戻らなければならない。


サーチャーがいるという事は戻れる可能性が高い証拠にもなっているのだ。


「……死ぬつもりはありませんが、終わればあちらの世界に戻ります」


「そうだよね……でもわかってた。だったら――」


言葉を一度切って汀はアイリスを抱き締めた。


「ちゃんと、帰ってよ?」


「……はい」


抱き合う2人をシャーリーと零夜、アリアは色々思うところはあるが、ただ静かに見守るのだった。


   ◇


打ち上げ花火を上げてから汀とアリアも連れて小学校に向かうと、グラウンドには多くの人々が待機していた。


「準備はよろしいですか?」


「はい、いつでも」


その先頭、避難民を纏め上げた校長に声を掛けると、緊張した面持ちで頷く。


「ちなみに、何人ですか?」


「64人です」


「64、ですか……」


予想より多いとは言え街の規模から考えると圧倒的に少ない。


全体で1%もいないのだから……。


「では簡単にではありますが改めて説明しますね」


そう言って校長に説明を始めようとするアイリスだったが……。


「聞こえる様に説明しろよー!」


「俺達だって被害者なんだから説明される権利はあるぞー!」


「そうだそうだー!!」


どこからか野次が飛んできた。


発言の主達は結構な問題になっていたのか、周りにいた何人か(そこには不藤先生や地下水道について教えてくれた父親もいた)がうんざりとばかりにため息を吐く。


が――。


「煩い!!」


怒号と共にグラウンドの一角がいきなり爆発、避難民達から悲鳴が上がった。


「静まりなさい!」


しかしそれさえも集団の横っ腹辺りに降りてきたシャーリーの一喝で制される。


そして野次を飛ばしていた連中を一瞥する。


それは以前体育館でシャーリーと揉めた男達だった。


「あら、誰かと思えばまたあんた達?この非常時につまらない野次を飛ばすゆとりがあるなんて羨ましい限りね?」


目を吊り上げているシャーリーはこれとばかりに皮肉を口にする。


以前感じた言い知れない迫力に、先ほどの爆発で男達は反抗の意思すら見せられない。


「どうしたの?前は愚にもつかない反論をしていたけど、今回はそれもなし?まぁ、時間押してるしそのまま黙ってる方が好都合だけど」


最後に鋭い視線を男達に浴びせ、シャーリーは宙高く跳躍してその場から姿を消した。


「え、えーと……」


仕方ないとは言え明らかに膠着してしまった雰囲気の中、校長先生はそっとメガホンを渡して使い方を説明する。


『これからこの世界から脱出の手助けをさせていただきます』


改めてアイリスはメガホンを手に説明を始めた。


と言ってもそれほど説明する事も無く、東のトンネルに行く事と対処できる人員がアイリスとシャーリーの2人しかいないので勝手な行動を慎むように注意を促すだけだ。


「そういえば、賢木さんは?」


説明を終えると校長先生が聞いてきた。


それに少しとは言え交流のあった不藤先生や家族も視線を向ける。


「念を入れてルート確認の為に先行しています」


「なるほど」


「では、行きましょうか」


これから何が起こるか予想できないので速やかに移動を開始する。




極端に少ないとは言え、結構な大所帯での移動中に何かあると大混乱が予想されたが、幸い不死者が現れる事なく移動している。


「……この辺りにも化物はたくさんいたのでしょうか」


アイリスを先頭に進みながら辺りを見回していた校長先生は所々に残っている血痕を見て言う。


「ええ……主に零夜さんやシャーリーさんが頑張りましたから」


そのシャーリーは出発時から側にある家の屋根から屋根へと飛び移りながら辺りを見回している。


「最初に現れた化物達もですが、あなた達は一体……」


聞かれる事はわかっていたアイリスはそっとため息を吐きつつ、視線を前に向けたまま答えを口にする。


「この世界で言うところの『異世界人』という存在でしょうか」


この答えに息を呑む気配を感じたが反論はなかった。


既に常識ではありえない事ばかりで大半の者が犠牲となっている。


その上で今更夢物語や空想などと言える筈もなかった。


「何故こんな事になったのかは私達にもわかりません。それで納得できるのかと聞けばできる筈もないでしょう。実際に身内や親しい人を亡くした方もおられるでしょうし」


生存者一人一人が何を思っているのかはわからない。


もしかしたら恨まれているかもしれない、それでもここでそれを問われないのは知っているからだ。


ここで恨みや怒りをぶつけても意味がない事を。


(まぁ、この中で何人が私達を加害者と捉えてるのかしら?)


