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蝕まれゆく世界のディストピア  作者: 剣龍
第一章 紅の空間
10/19

Ⅸ ~嘗て在りし日の魔王~

   ◆


「戻ったわよ」


「おかえりなさい。……どうでした?」


「ダメ。やっぱりそれらしい場所もなかったし現れなかった」


戻ってきたシャーリーは肩を竦めながらため息を吐く。


「やはり北には何もないのでしょうか?」


「これまでの流れから、外に出る為の道に必ずと言っていいほどいる筈なんだがな」


同じく戻ってきた零夜も顎に指を添えて考える。


アリアの家出と西の要討伐から一か月、零夜とシャーリーは住宅街に出没する合成不死者を掃討していた。


天凶の効果は絶大で半月ほどすると目に見えて不死者の数は減り、その頃に並行して北の要を捜し始めていた。


零夜の話によると、東のトンネルと南の道路に続いて西の墓地には滅多に使われない街の外に出る獣道が存在している。


だからこそ外に出る道に決まって要はいるという推測できたのだが、問題は北である。


「自分の知る限り、北にはそれらしい道はなかった筈」


そう、この仮説に北だけは当てはまらない。


もしかしたら零夜が知らない、この街が都市開発される前からこの地に住んでいる住人だけが知る道があるのではないかという事で捜索を始めていた。


しかし今日まで成果はなかった。


「反応は確かに4つだったのよね?」


「はい、ちょうど東西南北に分かれる形で察知したのは間違いないです」


「その内東と西は既に討伐済み……。アイリス、悪いけどもう一度精査してみてくれる?」


「はい」


「魔力の方は大丈夫か?」


「怪我と共に回復してます」


「じゃあ無理はしない程度でお願い」


「では、始めます」


まだ起きたばかりの時と同じ様に、アイリスは手を組み魔力と意識を集中する。


「……ん」


暫くしてから大きい瘴気の反応を捉えたのか、アイリスは少し険しい顔をした。


「変わらず北と南に大きい反応がありますね。……ただ、3つ気になる事が」


「何かしら?」


「北と南の要の反応が以前より弱くなってきている気がします。もしかしたら互いに何かが繋がっているのかもしれません」


「倒しやすくなってると思っていいのか?」


「断定はできませんけどおそらくは。……2つ目は既に東と西の反応は消えてるのですが、代わりにひずみが感じられます」


「歪み?」


「魔力の乱れが感じられます。先ほどの他の要との繋がりで仮定すると、他の要がいると復活するかもしれません」


「それは嫌だな……」


「あー……もしかしてあれかしら……そうすると多分それは大丈夫かもしれない」


心当たりのあるシャーリーに2人の視線が集中する。


「前にアリアを捜しに行った時、結果的に東の方に行ったあたしは外れだったんだけど、運悪く不死者に挟み撃ちにされたのよ。それで迎撃と撤退を繰り返す内にあのトンネルに迷い込んだんだけど、そこの結界の部分だけ薄い気がして」


「薄い?」


「結界を近くで見てるから知ってると思うけど、結界は空と同じ赤と黒の不気味な模様でしょ?でもトンネルの所だけ向こう側が見えるほどに薄かったの」


「……破壊が可能、という事か?」


「多分、貫通力の高い攻撃とかで壊せるかもしれない」


「…………」


この話に一番乗りそうなアイリスだが、難しい顔で考えている。


「一般人を脱出させる好機と思うが、何か問題があるのか?」


「確かにその薄い部分だけ壊す事は可能かもしれません。ただし、機会は一度っきりと思っていいでしょう」


「と言うと?」


「おそらく『この世界』は零夜さん達(こちら)の世界に私達(あちら)の世界が何らかの干渉をしている状態です。あまりあちらの世界の空気を流出させるとこちらの世界そのものが変質する恐れが出てきます」


