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 早速、ミエールは朝早くに店に行き、昨日の事を店主に全て話すと申し訳なさそうにお店を辞めることを伝えた。

「寂しくなるわね、ミエールちゃんが居てくれて本当助かってたんだけどね、あの客が来たらもう辞めたって言っとくわね」

「御免なさい、急な話になってしまって」

 女主人は人が良く、ミエールの事を心配しながら理解をすると、エスタルを出る間だけでも時々店の呼び込みをしてくれないかとミエールに伝えた。

「喜んで」

 ミエールはにこりと笑って答えると、家に帰り荷支度の準備をし始めた。

 いつ何時、またカロスがやって来るかも知れなかったので、いつでもエスタルを出られる用意だけはしておこうと考えていた。

 一方、ミサエルの方は学校での卒業までの間の就職活動で時間を潰していた。

 もうエスタルで仕事をするつもりもなく、ただ卒業式を迎えるだけの時間を過ごしていたのだが、担任や仲間達から就職しないのか、どうするんだなどと言われて言い訳をするのに辟易しているだけであった。

 皆にアルステルに行って仕事が出来ず出戻りになったとき恥ずかしいからと、アルステル行きも告げて居らず、ただ何になりたいか迷っていると伝えていた。

(バルが苦労してたのがよく分かったぜ、断るのが面倒くせえな)

 バルートは二年目で卒業が出来た有能な魔道士だったので、就職活動の時には各方面から声が掛かり、それを断るのに苦労していると聞いていたのを思い出していた。

 本人は旅をして色々な国を見てくるとエスタルを出て行ったが、何があったのか一ヶ月もせずに旅をやめて戻って来たときには、次は冒険家になると言って依頼所の仕事の受け方を教えてやった。

 その後、一人で仕事をしていたみたいだが、今度はアルステルで依頼の仕事をしながら、そこにミサエルとミエールに移住しようと提案してきた。

 バルートは下級魔道士という肩書きもあり、そこいらの魔道士よりも信用があるだろうからどんな職業をしていてもそれなりにやっていけるだろうが、ミサエルは一般魔道士だったので、本当なら仕事の誘いが来るだけでも有り難いと思わないといけない立場だった。

(アルステルに移住か……、まぁ知らない町でもないがな、それに誰かも分からない人間の下で働くよりかはバル達といる方が楽しいだろう)

 それに依頼の仕事は生活費を稼ぐためにやっていたことで、勝手知ったる仕事でもあったので、これからはそれを本業にするだけで受け入れやすくはあった。

 家に帰ると、バルートが戻ってきていて、

「おめでとうです、やっと卒業ですです」

 卒業出来ることを誰に聞いたのか、察しはついていたので気にもとめず、

「ありがとよ、家に帰ってもタッキーもいないし暇だったんだ、毎日勧誘の話ばかりでうんざりだ、早く卒業式をして欲しいもんだ」

「タッキーさんは最近いないですか?」

「ああ、何処行ってんだが知らないが、家に帰ってくることがあまりないな」

「タッキーさんにはアルステルのことは……」

「いや言ってない、というより話すらまともにする暇もなくいつの間にかいなくなってるしな、それにミエールのことを知らないから変に話するとややこしくなりそうで、これはこっちの話って事でいいだろう」

「そですか……」

 バルートは目をキョロキョロさせて、

「ミサさんにお話しないといけないことがあるです」

 言い出しにくそうにバルートが話を続けた。

「なんだ?」

 椅子に座ってお茶を飲みながら、バルートがアルステルでギルドを作ろうと、向こうで出会ったフィッシング達との出来事を話してきた。

「ギルドか……」

「はいです、とってもいい人達なんです、オトさんは大人だし優しいです、お魚さんはちょっと怖い顔をしてるですが根は優しい人です」

「まぁバルが言うなら変な奴らではないだろうし、そんなに気に入るぐらいなら良い奴なんだろうよ、けどミエールが何と言うかだな、あいつ人見知り激しいし直ぐ手が出るしな」

 ミサエルが腕を組んで考え込んだ。

(またあいつに伝えないといけないことが……)

 ミサエルはこの前みたいな状況にでもならないと中々言い出しにくく、また悩みの種が舞い込んできたのかと思った。

「…………あっ、女性一人になるのを忘れてたです、どうしよう……」

 思い出したようにバルートが慌てた。

「中身は男みたいなもんだけどな……、一応女扱いしとかないと怖いからな」

「あう」

「ところでバルは何処に泊まってるんだ?」

「僕は西門の近くの宿屋です、ミサさんが卒業するまでの間、ミエールさんと依頼でも受けて小遣い稼ぎしとくです、あっミサさん、ちゃんとミエールさんに一緒に行こうって言ったですね」