(シャーリーさん)


念話で皮肉を口にするシャーリーをアイリスは窘める。


零夜・汀・アリアを除いて基本的に人間という生き物を信じていないシャーリーからしてみれば仮にぶつけられるとお互い欝憤が溜まるだけである。


正直さっき野次を投げかけた男達を脅して少しだけ晴れたが、こうして特に責められないだけマシというだけだ。


「……ですが、少なくとも私はまだよかったと思ってます」


「え?」


そんな事を話していると、不意に校長先生がそんな事を言い出した。


「あなたの口振りからしておそらく二つの世界が何らかの干渉の末に起きた現象なのでしょう。もはや理屈はとうに置いてけぼりになっているでしょうけど、あなた達も巻き込まれた被害者ではないでしょうか」


「被害者……」


予想もしない言葉にアイリスは思わず足を止めそうになるが、何とかそれを逃れたものの驚きを隠せなかった。


「こういってはなんですが、そのおかげで私達は今日まで生き残る事ができた。もしあなた方がいなければ全滅していたでしょう。……だから私は感謝していますよ」


「――――」


感謝を口にする校長先生にアイリスは言葉を失った。


共に戦う零夜や自分達を慕ってサポートしてくれる汀とアリア以外で、ここまで自分達の事を考えてくれる人がいるとは思わなかったからだ。


どんなに全ての人を救いたいと考えていても結果が伴わない事もあるし、所詮は一方通行の想いである事も理解してただけに本当に予想外だった。


「……ありがとうございます。1人でもそんな事を考えてくれているだけで、私は戦えます」


「決して無理はしないでください」


決して顔を向ける事はなかった――というより今どんな顔をしているのか自分でもわからないものを向けられなかったが、校長先生はそれでも和やかに見守っている。


(…………)


その会話の一部始終を聞いていたシャーリーは複雑な表情で視線を背けるのだった。




「……着きましたね」


それからもう暫く歩くと、目的地のトンネルが見えてきた。


先行している零夜が先に入っているのか、入口のバリケードは横に除けられている。


「では行きましょう。くれぐれも落ち着いて進んでくださいね」


そう前置きしてトンネルに入っていくと、色が薄くなっている結界の前に零夜が立っていた。


「来たか」


振り返った零夜はなぜかいつものコートではなく、同じ様な長いコートにフードが付いている物で、そのフードを深く被っていた。


このコートは今日出発時から着ているのだが、その理由はアイリス達も知らない。


「で、どうするんだ?」


「貫通性の高いものだと広さが足りないので、広範囲に鋭い攻撃でお願いします」


そう言って天凶を抜いた零夜の手に添える様にしてアイリスは魔力を起こす。


すると天凶の刃を取り巻く様に冷気と風が発生する。


「氷と風の力を付与しました。あとは……そうですね、この感じだと斜めに斬りつけるとちょうどいいかもしれません」


「となると……了解。下がってろ」


アイリスを下がらせ、一度天凶を鞘に戻して構える。


「………………」


距離や角度など、微調整を繰り返し、暫くすると足を強く踏み込んだ。


来る、そうアイリスが思った瞬間には天凶は鞘から解き放たれ、猛吹雪を伴う強烈な斬撃となって結界に大きな斬り傷を付ける。


だがそこから徐々に罅が広がり、まるで鏡を割った様に結界の一部が砕け散った。


「さぁ、落ち着いて脱出してください」


アイリスの言葉に生存者達は我先に開放感を求めて飛び出そうと――するだろうが、それを制する様に抜刀したままの零夜が睨んでいたのでアイリスに言われたとおりここまで来た時と同じ様に列を成して出ていく。