「侵食、という事か」


「既にこんな世界が顕現している時点でもう何かしらの変質は免れないと思いますが、抑える事に越した事はありません」


「その話で行くと、その一度の機会もタイミングを図る必要があるわね」


「既に見当は付けているのか?」


魔法に関しては零夜だけでなくシャーリーにも一目置かれているアイリスは肯定してみせる。


「まず実行は次の要を倒し、要をわざと1体残した時に」


「全部ではないのか?」


「全て倒すとこの世界の元凶が表に出てくると思います。そうすると瘴気が一層濃くなって、脱出そのものが困難になる可能性が高いです」


「仮に小学校に避難している連中だけにしてもそれなりの人数がいるからな」


「また結界は完全に破壊しない限り再生します。なので脱出も時間が限られてます」


「そこは事前に言い聞かせるしかないだろうな。その他避難する連中の事はあっちと事前に打ち合わせしておく。で、3つ目は?」


話を促すも、アイリスは複雑な表情で零夜を見つめている。


「何だ?」


「……要とは関係ないのですが、零夜さん自身に微弱ながら魔力を感じるのです」


「? 今日も強化魔法掛けてもらったから、それが残ってるのではないのか?」


「それならシャーリーさんの魔力が感じられる筈です。でも今あなたから感じられるそれは全く別物となっています」


「んー……もしかして……」


「あれ、か」


またも心当たりのあるシャーリーに続いて零夜も反応する。


「ここのところ、シャーリーに武術の指南をしているだろう?」


「あ、はい」


合成不死者掃討を始めてから少し、シャーリーは零夜に頼んで武術を教えてもらっている。


と言ってもまずシャーリーがどういうタイプなのかが定まっていないとことと、零夜自身まだまだ発展途上という事もあり、まずは足運びなどの基本的な動作から始めている。


「で、その代わりに魔力の扱い方を教えてもらっている」


「魔力の扱い、ですか?」


「勿論人間の零夜は自分で魔力を生成できない。ただ武には気力という生命力を力に換える方法があるって伝えられてるのを思い出したの」


「へぇ……」


聞いた事がない話にアイリスは深く聞き入る。


しかしどこか素っ気無い。


「世界を構成する自然の力を司る魔力と、生けるものを構成する生命の力を司る気力。似て非なる力だけど、もしかしたらそっちに才があるかもと思って」


「それで結果がこうと」


「戦闘中はやはりイメージというか集中しやすいのか、割とうまくいった」


「しかしそれと今零夜さんが纏っている力が別物になっているのはまた別問題です」


「う~ん……それはなんとも」


「どうなるかもわからないのに施したのですか?」


「おい、少し落ち着け」


段々責めている様な口調になってきているアイリスに零夜はやんわりと止めに入る。


あまり見ない光景に多少なりとも驚きつつ。


「あ……ご、ごめんなさい」


我に返って縮こまるアイリスにシャーリーも驚きつつ手をひらひらと振る。


「ううん、別にいいんだけど…………そんなに危ない事?」


「零夜さんの様子からして特に問題はないと思います。ただ前例がない以上あまり迂闊な事ができないというのが正直な意見です」


