~日常の終わり、蝕の始まり~
―――
「お疲れ様です」
「あ、お疲れ~」
ある日の昼前、青年が仕事を終えスタッフルームに戻ると休憩中だったパート達が返してきた。
「今日はもう上がり?」
「はい、行く所があるので」
「そう」
そんな他愛ない話をしながら青年は更衣室に入って着替えをするのだが……。
「……あの人、大学にも行ってないんだって?」
「行ってないんじゃなくて行けなかったのよ」
「え、どういう事?」
「ほら、1年前のあの事件の生き残りだから」
「あ~……」
パート達は小声でそんな事を話していた。
(話すのは自由だがせめて聞こえない様にしてほしいものだ)
事情を知っている店長が吹聴したのだろうか、青年にとってははっきり言って迷惑極まりなかった。
◇
「ふぅ」
「あ、お帰りなさい!」
寮に戻り一息吐くと、それを聞きつけて管理人室から1人の女の子がポニーテールを揺らしながら顔を出した。
「おう、汀。相賀さんは?」
「お爺ちゃんはどこか遠い所の友達に会いに行っちゃった」
「あ、そういえばそうだったな」
彼女の名は風無汀。
青年が現在世話になっているこの寮の管理人であり恩人の孫娘だ。
その管理人が今外出中だからいつもはもっと長く入っているバイトを短くして面倒を見るという事になっていた。
どうやらあの無責任な世間話で若干イラついていて失念していた様だ。
「アリアは?」
「いるよ」
もう1人の名を呼ぶと部屋の奥から壁や戸を伝って、緩いウェーブが掛かったショートヘアの女の子が出てくる。
彼女の名はアリア=ジアコーサ、訳あって居候している女の子だ。
「そういうわけで今日は昼から面倒をみる事になってるな」
「あ、じゃあ道場行きたい!!」
どうやら元気が有り余っているのか、身体を動かしたいらしい。
「……アリアはいいのか?」
「いいよ。2人が頑張ってるところ、聞いてるだけで楽しいし」
話を振るとアリアは特に嫌な顔せずに頷く。
活動的な汀とは逆にアリアはおとなしい。
「でも、その前にお兄さんはやる事があるよね?」
「あ……」
でもその代わり色々気が付く。
アリアが言わんとする事を察して汀の表情が曇るが、青年はそれを払拭する様に笑いかけながら頭を撫でる。
「すぐに帰るから、帰ったら昼食にしよう」
「……うん!」
すると汀は笑顔で答える。
どうにか払拭に成功した自分は2人と別れて自分の部屋に戻り軽くシャワーを浴びた後、手早く身支度を済ませる。
『――の発表によりますと、機関内で行われていた重力場の実験は失敗に終わったとの事です』
テレビで今取り上げられている話題に一瞬手が止まるもさっさとテレビを消して部屋を出る。
「少し行ってくる」
「はーい、いってらっしゃい」
昼食の支度をしている汀に声をかけて、青年は足早に寮を後にした。
◇
やってきたのは街外れにある墓地。
その墓地から更に外れた場所にある大きめの墓石、その前に手を合わせ立ち上がる。
「……もうすぐ2年か」
この墓石は様々な理由で家族を持たない人が眠っている無縁仏という墓だ。
そして、この無縁仏にはかつて共に生活していた住人達が眠っている。
「……」
今も目を閉じると思い出す。
2年前、街で一番のショッピングモールで起こった大火災。
当時遊びに来ていた青年に汀やアリアも巻き込まれ、一緒に来ていた住人達もこれで亡くなった。
この大事故により汀は両親を失い、心に大きな傷を負ったアリアは外出すらもままならなくなった。
「……自分が、守っていかないと」
自身に言い聞かせる様に呟き、決意を再認識して青年は墓場を後にした。
◇
墓参りを終え帰路に着く。
(この後は帰って昼食にした後、道場で――)
これからの予定を頭の中で反復していたその時――。
「っ」
青年の全身を悪寒が駆け巡った。
少しばかり空気が重くなると同時に肌に感じる気味の悪さ。
形容しがたい感覚に辺りを見渡すと、その著しい変化はすぐに視界に入ってきた。
「……空が」
空が、赤くなっていた。