やがて列が結界の向こうへ出て行く度に生還を喜ぶ声があちらから聞こえてくる。


「さぁ、校長先生と不藤先生も」


「賢木さんは?」


「まだやらないといけない事がありますので」


「……汀ちゃんとアリアちゃんは?」


「えっ?」


言われて辺りを見回すが、そこにいる筈の汀とアリアの姿が見当たらなかった。


「ここに入る時はいたのに……」


そして零夜に目を向けるが……。


「……言われてみるとはっきり確認はしていない」


先行した上で結界を一時的に破壊する役割が控えていた零夜にはそこまでのゆとりはなかったらしい。


(という事はトンネルに入ってから抜け出した?いえ、ちゃんと納得してくれましたしここで勝手な行動を取るとは考えにくい……)


一考の後、アイリスはトンネルの入口で待機しているシャーリーに念話を試みる。


(シャーリーさん…………? シャーリーさん、聞こえますか?)


何度か試みるも全く反応がない。


「どうした?」


「外にいる筈のシャーリーさんにも連絡が取れません。いえ、それどころか念話による繋がりも感じられません」


「なにかあったか?仕方ない様子を見に――」


アイリスと入れ替わりで戻ろうとする零夜だったが、それをアイリスは制した。


「いえ、私が行きます。零夜さんは万が一、他者の侵入がない様に見張っていてください」


「了解。可能性は低いが、黙って脱出したかどうか確認しておく」


手早く決めて零夜は校長先生と不藤先生と共に結界の外に向かっていく。


その背を見送りアイリスはちらっと穴の縁を確認する。


予想より遅いとは言え、再生が始まっている。


(時間にして、厳しいですか……)


だがアイリスの中では既にいくらか結果は見えていた。


   ◇


「……これは、またかしら?」


シャーリーは今一度辺りを見回す。


結界で分断された大通り、そこに夥しく残る血痕、そしてその背後には大型の施設。


しかし疑問が残るが、その前に自分の傍で倒れている少女達が最優先だった。


「! ナギサ!アリア!」


すぐに安否を確認するも、気絶してるだけで命に別条はなかった。


「よかった――っ!?」


その時、禍々しい魔力を感じたシャーリーは2人を抱えてすぐにその場から下がり距離を取る。


そこに突如強い風が吹きつけ、シャーリーは思わず目を閉じる。


「っ?」


吹き荒れる風で翳していた腕を下ろすと、そこには黒い風の塊があった。


風なので実体は持たず、辛うじて猫――いや虎の様に見える。


(仮定通り風属性……でも)


4つの要=四大属性説は確定となったが、今はそれより気になることがあった。


(何故2人を連れ去った?)


分かりやすいのは人質だが、それにしては理由は不明瞭。


それに魔力感知に優れたアイリスや直感の鋭い零夜が気付かないほどの隠密性、目的が見えない。


(……ソレデイイノカ?)


突然聞こえた声にシャーリーは悪寒を覚えた。


念話と同じ感覚だが、相手の魔力が禍々しく思わず眉間に皺が寄る。


「……誰?」


問うシャーリーだったが、答えは目の前にしかなかった。


そして同時に悟った。


この要はシャーリーの心の隙間を読み取ってここまで誘き寄せて来たのだと。


(不愉快、カ?)


図星を指されてシャーリーは一際不快感を顕にして目の前のそれを睨む。


「……」


だがシャーリーは目を背け汀とアリアを抱えて更に距離を取る。


(逃ゲテモ無駄ダ。他ノ2人ハ強クナルノニ自分ハ変ワラナイ。ソンナオ前ノ弱サデハ我カラ逃レラルワケ――)


「それが何?」


シャーリーの心の隙間を狙う南の要に、十分離れた所で2人を寝かせたシャーリーが向き直りつつ平然と返した。


「そう、確かにあたしは変わらない」


歩み寄りながらシャーリーは自身の影から斧槍を手にする。


「でもそれはあんたが言った通り、あたしが弱いから。それを2人のせいにするなんて、そんな戯言如きであたしの心を乱せるとでも?魔人族(あたし)を謀るにはお粗末ね」


南の要は何も言わないし、何を考えているのかもわからない。


「昔のあたしならともかく、今のあたしはそんなつまらないプライドなんて捨てた。こんなあたしをあの2人は対等に、必要にしてくれている。なら、あたしにできるのはただ一つ――」