「う~ん……これ以上、と言っても教える事は殆どないんだけど、使わない方がいいのかなぁ……」


「いや、状況に応じて使った方がいい」


何かあった時に困ると考えるアイリスだったが、それを零夜自身が否定した。


「どうしてですか……?」


「魔力――ひいてはそこから気力とやらの扱いを覚える事は今後必ず必要になるからだ」


「? 今のままでも十分に通用していると思いますし、強化魔法付きとはいえ単独で要を殲滅したではありませんか」


「だからだ。逆に言うと生身のまま、しかも鬼断はともかく天凶なくしてこんな戦果は残せていない」


「それは、確かに……」


「さっきシャーリーも言っていたが、自分は魔力を生み出せない。魔力がないという事は、お前達と違って自分の身を守る術が存在しないという事だ」


この答えにアイリスははっと気が付く。


確かにシャーリーやアイリスは魔力を保有しており、体外に放出する事で身を守る事もできれば、その上に防御魔法を使って防ぐ事もできる。


しかし魔力を持たない零夜はそれらがなく、一度でもまともに攻撃を受ければ致命傷となってしまう。


優れた身体能力とそれを強化する猛き勇士、不死者特効を持つ天凶があるからこそ今日まで無傷で戦い抜く事ができた。


有利に進めていそうで、実のところは綱渡り状態なのだ。


「ましてやただの鈍足だった時と違って、今はどんな再生をしているのかわからない連中だ。残る要2体に、元凶も控えている。できる事はやっておいた方が良い」


「…………」


説得力は十分ある筈だが、それでもさっきからアイリスは複雑な表情を浮かべたまま。


「ただの人間である自分を危険に晒しているのを気にしていると言うなら今更だと思うがな」


「――――か」


やれやれと肩を竦める零夜だったが、俯いて小さく震わせながらアイリスは呟く。


「あ?」


「そんなの、気にするに決まってるじゃないですか!」


顔を上げて叫ぶアイリスは瞳を潤ませて明らかに怒った様子で零夜に詰め寄る。


それにシャーリーは制しようと手を上げるが――。


「あなたにはあなたを必要とする子がいるのですよ!?なのにあなたは自らを危険に晒して、それを気にしない事なんてできません!!」


この言葉に手がピタリと止まる。


少なからず気付いていた事で、後ろめたさもあったからだ。


「では何か?前線に出ずに身の安全を最優先にしろと?自分抜きでこの状況を打破できるのか?」


「そ、それは……」


「さっきもそうだ。前例のない危険が伴うかもしれない新たな可能性に手を出さず、身を守る術のない現状のまま戦いを続けるか…………取り様によっては矛盾しているとは思わないか?」


「っ!」


「先に言っておくが、身を守る術がない分お前が全力で守るというのも無しだ。常に何が起こるかわからないこの状況でそれは全く確実性がない」


「…………」


遂には完全に言葉を失ってしまった。


更にこの騒ぎを聞きつけて詰所から汀とアリアも何事かと出てきた。


「助けられる者は全て助けたい、お前の意思は尊重するし美徳だと思っている。しかしいつ何事もそれが通じると思ったら大間違いだ。それは、あちらの世界の戦争の最中にいたであろうお前が一番よく知っている筈だ」