「言ったというか何て言うか……まぁ結局の所、行きたかったんだろう」

「ミエールさん、凄く嬉しそうにしてたです」

「ふむ、そうか……」

 ミサエルは頭をかきながら照れくさそうにしていた。

「じゃあ卒業式が終わったらまた来るです、ギルドのことは僕が伝えておくです」

 バルートは早速出て行こうとするのを、ミサエルが止めた。

(ふう、バルから言ってくれるなら怒りはしないだろうな)

 ミサエルは胸に詰まった悩みも解消され、少し気が楽になった。

「ああ、荷物整理もしないとな、あと五日で卒業式だし終わったらその足で東の城門に行くから待っててくれ」

「五日かぁ、分かったです」

 バルートは話が終わると、さっさと宿屋に帰っていった。

「タッキーの奴には……まぁいいか、先に持っていく荷物を整理しておくか」

 卒業式までの間、家に帰るといらないものはなるべく質屋に売ってお金に変え、持って行けるものは袋に詰める作業をしていた。

 その間、ミエールと会ったときに、彼女が足がないと言っていたので、仕方なく馬車を買い揃えて前日には荷物を乗せていつでも行けるようにしておいた。




 ミエールは初めての依頼をバルートに教えて貰いながら楽しくこなしていた。

「毎日こんなに楽しいなら依頼の仕事もまんざらでもないわね」

 ミエールは手にした初めての報酬を喜びながら答えた。

「はう、今は簡単な依頼だからそう思うです、もっともっと難しいのとか、命がけの依頼もあるです」

「報酬が少ないから生活は厳しそうだけどね、のんびり出来て良いわ」

「ギルドのことは問題ないですか?」

「大丈夫よ、ミサもバルさんもいるんだし心配してないわ、その代わり部屋はちゃんとしたのにしてよ」

 ミエールはバルートの顔に指を差して念を入れて伝えた。

「あうあう、それはまだ僕もどんな家になるのか見てないし何とも言えないです」

 ミエールにアルステルのことを伝えたが、意外にもあっけらかんとしていて怒りもしなかった。

「ミエールさんは荷物の整理は終わったですか?」

「ええ、手荷物だけ持って行くわ、棚とか殆どは借り物だし要らない物は売ってきたし、向こうで新しく買うから良いわよ、足はミサが馬車を用意してくれるって言ってたから乗せて貰えば問題ないでしょう」

「そですか、じゃあ明日東の門でまた会うです」

「ええ、じゃあ明日ね」

 ミエールはバルートと別れると、空を見上げてまだ陽が落ちるには早いと感じると、一人町の外へと足を運んでいった。

 街道に出てきたミエールは行き交う馬車の従者に見られながら、とぼとぼと街道脇の草むらに分け入って行く。

 ミサエルと一緒に逃げてきた小さな丘にやって来たミエールは、広がるルヴェールの花の香りを全身に取り込むように深呼吸を繰り返す。

「今日でエスタルともお別れね、折角こんなに良い場所を見つけたのに、暫くの間見ることが出来なくなるわね」

 夕陽に照らされた寄り添う二輪の黄色いルヴェールの花は、橙色に変えて風に揺られていた。

「貴方と一緒に生きて行く……、ルヴェールのような生き方になればいいな……、あれは馬鹿なくせに恥ずかしがり屋なのよね、いつもふざけてばかり……たまには格好いい言葉ぐらい言ってくれれば良いのにね、でもこれからは一緒に暮らせるんだし、いつかまたあんな機会があるかも、ふふっ」」

 溜まっていた鬱憤をはき出すかのようにもう一度深呼吸をした。

「よし! 明日からは新しい人生だと思って楽しくやっていくぞぉ」

 誰もいない丘で大声を上げて元気よく手を振り挙げると、沈みゆく夕陽の丘から大手を振りながらミエールは町へと戻っていく。

 それは陽が暮れる時間が早くなり、長い夜が続く季節が本格的に訪れようとする寒い日の事だった。

 共に時間を過ごし、共に生きていく。

ミエールの心にはミサエルとのこれからに心躍らせていた。

(いつかルヴェールのように本当に……)

 いつ雪が降ってきてもおかしくない程、寒い日の丘で語り合った二人だけの秘密の時間、ミサエルとミエールだけの淡い恋物語……。

ご愛読ありがとうございました。

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