力強く地を踏み締め、シャーリーは南の要を見返す。


「あたしは、2人と支え合い共に闘う!!」


南の要の言う通り、弱みはあった。


しかしそれを隠さず受け入れ、その上でシャーリーは誓言する。


……が。


「って、あっつっ!!?」


懐がいきなり熱くなって思わずその場で飛び跳ね、それを取り出す。


「! ドラグシールが」


黒死鳥の媒体となり、零夜の手からシャーリーに渡されていた赤いドラグシール。


光り罅割れていたそれは、取り出して目前に翳すと同時にその封印を解き放った。


「『ⅩⅨ Sunrise~Breaker~』、か……」


空に高く昇る太陽が描かれた絵と記されたナンバーと通り名を確認しシャーリーは首を擦る。


僅かな熱を感じたそこはシャーリーには見えないが、アイリスと同じくでも別の形の印が浮かび上がっていた。


「――誓や」


印にドラグシールを翳そうとした次の瞬間、南の要が眼前まで迫っていた。


「っ!?」


思わず硬直してしまったシャーリーだが、しかし南の要は特に何をするわけでもなくそのまま消え去った。


「? 消えた……?」


あの禍々しい魔力も感知できず、覚醒したてとは言え不利と見て逃走したか?


そう思った瞬間だった。


「!? ぐっ……」


突然あの禍々しい魔力が間近、というより自分自身から感じる。


その魔力への自身の魔力から来る拒絶反応で苦しむ中、身体の自由が奪われていく。


しかもそのせいか、さっきまで赤い炎で包まれていたドラグシールが黒く燃えている。


(こ、これは……南の要(あいつ)が直接あたしに取り憑いてる……?)


自由を奪われた身体はその腕を動かし、黒く燃えるドラグシールを翳そうとする。


ついさっきまでは新たな力にして切り札と成り得るものを、シャーリーは強く拒絶しようとする。


(まさか、最初からそのつもりで――?)


抵抗しながらも何かに気付いたシャーリーだったが、ドラグシールを首に翳されたのを最後に意識を失ってしまった。


   ◇


それから数十分後、シャーリー達を捜しに来たアイリスが到着した。


「!」


道路の中央、かなり目立つ場所にシャーリーはいた。


だがその姿はさっきまでと違い強大な魔力による装備で覆われ、アイリスの時と同じく動き辛い格好だった。


ここに来た経緯はともかく、おそらく自分と同じく覚醒を果たし代行者に選ばれ、南の要を討伐したのだろう。


――と、普通なら急とは言え良い戦果を喜ぶところだが、アイリスはどうしてもそうは思えなかった。


「……シャーリーさん?」


アイリスが恐る恐る声を掛けるも、その手にはいつでも使える様にドラグシールが握られていた。


何故なら、シャーリーを取り巻く魔力が禍々しいものとなっていたからだ。


「…………」


アイリスの呼びかけに反応してシャーリーがゆっくりと振り返る。


が、同時にシャーリーは地を蹴り一気にアイリスに迫り斧槍を振り上げる。


「くっ……」


寸でのところで力を解放したアイリスも姿を変え、手を翳して斧槍の一撃を防ぐ。


「っ!?」


シャーリーの瞳を見てアイリスは思わず絶句した。


紅玉の様だと称された綺麗な真紅の瞳は濁り切って輝きを失っていた。


だが気を取られていたのも束の間、シャーリーはアイリスの腹部に蹴りを入れ、体勢が崩れたところで横から斧槍を振り抜く。


咄嗟にこれも障壁で防御するも障壁ごと弾き飛ばされ、ビルの外壁に叩きつけられる。


「かはっ……」


今まで受けた事のない衝撃に息が止まりそうになる。


しかし身体を起こしたところでふと視線を感じて脇を見ると、瓦礫の影に汀とアリアがいた。


「2人共、何故ここに!?」


「み、みんながトンネルに入った後、最後にもう一回お礼を言おうってトンネルを出たら黒い影に襲われて……」


「なるほど……」


大亀の時と同じくシャーリーを狙って誘き寄せ、そしてまんまとシャーリーに取り憑いた。


後から来たアイリスもそこまでは推測できた。


だが状況は圧倒的に悪い。


「…………」


覚醒状態のシャーリーにどうやって取り憑いたのか疑問になるが、問題はそれだけではない。


(どうする……?私1人では同じ覚醒状態の、それも暴走しているシャーリーさんの相手は……)