この言葉が決定打になり、アイリスは腕を力無く下げ、その顔から表情が抜け落ちる。


前に零夜が眠り続けていた時に少しだけ出たそれに周りの雰囲気が凍りつく。


「……私には、何もないから、だからせめて何かを持ってる人達に私と同じ末路を辿ってほしくないのです」


「それがお前の本性か」


力無い虚ろな瞳で見上げるアイリスに、零夜は無表情ながら力強い目で見返す。


「お前は二つ思い違いをしている」


そう言って零夜は数歩下がると腰の天凶を握る。


すると柄に埋め込まれた赤い宝玉が光り、抜き放つと同時に赤光を放つ。


「――っ!?」


一瞬の眩しい光に思わず目を閉じ、再び目を開けるとアイリスは目を見開いた。


天凶を抜いた零夜の左腕が肘の辺りまで赤く光っていた。


「この感じ……もしかして、覚醒!?」


零夜から強い魔力を感じ取りシャーリーが問う。


以前、七星龍刃の力を引き出す事ができれば人間でも疑似的に魔力を扱う事ができると説明した。


今の零夜はその領域にまで到達しているのだ。


「最初は気付いてなかったが、後からな」


「……いつから、ですか?」


「あの要――黒死鳥を相手にした時からだ」


「そんな前から?でもここひと月ずっと一緒に戦ってきて全く感じなかったけど……」


「使う必要がなかったからな」


早くも使いこなしている様子の零夜にシャーリーは若干複雑に思いながらも内心心強く思っている。


しかしちらっと横目でアイリスを見る。


「…………」


アイリスは零夜の姿を瞬きもせずに見つめ、大きなショックを受けている。


そして――。


「って、ちょ、アイリス!?」


そのまま気絶してしまった。


寸でのところでシャーリーが背中から支えるも、ぐったりとしているアイリスに慌てた様子で汀とアリアを呼ぶ。


「ナギサ、アリア、ちょっとお願い!!」




汀とアリアの助けを借りてとりあえずアイリスを詰所で休めてシャーリーが戻ってきた。


「少しショックが大きかったみたいね」


「そうか」


既に納刀して元に戻っている零夜はため息を吐く。


「話に聞くあちらの世界のレイヤが関係すると思うけど――というか、もうだいたい見当は付くわ」


「奇遇だな、自分もだ」


互いに顔を見合わせてため息を吐く。


2人の考えている通りだとすれば、冗談でも笑えないからだ。


「だからというわけではないけど、一つ納得した事もあるわ」


「何がだ?」


「これはあくまで昔から言われていた推測だけど、同じ魂を持つ者はどこかで繋がっているんだって」


「因果は変わらないとでも?」


「専門的な難しい話はあたしにもわからない。でもそれが例え次元を超えた先でもありだというのなら……」


一度言葉を区切ってシャーリーは零夜をしっかり見据える。


「そう――あなたは以前自分には才能がないと言った。あの時は努力を続ける事自体が才能と言ったけど、加えてあなた本来の才能はこの世界では発揮できなかったのよ」


「?」


「人間でありながら魔力を……いいえ『力』そのものの扱いに才能があると思うの。でなければ覚醒したとはいえ魔力の扱いから気力の扱いまでそう簡単に引き出せない」


「そこまでなのか……」


「付け加えて言えば、魔力というものも一朝一夕で扱えるものではないの。あちらの世界でも扱いが下手なら一生かけても下手なままというのも珍しくない」


「そうか……あちらの世界で多少の優劣はあるとは思っていたが、そこまで難しいのか」


「改めて言う必要もないけど、慢心も油断も禁物よ。便利かもしれないけど、一度暴走すると自らの命に関わる爆弾の様なものなんだから」


「そういうとあちらの世界の住人も難儀なものだな。というか、お前に言われるとは思わなかったな」


「う、うるさいわね!まだその話を引っ張ってくるの!?」


いつぞやかの思い悩んだ時期の事を持ち出されてシャーリーは顔を赤くして反論する。


そんなシャーリーの肩を軽く叩き、零夜は神社を後にしようとする。


「冗談だ。ただ忠告は肝に免じておく」


「全くもぅ……って、どこへ?」


「小学校に脱出の際の打ち合わせをしてくる。あと、北の出入り口の情報も探ってみる」


「ああ、なるほど。いってらっしゃい」


軽く手を振って石段を下りていく零夜を見送り、シャーリーはため息をついて詰所に目を向ける。


「……さて、アイリスもアイリスでなかなか闇が深いわね」


   ◇


「あ……シャーリーさん」


「起きた?」


アイリスは目を覚まし上体を起こすと、傍にいたシャーリーが肩を竦める。


「……そう、私は……」


何故気絶したのかを思い出してアイリスは頭を抱える。


「アイリス、最初に聞かせてほしいんだけど。――あっちの世界のレイヤって」


シャーリーの問いにアイリスは戸惑う事もなく素直に肯定する。


「ええ、お察しの通りです。あちらの世界における第三次世界大戦の元凶が、あちらの世界の零夜さんです」


「やっぱりね……」


予想通りの話でシャーリーは再びため息を吐く。


「まぁそっち(レイヤ)について詳しい事はまだ聞かないわ。今大事なのはあなたの事よ」


「私、ですか……?」


「あなたが慈愛深い性格なのは知ってる。ただ、先ほどの――零夜が言う『本性』のそれはちょっと度が過ぎてると思うわ」


「…………」


以前までならここまで踏み込まなかっただろう。


しかし今はこの問題を保留にし続けてもいざという時に連携が取れなくなると最悪の事態になりかねない。


何よりいち戦友として、放っておく事ができなかった。


「……まだ戦争の中期だった当時、敵同士だった龍人族の女性と天使族の男性はたまたま手傷を負ったところで巡り合いました。しかし元々戦争に乗り気ではなかった事に加えて、ちょうど互いが得意とする治療法だったので互いに治療を行ったのが出会いだったと聞いています」


