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ミエールにはもう一度、ちゃんと唇を合わせたという事実が欲しかった。
さっきのは夢ではない、本当にミサエルと今、私は唇を交わしているというのを確認したかった。
喧嘩ばかりでいつも殴ってばかりだから嫌われてしまってるのではないかといつも不安が付き纏い、今、目の前で応えてくれているのが嬉しかった。
何度目かの接吻の後、ミエールはミサエルの胸に顔を埋めて安心したように、
「帰りましょうか」
もうすっかりと真っ暗になった丘で、思いついたように声を掛けた。
誰の目も気にすることのないこの場所で気持ちを伝え合った二人は、それ以上語り合うことは不要だった。
(何があっても付いていく、私はミサが好き)
そうミエールは心の中で呟いた。
「……ああ、そうだなもう町に戻っても大丈夫だろう」
ミエールの言葉で我に返ったミサエルは、立ち上がり背伸びを一度した。
「よし、じゃあ行くか」
二人は小高い丘を手を繋ぎながらエスタルへと戻っていった。
郊外に逃げ出してから二、三時間ぐらいは経っただろうか、暗くなった街道を見回しても兵士の姿は無く、町からは賑やかな明かりが漏れてきていた。
「……こ、このことはバルに言うなよ」
「このことって?」
歩きながらミサエルが恥ずかしそうに言ってくるが、ミエールには何の事を言ってるのかととぼけながら聞き返した。
「だから……丘でのことだよ」
「…………うん、言うはずないわよ」
(だって二人だけの秘密だもん)
ミエールも本当の所、アルステルに行きたかったのである、けれどバルートが居た食事の席で直ぐに返事することは、ミサエルに付いていく素直な女の子と思われたくなかったし、ミサエルから一緒に行こうと言って欲しくてじらしていた。
偶々、店で言い寄ってきたキッシュ家のカロスから交際を求められていると教えたのだが、何の反応も見せないミサエルに少しムキになって、交際しようかなと匂わせながらカロスの返事を延ばし過ぎてしまっていた。
結果、焦らされたカロスに誘拐されてしまい、ミサエルを危険な目に遭わせてしまって迷惑を掛けてしまった。
横目で怒ってるのだろうかとミサエルの表情を伺うが、本人は呑気にあくびをしていた。
じっと顔を見ていたら、視線に気づいたミサエルが驚いて顔を赤くすると、
「な、なんだよ人の顔をじろじろ見るなよ」
「何でも無いわよ」
ミサエルの態度に少し嬉しく感じて、笑みを見せた。
(あんたに教えたルヴェールの花言葉には続きがあるんだから……、一緒に「生きて行く」って言うんだよ、あんたのこれからを私は見てみたい、まだ若葉の二人だけどこれから綺麗に花を咲かせていきたいな、寄り添い枯れるまでね……)
エスタル市に戻った二人は大通りで別れた。
別れ際に、
「家の場所はばれてないんだろうな」
「うん、家を出て歩いてる時に呼び止められたから」
「でもあの野郎はお前がその辺りに住んでるって事を知ってたんだろ、それならアルステルに行くまで気をつけねえとな、特に店に行けば居るって事は知ってるんだからな」
「だね、明日にでも辞めるって言ってくる、お店にも迷惑掛けちゃうしね」
「それならいいけどよ……」
自分の立場が分かってるならいいと、ミサエルもそれ以上しつこくは聞かなかったし、そこまで世話焼きでもなかった。
「今日はごめんね、有り難う」
「き、気持ち悪いこと言うなよ、調子狂うじゃねえか」
ミサエルが身震いをすると、
「何よ、人が折角素直に謝ってるのに」
ミエールが顔を赤らめながら文句を言ってくると、ミサエルは殴られると思って顔を腕でかばう素振りをしたが、拳は飛んでこなかった。
代わりにミエールがミサエルの目をじっと見つめていた。
(う……これはこれで何か怖いな)
「分かったよ、じゃあバルが来るまで奴に見つからず静かにしてろよ」
そそくさとその場を立ち去っていくミサエルの背中を見送ると、ミエールも自宅へと帰って行った。