まずアイリスとシャーリーでは戦闘経験に大きな差がある。


しかもさっき斧槍で弾き飛ばされた事からわかる通り、武を学び始めた事でその差は更に大きく、魔法特化のアイリスでは対処しきれないのだ。


(方法がないわけではありませんが……)


ちらりと横目でアリアを見る。


黒死鳥と同じく固有能力を使えばシャーリーを解放できる可能性はある。


だがそれには大亀戦の時ほどではないが動きを止める必要があるのだ。


(使えるスキルは……)


アイリスは頭の中で自分が持つスキルの一覧をなぞる。


ドラグシールに宿った神の意志の導きなのか、覚醒してから自動的に行使可能なスキルは教えられている。


その中で現状を打破するスキルは――。


(……これしかありません)


直接戦闘では勝ち目がない以上、アイリスはシャーリーと要の分離を狙う事にした。


立ち上がって前に出てきたタイミングを見計らったかの様にシャーリーは再度アイリスに斬りかかる。


対するアイリスはそれをただ見据えつつもスキルを発動させる。


「っ!?」


だが予想外のアクシデントが起こり、咄嗟にアイリスはその場から飛び退く。


しかし避け切れずに肩が少し裂けてしまう。


「! 傷が……っ」


見た目以上に傷はそれほど深くはないのだが、ひと月前の黒死鳥戦での傷が開いてしまった。


しかしアイリスはそれ以上にこのアクシデントに戸惑いを隠せなかった。


時間停止(ストップ)――対象の時間を一時的に止める、最上級魔法のカテゴリーに当たる時魔法の一つである。


それをシャーリーに掛ける事で一瞬の隙を突こうとしたのだが、それが効かなかったのだ。


「確かに発動した筈……いいえ、まだ手はあります!」


だがすぐに切り替えてアイリスは立ち上がる。


同時にその足元に銀色の魔法陣が浮かび上がると、魔法の発動に反応してそれを阻止するべくシャーリーが再び襲いかかる。


それをアイリスは真っ向から障壁で受け止める。


そしてその瞬間、魔法陣から光の鎖が生成され自身ごとシャーリーを縛りつけた。


(これは効く。このまま――)


全魔力を使って南の要を追い出す、その筈だったが――。


「!」


何とシャーリーは鎖を強引に引き千切り、そのままの勢いでアイリスを弾き飛ばした。


「つっ!?」


すぐに身体を起こそうとしたアイリスだったが、先ほど開いた傷が更に広がり激痛が走る。


動きが止まったその間にシャーリーは自らを拘束する拘束具が外れ、動きやすい姿へと変わっていた。


「まさか、第二戦闘形態!?あの状態で!?」


痛みを堪えて立ち上がったアイリスは驚愕するもすぐに迎撃の用意をする。


相手に効かないなら、自分である。


時間加速(アクセル)


次の瞬間アイリスの姿は消えていた。


「……ねぇ、見えてる?」


「全ッ然」


瓦礫の影から戦いを見守っていた汀とアリアだが、2人の目からはとんでもない速さで動きながら戦っている2人が辛うじて見えていた。


時間差でシャーリーの攻撃やアイリスの魔法が外れて地を揺るがすも、2人が何をしているのかはまるでわからない。


(ダメ……このままでは……)