「もしかしてその2人って――」


「後の母と父です。それから暫くして、戦時中なので当然湧いてくる不死者に母が囲まれたところに父が以前の恩から割って入った事で本格的に交流を図る様になったそうです」


   ◆


これを機に2人は惹かれ合い、愛を育む事になるのに時間はかからなかったと聞いています。


しかしそれに連れて戦争に対して虚しさを覚え、それぞれの種族に訴えたそうですが、聞き入れられる事はありませんでした。


それどころか異端扱いされて追放されたそうですが、2人ともこれまでのやり取りで見切りをつけていたので清々したそうです。


こうして2人は安息の地を求めて放浪の旅に出た末、少しずつ志を共にする仲間が増え、遥かな辺境の地で小さな郷を造りました。


龍人に天使、それ以外にも様々な種族が分け隔てなく互いに協力して暮らし、その中で私は生まれました。


穏やかで平和な暮らし、でも望んでいた幸せはある日突然奪われる事となります。


私が7つの頃でしょうか、人間の大国が異端狩りと称して郷を襲ってきたのです。


様々種族が混在する郷の民達が個人では優れていても、人質や騙し討ちなど様々な手段で民達は次々と殺されました。


私は母に連れられて辛くも逃れる事はできましたが、最愛の人を失った精神的負担と逃れる際の傷が原因でほどなくして母も息を引き取りました。


その後どこから聞きつけたのか、そんな私の下に龍人族と天使族のそれぞれの部隊がやってきました。


天涯孤独となった私を引き取りに来た――などと都合の良い話ではありません。


異なる種族の間に生まれた異分子を殺しに来たのです。


   ◇


「…………」


「シャーリーさん」


アイリスの話に耳を傾けているシャーリーの手にアイリスが手を重ねそっと解く。


あまりに強く握り締めていたせいで、爪が掌に食い込んでいた。


更に気付くと唇の端が切れていた。


こちらも強く噛み締めたせいで噛み切ってしまった様だ。


例え忌み嫌っていた人間でも助ける程に子供を大事にするシャーリーにとって、それほどまでに龍人族と天使族の件は度し難かった。


今ここにアイリスがいる以上、助かったのは確かだがその時の出来事は確実にアイリスの心に影を落としている。


そう思うと、怒りが込み上げてくるのだ。


「……それで、その時はどうなったの?」


しかし一旦それは置いておいて、シャーリーは一度深いため息を吐いて次を促した。


「龍人族と天使族はどちらが私を殺すか口論を始めました」


それを聞いたシャーリーは本気で頭を抱え、実はずっと頭上に浮かんでいるトレーサーを睨む様に一瞥した。


これを誰が見ているかはわからないが、とりあえず術者であるメグや天使族の誰かがいる事は確かだからだ。


「でもその間に部隊と私の間に1人の男性が通りがかったのです」


   ◆


「気に食わないな。1人の少女に大の大人が寄ってたかって、恥ずかしくないのか?」


「なんだお前は?」


「魔力を感じない、さてはお前人間だな?」


「それがどうした?」


「力無き者に用はない、去れ!」


「お前達の指図を受ける謂れはない」


あっさり言い捨てられた事に腹を立てたのでしょうか、龍人族の一人が背の槍に手を伸ばそうとすると――。


「最初に言っておくぞ」


それを遮る様にあの人は強めの口調で言って身体を半身にずらしました。


「得物を手にして向かって来るからには、覚悟を決めてから来い」


「減らず口を――」


忠告を無碍にし、龍人族の一人が槍を手に突撃しようとしたその瞬間、既にあの人は目前まで迫っていて――。


赤い刀身が弧を描いて数秒、龍人族はその場に倒れ、二度と起き上がる事はありませんでした。


