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 沈黙の中、ミサエルが声を落としてミエールにそっと聞いてみた。

「な、なあ……お前は、そのなんだ……、アルステルには来ねえのか、あの店に居ても又あの野郎が来るかも知れねえぞ、なんならさ……その、一緒に…………来ねえか? 向こうでもお菓子屋ぐらいあるだろうし、別にエスタルで無けりゃいけないって訳でもないんだろう…………」

 薄暗くなって赤い顔を見られる心配もないだろうと、ミサエルは意を決して一緒にアルステルへ行こうと伝えた。

「…………」

 ドキドキしながらミサエルはミエールの返事を待ったが、中々言葉が返ってこなかったのでミエールの横目で見た。

「…………」

「なあ、聞いてるか?」

 ミエールは俯いて顔を隠していた。

 今の彼女の顔を見ることが出来たならば、目を見開き顔を真っ赤に染めているのが拝めただろう。

 昼間だったらそれこそ照れているのが丸分かりの表情が、暗くなった丘の上では見られずにすんで、ミエールにとっても良かったのかも知れない。

 返事すらせずに下を向いて黙っているのでミサエルが覗き込もうとすると、ミエールは手でミサエルの顔を覆って遠ざけた。

「うるさい、聞いてるわよ」

「なら返事ぐらいしろよ、むぐぐっ」

 細い指で顔を掴まれてるミサエルが苦しそうに言ってきた。

「ミサ……もう一回言ってよ」

「むっ、聞いてたんじゃないのかよ」

「いいから!」

 ミサエルが心の中で何度も言えるかよ、と毒突きながらも、

「何度も言わないぞ、良く聞けよ……、え、えっと……い、一緒にアルステルにい……行かねえか」

 ミサエルは顔を赤らめながら言い終えると、顔を見られないように背けていた。

 それはミエールも同じで嬉しそうに下を向いたままだった。

 お互い顔を見合わせることもせず、暫くの間、静かに時間が過ぎていく。

 静かになると、どこからともなく聞こえてくる虫の声が大きく耳に響いてくる。

 陽が落ち、辺りに暗闇が訪れるとルヴェールの花も見えなくなった、代わりに空には満天の星空が輝き始めてくる。

 小さな丘から見える星空は色々な形に見えていて、夜空に気づいたミサエルはぼんやりと星を眺めながら口を開いた。

「俺は星なんて興味無かったけど、こうしてみると星って一つ一つ綺麗に光ってんだな……、アルステルでも同じように見えるのかな……」

 ミエールが顔を上げてミサエルと一緒に星を見つめる。

 ミサエルはミエールが上を向いて居るのを横目で確認しながら、

「アルステルからの星空を見てみたくねえか…………一緒にさ」

 ミサエルは自分の鼓動がミエールに聞こえてるのではないと思う程に、自分に似合わない言葉を緊張しながら口にしていた。

「…………うん」

 しんとする中、ミエールの一言はミサエルに透き通るように耳に届いてくる。

「じゃあ店の方も早めにやめることを言わねえとな、バルがもうすぐ帰ってくるだろうしおれも荷物整理しねえといけねえ、そうだ……卒業試験合格したんだぜ」

「……おめでとう」

 ぼそりとミエールが答える。

「なんだよそれ、飯ぐらい奢れよな」

 呆れたミサエルが立ち上がって帰ろうとすると、ミエールは裾を引っ張って止めた。

「……もう少し、このままじゃ駄目かな、もう暫く星を見ようよ」

「むっ……お、おう、別に良いけどよ……」

 ミサエルが座り直すと、ミエールが体をもたれ掛け手を重ねてきた。

 ミサエルも重ねた手に力を入れて応えた

「こうしてるとルヴェールの花みたいね、へへっ」

 ミエールがこの場の雰囲気を壊さないように小声で笑った。

「ばっ……な、なんだよ、あんまもたれてくるなよ」

 ミサエルはミエールから漂ってくる甘い香りに鼓動が早くなり、体をこわばらせながら文句を言った。

 いつものミエールと違う雰囲気に戸惑いながら、どうしたものかと考えているとミエールがこっちをじっと見つめていた。

「手が冷たいぞ、風引くかも知れねえから早く帰ろうぜ」

 ミサエルがミエールの視線に耐えきれなくなり、手の冷たさを理由に戻ろうと伝えるが、

「大丈夫、もう少しだけ……」

「……ならいいけどよ」

 ミサエルは何も言わず手から伝わってくる温もりを感じていると、自然とミエールの手を指でさすりながら、

(女性の手ってこんなに細いのか……)

 お互い反りが合わない性格と思っていても、何かにつけて一緒に行動していたのは、何処かで相手に気づいて欲しい気持ちがあったのかも知れない。

 面と向かって言えない者同士が、闇夜の星明かりの下という普段とは違う雰囲気に飲まれたのか、今日の二人は素直な気持ちをそのまま口にすることが出来た。

 今日一日の出来事だけで二人の距離は随分と縮まり、ミエールもアルステルに行く決心をしてくれたことで、ミサエルの中にも大仕事をこなした達成感を感じていた。

(これであとは卒業だけか……、試験より大変な一日だったな)

 ミサエルはこの場の雰囲気をどう乗り越えれば良いのかと思い、思案していた。

 星を見ようと行ってきたミエールはずっとミサエルの方に顔を向けている。

 暗くて表情までは分からないが、ミサエルは自分が見られている事ぐらいは分かっていた。

 お互い見つめ合い、息が掛かるぐらいに近く感じていたミサエルは、

(うう、なんだ……この雰囲気は、もしかして……)

 ここに来て一番の緊張と鼓動が強くなって、見えずとも直ぐ目の前にミエールの顔があるんだというだけで頭の中は混乱していた。

 ほのかに温かい空気が顔に当たり我に返ったミサエルは、どうするべきか考えを巡らせた。

(やはりここは男として……なのか、いいのか本当に……後で殴られたりしないよな)

 ごくりと、喉を鳴らしたミサエルがそっと顔を前に押し出した。

 軽く鼻に何かが触れる感触がするとミエールがぴくりと震えた、が何も言わずに握った手に力を入れてミサエルに身を寄せた。

 柔らかい唇の感触が脳の思考を止めたかのように、二人はお互いの唇の温もりに意識を集中させた。

 何度も掛かる鼻息が今までの長い思いの丈をぶつける様に、長くお互いを求めていたのだと確かめ合った。

 いつの間にかミサエルはミエールの肩を抱き、彼女はそれに従順に従ってなすがままに体を預けていた。

 初々しくぎこちなく見えたかも知れなかったがそれは問題ではなく、やっと自分達の想いが相手に通じたのだという安堵感だけで二人には満足であった。

 甘く濃密ではなかったが、永遠とも思える長い時間を共有したという事実が力強い確固たる結びつけを植え付けていた。

 ゆっくりと唇を離したミサエルは、現実に引き戻されて赤面した。

(ああ、やっちまった、いいのか……)

 見つめ合ったままでいると、ミエールがもう一度接吻を迫ってきてミサエルもそれに応えた。

 闇夜の丘で相手の顔も見えなかったが、互い嬉しく思っているであろう表情を思い描きながら、時間の経つのも忘れて何度も接吻を繰り返していた。

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