しかし戦況は圧倒的にアイリスが不利だった。


戦闘経験から始まり、相手は戦闘に特化した形態に対して制限の掛かったままで怪我が酷くなる一方である。


アイリスはこのままジリ損であるとわかっていても、ここまで来るとたった一つの希望に頼るしかなかった。


「シャーリーさん!!」


宙で衝突した際にアイリスはシャーリーの両肩を掴み訴えかける。


しかしその訴えも届かず、シャーリーはその手を振り払いアイリスを地に叩き落とした。


「ああっ!?」


汀とアリアが物影から窺っている先、土煙が晴れていくとそこには元の姿に戻って仰向けに倒れているアイリスの姿があった。


傍にシャーリーが降り立ち、斧槍の刃先をアイリスの首元に添える。


シャーリーは胸を上下させて荒く呼吸しながらそれを見上げている。


「そんな……」


そしてそれを細かい事情がわからない2人はどうしようもなく見つめている。


その先の展開は幼いながらもわかり目を背けたくても離せない。


先程までの激しい戦闘音から一転、微かに風が吹く音しか聞こえない中で、シャーリーは静かに斧槍を振り上げた。


しかし、アイリスの頭を叩き潰さんと振り下ろされる事はなかった。


「――ぐぅっ!」


振り下ろす筈だった斧槍を後ろに投げ捨て、シャーリーは頭を抱えて数歩後ずさる。


(シャーリーさんが抵抗している?今なら――っ!?)


隙ができたシャーリーにアイリスは当初の予定通り接近して固有能力を発動しようとするも、先の戦闘のダメージで身体を起こすので精一杯で動けない。


(そん、な……!)


肝心なところで動けない自分にアイリスは手を強く握り締める。


「ぐ、グああぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


激しく抵抗している証拠か、シャーリーから発せられてるとは思えない唸り声と共に、片手は頭を抱えたままシャーリーはもう一方の手をアイリスに向ける。


そこに闇の炎が集束し火球を生み出すと、混濁とした意識の中アイリスに放つ。


満足に動けないアイリスは多少のダメージは覚悟で身体を覆う魔力を増やす事で凌ごうとする。


だが火球はアイリスに届く前に突然爆発、そこに何かが落ちた。


それは辛うじて原型を留めているが消し炭となったナイフだった。


「――トレーサーに付いて来てみれば」


「零夜さん……」


この状況でも動じずやってきた零夜はアイリスの傍まで来ると、立ち上がろうとするアイリスを制する。


「零夜さん、シャーリーさんが……」


「ああ、この場所とこの状況で大体察しがつく。下がってろ」


アイリスをそのままに零夜は悠然とシャーリーに歩んでいく。


「加減できる相手ではないな」


そう言いながら零夜は天凶を抜き放つと同時にその力を開放、その風貌が変化する。


「っ」


零夜に何かしらの考えがある、と思っているアイリスだが本気で戦おうとしているのを見ると不安を拭いきれない。


零夜の性格上シャーリーを生かす方向で戦おうとするだろうが、どうしようもできないと判断したら最後躊躇なく斬るだろう。


そうなれば、心の箍が狂ってあちらの世界の零夜と同じ道を歩む可能性も否定できないのだ。


「!?」


その異様な雰囲気をシャーリーの中にいる南の要が感じ取ってか、シャーリーの抵抗を振り切りすぐさま零夜に攻撃を仕掛ける。


「遅い」


しかし第二戦闘形態でその身体能力が飛躍的に向上しているにも拘らず零夜はそれを容易に避けてみせる。


真の力を引き出せば代行者と肩を並べる事もできるという伝承は偽りではなかった。


「っ!?」


シャーリーは距離を取って火球を放つもそれも避けられ、時には斬り捨てられてやはり当たらない。


(魔法を斬り捨てた……!?)


あちらの世界ではまず考えられない状況にアイリスは驚きを隠せない。


が、実は零夜も決め手に欠けている状態だった。


(ほんの少し隙を作れたらいいんだが……)