「――でないと、無駄死にするぞ」


あの人は状況を飲み込めずに唖然としている二つの部隊に、わざと血を浴びせる様に刀身を振るいました。


「と言っても、遅いか」


血を浴びせられ、あの人の冷ややかな言葉に部隊は我に返り、天使族は戸惑い、龍人族は怒りながらあの人に襲い掛かりました。




「それで、お前は何だ?」


天使と龍人の屍の山を背に、あの人は力無く座り込んでいる私を見降ろしながら問いました。


「わ、私は……」


他にどうしようもなかったので私は自分が暮らしていた郷、その郷が滅ぼされた事、両親も失いそれぞれの種族に命を狙われた事、全てを話しました。


これでもしこの人に殺される様ならそれはそれでもうどうだっていい、と諦めながら……。


「――そうか」


話を聞き終え、あの人はため息を一つ吐きました。


「この戦乱の世にそんな考えを以て暮らす者達もいたのか。……そして、いよいよもってあの国はもう駄目だな」


「え?」


「俺もあの国から来たんだ。一応、騎士団長をやっていた」


当時は騎士団長がどういう立場なのかはわかりませんでしたが、それよりも郷を滅ぼした国の人間である事が重要でした。


普通なら恐れるなり恨むなりしたのかもしれません。


ですがこの時何故か私はそうは思いませんでした。


命を救われたから……という単純な理由ではないと思いますけど、それは今でもわかりません。


「それで、お前はこれからどうしたいんだ?」


「どう、とは……?」


「回りくどいのは無しで単刀直入に言ってやる」


そう言ってあの人は腰の剣を再び抜き放ち、私の首で寸止めしました。


「このままこの場にいても1人で生きるのはほぼ不可能、のたれ死ぬかまたあれの様な部隊が来て殺されるだけ。それくらいなら今ここで楽にしてやってもいいぞ」


冷え切った瞳で見下ろされ、より強くそこまで来ている死に私の頭は真っ白になりました。


先ほどはどうだっていいと諦めていましたが、いざそこまで来ると恐怖や悲しみなど色々な感情が複雑に混ざり合いました。


その中で一つだけはっきりしていたのは――。


「………………や、嫌です!!」


涙腺が決壊したかの様に涙が次々と溢れてくる。


「私、死にたくありません!!皆さんが守ってくれた命、諦めたくありません!!」


思い返してみると、郷が攻め入られた時からそうでした。


郷の者達も両親も、皆私の身を最優先に案じてくれました。


村でたった1人の子供だからという事もあるかもしれませんでしたが、皆様から貰った愛情を無駄にしたくありません。


「なら、生きろ」


「……え?」


一頻り泣いた後まだ涙が止まらないまま見上げると、剣はいつの間にか鞘に戻り、あの人はどこか満足気にして腰を下ろしました。


「悪かったな。元々、子供を斬り捨てるなんて悪趣味通り越して下衆な真似、するつもりはなかった。ただ幼い身の上でこんな世界、強い意志がなければ生き残れないのだ」


そう言ってあの人は手を差し出しました。


「改めて、俺と一緒に来ないか?決して幸せでもないし過酷な旅になるが、お前がいつかその命で何を成したいのか決めるその時まで、共にいよう」


その手を戸惑いもせずに私は取りました。


一度は諦めかけたこの命を救ってくれたその手を……。


   ◇


「それから8年、私は彼と共にいました」


「……その8年間で、成したい事が生けるもの全てを救う事?」


シャーリーの問いにアイリスは沈痛な面持ちで首を横に振った。


「8年間あの世界を見続けて、そもそもそのような考えが持てる環境ではありませんでした。強き者が弱き者を淘汰する、弱肉強食の世界。間違っているとも言えますしそうでないとも言えるかもしれません。ただ……」


「ただ?」


「だからと言って、何の罪もない人々が殺される理不尽だけは見過ごせませんでした。でも、何時だって私は遅すぎたのです」


「ああ……」


ここにきてシャーリーはようやく合点がいった。


アイリスのあの異常なまでの生き続ける事への拘りは、何度も失敗や挫折を繰り返した結果なのだと。


加えて――。


「アイリスを助けてくれた彼というのが後の魔王――あちらの世界のレイヤってわけね」


しかし別世界の別人とはわかっていても、内心どうしても自分の知る零夜と比べてしまう。


話を聞いている感じだとこちらの零夜と比べていくらかスレている感じはする。


でなければ、気に食わないという理由で躊躇なく皆殺しにはしないだろう。


そしてそんな零夜がどのような経緯で魔王として降臨する事になり、それを間近で見ていたアイリスの心境は察するに余りある。


同時に生き続ける事への拘りとこちらの零夜の戦い、この二つが彼女の心の枷になっている事は間違いない。


「……そう、あたしにもようやくわかったわ」


「?」


「あたしとちゃんと連携を取り始めた時もそう、天凶を渡した時もそう、思い返してみれば貴女はレイヤが目新しい戦果を挙げる度に微笑んでいた。でもそれは決して見守っているものではなく、悟られない為曖昧に誤魔化しているだけ」


「……そうです」


指摘されると案外素直にアイリスは白状した。


いつもならここで苦笑なりしているところだろうが、今はそれすらなくただただ無感情である。


「例え別人でも同じ魂だと同じ因果を辿るのではないか、私はまた大事なものを取り零してしまうのではないか、でもこの戦いは彼の力が必要不可欠、そんな相反する考えの間に挟まれて……」