先ほどのアイリスと同じく動きを止めたいのだが、さすがに避けてるだけでは埒が明かない。


「……こうなれば一か八か」


意を決して零夜はシャーリーが足を踏み込んで一瞬足を止めたところを見計らってナイフを投げつける。


当然それは先ほどと同じく火球をぶつけられて消し炭にされるが、その爆煙を突き破って赤いオーラを発する天凶を手に零夜が急接近してくる。


「っ!?」


シャーリーの記憶でも今までなかった捨て身に動きが止まるがすぐに反応して火球を数発放つ。


「ぐぅっ……!」


寸でのところで避けるも最後の一発が左目を掠めるも、怯まず零夜はそのまま接近しシャーリーの身体を天凶で斬り払う。


しかしちょうど身体の中央で刃が少し止まる。


「ふんっ!!」


だがそれも少しだけ、零夜がもうひと踏ん張りすると刃はシャーリーを両断――せず、シャーリーの身体を通過したその切っ先に禍々しい黒い霧が纏わり付いていた。


黒い霧は天凶から離れ地に降り立つと、燻りながらだんだん形を成していく。


『オ……ノレ……』


黒い霧は先ほどの様に虎の姿に戻るが、力を消耗しているのかその姿があまり維持できていない。


「シャーリー、無事か?」


その姿を見据えながら零夜は傍で膝をついているシャーリーに呼びかける。


「え、ええ…………ありがとう、助か――っ!」


荒い息を整えながらシャーリーは零夜を見上げるも目を見開いて絶句する。


「集中」


だがそれが意味する事をわかっているらしく零夜は敢えてそれを流し一言。


それを受け入れ、シャーリーは力強く立ち上がる。


「あたしには、言ってくれないのかしら?」


一度大きく深呼吸した後、ショックを跳ね飛ばす様に軽口を叩くシャーリーに零夜は一瞬キョトンとするも鼻で笑い手をシャーリーに差し向ける。


「祝え!」


そして高らかに声を上げる。


「世界の終わりを生き続け、新たな時代を切り開こうとする者よ。かの者、未来を模索し導く才女。その名は陽光(サンライズ)19番目の(ザ・ペネトレイト)貫く者(・ナインティーン)


それを聞いてシャーリーは催促しておきながらかなり恥ずかしかった。


「また1人世界の護り手が、真の力を解放した」


南の要が分離した後でもシャーリーは代行者――しかも第二戦闘形態の状態のままだ。


扇情的にも見える赤いドレスアーマーは金の鎖から解き放たれ、その制限から解放されている。


「よくも汀とアリアを危険に晒し、あたしを好き勝手にしてアイリスと零夜を傷付けてくれたわね。許さないわよ」


淡々と口にするもシャーリーのその瞳は静かな怒りでより赤みを増している様に思える。


「陽光第二のスキルを開放――『心火の種火』を選択」


シャーリーが呟くと同時にシャーリーの周囲を炎が取り巻き、その熱量が増していく。


(今までにない炎だな……)


(でも、とても温かい……)


零夜とアイリスが息を呑む中、シャーリーは斧槍を構えて南の要に駆けていく。


物理攻撃どころか大抵の魔法も効かない南の要はそれを悠然と見据えていた。


隙あらばもう一度乗っ取ってやろうとしていたが……。


「やあっ!!」


シャーリーの一振りは南の要を確かに両断し、その霧状の身体が燃えていく。


「!!?!!!?!?!?!」


一体何があったのか、それを理解する暇もなく南の要は瞬く間に燃やし尽くされ、その場に魔結晶とドラグシールを落としていった。


「これで、4つの要全ての討伐が完了したわけだが……」


それらを拾うシャーリーの背に声を掛ける零夜だが、周囲を見回しても特にそれらしい変化はない。


「何も起こらない……いや、それはそれで今は助かるが」


振り向くとアイリスが気を失って倒れており、汀とアリアが慌てて駆け寄っていた。


「状況を整理する時間があるだけいいわ」


疲労を隠せずに言いながらシャーリーは元の姿に戻りながらゆっくり振り返る。


そして、同じく元の姿に戻った零夜を見て今にも泣きそうなほどに表情を歪ませる。


ついさっき、操られてたとは言え自分が攻撃し、零夜は左目を損傷してしまった。


それだけでも見るに堪えない状態なのだが、零夜の潰れた左目は結晶で覆われ、通常ではありえない状態となっていたのだ。


「何故、あなたがそんな事になってるのよっ!!」


赤い空の下、シャーリーの苦しげな叫びが木霊した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