そんな無表情のままシャーリーに顔を向ける。


「以前シャーリーさんが板挟みで悩んでいた時に相談を聞きましたが、結局は私も同じなのです」


「…………」


これにはシャーリーも何も答えられなかった。


シャーリーの場合は今までの認識との食い違いだったが、アイリスの場合は文字通り次元が違う。


   ◇


「戻ったぞ」


やがて小学校に行っていた零夜が戻ってきた。


「どうだった?」


「朗報だ。北に通じる道の手がかりを見つけた」


「え、どこ?」


焚火の傍で座っていたシャーリーが思わず立ち上がると、零夜は下を指さした。


「? 足元?」


「地下だ。下水道が北から街の外まであるんだとさ」


「! なるほど、地下水道ね」


「前に不死者に追い回されていた一家がいただろ?父親が水道局の職員でその辺詳しかったんだ」


「へぇ……(すいどうきょく?)」


と相槌を打ったもののシャーリーには一部わからなかったが、なんとなくニュアンスでわかった……様な気がした。


「あの時の人間がねぇ……やっぱり何が起こるかわからないわね」


「そういうものだ」


話に区切りがついたところで零夜はちらっと詰所に目を向ける。


「で、だ。アイリス(あいつ)はどうだ?」


「ええ……」


少し長くなるので焚火周りのいつもの場所で腰を落ち着け、シャーリーは先ほどアイリスから聞いた話を聞かせた。


「――なるほどな。あんな物で寝かされていた時点で只事ではないとは思っていたが……」


「レイヤは、何時から気付いていたの?アイリスが貴方にただならない気持ちを抱いていた事を」


「殆ど最初からだ」


「そうよね……」


対象が零夜で、その零夜はそういった機微にかなり敏い。


聞くだけ愚問であった。


「ただ、気付いていてもそれが何なのかまでわからなければ対処のしようがないのも事実。わざわざ聞くのもどうかと思ってこちらから対応しなかったのが見事に裏目に出たな」


「いや、そういっても仕方ないわけだし……うーん……」


これにはシャーリーも本気で頭を悩ませる。


零夜が言う事は間違っていないし、アイリスの気持ちも間違っていない。


各々個性の匙加減というのは人間関係で一番判断に困る案件である。


更にお互い相手の事を考えている上で言っているのが拍車を掛けている。


「しかし、お前も最初に出会った頃と比べて本当に変わったな」


「え、なに急に?」


「以前のお前なら、他人の仲介にそこまで頭を悩ませる事はなかっただろうからな」


「失礼ね!…………と言いたいところだけど、それは自覚してるわ」


急に自分の話を振られて一瞬口を尖らせて反論したものの、シャーリーはすぐに苦笑を浮かべる。


「前にチラッと言ったけど、ここ2年であたし達の世界もようやく共存の道を歩き始めたわ。でもそれ以前からこっそり交流していたメグやエノにさえ、認めてはいてもなかなか心を開けなくて……」


「まぁ、物心付いてからもずっとお前の言うロクでもない男達に囲まれてたから仕方ないとは思う」


「だから他人の事情に深入りする事がなかったのよね……」


「ふむ。……だがそれを考慮しなくても、今は互いのすれ違いが連携に影響し、そのまま生死を分かつ」


「別にそれが理由というわけでは――」


全くないわけではないが人の事を考えてない意見に反論しそうになるも、皆まで言うなと零夜が手を軽く上げて制する。


「だが今回は強引にでも自分の意見を通してもらう」


「? 何故?」


自分で言った通り強引な零夜にシャーリーは首を傾げる。


「先ほど言っていた二つの思い違い、ですか?」


そこに詰所からアイリスがやってきていた。


まだ少し顔色が悪いが大丈夫そうだ。


「さっきの『抜刀』でわかるだろう?」


アイリスもいつもの定位置に腰かけたところで零夜は切り出した。


「ただの人間としてはもう引き返せないところまで来てるんだ、今更引っ込めるか」


戦力としても、何より零夜自身としても、至極尤もな意見だった。


「何より言った筈だ。自分は相応の覚悟を以て戦いに臨んでいる。勿論無駄死にするつもりは毛頭ない、既に最善の手を尽くしている。厳しい言い方をすれば、その覚悟にあれこれ文句を言われる筋合いはない」


無論心配してくれている事は零夜もわかっている。


しかしそこから二つ目に繋がる。


「そして二つ目だ。お前の生い立ちやそこから端を発する考え方を否定はしない。だが俺に天凶を渡すのを黙認したり状況に応じて最善の手を尽くしているかと思えば今回の矛盾だ、はっきり言ってお前は過去に囚われ過ぎている」


「!」


改めて指摘されてアイリスははっきりと自覚する。


自覚はしているつもりでも、他人――ましてや当事者に言われるのとではその認識は雲泥の差となる。


「とはいえ、過去を切り捨てろと言うつもりはない。なにせ魔王の誕生を間近で見ていた様なものだしな」


これにシャーリーも大きく頷いて同意する。


戦後生まれのシャーリーでも世界滅亡の危機という修繕不可能な傷として残っているのを目の当たりにしているのでよくわかるのだろう。


「結局は自分次第となるので明確な答えではないが、今はあの時と状況も環境も違うという事を再認識するところから始めてみるといい」


「疑似的な過去のやり直し……かしら?」


「そうとってもらって構わない。そうそう払拭できる過去ではないだろうからな。だが所詮自分と魔王は別人、いっそ重く考えすぎずに開き直った方が案外うまくいくかもしれない。考え方一つで事態が思わぬ方向に向かうのは人類の歴史上よくある話だ」


「!!」


2人のやり取りにアイリスは何も答えなかった。


しかし、既にきっかけはできている。


「今日はこのまま解散とする。北の要を討伐するまで、考えてみてくれ」


そういって席を立つ零夜に続き、シャーリーもその場から立ち去る。


1人残されたアイリスだったが、もう答えは決まっていた。


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